今日の学校日誌   

◆AM8:20 出勤途中

今日の勤務先、S小学校は最寄り駅から徒歩15分かかる。
いつものようにY通りを南下して学校に向かっていると、前方から、リュックを背負ってスケッチブックを持った小学生がゾロゾロやってくる。
帽子の色はS小学校のもの。
先頭は副校長だ。
すれ違うときに「おはようございます」と言ったが、ちょうど間に第三者の通行人(?)が入ったことと、先生が児童に気を取られている感じで、気づかれなかった。
続く子供たちもほとんど私には気づかない。
私もあまり見知った顔がいないが、2年生とはわかった。
1クラス分が通過し、ちょっと間を置いて次のクラスが来た。

こちらのクラスは、ほぼ毎週、4時間目にやってくる2年1組。
もうリアクションが全然違う。
私の顔を見て手を振ってくる。
「わー!センセーどうしたの?」(学校に向かってんだよ)
「おはよーございます!」
「あ、図書のセンセーだ!」「ホントだ!」
すれ違いざま、ハイタッチまでしてくる子も。
うれしい。
よく先生に怒られているA君のスケッチブックの中身が見えた。
閉じてないんだもの。
とうきょうスカイツリーと書かれていて、そこに、スカイツリーとおぼしき絵も描かれていた。
ん?
もしかして、そこに行くの?
だったらその絵は、行ってから現物を見て写生するんじゃないの?と思う。
まあいいけど。

最後尾は担任の先生。
私に気づき、ビックリしたような顔をした後、「そんなわけで、今日の4時間目は行きません!すみません!言ってなくて」とペコペコしながら去って行った。
子ども達にはすごくこわい先生なんですけど。


◆AM10:30 中休み

4年生の男子が「サバイバルシリーズ」がいつ来てもない、とおかんむり。
もちろん小学校で働くようになって知ったのだが、このシリーズ、小学生にすごい人気なのだ。
漫画の威力おそるべし、と思う。

私が「返って来ても、すぐに次の人に借りられちゃうんだよね」と言うと、「ナントカとカントカは買って持ってるんだけど、他のは持ってないんだ」と言う。
重ねて「ライフで買ったの。おかあさんがライフのお買い物券を持ってたから。でも、1冊1300円するからさ、何冊も買ってもらえないの」。
私「そりゃそうだねー。1300円もするんじゃねー」
「うん。だから図書室で借りるからいいって言ったの。でもないじゃん!」
いい子だ。
でもそう言われてもなあ。


◆PM0:45 昼休み

毎週6時間目は1年1組が図書室を利用する。
本の返却と私の読み聞かせと読書と貸出、というスケジュール。
これは上述の4時間目利用の2年1組もほぼ一緒。

6時間目の1年1組には伝令役がいる。
M君。
毎回必ず昼休みにやってきて、「6時間目来るね。楽しみにしててね」とか言って去っていく。
今日も来た。
「今日は6時間目は来ません」
「あら、そうなの。残念です」
「今日の6時間目は図工です」
「そうですか。わかりました。ね、M君、毎週お知らせに来てくれるけど、M君はクラスのそういう係なの?」
「ちがうよ」
「そうか。いつもお知らせに来てくれてありがとう」
「うん。いいよ。あの、この前のとしょだよりのクイズのこたえはどこですか」

常体と敬体の使い分けが絶妙。


◆PM2:40
1年1組の自然児、T君が息せき切って駆け込んできた。
「センセー、K君、さっき、本借りてったよね」
「そうだっけ?」
「あ、これこれ。怪談レストランの新しいヤツ。見てもいい?」
「いいけど。もうすぐ6時間目が始まるよ。図工でしょ」
「(聞いてない)あ、これ順番がバラバラだ」(とシリーズの通し番号順に並べ直し始める)
「ありがとう。でも、もうすぐベルが鳴るよ」
「あっ!また先生に怒られる。じゃあね。(ドアを出るとき)ありがとーございました!」
と、なぜか漢字練習ノートを置いたまま走り去る。
教室まで追いかけると、案の定、先生になんか言われてた。
ノートを渡すと、またそれをネタに注意された。

いい子なんだけどね。
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# by kuni19530806 | 2014-10-16 20:46 | 仕事

逃避行動   

毎月毎月、小学校の図書だよりづくりに苦労しています。

週1ずつ2校に勤務なのですが、各校で図書だよりを作る時間は正直、ほとんどありません。
雇用先の業務委託会社もそのあたりはわかっていて、毎月HPに図書だよりの雛型がアップされます。
11月号もすでにアップされてた。
それを加工してお使い下さいと言うわけですが、話はそうカンタンじゃないのよねえ。
そこで紹介されている本、ほとんど自分の勤務先にはない。
所蔵していない本を図書だよりで紹介してもいい、と言われてますけど、私はどうもそれはイヤなんですよね。

図書だよりがどの程度、児童に読まれているかわかりませんが、たとえ全校児童中1名でも、読んで「ああ、この本が読みたい」と思って図書室に来てくれたとしたら、そのアカツキに「ここにはない」とは言いたくない。

なので、所蔵している本や絵本の紹介、になるわけですが、難しい。
さらに、「できれば2校分の図書だよりを一括して作りたい」というスケベ心満々なのでますます難しい。

特に、2校中1校は、本当に蔵書が薄くて、ロクな本がない!です。
しかも、たまに「おっ!」と思っても、学級文庫に行っていて、そのクラス以外の児童は、借りることはおろか、見ることさえできない。
腹立たしいのは、そのクラスの児童も、学級文庫に興味を示しているとは到底思えないこと。
蔵書点検で各教室をまわって、ホコリと、ひどいときにはクモの巣すら張った学級文庫に悄然としました、私。

今、それにやんわり楯突き中なのですが、こういうとき、委託会社から派遣されているという自分のポジションは、とてもやりづらいです。
直接雇用されているのであれば、一存でいろんな話ができるのですが、委託だと、いちいち会社にお伺いを立てないと、やたらなことが言えない。
まあ、お伺いを立てずに言ったりしているわけですが。

ああ、話が逸れた。
しかもこの文句、以前にも書いている気がする。

図書だよりの話でした。

2校両方にあって、特集のテーマに沿った内容で、最低限つまらなくない本を、低学年・中学年・高学年向けにそれぞれ出す、となると、これがなかなか難しい。
そしてそそり立つ、ルビふりの呪縛。
ホント、編集しづらいよ、ルビあると!

そんなことをぶつぶつ言いつつ、現在、作成中。

さ、逃避行動はこのへんにして、やらないとな(^^;
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# by kuni19530806 | 2014-10-15 14:09 | 仕事

最近読んでた本   

このところ、twitterにうつつを抜かしていて、ここの「本の備忘録」記載もさぼり気味。

せめて、twitterの140字感想だけでも転載しておこうっと。

10月1日
伊坂幸太郎『アイネクライネナハトムジーク』、すんごくおもしろかったー。
でも私は頭が良くないので、交錯する登場人物と時系列確認のためにもう一度読まないと(^^;
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10月11日
『鈴狐騒動変化城』(田中哲弥/著 伊野孝行/画)、軽妙で破天荒で可笑しくてアホでジンときた。
おはなしも自由奔放だけれど、馬面どアップとか、カラー見開きとか、刀の鞘だけが隣に飛び出してたりする挿画は相当豪放磊落だ。「好きやなあいう気持ち」の結晶ってことか。
おツネちゃんカワイイ♥
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10月12日
『ミュージック・ブレス・ユー!!』(津村記久子/著)再読。
この小説を読むと、自分はなんて遠くまで来てしまったんだろうと思うけれど、こういう小説にハッとさせられる自分でいられるうちは、鬱々したり傷ついたり諦めたりしながらも、ギリギリ絶望しないで生きていける気がする。
大好きだ。
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# by kuni19530806 | 2014-10-12 23:49 | 読書

福島へ   

兄と父のお墓参りに福島市へ。

朝、「やっぱり今日行こう」と突然出かけた。
なので、友達にも親戚にも連絡せず、まあ、お墓参りが終わったら、飯坂温泉に住む親戚に連絡だけでもするか、と思っていたら、お墓に偶然、飯坂の叔母さんが来た。
まあ、お彼岸だからさほど偶然でもないのだけれど、叔母さんは「本当は会津まつりに行くつもりだったんだけど、寝坊して置いてかれた」のだそうで、やっぱり偶然だ。

単身、会津に行った伯父さんの目的は、綾瀬はるかを見ること、だそう。
目的は達成されたのだろうか。
大河ドラマが終わっても、綾瀬はるかさんの福島の観光大使の任は解かれていないのだなあ。

お墓参りの後、叔母さんがふつうに「じゃあ、旧堀切邸に行こう」と行って、連れて行かれた。
良かった。
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足湯もあって、これがびっくりするほど熱くてびっくりしたが、徐々に慣れて、気持ちよくなった。
飯坂温泉のお湯ということもあってか、ちょっとパンチの効いた足湯だった。

その後、叔母さんちに寄ったら、もー眠くて眠くて、参った。
足が温まると眠くなるのだなあ。
そして、今回気づいたが、叔母さんちは民芸品の館だった。
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こけしが山ほどある、箱にしまってあるのがいくつもある、とのことだったので、「こけし、好きな人がけっこういますよ」と言ったら、「えっ!?売れる?高く売れる?いくらぐらいで?」とおもいっきり食いついてきておかしかった。
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# by kuni19530806 | 2014-09-23 20:48 | お出かけ

土俵際のうっちゃりでも窮鼠猫を噛むでもなく   

このところ、義父がよく不調を訴える。
91才。
大正12年、あの関東大震災の年に生まれたいぶし銀である。
もちろん、over100で「どこも悪いところがない」という人もいるだろう。
現に、知り合いのお祖母さん101才はすこぶる元気だそうだ。
でも、1923年式というのはやはりかなりのオールド仕様。
そりゃあ、不具合も出るだろう。

義父は長らく高血圧で、降圧剤系の薬はもう20年以上服用している。
若いときに結核をやったので、肺に影があり、30年以上前に肺癌を疑われ、検査入院して無罪放免になったものの、70代なかばでまた引っかかり、都心の総合病院に3ヶ月おきに経過観察で10年間通い、「体力テストの数値は60代。疑わしきは切っちゃいましょう」と勧められたにもかかわらず、「手術は気が進まない」と拒み続け、結局「10年間全く影は大きくならなかった」と、80代なかばで放免になった。
ちなみに、60代前半まではがっつり喫煙者。

そんな義父の70代後半以降の健康の秘訣は、なんといっても愛犬マロだった。
今、計算したところ、マロが家に来たとき義父は75才だった。
それから14年間、ほぼ欠かさず、マロと歩き続けた。
多いときは日に3回も4回も。
間に盲腸⇒腹膜炎を併発、して1ヶ月の入院生活はあったものの、退院2週間後には、何事もなかったかのように歩いていたっけ。
入院中は弱気になり(寡黙であまり愚痴もこぼさないが、意外と痛みには弱い)「退院してももうマロとの散歩はムリだな」と言っていたくせに。

マロが死んでしまったとき、悲しさの次に家族によぎった感情は「お父さんは大丈夫だろうか」だった。
義父にとってマロとの散歩は、日課というより、人生の糧のようになっていたから。

でも大正の男は強く、義父はマロがいなくても歩く習慣を続けた。
マロとの散歩コースを歩くと、すれ違う人々にどうしてもマロのことを聞かれる。
だからルートを変えたのだ、と聞いたときは、ちょっと泣けてきたけれど、それでも歩くことはやめなかった。
一応、今も続いている。

でも、さすがにこのところの義父は年老いた。
腰椎すべり症で、足腰に痛みやしびれが頻発し、バランスも悪くなり、歩く距離も速度もめっきり下降した。
そして目。
もともと、右目の視力がほとんどなかったのだが、左目に眼底出血が起こるようになった。
正確に言うと、出血ではなく眼底腫れなのだが、腫れて水が溜まり、視力が衰える。

そこに注射を打つと、一気に腫れが引き、視力が回復する。
効果絶大だ。
が、数ヶ月経つと、また腫れてくる。
今、これを繰り返している。

最初の注射が今年の1月。
注射は効かない人もいるらしいが義父は本当によく効き、翌日には腫れが引いた。
それが4ヶ月続き、5月に再発し注射。
そして今回再発。
きっかり4ヶ月のレンジだ。

注射が効かない人はレーザーや手術になるらしい。
義父は効く、とはいえ、4ヶ月後に再発するなら根治術を、という選択肢もあるかもしれないが、逆に、レーザーや手術が効かない人もいるし、義父の場合、レーザーや手術が根治になるとは限らない。
であるならば、定期的な注射で凌いだ方が確実ではないか、という診たてだ。
あくまでも現時点での診たてではあるけれど。

そんなわけで、来週、3回目の注射をすることになった。
今までは日帰りだったが、翌日まで眼帯をし、その状態で通院する必要があるため、今回は1泊2日の入院にした。
ふだんは見える方の目に眼帯を装着してしまうので、移動が危険なのだ。
食事も満足にできないし。

今回の再発が発覚する前、先週は、足腰の不具合がひどくなったと訴え、義母がかかっている病院に急遽行き、MRIを撮ってきた。
めまいも訴えたので、足腰と脳のMRI。
脳の画像は「91才でこれは立派」と言われた。

そう。
認知症の症状はない。
ただ、判断力はさすがに鈍っている気がする。
今回の再発に関しても、目の調子が悪いから、と、家族に何も言わず、以前通っていた近所の眼科にひとりで行ってしまった。
注射をしている眼科とは別の眼科に。
それがわかって、あわててそこに行き、待合室でちょこんと座っている義父に「お義父さん、ここでは最近の経過がわからないから、注射をしてもらっている眼科の方に行きましょう」と説得して、タクシーを呼んで行った。
話を聞くと、義父には義父なりの考えがあって、「今日はとりあえず近所の眼科で診てもらおう」と来たのがわかったが、やはり判断力は鈍っているのだ。
そして、その根底には「家族(特に嫁)に迷惑をかけたくない」という気持ちがあるのだ。
それはすごくわかる。
ちょっとせつなくなる。

でも、義父がそう思って、ひとりで決めて行動すると、こちらがあわてたり、予定をドタキャンしたり、することになる。
それは義父だけでなく義母も同じで、この2年ほど、私はそういうことがすごくたくさんあった。
これからもあるのだろう。
そのことが、ひどく疲れたりする。
誰も、何も悪くないことがわかりきっていることと、ぐったりしてしまうのは別問題なのだ。

ときどき、ものすごくやさぐれて、自分のやりたいことを、やりたい時間に、やりたいだけやっているように見える人が羨ましくなる。
それが必ずしも楽しげじゃなく、ちょっと愚痴など入っていようものなら、けっこう批判的になる。
自分で好きなように動くことができるくせに、何言ってんだよこいつ、と。

文句を言うくらいなら放り出せ、という意見もあるだろう。
誰も私に「がっつり面倒を見ろ」とは言っていない。
もっともっと、夫(息子)にやらせろ、とか、義姉(娘)にも言いたいことがあるんだろ、とか。
私は2人に、多少の愚痴や弱音こそ言えど、特に要望を提出していない、する気もないのだから、ひとりで勝手に大変がって、ひとりで勝手にやさぐれている、まさに一人芝居なのだ。

週に2日の小学校の図書室の仕事にしてもそう。
義父と義母にかこつけて、不完全燃焼感を出している自分は、つくづくみっともないと思う。
仕事が中途半端、でもこれ以上日数を増やすと家のことと両立できない、仕事の日は疲れて家事をするのが大変だが誰もやってくれない・・云々。
ホント、情けない。

ただ、みっともなかったり情けない自分を否定するわけでは必ずしもないのだ。
自分は聖人君子ではないし、根性もないし、性格も悪い。
被害者意識は人並みぐらいあり、なまけものだし、僻み根性も旺盛だ。
それはもう今更、いかんともしがたいと思っている。
そういう自分とこれからも付き合っていくしかない、と。
ダメな自分を肯定しているわけではなく、受容しているというか。
肯定と受容は、私にとっては似て非なるものなのだ。

今の自分に願いがあるとしたら、あいまいな案件、よしとしない感情も白黒つけず腐らせず置いておける場所が自分にありますように、だ。
すごく抽象的だれど。
私は、自分以外の人間に「こうしたい」「こうなればいい」という感情があまり持てない。
いや、持つこともよくあるけれど、そういうときでも心の片隅では「ムリだよな」と思っている。
だから、どうしても意にそぐわぬ行動、言動をとる人とは距離を置くしかない。
距離を置かないなら諦めるしかない。

まるで諦めの人生みたいだけれど、実際にそうなのかもしれないけれど、そんなしょぼい、イベント性にも物語性にも乏しい日常でも、光輝くようななにかすごく満たされるような瞬間はあるはず、と信じたい。
現実では動かず、ルーティンワークを繰り返すような毎日でも、「自分のやりたいこと、したいことを我慢したくない」という人には負けたくない。

「負けたくない」なんて生臭い言葉を使うと、ここまで漂ってきたであろう諦観をひっくり返すみたいだけど、これはまあ、現在、あまりにくすぶっている自分を鼓舞させるためにあえて書いてます。
なんだか、この文章を「あ~あ、自分の今の生活はつまらん」で締めてしまうと、夫や義父や義母との生活を否定することになるもんで。

土俵際のうっちゃり!?
窮鼠猫を噛む!?

・・どっちも違うなあ。
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# by kuni19530806 | 2014-09-20 15:01 | その他

エブリシング・フロウズ   

津村記久子著『エブリシング・フロウズ』を読む。

今、好きな作家を何人か挙げろと言われたら、津村記久子は外せないと思う。
1人だけ、と言われたら外す気がするが(外すんかい!)、国内10人なら入る。
あとは誰と誰だよって話だが、それはまだ考えていない。
考えていないけれど、他の誰とも似ていない、唯一無二な感じのメンバーになると思う。
津村さんもまさにそんな感じの作家だ。

今回も本当に面白かった。
明るい話ではない。
中盤以降は、わりと大きな「事件的なもの」に集約されて話が進むけれど、前半は、どうということのないエピソードの羅列に思えたりする。
が、面白い。

主人公の中3のヒロシは、今年の春に読んだ『ウエストウイング』に出てくる、絵の上手な、でもなんだか屈折している魅力的な小学生のあのヒロシだった。
それに気づいた瞬間、妙に、わっ!となった。
憎いぜ津村さん!とも思った。

中3のヒロシは、絵を描くこととも距離を置く、数学が苦手なうだつの上がらない受験生だ。
イケてるグループには当然属さず、出席番号が近い、ミステリアスで孤高の矢澤(ヒロシは山田だ)とちょっと親しい。
気になる女子はいる。
ちょっと変わった女子。
母親はうっとうしく、塾はめんどくさい。
が、ヒロシは頭脳は明晰だ。
クールで達観もしていて、でも幼い。
要するに、まっとうで生きづらいタイプ。
そして10代ど真ん中だ。

受験の悩み、いじめ、虐待などもけっこう逃げずに書かれているが、だからといって、そういうものが前面に出た小説という印象はなく、ヤングアダルトというよりは、バリバリ大人向けの小説に思える。

日々の雑事がだらだらと時系列に沿って描かれているかと思えば、その中に不意に、瑞々しくて本質的な場面やセリフが登場したり、予定調和でない、現実のままならなさややるせなさが、だからこそグイグイ迫ってきたりする。
傾向と対策を練りづらい、一筋縄どころか、縄をすり抜けてしまいそうな登場人物たちが、ゴールなど目指さす生きている、そのこと自体が尊い、そう思わせる世界だ。
私にとっては稀有な世界。

やっぱり津村記久子はいい。
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# by kuni19530806 | 2014-09-19 20:55 | 読書

さようなら、オレンジ   アイ ラブ ヌーヨーク   

岩城けい著『さようなら、オレンジ』を読む。

初めて読む作家です。
これがデビュー作。
太宰治賞受賞作だそうですが、太宰治賞というのがどういう賞なのかはわかりません。

なんだかすごくよかったです、この小説。
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大々的に明記されてはいませんが、舞台はオーストラリア。
アフリカから難民として夫と子ども2人とやってきたサリマがヒロインです。
彼女はスーパーマーケットの肉の加工場に職を得、日々、血のにおいを身体にまといながら働きます。
夫には去られますが、仕事の腕を磨き、職業訓練校の語学クラスで新しい国の言葉を学び始めます。

そこで知り合ったのが日本女性。
サリマは、髪の質を見て彼女に「ハリネズミ」という名前をつけます。

ハリネズミは夫の転勤で「学ぶ」という自分の夢を諦め、かたや夢を引き続き遂行中の夫に複雑な思いを抱きつつ、子育てをしながらサリマと同じクラスに通います。
サリマとハリネズミのオーストラリアでの生活が「言葉」というものをベースに描かれます。

母国を離れ、母国語が通じない土地で生活をするという経験は、人間を丸裸にするものなのかもしれません。
自分にはその経験がなく、今のところはその予定もありませんが、ならばそういう状況が他人事、絵空事に映ったかというと、そうでは全くありませんでした。

心細さ、不安、諦めや開き直りという、異国で生きる際にもれなくついて回るであろう感情だけでなく、人間としての尊厳、生きることの意味などという根源的な命題をもガツンと自分の目の前に提示された気がしました。
サリマは弱く無知で愚かでしたが、どんどん、強く賢く優しく、そしてたぶん美しく、なります。
それは変貌したというより、目覚めた、生き始めた、という方がしっくりきます。

サリマ、そしてハリネズミの周囲の人が生き生きと魅力的に描かれています。
特に、サリマの後見人的ポジションを自認する、同じクラスのイタリア系のオリーブの、前半と後半でのイメージの違いは、違うからこそ、リアルで生々しいです。
サリマの職場の監督や、ハリネズミのアパートのトラッキーもとても魅力的。

でもなぜか2人の夫だけは、魅力なし。
深みが全く感じられず、存在感が薄いです。
まるで、異国では頼りにならないわかってない配偶者がいる方が人を成長させる、と暗示してるよな?

この小説を読んだら、最近読んだアキエダユミさんの『アイ♥ヌーヨーク』というノンフィクションを思い出しました。
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どちらも、女性が母国を離れ、新しい国で生活しようとする姿が描かれています。
どちらも、最初はパートナーがいますが、途中でいなくなります。
どちらも、そこで関わった人達に自力だけでは開かない扉を開けてもらうところが作品の肝だったりします。

異国で暮らす、かあ。
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# by kuni19530806 | 2014-09-14 23:28 | 読書

女のいない男たち   

村上春樹著『女のいない男たち』を読む。

女性に去られた男という括りの6偏からなる短編集。
括りはわかった。
このテーマで短編を書くという経緯も、タイトルの由来も、まえがきに記されている。
でも、それでも、なぜこのタイトルなのだろうかと思った。

へミングウエイのタイトルでもある「Men Without Women」をあえて即物的にこうした、とは書いてあって、それはなんだかわかる気もするのだけれど、「去られた」と「いない」は違うと思う。
否定的に言ってるわけではなくて、あえて「いない」にした、なぜか「去られた」より濃密に漂う空虚な感じが、意図するところだったのだろうかと思ったりした。

村上春樹は、短編の方が面白いと私は思う。
今回の世界が好きか、と問われるとちょっと首をひねってしまうけれど、面白かった。
思わせぶりだったり、閉じられた世界であることが示唆されたり、不気味だったり、静かな狂気だったり、大好きだった『世界の終わりとハードボイルドワンダーランド』の頃までの村上春樹を想って、ちょっとしんみりしたりした。
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# by kuni19530806 | 2014-09-13 23:24 | 読書

文京区シビックセンター⇒ミッキーズ   

恒例の「すいか」のロケ地訪問をしようと思ったが、お天気が悪そうだったので予定を変更して都心の展望ランチに行く。

文京区シビックセンターの展望階は、以前来たことがある。
けっこう気に入っている。
無料だし空いてるし。
今日も空いてた。
お天気のわりには遠くまで見渡せた。
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そして椿山荘的なレストランでお昼を食べた後、友達ご推薦の喫茶店へ移動。
ロールケーキがオムレツケーキのようで美味しかった。
帰りに買ったクッキーもとても美味でした。
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買って帰ったクッキーは、夫がほとんど食べた。
食い過ぎだ!

私はやはり、今の仕事にかなり不満があるらしい。
主に勤務形態。
週1ずつ2校を掛け持ちするという状況に慣れない。
夏休み直前ぐらいは一瞬「慣れたかも」と思ったが、今はすっかりリセットされてすごく働きづらい。

そして、子ども達に対する先生の叱り方にも慣れない。
教師という職業は大変なんだろうなとは思うけれど、聞いているだけで肝がすうっと冷えるあの感じはどうもダメだ。
子どもと接するのはすごく面白いんだけどなあ。
せめて、週2回、同じ学校に行けたらなあ。

というような不満や愚痴を、すごくこぼしてしまった。
すみませんでした。
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# by kuni19530806 | 2014-09-01 23:45 | お出かけ

猫草の成長が早すぎる   

うちの猫は猫草が大好きで、しょっちゅう鉢植えを買っていたのだけれど、これは栽培した方がいいかも、と猫草栽培セットをAmazonで購入。

単純でカンタンなのはいいのだが、猫草の成長がはやすぎる。

①8月30日の猫草
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②8月31日の猫草
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鉢植えで買ったものも、どんどん伸びて、伸びたそばから枯れはじめたけれど、種植えからだと、その成長の早さもひとしお。
植物のエネルギー、すごい!
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# by kuni19530806 | 2014-08-31 21:03 |

アフタヌーンティとう~んな現実   

お友達のお誘いを受け、ホテルのレストラン&バーのアフタヌーンティーに行ってきた。
しかし、暑い!

間近に東京スカイツリーが見える24Fのお店は、お値段は少々張るものの、各種サンドイッチやフルーツやケーキ、ムース、チョコレートと品数は多いし、飲み物はおかわり自由だし、ゆったりできるし、非常にいい感じだった。

なのに、ランチタイムが終わったら人っ子一人いない。
広い店内、友達と私の貸切状態。
むしろ、くつろげんわ!
くつろいだけど。

久々に会ったお友達は相変わらずのネタの宝庫っぷりで、楽しんで元気に帰ってきたら、夫が帰宅していて、左の親指が血だらけ。
どっかに挟んだらしい。
思い出したようにまだ流血中。
そのにおいにでも反応してるのか、猫も落ち着かない。
バタバタと2Fと1Fを足繁く往復中。
そして、春のライター募集に応募した「季刊レポ」が1年後に終刊されるとの報が飛び込んできた。

う~ん。
なんだかCREAのことを思い出してしまった。
雑誌CREAで昔「コラムグランプリ」というのをやっていたのだけど、私が獲った年で終わった。
そういえば、1年ぐらい前、webサイトで原稿を書くアルバイトを紹介してもらって、話がけっこう進んで、いざ!と思ったら「その枠から撤退することになりました」と連絡が来たっけ。
う~ん。
ヘンなヒキがあるのかなあ、私。
・・いや、ない!
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私が撮った画像ではありませんが、今日ノアフタヌーンティーのイメージ画像。
まあ、こんな感じだった。
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# by kuni19530806 | 2014-08-21 23:26 | お出かけ

パン屋のおじさん   

近所のパン屋のおじさんが亡くなった。
69才だった。
大柄で、宮川大助(宮川大輔ではない)似だった。
一昨日の夜、隣組(?)から連絡が来て驚き、とりあえずお線香を上げに行ってきた。

以前からおじさんは糖尿病で、昨年も義母が入院中、同じ病院に入院してた。
本人曰く「恒例の検査入院」で、屋上で偶然会ったりした。

おじさんは店ではさほど愛想のいい方ではないのだが、病院の屋上では元気でにこやかで「オレは糖尿病だからしょーがないんだよ。でも元気なんだよね。マツモトさんも早くよくなってよ」と義母に言っていた。
その言葉どおり、おじさんはすぐに退院して、店を切り盛りして、私が買いに行くと「おかあさんはどお?」と言っていた。

その後も、「通院のため本日はお休みします」と張り紙が出ていることが時折あったが、また糖尿病の検査かな、ぐらいに思っていた。
この1週間ぐらいも店は閉まっていた。
やっぱり、検査かな、と思っていた。

娘さんによれば、最近、糖尿病とは全く関係のない重篤な病気が発覚したのだそうだ。

以前ほど足繁く店には行かなかったけれど、それでも7月の上旬には店で元気なおじさんを見かけている。
なので、ちょっと信じられない。

私が今の家に越してくる前からずっとあったお店だ。
おじさんはパンを焼き続け、10年前に50代で奥さんを亡くし、その後もずっとパンを焼き続けた。
3~4年前に、パン屋さんのすぐそばのお団子屋さんのご主人が亡くなり、お団子屋さん自体の存続が危ぶまれたが、息子さん夫婦が店を引き継ぎ、現在も繁盛している。
それについて、パン屋のおじさんは「やっぱり近くの食べ物屋にはがんばって欲しいよね。ずっと一緒にやってきたんだからさ」と言っていた。
パン屋は存続するのだろうか。
息子がいるが、ちゃんと父ちゃんの仕事を引き継ぐことができるのか。

おばさんが亡くなったとき、私はお通夜の受付をした。
今回も頼まれた。
お通夜は明日だ。
悲しい。
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# by kuni19530806 | 2014-08-18 16:09 | その他

自由学園明日館   

池袋の自由学園明日館に行く。

ここは3回目ぐらいの訪問。
古い洋館好きとしては、やはりジョサイア・コンドルとフランク・ロイド・ライトは外せません。
建築に疎い私でもこの2人の名前は知っています。

ジョサイア・コンドルが旧岩崎邸、旧古河庭園なら、フランク・ロイド・ライトがこの自由学園明日館。
どれも折に触れ行きたくなる建物です。


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ここは食堂。



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屋根裏部屋的なフランク・ロイド・ライト ミニミュージアムからホールを見下ろす。

この自由学園明日館の講堂では、4年ぐらい前に栗コーダーカルテットのコンサートも行われ、音楽と夕暮れのコラボにすごく感動しました。

今日はその講堂もじっくり見学。
ここは結婚式も行われるところで、一緒に行った友人と「ここでの結婚式に列席したい!」で盛り上がりました。
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月並みな感想だけれど、来館中は時間の流れが違いました。
ほんの数十分前までいた池袋の喧騒が嘘のようで、見学に来ている人々の顔つきも心なしか柔らかでゆったりとしているような。

私は日常至上主義を標榜する者ですが、こういう非日常空間から日常を見るという作業、至上主義こそした方がいいなあと思ったことでした。

それにしても、
池袋駅はわかりづれーよ!!
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# by kuni19530806 | 2014-08-15 20:34 | お出かけ

ヤゲオ   

国立近代美術館のヤゲオ財団コレクションを見に行く。

美術には造詣が浅く、なんの知識もない自分だが、美術館に行くのは好きだ。
見たそばから忘れ、今回のも、数ヶ月・・下手すりゃ1ヶ月後ぐらいには「行ったっけ?」になるような気がするが、その瞬間の自分が新鮮。
いろんな自分が登場してきて。

別に「新鮮な自分」なわけでもないんだけれど、お久しぶりな自分もいる。
そして、自分なんてもんは、探したり見つけたりするもんじゃなく、上手く言えないけれど、身を任せるというか、意識としては、自分に自分を提供する、みたいな感覚が必要だなと思う。
探してもロクな自分が見つからない半世紀をやってきたからこそ言える境地だったりして。

でも、美術館に行ったり、旅行に行ったりすると、よくそういうことを思う。
最近、なかなか旅行には行けないので、やっぱり美術館行きは大事だ。たぶん。

今回の催しは、コレクションだからいろいろあった。
系統は全くなかった。
台湾出自の財閥(たぶん)だから、アジア、特に中国のアーティストのものは多かったが、それが特出しているわけでもそんなになくて、絵画だったり写真だったり彫刻だったり、中にはリアルな若者の人形(この手のものって何か名前があるのだろうか。50cmぐらいの人形)もあったりして、すんごくお金のかかったおもちゃ箱をひっくり返した感じ。
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もちろん、そこここにコレクションの説明があり、展示のしかたのゲームもあって、系統だっていないゆえの系統の立て方というか、遊び方が掲示されていたけれど、でも要するに、「欲しいものを集めました」なんだよな。
いや、それが悪いわけじゃ全くなくて。

むしろ、他人の夢に付き合わされているようなうっとうしさは少なく、すぐ興味が変わる子どもの脳内を探索しているような面白さがあった。
でも、その脳内が意外と大きくて、常設展という「また別の脳内」も一緒に見たせいで、後半は息切れ。
混んでいなくて助かったけれど。

古さと新しさが共存したみたいな美術館の建物を出て、昭和の香りのするパレスサイドビルの地下で昭和なお蕎麦を食べて、平成の今っぽいスタバでお茶して、最近すっかり様変わりした通りを右手に見ながら神保町の駅に着いた。

今は2014年かあ。
とんだ未来だ。
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# by kuni19530806 | 2014-08-13 23:59 | お出かけ

手持ち無沙汰な夏   

なんかヒマだーと思っています。
世の中の、1日が24時間じゃ足りな~い!とおっしゃる多くの方々には誠に申し訳ないと思いつつ、なんだか手持ち無沙汰な夏です。
いや、家事はやってるのですよ。
手抜きもいいところですが、3度の食事と掃除洗濯、買い物、銀行や郵便局、義母のデイサービスとデイケアの送り出し(玄関先だけど)などは月並みに。

この時期、仕事が夏休みということもありますが、それを言えば、去年の今頃は一切仕事をしてなかったし、でもこんなにヒマだったかなあ・・と思って、ハタと気づきました。

父親が死んだからじゃん。

われながら不謹慎。
それを忘れてました。
去年の今頃は、けっこう足繁く東大宮の病院まで通っていたんだった。
遠かった暑かっためんどくさかった。
病院のそばにあったせいでよく涼んだ喫茶店ジュリアンは相変わらず時間をとめたような雰囲気でやっているのだろうか、やっているのだろうな。

なにが言いたいかというと、あんな日々も、1年経つと忘れてしまうんだなあということです。
私だけかもしれませんが。

甲子園が始まりました。
先日のアメトーークの高校野球大好き芸人があんまり面白かったので、そのときは「今年は見よう!」と思ったけれど、たぶんあんまり見ないのだろうな、例年どおり。

開会式も見なかった。
でも、ついyoutubeで2012年春の選抜の石巻工業の阿部主将の選手宣誓を見てしまいました。
これ、グッときたんだよなあ。
阿部君、いい顔してるよなあ。
同じアベシュショウでもあっちのアベシュショウとはエライ違いだ。
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# by kuni19530806 | 2014-08-11 17:03 | その他

肢体不自由児たちの学童疎開   

昨夜は、らららクラシック♪のカルメン特集を見て、お風呂に入って、台風大雨情報をチェックし、さあ寝ようかなと思ったところ、猫がにゃあにゃあ騒いでいたので、まあ、落ち着くまで待つか、とまたテレビをつけてザッピングしていて、教育テレビのETV特集が目にとまり、そのまま視聴しました。
タイトルは「“戦闘配置”されず~肢体不自由児たちの学童疎開~」というもの。

古い、本当に古い映像に映る肢体不自由児と、「光明(こうめい)」という言葉に「ん?」と思いました。
もしかしてこの光明ってあの光明?と。

私の夫はもう20年ぐらい重度障害児のボランティアをやっていて、私もたまに、本当にたま~に手伝ったりしていますが、そもそも夫がその活動を始めたのは、夫のカラテの後輩M君が東京都立光明特別支援学校の教員をしていたからです。

M君は筋金入り、正真正銘のすっとこどっこいで、そんな人間のご多分に漏れず、人生山あり谷ありで、元気に先生をやっていたかと思ったら、恋人が出来ていろいろあった末に結婚したのにすぐに離婚し、そのうち急に先生を辞め、世界放浪の旅に出て行方不明になりました。
そして、すっとこどっこいの極めつけは、いつのまにか帰国して、カラテも再開していたと思ったら、酔っ払ってどっかの3階から落下し、重傷を負ったことです。
(夫は入院中のM君のお見舞いに行って、笑うと傷口が痛くてしょうがないM君を文字どおり「死にそうなくらい笑わせてやった」そうです。・・類は友を呼ぶ?)

私も夫も、M君にはよく驚かされたし呆れたし、彼のせいで我が家がなんと探偵の尾行の対象になったりしたこともあるのですが、M君は夫のパソコンの師匠で、我が家がパソコンを買った当時、わからないことがあって連絡すると、杉並のアパートからすぐに飛んできてくれたし、なにより、ボランティアのきっかけを作ってくれたのはM君だったのでした。

M君はボランティアからはとっくに離れていますが、なぜか夫は残って続けています。
今はもう、M君を知っている保護者の方が少なくなりましたが、M君が消えた当初は、保護者の方の残念がりっぷりはハンパなく、夫はそのたび「Mは死んだと思いましょう」とコメントしては、お母さんたちを悲しませていました。

とにもかくにも、ボランティアのきっかけが光明特別支援学校だったことで、今も光明は、夫、そして私にとって、なじみも思い出も深い場所なのです。
2年前まではほぼ毎年、光明のクリスマス会に参加していましたし。



話をETV特集に戻しますが、光明が日本で最初に開校した養護学校だなんて知らなかった。
そして、肢体不自由児、知的障害者が、平和時にも増して非常時にいかに弱者になるか、も想像力が働かなかった。

光明から昔の映像、特に戦時中の疎開の映像が多く見つかったということで、番組の中でそれらがふんだんに出てきますが、よくぞこんなに撮っていたなあと驚きます。
同時に、今まで「障害者が登場する古い映像」など見たことがなかったせいか、違和感と共に、「昔も障害を持った人がいたんだなあ」などという当然の事実にも驚きます。

それにしても、戦時中の松本保平校長の尽力、奔走には心から感服します。
本当にすごい努力をされたのだと感動しました。
でも、いちばん印象的だったのは、光明の子ども達を疎開させるにあたってのなによりのネックである治療器具の運搬のために軍を説得するくだり。
松本校長は「肢体不自由児を東京に置いていたら邪魔でしょう」と言ったそうです。

「邪魔」、それはたぶん校長が、光明の関係者が、それまで、特に戦争中、最も闘ってきた世間の認識だったのではないでしょうか。
闘ってきたからこそ、相手の心理を知っている、だからそれを説得に使う・・そのたくましさ、必死さ、優先順位重視の揺るぎなさ、に圧倒されました。

戦争が終わって、昭和22年、中学校までの義務教育が制度化されました。
でも、肢体不自由児の教育の義務化は制度化されませんでした。
制度化のために、また松本校長の奔走がはじまります。

そして制度化されたのは、なんと!なんと昭和54年のことだった。
その差32年!
驚いた!

2003年の春、光明の高等部を卒業予定だった慎也くんは、卒業式の1ヶ月前に亡くなりました。
夫と慎也くんは、慎也くんが10才ぐらいから大の仲良しで、ふたりは何度もお互いの家を行き来していました。
慎也くんが我が家に来るときは、もれなく当時小学生だった弟のとしちゃんもついて来たけど(笑)。
としちゃん、生意気で可愛かったなあ。

そういえば、夫が最初に慎也くんに会った日のコメントは
「今日、すっごく生意気な小学生が来た」だったっけ。
さすが兄弟!

その、慎也くんの写真と声が今でも聴けることを発見!⇒ここ
これが慎也くんです!
昼間っからちょっと泣いてしまったよ。
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# by kuni19530806 | 2014-08-10 14:39 | テレビ

ミイちゃんの近況   

すっかり落ち着いたかにみえたミイちゃんですが、5日ぐらいから落ち着きがありません。
ただし、夜限定。

どうやら、ゴキブリ(以下G)を発見したことと関係があるらしいです。
突然、G退治だか捕獲に目覚め、発見した場所での見張りに心血を注いでいます。
ホームグラウンドの2Fから発見箇所の1Fに降りていく後ろ姿は、使命感に燃え、意気揚々に見えます。

そして小一時間も見張りを続けると、いったん2Fに戻り、食事と小休止を済ませると、また1Fに降りて行きます。
それを夜中まで3回ぐらい繰り返し、丑三つどきぐらいになってやっと寝床(2F出窓)に落ち着きます。

それがここ4日間、続いています。
実は、Gを見張っているのだ、と気づいたのは一昨日。
それまでの2日間は、突然の変貌に驚き、我が家に来て3ヶ月以上経って、すっかり安定して夜はおとなしく眠っているみたいだったのにどしたの?!とちょっと狼狽えました。

そのかわり、昼間はほぼ寝っぱなし。

こんな感じで日が暮れて行きます。
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ある夜、出窓を見たらこんな風に寝てた。
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# by kuni19530806 | 2014-08-09 17:11 |

舟を編む   

暑い!
多治見市は39℃超えとのこと。
1990年代、一緒にテニススクールに通って、現在は多治見市在住のNさん、元気かなあ。

腰痛もものもらいもなんとか治癒。
W不具合がなくなってホッとする。
火曜日水曜日の蔵書点検は本当にハードでどうなることかと思ったが、やっているうちに良くなった気さえする。
身体ってフシギだ。

今回の【帰って来たゾロメ女の逆襲】には腰痛のことを書いたけれど、そのコメント欄が興味深い。
人間の心身は小宇宙だとあらためて実感。

午前中、本屋さんに行って、「どうする?over40」で知り合ったイラストレーター中島慶子さんの挿画が載っている「小説宝石8月号」を購入する。
ついでにDVD付の「おうちヨガ プログラム」という本も衝動買い。

最近、めっきり本屋さんへ行かない。
仕事とスーパー以外は外出自体、ほとんどしていないかも。
風邪⇒腰痛⇒ものもらい、と患いが続いたから、ということにしておこう。

午後から先日、CSでやっていた録画した「舟を編む」を観る。

んーー。
原作があまり好みじゃなかったから予想はしていたけれど、映画も私には今ひとつでした。
どこで撮ったの?と思うような、旧態依然とした下宿や編集部にはすごく趣きがあったし、ディティールは好みだったのだが。

宮﨑あおい、上手い人だけど今回は違うような。
この映画も、飯島奈美さんなのだった。
すごい活躍っぷりだ。

今日のミイちゃん、なんだかすごくかわいい。
どんどんかわいくなる感じ(*^_^*)(飼い主バカ)
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# by kuni19530806 | 2014-07-25 21:27 | 映画

パンとスープとネコ日和   

WOWOWのドラマ「パンとスープとネコ日和」を観る。

もう、おもいっきりその筋の世界です。
小林聡美、もたいまさこ、光石研、加瀬亮、が出て、監督は「マザーウォーター」の人で、お料理は飯島奈美さんで、音楽は「すいか」や「めがね」でおなじみの金子隆博さん。
スタイリストは、やはり「すいか」の安野ともこさん。

安野さんといえば、1980年代のアンアン界隈や近田春夫や小泉今日子周辺には欠かせないイメージの人。
スタイリストで可愛くてアーティストで歌手で、なんか、当時の若い女性のあこがれを全て体現してる、みたいな鼻につく(笑)存在でした。
いくつなんだろ。

とにかく、いやらしいほど磐石な「パンとスープとネコ日和」ですが、内容は全く期待してませんでした。
「マザーウォーター」のように、B.G.Vとして流して見て、家事・・特に料理のモチベーションが一瞬でも上がればいいなと思って。

でも意外と面白かった。
一連の映画のもたいまさこ役の中では、今回のがいちばん合ってると思う。
底意地の悪さをちらつかせるオバサンがハマってる。
それと、伽奈&美波の「苗字なしコンビ」が良かった。
「プール」では印象が薄かった伽奈さんですが、今回は不器用そうな所作や物言い、歩き方、意外と語り好き、みたいな女の子がとてもリアルだったなあ。

ところで、加瀬亮って、なんでこの小林聡美シリーズ(シリーズじゃないけど)の一員になったんだろ。
ま、光石研も最初は違和感があったっちゃああったけど、彼は「すいか」から、それぞれ全く違うタイプの役をやってるしな。
加瀬亮は、なんていうか、いつも小林聡美にちょっと一目置いているというか憧れている的な、妙に呑み込みのいい、男性性を全く前面に出さない役どころをやっている。
別にそういう役でもいいし、加瀬亮はなんでもやっちゃいそうだけど、なんていうか、こういう系統のシリーズ(だからシリーズじゃないってば)に出続けるイメージはしない。
今回はラストのフシギなダンスも真顔でやってるし。
ま、笑いながらやられても興ざめですが。

飯島さんのお料理は相変わらず美味しそうですが、ランチ1200円はちょっと高いなあ。
世田谷仕様かなあ。
コーヒーが付いての値段ならまだしも。
小林聡美のお店はステキだし、行ってみたいけれど、ミナベルホネンを着た店主がいたら、個人的には気後れしてしまいそう。
自己批判的に「同じような雰囲気のお客さんが多い」というセリフがあったけれど、ナチュリラっぽいオシャレじゃないと行きにくいお店みたい。

喫茶ハッピーの方にそそられました。

あー、でも折に触れ、見たくなるかも。
自宅のインテリアも素敵だし、眺める分には好みのファッションだし、街はいい感じだし、調理の所作は美しいし、会話も自然だし。

お寺もよかった。
そしてもちろん、ネコも。
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# by kuni19530806 | 2014-07-19 17:09 | テレビ

腰痛   

今朝から腰痛です。
40代なかばまでは、あまりその方面には縁がなく、腰痛を訴える人に対しては高みの見物的に「たいへんそうだなあ」と思っていたわけですが、今じゃもう・・これってやっぱり加齢なんだろうなあ。

がっつりギックリ!というのはたぶんまだ経験していなくて、全く動けない、トイレに這って行くような日が何日も続いたことはないのですが、あの、「今この瞬間から」と確実にわかるピキッとした感じと、そして続く「5分前の、昨日までの、先週の、自分はなんて平和だったんだろう」の数日間は、すっかりおなじみになりつつあります。

今朝も、ピキッとした違和感から30分ぐらいは「気のせいだと思う作戦」に出てみました。
これ、必ずやります。
ピキッとしてない、しかけたけれど動けているし、このまま何事もなかったかのようにうやむやに済ませることができる、と。
そして、やっぱりちょっと気のせいではないな、と思うと、次は「動いているうちにラクになる作戦」。
安静がいちばんだとはわかってはいますが、この時点で仕事を休むことはちょっと難しい。
物理的にも精神的にも。
たいしたことはないかも、と思うわけです。
今回も、まあそういうわけで出勤しました。
満員電車はちょっと緊張しましたが、それも7~8分だし、その後の徒歩15分がけっこう大丈夫だったので、この第二の作戦を一日続行可能か、と思いました。
が、ラクにはならなかった。
そんなにひどくもないけど。

twitterでもつぶやきましたが、今日に限って、女子に抱きつかれたり、職員室と図書室が離れている学校ということもあり校内の動きが多かったり、椅子がどうもよくなかったり、で、午後、だんだん違和感が増して、帰りはちょっとキツかったです。

こうなると、問題は明日なんだよなあ。
一晩寝ることが吉と出るか凶と出るか。
当然、次は「翌日、一気に軽減している作戦」をとりますが、たまに、寝ると悪化することもあり、勝負!です。
明日は、義父の眼科の通院に付き添わねばならず、いつもすっごく待たされるので、待合室の椅子も問題。
ダメな椅子は本当にダメなので。

とりあえず、今日は湯船には浸からず、足を高くして寝よ。
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# by kuni19530806 | 2014-07-17 21:59 | その他

猫も暑そう   

童謡「雪やこんこん」(こんこ?)の呪縛で、ずっと「猫は暖かいのが好き⇒夏が好き」と思ってた。
でも、暖かいのは好きでも、暑いのは嫌いみたい。
そりゃそうか。

そんなわけで、我が家のミイちゃんはこのところ、昼間はぐったりです。

猫専用のウエットティッシュを購入。
犬も猫も、身体を濡らされるのは嫌いと思っていますが、最近、また毛がすごく抜けるし、痒そうにしている感じもするので、拘束して拭いてみました。
最初こそちょっと嫌がったものの、そのうちされるがまま状態になり、最後は気持ちよさそうな顔に。

そしてクールシート。
これまた、気持ちよさそうです。
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最近、義父母の猫への執着がハンパなく、ひっきりなしに猫の話題です。
猫が、2階を自分の本拠地と思っているのがどうにも不満らしく、いろいろ手懐け作戦を敢行しています。
猫が義父母のいるお茶の間で寝ていたりすると、起こさないように静かにしている模様。
起きると2階に帰ってしまう、と思っているらしい。
そして、自分からはすり寄るものの、こちらが抱っこしようとすると最初は嫌がったり、呼んでも抱っこされにはやって来ないミイちゃんの習性をまだ理解していないらしく、「ミイちゃん!抱っこしてあげるからおいで!」と言っては無視されることに納得いかない様子。

でも、それでもミイちゃんは階下に順応したんだけどなあ。
自分から行くようになったし、平気で熟睡するし。
義母はいちばん動かないことも察知したらしく、義母の膝の上には長い時間座っています。

なのに、物足りない二人。
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# by kuni19530806 | 2014-07-16 20:33 |

ランチのアッコちゃん   

柚木麻子『ランチのアッコちゃん』を読む。

失恋した若い派遣OLが、ひょんなことから1週間、自分の手製のお弁当と、40代で独身で仕事が出来て大柄なアッコ女史こと黒川部長の外ランチを交換することになって・・という表題作+3編の連作ありの中編集です。

どれもポジティブで、わかりやすい展開で、疲れた心身に効きそう・・・とか月並みなことを書きましたが、どうだろうか。
効くのか、これ。
美味しそうな料理がいろいろ出てくるし、前向きな気分になることはなるけれど、持続性はないみたい。
持続させるのは自分の力で、とか言われんのかな(誰に?世間にか?)。

すごく身も蓋もないことを書きますが、柚木麻子さんには「私にはこれしか書けない」という切迫感がないですね。
唯一無二な感じがない、と言い換えてもいいけれど。

面白くないわけじゃないんだけど、それなりに読ませるんだけどなあ。

同じ通俗小説でも、山本幸久さんや平安寿子さんとは違う。
登場人物の気持ちや行動が変わっていく過程が安直に映るからかもしれない。
たとえ短編でも、いちばん濃く描きたいのがその場面じゃないにしても、そういう、端折った感は、人間を甘く見ているというか、ちょっと不遜に思える。

でも、読後、お腹は空きました。
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# by kuni19530806 | 2014-07-13 23:26 | 読書

神はサイコロを振らない   

2006年1月~3月に日本テレビで放送された『神はサイコロを振らない』全9話を見る。

大石英司の同名のSF小説のドラマ化です。

1996年に離島から長崎に向かって飛んでいた旅客機、東洋航空402便が、積乱雲を避けようとしたのを最後に忽然と消息を絶ちます。
事故と断定された402便ですが、ただ一人、機はマイクロブラックホールに吸い込まれたという説を主張し、その後、勤務先の東大を追われた物理学者の山本の仮説どおり、10年後の2006年、402便が長崎空港に姿を現すところからドラマは始まります。

主人公は、東洋航空の地上勤務のグランドホステスで、10年前も支援対策室で遺族の世話係をしていた、小林聡美演じる黛ヤス子。
ヤスコの恋人哲也は402便の副操縦士、親友亜紀は402便の客室乗務員でした。

10年後、突然帰って来た402便の客と乗務員。
しかも彼らに経年の感覚も事実もなく、10年前の姿のまま。
帰って来た者、迎える者、その双方にも、航空会社にも、社会にも、戸惑いと混乱がもたらされ、そのうえ、物理学者山本は、彼らは10日後に消えるだろうと予言します。


私にとって特別なドラマ、あの「すいか」の2年半後に放送された、同じTV局、同じ小林聡美&ともさかりえ主演、同じ佐藤東弥演出、のドラマだったので、番宣を見て、おっ!と思った記憶があります。
夜の民放の1時間の連ドラでSFって珍しいし、大丈夫だろうか、とも思いました。

結局、リアルタイムでは一度もちゃんと見ませんでした。
2006年1月といえば、長兄が亡くなったときですが、それが理由だったのか、それとも、理由じゃなかったのか、は今ではもうよくわかりません。
たぶん、初回、第2回あたりは、全く視聴できる状況ではなかったのでしょう。

その後、何度かDVDで見ようと手にとったこともあるのですが、なんとなく見そびていました。

そしてようやっと今。

ドラマとしてのクオリティは私にはよくわかりません。
正直言って、このようなスケールのSFにしては視点が限定し過ぎていると思いますし、遺族や東洋航空という会社の人間の描き方が途中まではベタ過ぎる気がしないでもありません。
社会の注目はほぼ描かれていないのも不自然っちゃあ不自然。
哲也や亜紀が自分の家族にクール過ぎるし、ご都合主義な展開も多々ある。
視聴率も奮わなかったようですし、その後、知る人ぞ知る、の語り草になっているドラマ、ともあまり聞きません。

でも、私はすっごく良かったです。

なにより、主要4人、小林聡美、ともさかりえ、山本太郎、武田真治(ヤス子の弟菊介)、の人選の妙。
4人ともうまい!
山本太郎、いい役者の道を進んでいたのになあ。
演技力とはちょっと違う、役の取り込み力っつうの?
哲也は彼しか考えられない、まるで「あてがき」みたい。
女性二人も素晴らしかったし、脇を固める、遺族会会長の尾美としのり、402便の客のベンガル、儲け役とも言える東洋航空の本部長役の岸部一徳、などなども素晴らしい。

タイムスリップ物ってせつない展開になること、必至です。
あの『時をかける少女』も、原田康子の『満月』も、荒木源の『ちょんまげぷりん』も。

『神はサイコロを振らない』もかなり涙腺を刺激されました。
特に最終回、第9話は号泣。
せつなかったあ!泣いたあ!

それにしても、小林聡美と尾美としのりが一緒に出てくると、つい『転校生』を思い出しました。
二人共、いい役者になって良かったなあとしみじみしてしまった。

そうそう。
ヤス子と菊介は、すっごくいい感じの古い一戸建てに住んでいるのですが、その周辺のロケは、「すいか」のあの場所、宿河原でした。
夏じゃないあの場所もドラマに出ていたなんて!
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# by kuni19530806 | 2014-07-12 21:01 | テレビ

なぎさ   

山本文緒『なぎさ』を読む。

あの山本文緒さんの長編小説が帰って来た!
15年ぶり、だそうです。

恋愛小説の名手と言われ、『群青の夜の羽毛布』『恋愛中毒』『プラナリア』などなど、もう何年も経っているのに、ざわざわひりひりした読後感がずっと残っている、あの山本文緒さんの長編小説の新作(去年だけど)を読むことができて、よかった。

人は変わるし、変わらないものだなあと思いました。

事情を抱え、久里浜という地でひっそりと、いろんなことを諦めたように二人だけの完結した世界で生きる冬乃と佐々井くん夫婦。
そこに、才能豊かで、やはり事情を抱えたような冬乃の妹、漫画家だった菫(すみれ)がやってきます。

菫の発案で、菫と冬乃は久里浜でカフェをやることになり、そこにブラック企業に勤める笹井くんの部下の元笑い芸人の川崎くん、菫とワケありのモリなどが絡み、佐々井夫婦は、ひっそりも、自己完結もしていられなくなります。
なにより、冬乃はカフェに関わることで「諦める」ことに違和感を覚え始める。
その象徴が以下の冬乃の独白。

「私、ちょっと前まで自分は何にもできない人間だって思ってたんです。今でも私なんかにできることはすごく少ないって思いますけど、でも今まで自己評価が低すぎたと思うんです。何にもできない、働く自信がないってただ嘆いて、できないんだからしょうがないってどこかで開き直ってたところもあったと思います。自己評価が低すぎるのって、高すぎるのと同じくらい鼻もちならないのかもって最近気が付いたんです」

当然、佐々井夫婦に軋轢が生じます。
冬乃、菫姉妹にも。
狂言回しのようなそうでもないような川崎くんは、終始、オロオロドタバタ、短絡的で下世話で能なしで、読み手に共感と不快感を撒き散らしながら(?)夫婦達に関わります。

正直、最後の最後まで、読んでいて楽しい要素の少ない小説でした。
夫婦の、姉妹の、事情となる存在に対して、個人的に説得力がなかったし。

少々ネタバレしますが


存命中、私は母親に仕送りをしていました。
もちろん、自分と夫の生活を脅かすような金額ではなかったし、母親にしつこく送金をせがまれたこともなかった。
でも、だからこそ、この小説の「事情」には違和感があります。
世の中にはどうしようもない親がいる、というのはわかるし、親子関係は外側からはうかがい知れぬ事情に満ちているというのは、長く生きれば生きるほど感じるわけですが、なんだかこの小説の親子関係は私には承服しかねる(笑)のです。


それと、モリや、川崎くんの知り合いの紅ジャケくんも、なにより所さんが、私には、作者にとって都合のいい登場人物、という気がしました。

でも、それでも、やっぱり山本文緒さんは凄いなあと思いました。
おもいっきり感情移入できる登場人物がいなくて、展開がこうで、違和感があって、読後はやりきれなさや残尿感や閉塞感でいっぱいになると思いきや、なにか深いもの、希望のカケラのようなものに触れたような。

簡潔に安易に感想をまとめられない種類のいろんな感情がずっと残るような。

さすがっすね。

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# by kuni19530806 | 2014-07-11 23:19 | 読書

首折り男のための協奏曲   

伊坂幸太郎『首折り男のための協奏曲』を読む。

すごいタイトルですけど、伊坂幸太郎の小説だと知ると、なんだか納得。
時空や時系列や人間が交錯していて、読みづらいったらありゃしない中編集ですが、それも伊坂幸太郎の小説だと知ると、まあそうよね、みたいな。

伊坂ファンが好きそうな世界だなあ。
私も、自分はけっこうな伊坂幸太郎ファンだと思っているのですが、ちょっとブランクがあったせいか、しばらくは、まるで暗闇に放り出されて目が慣れるまではその世界の状況が把握できず混乱する人、みたいでした。
でも慣れると、そんな混乱はなかったこととなり、最初から馴染んでましたやっぱり伊坂幸太郎は面白いよねこのいちげんさんにはハードルが高そうな交錯感(?)こそがたまらんのよ、という気分に。

どれもすっごく面白いです。
こういう、作者の個人的趣向やひとりよがりの達成感が前面に出ている小説って、かなり諸刃の剣だと思うのですが、そこは確固たる世界が出来上がっていてそれを心待ちにしているファンが列をなしている作家、理解と共感が得られる自信に満ちた仕上がりです。

出来すぎの妙「僕の舟」、因果応報の「人間らしく」、「月曜日から逃げろ」のからくり、祟りの話と括るとつまらないけれどつまらなくない「相談役の話」、ちょっといい話的ラストの「合コンの話」・・もよかったけれど、私は最初の2編が秀逸でした。

伊坂さん、いわれなき暴力とか、濡れ衣とか、イジメがモチーフの話が多すぎる気がするけど、伊達に取り扱い数が多いだけじゃないな、と思いました。

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# by kuni19530806 | 2014-07-06 19:54 | 読書

コーラの効用   

日曜日は、年に2回の恒例になっているピン芸人ユリオカ超特Q単独ライブ「第15回Q展」昼の部に行ってきた。
そのときから、すでに風邪っぽいとは感じていた。

雷の音は聴こえていたものの、ゲリラ豪雨にも全く合わずにQ展を堪能し、冠水した新宿駅西口の地下道を「そんなに降ったの?」と驚きの目で見、家に帰って、ああダルいなあと熱を計ってみたが平熱で、翌月曜日の研修にも出席し、でもやっぱりダルいなあと熱を計ってみたがやっぱり平熱で、今日も今日とて、ふつうに出勤し、帰って、やっぱりダルいなあと熱を計ってみたがやっぱり平熱だった。
食欲もないわけじゃないし、ノドが痛いわけでもない。
でも、ダルくて鼻が出て、熱っぽい。
しつこいけど、熱はない(体温計が壊れているわけではない)。

そんなわけなので、今日のほぼ日の「今日のダーリン」はツボだった。

長いこと「じぶんという自然」とつきあっていると、
 まるで暗黒にも思えた「じぶん」にも、
 ある程度の法則性が発見できるようになってくる。
 
 まず、基本は「風邪」に関することだ。
 なんだか理由もなく怒りっぽい日だなぁと思ったら、
 それは、風邪をひいていると考えたほうがいい。
 いつもだったら気にならないようなことで、
 なんだか腹が立つなぁと感じたら、
 それはやっぱり「いつもとちがう」ということだ。
 翌日、「あれは、風邪だったんだ」と気づくことになる。
 
 さらに、生活の「よき習慣」を破壊する原因は、
 ほとんど、たいてい、風邪だ。
 腹筋やら腕立て伏せでも、ランニングでも、早起きでも、
 食事の節制でも、毎日の勉強でもなんでも、
 風邪をひくと、いったんそれを休むことになる。
 この休みから復活して、せっかくの習慣を
 最初からはじめるというのは、なかなか大変なことだ。
 三日坊主と言わないまでも、
 いろいろな「よき習慣」が挫折したという場合は、
 風邪のあと戻れなかったということが多い。
 
 日頃は食べないようにしているジャンクな食いものを、
 無性に食べたくなるのは、体調の悪いときである。
 なんでだろう、悪いものほどうまく感じる。
 ひょっとしたら、こころのほうにも、
 そういうことは言えるかもしれない、とも思っている。
 スキャンダルだとか、人の愚劣や下品な話題に
 興味を持つときというのは、こころが弱っている。

 いつもとちがって、過剰に熱心に洗濯や掃除をするとき、
 これも、身体が弱っている場合が多い。
 何年ぶりに靴みがきしちゃったよとか、
 徹底的にトイレ掃除したぞ、なんて日の後は気をつける。
 
 こうして列挙してみると「いつものじぶん」というのが、
 どういうものなのかをモノサシにしているとわかる。
 「いつになく」とか「妙に積極的に」とかは危ない。
 「ムリ・ムラ・ムダ」は黄色信号っていうことのようだ。

今日も、「ほぼ日」に来てくれてありがとうございます。
気持ちのいいリズムをキープする。これが大人のやり方ね。


全文、転載していいのだろうか。
よくないな。
マズかったら非公開にしようっと。

集団的自衛権の件、いろいろ考えて、思うところはあるのだが、ダルいとまとまらない。
寝込んでいるわけではなく、仕事に行ったり、家事をしたりはふつうにしているのに、やっぱり私は風邪だ。
久しぶりの。
だから、思考がまとまらないし、まとまらないだけならまだしも、なんだか諦観っぽくなって情けない。

一昨日、昨日は早く寝た。
睡眠時間は足りている。
でも、ここ2ヶ月強の、今までとはちょっと違う仕事の疲れは自覚していた。
仕事の日は午後から頭痛に見舞われることが多かったし、帰路の足取りは重く、家に帰ると何もしたくなく、仕事の日は食べても体重が増えなかった。
体調が悪いわけではない。
仕事のない日は足取りも重くないし、食べた分、体重は増加してたし。
休みの日に出かけるのもまったく億劫ではなかったし。

仕事が苦痛、というのでもない。
頭痛とか、足取りの重さとか、精神的拒否症状?と思いそうになるが、そういうわけではない。

でも、疲れてたんだよなあ、私。
慣れない場所、仕事、ポジションと、やらなければならないことの量と、そのわからなさと、直の雇用でないことのめんどくささと、通勤の満員電車と、中途半端な仕事のサイクルと、家のこととの両立とかに。
それが、日曜日からの風邪であらためてわかった気がする。
少し慣れてきたからこそ、緊張感が薄れ、風邪をひいた感じ。

ちょっとしたモヤモヤってコーラを飲むと薄れませんか?
私だけ?
ってか、麻薬みたい?!
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# by kuni19530806 | 2014-07-01 22:28 | その他

降ったりやんだりの土曜日   

明後日のフォローアップ研修に絵本を持って行かねばならないのだが、迷った挙句決めた本を家から2番目に近いM図書館に借りに行ってきた。
M図書館に行くのは何年ぶりだろう。
大森望さんと豊崎社長のトークライブ以来、のような気がする。

カウンターにはかつての同僚、Oさんがいた。
相変わらず元気そうだったが、Oさんにしては肌のハリが今ひとつだったかも。
お疲れ気味なのか。
いろいろ話をしたいと思ったが、久しぶり過ぎて、何を話していいかわからず。
「今、どうされているのですか」(そういえば、Oさんは私にずっと丁寧語だったっけなあ)と聞かれたのでカンタンに近況報告。
カウンターの人とあれこれ私語を交わし続けるのもナンなので、とっとと帰って来た。

M図書館は、14年前にしばらくアルバイトをしていた図書館なのでなつかしい・・と言いたいところだが、6年前に建て替えられたので郷愁は感じない。
古い、そもそもは図書館用に建てられたわけではない、昔のM図書館の建物がけっこう好きだった。

ときどき、建て替えられた古い建物たちは今どこにあるのだろうと思うことがある。
ありませんか。
現在、家のすぐ近くの小学校が建て替え中で、もうすぐ完成なのだが、その小学校の古い建物も、どこかにあるような気がしてしまう。
囲い越しとはいえ、日々壊されていく様子を見てたにもかかわらず。

取り壊される建物って哀しい。
私は経験がないけれど、自分で建て替えを決めたとしてもきっと哀しいだろう。
それが、自然災害でなす術もないとしたら・・想像しただけで、膝の力が抜けそうだ。

M図書館の帰り道、財布を拾った。
お金は入ってなかったが、免許証とか保険証とか印鑑登録証とか図書館とか、とにかくカードがごっそり入っていた。
財布じゃなくてカードケースじゃないか、だが、形状は完全に財布。
小銭入れもあったし。
交番に届けた。
それだけです。
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# by kuni19530806 | 2014-06-28 22:15 | その他

忘れ物を恐れ、要らないものを持って帰ってた   

アメトーーク、の「寂しいお父さん芸人」にうっかり涙しました。
いや、内容に泣いたわけではなく、FUJIWARA原西の泣いている姿にもらい泣き。

今日も今日とて、不穏なお天気。
洗濯機を回しているときは陽射しがまぶしかったのに、干そうとしたら真っ暗。
そんなさなか、雇用先の会社から電話が来て「S小学校の図書の担当の先生から『児童全員のバーコードファイルがないようだ』と連絡が来ましたが、ご存じありませんか」とのこと。

ま、まさかと思って、昨日帰ってから全く触れていないバッグを探ると
どっひゃー((((;゚Д゚))))
持って帰ってたよ、そのファイル。

今の仕事、マニュアルとか報告書とか連絡票、作りかけのとしょだより、購入図書用の資料・・などなど、持ち歩く書類がやたら多くて、重いカバンを持っての通勤の日々になっています。

2校に通っているので、それぞれごとに分けて持ち歩けば少しは軽くなるとはわかっているものの、下手に2セットにすると、自分の性格上、あれがない、これを入れ違えた、という事故が多発するのが明らかなので(めんどくさいし)毎回2校分を持ち歩いているのです。
なので、持って行ったファイル関係を学校に忘れて帰ってくることだけは気をつけています。
もう1校に行くときに困るから。

ファイルを忘れない、ことに躍起になり過ぎて、持って帰って来なくていい、来ちゃいけない、ファイルまで持って帰って来た、という顛末。

あわてて届けに行きました。
通用門を開けてくれる用務主事の女性に、「どしたの?なんか忘れた?」と一発で状況を的確に指摘・・いや、逆だよ、忘れたんじゃなくて、と思ったものの、ヘラヘラと「ええ、まあ」。

落ち着いた仕事ぶり、にはまだまだ程遠いなあ。
今までの職場でも「落ち着いた仕事ぶり」だったことがあるのかどうかはさておき。

午後から「続・最後から二番目の恋」をちょっとまとめて見る。
最終回まで一気見。
最後は賑々し過ぎたし、ちょっとドタバタ感が強いドラマだなあと思ったし、そもそも、第一部を見てないでの視聴ですが、時々心にヒットするセリフがありました。
最終回の和平(中井貴一)の「どんな立場の人にもそれぞれの『現場』がある」とか。
ちょっと、「サラメシかよ!」とも思いましたが。
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# by kuni19530806 | 2014-06-27 17:48 | 仕事

6月最終勤務(S小学校)   

今日はS小学校勤務日。
学校公開中で、校内にはいろんな人が出入りしていた。
図書室にも。
保護者(最近は「父兄」とは言わないらしい)がほとんどかと思いきや、けっこういろんな年齢層の人がいた。

そんな中、授業での図書室利用が4時間もあっててんてこ舞い。
そのうちの2時間は4年生の調べ学習で、もう2時間は1年生と2年生の読書の時間。
読書の時間はほぼ絵本のよみきかせをやる流れになっている。
今日も読んだ。
2年生にはビッグブックを読んで、先生にも持ってもらって、そのままよみきかせに巻き込んでやった。

木曜日の6時間目は、1年生のクラスの読書利用がもう恒例になっているのだが、そのクラスの男子1名が昼休みに「6時間目に来るね。楽しみにしててね」と言いに来るのも恒例化している。

毎週来る。
走って来てそう言うと、走って立ち去る。
すごくかわいい。
っていうか、新人学校司書を喜ばすために送り込まれて来ているとしか思えない。
私、毎週夢を見てるんじゃないか。

この案件の完璧さは、この児童が授業中はとりたてて私に何も言わないこと。
ふつうに、カウンターで「借ります」「返します」とやりとりするだけ。
中には、話しかけてきたり、いたずらっぽいことを仕掛けてくる子もいるのだが、彼はしない。
でも、昼休みには必ず来る。
「楽しみにしてる」じゃなく「楽しみにしててね」がポイントか。

最近の小学校はお昼休みと5時間目の間に掃除をする。
私の時代は放課後だった気がするけど、地方に寄って違うかも。

S小学校の図書室は5年生が掃除するのだが、学校生活のことをいろいろ聞きながら一緒に掃除するこの時間が私はけっこう楽しい。

今日は男子2名、女子2名が汗だくでやってきた。
こっちが何も聞いていないのに、男子が「今までドッジボールをしてたんだ。うちのクラス、前にドッジボールで優勝したんだよ」と教えてくれる。
私が「そうなんだ。じゃあ、ドッジボールのあとはお掃除をがんばって、今度はお掃除大会でも優勝しようか」と言うと、「お掃除大会だって!」「そんなのないよー」とウケた。
それまで黙々とお掃除していたいちばんおとなしそうな女の子がいちばん笑った。
私、心でガッツポーズ。

子ども達と接するのは楽しいことばかり・・というわけでもない。
ちょっとア然とする行動をとる子もいる。
先生はタイヘンだなあと思う。
冷淡に見えることが多い先生の物言いも、しかたないのかな、と思ったりもするが、う~ん、カンタンに納得しないようにしよう。
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# by kuni19530806 | 2014-06-26 20:50 | 仕事

ハードルの意外な高低   

今月は心を入れ替えてこのブログを日記として書こう!と思っていたのだけれど、最初の数日で頓挫し、もう6月も終盤ではないか。
ヒトサマの身辺雑記を読むのが好きなので自分もそういうのを書きたい、読書の備忘録は一応続けるけど、と決意したはずだったのに、なかなか書けないものだ。
twitterで上限字数にこだわったようなつぶやきをしているせいなんですけどね。

twitterでも書いたけど、今日は母親の祥月命日だ。
丸14年かあ。

そして、そろそろ父親の一周忌の日取りも考えなくては、と思う今日この頃。

仕事は慣れてきた・・と思う。
特に、しょっぱなは高いハードルに思えた「クラス単位で子ども達の前で何かやる」が意外と楽しい。
もちろん、新人で拙いし、最初の数分は緊張するけれど、そういえば私はおせっかいなので人に説明するのはキライじゃないのかも、と思ったりもしている。
自分が人より子ども好きなのかどうかはわからないけれど、少なくても、大人より子どもの前で話す方が百倍ぐらいラクだ。

それに比べて、思ったよりハードルが高いのがとしょだより作成。
出勤時にやる余裕はほとんどなく、だいたい家で作っている。
職員室でしかwordを使えない学校があって、職員室に長時間いたくない、というのもある。

なにがハードルかって、ルビ!
送り仮名がめんどくさい。
レイアウトを決めても、ルビで行間や1行の文字数が変わって、配置が狂ってしまうことがしばしば。
学校と家でバージョンが違うのもやりづらいし、そもそも、私は誰にwordを習ったわけでもなく、wordの使い方的な本も開いたことがなく完全に自己流なので、実はよくわかってないのだ。
何年も、よくわかってないまま使い続けてきたのよ。

明日は学校公開授業に参戦だ!
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# by kuni19530806 | 2014-06-25 16:58 | 仕事