小野寺の弟・小野寺の姉   

西田征史『小野寺の弟・小野寺の姉』を読む。

最近、姉弟の話づいてる。
益田ミリ『僕の姉ちゃん』とか、よしながふみ『フラワー・オブ・ライフ』とか。
このふたつはマンガだし、人物設定の柱以外、特に似てる話ではないのだけれど、私にとって『小野寺の・・』を含むこの3作は妙に「同じ」印象。
それだけ、自分にとって姉弟モノは他とは違う、際立つ色で感じられるジャンルなのか?とも思ったが、よくよく考えるとそうじゃない気がする。
実際、この3作は似てるんじゃないか。

特にこの『小野寺・・』と『僕の姉ちゃん』はよく似てる。
すごくベタで表層的に言えば、「家の中では強気でけっこう毒舌で弟をこき使い振り回す姉。そして、いまどきの言葉だと『草食系』で、思ったことの半分も口にせず、時々文句は言いながらも基本的には姉に従順というポジションに甘んじている弟。」だろうか。
表層的とは断ったが、この2作のファンが読んだら「うわっつらで括るにも程がある!」と怒られそうだ。

『僕の姉ちゃん」は、シニカルで的確な視点と分析、それを社会ではなく家の中で表現する様子(態度、言葉の選び方、相手が弟だという安心感)がリアル過ぎる姉と、それを絶妙に聞き流し、躱す、善良であたかも全女子(!)の緩衝材的理想の弟、が魅力のマンガだと思ったが、『小野寺の弟・小野寺の姉』は、それにもうちょっと加湿器をあてた感じ、のような。
湿度が違うだけで、もともとは同じ素材、という感じ。

『小野寺・・』は、全ては語られないものの、二人で暮らしてきた歴史とか、双方の双方に対する思い(やり)とか、お互いの仕事や異性のことも組み込み、『僕の姉ちゃん』より社会性と叙情性を加味したことで、終盤はグッとくる話になっている。
悪口は言いづらい小説。
でも私はあまり好みではなかった。

自分はつくづく、「悪口を言いづらい小説」が好みじゃないらしい。
具体的な理由あれこれより、そういう雰囲気を醸し出される、というか感じた、時点でもうちょっと苦手、みたいな。
いやはや、申し訳ござらん。

誤解を恐れずに言うと、兄弟愛みたいなものがモチーフになっている小説って全般的に好きじゃないかも。
兄弟(兄妹、姉弟、姉妹)愛の存在を否定するわけではもちろんないけれど、それが小説のテーマになった瞬間、若干の気色悪さを感じるのだ。
なんかさ、落としどころへの作者の持って行きかたが予想できるし、よしんば予想が外れたとしても、それはそれで「してやったり感」が行間から立ち昇るっていうか。

特に、常日頃はそっけなかったり疎ましく思ったり関心すらないような描写を重ねていたのに、いざとなったら「大事に思ってる」ことが提示されるような世界観(!)が苦手。
磐石だけど、ケツの穴がむずむずする。
私はこの小説でも好美ちゃんの方に同情を禁じ得なかった。
いろんな人が「泣けた」というあのシーンも、確かに巧いし印象的だとは思ったけれど、なんかしゃらくせえ!と思ってしまった。
すまぬ!(誰に言ってるかは不明)

自分は、兄弟(兄妹、姉弟、姉妹)愛というものにある種のバイアスがかかっているのかもしれない。
今後、それが外れて、この小説をもっと素直な気持ちで読める日も来るのだろうか。
わからん。
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by kuni19530806 | 2012-11-05 23:49 | 読書

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