<   2015年 03月 ( 6 )   > この月の画像一覧   

伯父の訃報   

3月28~29日で喜多方に行ってきました。

母方の伯父が亡くなったのです。
90才という年齢ですし、心臓に持病を持ち、今までニ度、なぜかどちらも旅行先で倒れたとのことなので、傍目には「ある程度の覚悟はしていただろう」ですが、覚悟なんてできないもんです。
それは自分の経験でもよくわかる。

伯父は、自転車に乗って近所のスーパーに行くのを日課にしていたようで、その日も出かけ、スーパーの駐輪場で倒れ、そのまま逝ってしまったのでした。

救急車が到着し、心肺停止状態であることがわかると、救急車は近隣の中心都市である会津若松市の大きなA病院に連絡をとり、そこからドクターカーを走らせてもらい、途中で合流して、伯父はドクターカーの中で専門的な蘇生処置を施されたようです。
それでも残念ながら戻ってくることはなかった。

伯父が住所や名前や連絡先を携帯していたことと、伯父の長男(私の従兄)Rちゃんは地元で小児科医をしていて、偶然にも週に一回A病院の小児科で診察を受け持っていたことで、Rちゃんのところにはドクターカーから直接連絡が入り、蘇生が叶っていないことを知らされたそうですが、Rちゃんは、近所に住む自分の母親にはそのことを電話では伝えられず、ただ「お父ちゃんがスーパーの店先で倒れて救急車でA病院に向かっている。今から車で迎えに行くから、お母ちゃんも準備して待っていて」と言ったそうです。

それを聞いた伯母は、自転車で転倒してケガをしたのだろうと思い、まさか心肺停止とは思わず(当然です)、入院の準備をせねば、と、下着や洗面道具を集めはじめたそうですが、それが終わらないうちに息子の車が到着し、「まだ入院の準備ができないからもう少し待っててくれ」と言ったとのこと。
Rちゃんはそれを聞き、意を決して「お母ちゃん、その用意は要らないと思うよ」と告げると、伯母は一瞬きょとんとした顔をし、「そうか。わかった」と答えたそうです。

そして車は30分ほどでA病院に到着。
連れて行かれた場所は、診察室でも手術室でも集中治療室でもなかった。
そして部屋に入って、あまりのことに驚き言葉を失った伯母。

そう。
伯母の「わかった」は、Rちゃんの意図したことを察したのではなかったのでした。
入院の必要がない軽いケガ、もしくは、A病院は病院で指定された入院着や洗面道具しか使わせてもらえないのかと思った、だったようなのでした。
なんだか、そういう「非常時はことさら自分にしっくりする解釈をついしてしまう」ってものすごくわかる。



去年の11月、私は急に思い立って、友人3人と喜多方に行き、伯父伯母、Rちゃんと一緒に夕食を食べました。
それまでは何年も喜多方には行っていなくて、伯父にとって私はイチバン不義理な姪だったのに、そんな私が、甥姪の中で元気な伯父に会った最後の人間になったのでした。

去年の11月の伯父はとても元気そうで、終始ニコニコしていました。
私に「元気でやってるか。うんうん。ならいいんだ」と言った伯父。
一緒に喜多方に行った友人のひとりが、会食の数分間を動画に撮影してくれました。
そこには、好々爺の見本みたいな伯父が映っています。
行ってよかった会えてよかった動画を撮ってもらってよかった。


今回、連絡をもらい、義母のデイサービスへの送り出しを済ませ、土曜日の午後に喜多方に到着しました。
そのままタクシーでセレモニーホールに行くと、ちょうど納棺式が始まったところでした。
そこには、見慣れない若者がたくさん。
全員、伯父の孫でした。

伯父にはRちゃんを筆頭に、Hちゃん(男)、Fちゃん(女)と3人の子どもがいますが、3人にはそれぞれ、2人、3人、3人の子どもがいます。
少子化のこのご時世にはめずらしいことに、伯父は8人の孫がいたのでした。

末っ子のFちゃんが私より2才年上なので、その子供たちもみな20代~30代前半。
伯父にはひ孫もふたりいて、どちらも最近生まれたばかり、そのうちのひとりRちゃんの長女のAちゃんの子どもは、伯父が亡くなった翌日に初めてひいおじいちゃんに会いに来る予定だったそうです。
伯父はそれを心待ちにしていて、認知症でもないのにそれまでの一週間は毎日伯母に「Aと子どもはあと何日で来るのか」と聞いては呆れられていたそう。
今回倒れたスーパーも、伯父は、やって来る孫とひ孫のために何か買おうとして行ったのではないかと言われています。


Aちゃんは18才まで喜多方で暮らしていました。
15年前、私の母親が喜多方の病院で危篤状態になったとき、夜中だというのにRちゃんと一緒に病院に駆けつけてくれて、私の母親の足をずっとさすってくれたのが、当時高校生だったAちゃんでした。
それ以来、15年ぶりに会うAちゃんは、顔立ちは高校生のままながら獣医になっていて、乳飲み子を抱きながら号泣していました。
(続くかも 続かないかも
[PR]

by kuni19530806 | 2015-03-31 21:34 | お出かけ | Trackback | Comments(1)

年度末   

今年度最後の出勤でした。
来年度の残留が決まり、しかも明日と来週はそのための研修があるので、一段落感はあまりありません。
が、昨日と今日、それぞれの学校で年度末の挨拶をし、昨日の学校の図書担当の先生は転勤が決まって、ちょっとふたりでしんみりしちゃったり、今日の学校は、隣の1年生の教室で新入生を迎える準備が始まっていたりで、年度末の雰囲気を味わっています。

5月からの勤務だったので11ヶ月、正直、よく持ったなと思います。
週2仕事なので肉体的にキツいわけではなく、その証拠に体調も割合安定していたし、義父母もギリギリ小康状態を保っていましたが、なんだかやけにハードな1年だった印象。
小学校という職場はやっぱり独特だし、直接雇用ではなく業務委託の会社雇用というのは、自分にはなかなか馴染めず、今も正直馴染めないところがあって、よけいな疲労感が加味された1年間だったような気もします。

いろいろ面白いこともあったけれど。
来年度の目標、面白いと思うことを増やす!
学校や委託会社との距離感が少しわかってきたので、ちょっと肩の力を抜くことができればいいなあ。
ハードルの高いプレゼンをして採用されてしまったので、夏休みはまた愚痴まみれになっているかも、ですが。
ま、今は考えないでおこう。


それにしても今知ったニュースのインパクトがあり過ぎる。
香川のため池で男の子が亡くなった事件、5年前にその子のお姉さんも同じため池で亡くなっているって!

15年前、母親が会津の大きな病院に入院して集中治療室に入ったとき、隣のベッドは、ため池に落ちて意識が戻らない女の子でした。
両親を見てられなかった。
お母さんはずっとずっと泣いてて。
でも、数日経って、女の子の意識は戻りました。
あの女の子、今も元気だろうか。

しかし、姉弟が同じため池ってなんなんだろう。
[PR]

by kuni19530806 | 2015-03-26 22:09 | 仕事 | Trackback | Comments(0)

夜の木の下で   

昨日は参った。

義父の眼科に付き添ったのだが、3~4時間の拘束は覚悟していたものの、12時半に家を出て、帰って来たのは18時半だった。
怒涛の6時間コース。

通院している眼科は今月から新しい場所に移って、今までのように、受付と眼底カメラ、診察と視力検査、の待合室が一緒でカオス状態になっていない分、ゆったり人が少なく見え、こりゃあ今回は早く終わるかなあと思ったら甘かった。

義父の担当医は院長で、院長だけ午後の診察が15時開始だった。
どうも、午前中の診察がメチャクチャずれ込んだらしい。
緊急オペとか、多い人なのだけれど。

義父は15時半に診てもらったが、その前の視力検査で、前回より視力が極端に落ちていることがわかり、でも原因がわからず(眼底カメラなどでは問題なし)、最初の診察後、急遽、造影剤を入れて血管の状態を調べることになり、それにけっこう時間がかかり、その後、また診察があり、造影検査でも異常が認められず、とりあえず様子見になり・・・で、なんだかんだで18時を過ぎていた。

私はその間、ほぼ座っているだけだったが、座っているだけって疲れる。
腰痛もぶり返してしまった。
病院の待合室は、読書も進まないし。
みんなは進むのかな。
私はダメだ。




湯本香樹実著『夜の木の下で』を読む。

湯本さんは『夏の庭』しか読んだことがなかった。
『夏の庭』は確か今から20年ぐらい前の小説だが、めきめきと児童文学の名作になり過ぎて、すごく好きなのだけれど、ちょっと勝手にひとり歩きしているイメージ。
比喩が正しくないかも、ひとり歩きって。

私にとっての2作めの今回の湯本さんの本は短編集。

表紙の色味がとても好きだ。
『夏の庭』の表紙は緑系だった気がするが、湯本さんの文章には緑や青が似合うなあ。

長いスパンで書かれた短編を集めた本だし、連作ではないが、トーンは揃っている。

テーマがあるとすれば、死と隣り合わせの生・・というか、生と死に境目などない、かな。
それが一貫して描かれている感じ。

そして、兄弟、姉妹の独特の距離がもうひとつのテーマのような気がする。

誤解を恐れずに言うと(少し恐れてるけど)狡いテーマだ。
地味だけど磐石というか。
でも、死を扱っても、湯本さんの小説には初期の吉本ばななのような鼻につく感じはない。
もちろん、全て私の主観ですが。
あ、断るまでもないか。

死んでしまった双子の弟と隠れたアオキの木の「洞窟」について書かれた「緑の洞窟」と、事故に遭って意識不明になった弟を思う姉の目線で語られる表題作「夜の木の下で」が好き。

この2作は15年の時を隔てて書かれているのも感慨深い。

「思い」と「思い出」は違う・・というとあたりまえみたいだけれど、「思い出」と「思い出す」も浮かぶことが違うなあ。

私は2006年に兄を亡くしているけれど、これを読んだら、兄に対する「思い」と「思い出」と「思い出す」を書き出してみたくなった。
それぞれ、浮かぶことが違って、しかもタイミングや自分の精神状態で、思いも思い出も思い出すも変わってくる。

変わるっていいなあ。
終わってないってことだもんな。
終わってないって、自分の中では生きているってことだ。

若いときには気づかなかったそんなことが、あたりまえのようにわかるようになる。
不思議だ。
a0099446_20333298.png

[PR]

by kuni19530806 | 2015-03-24 20:33 | 読書 | Trackback | Comments(0)

恋するソマリア   

高野秀行著『恋するソマリア』を読む。

面白かった!
前作『謎の独立国家ソマリランド』で基本的知識を得ている分、今回はすんなりその世界が理解でき(たような気分になれ)、なんとなれば、旧知の人たちに再会した心持ちにもなれ、グングン読めた。
今回は本の雑誌社刊行じゃないんだ、という一抹の残念さ、みたいなものはあったにせよ。

しかし高野さんは文章が上手いなあ。
内容にインパクトがあるので文章は見過ごされそうだけど(そうでもないか)、すっごい文才だと思う。
そして、喩え上手。

腰痛を秘境に喩えて、そこを探検するというテイにした『腰痛探検家』にも唸ったけれど、今回の「ソマリアに恋した自分」という設定も秀逸だ。
的確な喩えをすることで、こんなに状況がわかりやすくなるかとびっくりした。

更に、今なにかと問題や話題になっているイスラム教について、なぜ、民主化するとイスラム厳格派が選挙に勝つのか、それは日本でもおなじみの「宗教は選挙に強い」「宗教にはお金がからむ」あたりまではなんとなく予想できたけれど、そこにはもっと複雑な心理が交錯して、それは世俗的な、宗教による規制を嫌うインテリ層は理想に走りがちで仲違いしやすいとか、イスラム厳格派に反対する層がデモを行い、政府に弾圧されることで、ますます国を不穏にしたり、エジプトのように、非民主的な軍と非イスラム派が結託して、正攻法、民主的な手続きで政権を握ったイスラム厳格派政権を弾圧するという、ねじれた事態にもなっている、などなど、日本の報道だけではなかなか想像できなかった「現実」もこの本で少しわかった。

それはなんとなく、今の日本にも当てはまる流れでもあるような気がするのがとても引っかかる。
「規制を嫌うインテリ層は理想に走りがち」あたりとか。

理想に向かって走らなくてどこに向かって走る!?と言われると、とっさに返す言葉が見当たらないんだけど。

話は変わるけれど、今回のル●ネのCM騒動は気持ち悪い。
あのCMを作った人は相当バカだと思うけれど、ここぞとばかりに声高に理攻めの正論で批判してる人々も苦手だ。
自戒の念も込めて思うのだけれど、今自分は誰恥じることなく正しいことを言っているという感覚は、正しいこと以外を丸ごと排斥する気がする。

それって、本当に世の中をよくするのかな。

a0099446_112068.png

[PR]

by kuni19530806 | 2015-03-21 11:20 | 読書 | Trackback | Comments(2)

東京プカプカ⇒洋子さんの本棚⇒狗賓童子の島⇒さすらい猫ノアの伝説   

最近、読んでいた本。
忘れそうなのでとりあえずタイトルだけ。
感想は書きたい。
『狗賓童子の島』は、 【帰って来たゾロメ女の逆襲】で取り上げたけれど、読了直後にバタバタと書いたので、数日経った今はちょっと気に入らないところもあるのであった。
なので、あらためてここに書きたい。

中野翠著『東京プカプカ』
a0099446_1728579.png



小川洋子・平松洋子著『洋子さんの本棚』
a0099446_17285366.png



飯嶋和一著『狗賓童子の島』
a0099446_17293912.png



重松清著『さすらい猫ノアの伝説』
a0099446_173016100.png

[PR]

by kuni19530806 | 2015-03-15 17:33 | 読書 | Trackback | Comments(0)

すごい私たち!?   

昨日は東京図書館制覇!というサイトを運営している竹内庸子さんの講演会に行ってきた。

竹内さんとは7~8年前から面識があって、一時期は、竹内さんに勤務先の愚痴を聞いてもらったり、竹内さんからもプライベートな話を聞いたり、懇意にさせてもらっていた。
住んでいる地域もわりあい近かった。

けれど、竹内さんは数年前に都の西の方に引っ越し、その頃からめきめきと「図書館の目利き」というか「図書館マスター」的ポジションになった。
講演をしたり、メディアにもよく登場したりするようになり、自分が公立図書館を離れたこともあって、最近はあまり連絡をとることがなかった。

でも、かつての同僚が勤務している図書館で竹内さんの講演会があると聞き、ふと「行ってみようかな」と思った。

自分は今、公立図書館で働いてはいないし、竹内さんが支持する昨今の図書館のイベントに必ずしも諸手を挙げて賛同する者でもないのだけれど、一度、彼女の話をきちんと聞いてみたいと思っていたのだ。
特に、公立図書館を辞めてから。
外側にいる者だからこそ、そして内側を知っているからこそ、理解できる、あるいはできない、ことがあるかもしれない、と思って。

そして、自分が知っている(つもりになっている)竹内庸子さんという女性が人前でどんな風に話をするのか、ということにも単純に興味があった。

行ってよかった。
竹内さんのまっすぐな感じと、自分の言葉で語ろう、これも伝えたいあれも話したい、という前のめりなちょっと不器用なところに好感が持てた。
そういえばこの人は前からこういう人だったよなあと思えてなんだかうれしかった。

そして、自分が最近の図書館に感じる違和感もあらためて浮き上がって見えたような気がした。

このことに関してはもっとちゃんと考えて言葉にしたい。


いろいろなことをやっている図書館の実例で、自分がかつて開館準備から関わった図書館の「お散歩MAP」も登場した。

地の利が悪く、最寄り駅から徒歩20分強で周囲1キロの円の半分は川になるような図書館に来てもらうために、私と同僚が考えた図書館のキャッチコピーは「散歩のついでにT図書館」だった。
誰にも聞かれていないのに「健康をテーマにします」とした。
だって、そうでもしないと誰も来そうにない立地条件だったから。
そして、周囲のお散歩MAPを作ることにしたのだった。

描いたのは絵心のある同僚Hさん。
私たちのすごいところは(笑)、そのMAPの拡大版を開館の日にエントランスに張り出し、「あなたのおすすめスポットを教えてください」と表記し、付箋を置いたことだ。
詳しくは当時の日記を⇒ 

私たちのもっとすごいところは(苦笑)、その付箋の情報をもとに、改訂版を作ったことだ。
写真を撮り、MAPに付け加えた。
楽しかった。

それが今回、竹内さんに紹介された。
講演会に一緒に行ったのは奇しくもHさん。
自分たちの仕事が紹介されているとき、私は隣のHさんに小声で「いい仕事するよねー」と言った。
Hさんは照れたように見えた。
私も照れて言ったんだけどね。

講演後、竹内さんに挨拶に行ったら、開口一番、「別にマツモトさんがいたからあのMAPを紹介したわけではありませんからね」と言われた。

いや、別にどっちでもいいんです。

自分は思いつきで動くだけの、決して能力のある図書館員ではなかったし、あの日々に戻りたいとも今はもう思わないけれど、あの付箋付きMAPを久々に思い出せて、なんだか現在の視界のくもりがちょっと晴れた。
もうそのことだけで十分でした。
その一点だけでも、本当に行ってよかった。
そして、今、図書館に残っている、あるいは残っていない、かつての同僚たちもみな、視界がくもったりしても、たまにあの頃を思い出して、ちょっと晴れやかな気分になることがあればいいなあと思った。


いつまで過去の栄光(?)にすがってるんだよ!と言われそうだが、いいのだ。
私は過去にすがります。
ネガティブな過去だって不本意であっても抱えて暮らしてる。

だってさ、過去の喜怒哀楽の延長が今の自分だとしか思えないからさ。
[PR]

by kuni19530806 | 2015-03-01 21:25 | その他 | Trackback | Comments(0)