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くたびれたしじれったいのでちょっと極論   

今日はいろいろくたびれた。
別に鬱々としているわけでもないのだけれど、人は日一日と死に近づいているのだとあらためて思い知った一日。
それとは別に、専門職の人間は人との接し方がビジネスライクになりがちな反面、自分の専門分野内でそのスキルのない素人が途方に暮れていることを正直に示されると、驚くぐらい親切になることを知った日でもあった。
今日だけでふたりの専門職の変貌を見たから。

最初はクールで事務的な、ちょっと感じの悪い対応だったのに、こちらがわからない箇所を遠慮するでもなく卑屈になるでもなく不貞腐れるでもなく質問したら、どんどん感じが良くなった。
ま、だからって事態が好転するわけじゃないんだけどさ。

・・抽象的なことばっかり書いてますね、私。
ツイッターで、フォローし合っている同士にも何についてなのか全くわからないつぶやきをする輩には批判的なくせに。
それがもはや「芸」になっている人(ex:浅生ハルミンさんとか)はいいんですが、読んだ人がただ困惑し、「ん?ん?」としか思えないつぶやきは好きじゃないのだ。
そういうつぶやきをする人って、なんだかんだ言って「人は自分に興味を持って当然」と思ってる気がして。


3月11日が近づいてきたせいで震災、原発事故関連の番組や記事が一気に増えてきた。
あの日以来、それまでとは違う世界で暮らしていると私は思っているけれど、いろいろ「違った」中で、文章を書くことをなりわいにしている人を中心に、ネット上でのいろいろな人のいろいろな文章での震災、原発事故との距離のとりかたをすごくチェックしてしまっている自分も、以前と「違った」自分だ。

おおざっぱに分けて4種類あると思うんですよ。
①頻繁にそれについて語る人
②ふだんはいつもどおりの文章だが、時折、スイッチが入ったかのように書く人
③まれに思い出しだかのようにとおりいっぺんのコメントをする人
④全く触れない人

どれがいい悪いとかではもちろんないし、④だから何も考えてないなどと思っているわけでも当然ありません。
直接被災していない人は、安易なことなど書けないという慎重さというか遠慮する気持ちがあるのかもしれないし、いろんなことが不確定で不透明な今は、昨日と今日の自分の気持ちも変わっているかもしれない、というのもあると思います。
いろいろ書きたいことはあるけれど、それが不特定もしくはある特定の人物の目に触れることを警戒する気持ちもあるかも。
いろいろあるとは思うんですよ。
でも
な~んかじれったいんだよねー私などは。
特に、文章を書くことをなりわいにしている人は個人的に②であって欲しい、とかさ。

私は先日、コラムニストの石原壮一郎さんのこの文章にとても心打たれました。
実は、この内容に百%共感したわけではなく、10%ぐらいは「ちょっとなー」とか思ったのです。
でも、ほとんどは共感できる内容だったし、なにより反論や批判必至のこのハイリスクな文章を公の場で発表することにした物書きとしての姿勢というか矜持は素晴らしいと思った。

物書きなら、たまにはリスクを背負って文章を書いて欲しい。
どんな能天気な文章にもリスクはある、と反論されるかもしれないけれど、少なくても今この時点の日本は特別な状態だし、以前とは「違っちゃった」んだから、今、腹を括った自分にとってMAXな表現活動をしなくていつするの?と、私などは思うわけです。

by kuni19530806 | 2012-03-09 23:15 | その他

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