人気ブログランキング | 話題のタグを見る

よくできた女(ひと)   

バーバラ・ピム『よくできた女(ひと)』を読む。

原題はEXCELLENT WOMENです。
途中までは原題を見ていなかったので、タイトルはヒロインであるミルドレット個人を指す(自虐も含め)のかと思っていましたが、読み進み、原題に気づくに至って、この書名はそういう業界、裏表紙の紹介文を借りれば「おひとりさま」界の女(ひと)の傾向を指し示すことに気づきました。
これを読むまでは「おひとりさま小説」、というジャンルが存在することをちっとも知らなかった。
斎藤美奈子さんが提唱した「妊娠小説」に勝るとも劣らない新機軸だと思います。

そういえば、私が十年ぐらい前、本の雑誌で仕事をしていたときに立ち上げた(実際は編集部に立ち上げさせられた)「肉体労働小説(肉労小説)」というジャンルはその後、定着したのだろうか・・してないよね。

などといろいろ言ってますが、この小説を読んだのは「おひとりさま小説」が新しいと思ったからでは全然なく(しつこいけど、その存在を知らなかったし)、同じ著者の『秋の四重奏』にグッときたからです。

30代後半ぐらいまで、外国の小説というとミステリーばかり読んでいて、例外はジョン・アーヴィングとポール・オースター、アン・タイラーぐらいでしたが、最近は、翻訳ミステリーからもけっこう遠ざかっていて、発売を待ちかねて読んでいるのはリンカーン・ライムシリーズで有名なジェフリー・ディーヴァーぐらいになってました。
自分の中では、読書力とガイブン読書量はわりと比例してる自覚があって、翻訳モノになかなか手が出ない=全体的な読書力が落ちてる、みたいな認識があります。
まあ、これには視力の問題も微妙に・・どころかおもいっきり絡んでいて、やっぱ、トシとって老眼とか始まると長編が多い、固有名詞とかもめんどくさい、翻訳本はなかなか読めなくなるよねー、「彼女は」とか「高貴なイザベルは」とか表記されてるから誰だっけと思ったら猫だったりするのも多いしさー、とか思っていたわけです。

なので、数ヶ月前、トヨザキ社長の書評で『秋の四重奏』にそそられはしたものの、他にそそられた数多のガイブンに挫折した実績がある身としては、これもどうかなと半ば挫折覚悟で(?)読み始めた・・ところ、存外にすんなりイケて、しかもすごく良くて、私のガイブン生活の灯も完全に消えたわけじゃないのね、と嬉しくなり、じゃあ、この流れに乗っかって、と同じ著者の小説に今回、手を出してみたわけです。

前置き、長し!

『秋の四重奏』より好きです、これ。
なんといっても、ヒロインであるミルドレットの、常識的で野心のなさがもはや芸の域。
野心はなくても邪念はメチャクチャあるのが魅力的で、私の勝手なカテゴリー「イギリス人の本音と建前の違いは文学的ですらある」の王道を行く面白さでした。

『秋の四重奏』同様、これといった大事件は起きません。
ならば退屈かというと、そんなことは全くなく、日常の、たとえばバスルームを共用する夫婦とのトイレットペーパーの使用配分への考察とか、ランチの誘いの態度へのダメ出しっぷりとか、いちいち面白くて、同時にしみじみとおそろしい気分にも。

人は他者を丸ごと肯定したり否定して暮らしているわけではなく、身近な、どちらかと言えば好感を持っている人に対しても、親密な感情を抱いたかと思えば次の瞬間には軽く幻滅したり、その繰り返しなのだよなあとあらためて思ったりしました。

聖職者の家庭に生まれ育った、「よくできた女(ひと)」の自覚のある、ちょっとトウの立った独身女性の、ミニマムなレベルでの波乱万丈生活と心の機微がとてもていねいに描かれていて、ものすごく面白かったです。
よくできた女(ひと)_a0099446_16361319.jpg

by kuni19530806 | 2012-10-02 23:33 | 読書

<< ここにアップしてみるね 気の持ちようの幸福論 >>