今、夏のぬけがら   

家にあるCDをかたっぱしからipodに入れて、現在その総数6682曲!
我ながら、すげえ!
前にもここに書きましたが、私のipodは夫のお下がりなので、そのうち8割方は夫が入れた曲。
そんななかから今朝はついうっかり真島昌利「夏のぬけがら」を聴いてしまった。

ついうっかり、聴いてしまった、と書いたのは、朝っぱらから不覚にも泣きそうになったから。

これは20年ぐらい前、マーシーがばりばりブルーハーツだった当時のソロアルバムです。
近藤真彦のシングル曲にもなった「アンダルシアに憧れて」も入っています。

私はブルーハーツはリアルタイムでファンで、ライブにも何回か行きましたが、その後のハイロウズやクロマニョンズには全く興味が持てず、ヒロトもマーシーもそこで終わっています。
最近はブルーハーツを聴くこともあまりありません。
この「夏のぬけがら」もずいぶん聴いてなかった。
なので、今朝は本当についうっかり、でした。

なんだろうなあ、このヒリヒリしたせつなさは。
私には完璧なラインナップですね。
完璧過ぎて、これを聴いたらもう私の今年の夏は終わった気分です。
あ、もしかして、こんなに沁みるのは、自分の人生の夏場が終わったことに対する郷愁だったりするのかな。
人生を四季に喩えるシリーズ。

前に、いとうあさこがネタで「30代の夏が終わった!」と言ってるのを聞いて、自分は今までそういう観点(?)から夏を考えたことがなかったことに気づいて、ちょっとビックリした。
あー、20代(or30代or40代)の夏はもう終わりなのねーなんて全く思うことなく、だらだらとトシを重ねてきてしまった。
別にそれに後悔はないけれど(他に悔いることだらけだし)1年にしろ、年代にしろ、人生全般にしろ、夏が終わるというのは、事実と比喩両方で人々の共感を得やすいのは確かですね。

子どもの頃・・本気で正面から夏に挑んだ日々の終わりの、あのもの悲しさと気怠さと焦りと諦めと少しの安堵が全て入り混じった気分は、もしかしたら人生で初めて知った無常観だったのかもしれない、と思ったりして。

「夏のぬけがら」は私にとってそんなあれこれが全て凝縮されたアルバムです。

いやー、ホント、沁みる。
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by kuni19530806 | 2011-06-01 23:56 | 音楽

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