<   2013年 07月 ( 25 )   > この月の画像一覧   

THE 昭和家屋   

yyさまのリクエストにお答えして。
私がしょっちゅう「うちはTHE 昭和家屋だから」と言うのを聞きとがめて(?)、「ぜひ見たい。特に台所!」だそう。
恥も外聞もなく、このようなところで公開します。
見せたいんか!

a0099446_922474.jpg

システムキッチンとは対極をなす、この昭和臭。
床材といい、流し台の扉の材質といい。
扉なんて上のは完全にズレてます。
そして調味料入れも渋かろう。
石鹸ネットもテーブルの手前にさりげなく設えられている自作のレジ袋ゴミ入れも、写真を撮るためのやらせではなく、まっとうなふだんづかいです。
イスが手前と向こうでは違うのも愛嬌!?



a0099446_9285734.jpg

反対側もなかなか麗しいと自負しております。
ポイントは、扇風機と電子レンジの間の石油ストーブですかね。
シーズンオフはこのように上部のみを包装され、台になります。
義父制作です。
ちなみに、義父は器用で表装とかもやります。
よって写真の作品は甚だしく手抜きです。


a0099446_9365262.jpg

VIVA!老朽家屋。
なんでもレジ袋に入れて吊るす家(というか全部義父の仕業)。
手前、左の白いものはヘルメットです。
夫の仕事の関係でヘルメットだけは事欠きません。
地震が来たら、これを被って高い場所に逃げるのです。
[PR]

by kuni19530806 | 2013-07-31 09:39 | その他

今日の出来事   

夜中に義父の具合が悪くなった。
トイレに起きたのだが、全く足腰が立たず、ムリに起きたら倒れ込んでしまった。
幸い、頭を打ったりはしなかったのだが、しばらく意識が朦朧としていて、とりあえず血圧を測ったところ、意外と正常。
熱もなし。
救急車を呼ぶ呼ばないと言っているうちに、本人は眠ってしまった。
・・・というのを、早朝、義母から聞く。

どうして起こしてくれなかったんですか!だが、朝の義父はわりと元気で、めまいも頭痛もないとのことで、朝食もちゃんと食べた。
でも、今年のはじめからの足腰のダルさは昨日今日で増していると言うし、なにより心配なので、義母を通所リハビリに送り出した後、一緒に義父のかかりつけの近所の外科に行ってみた。
ふだんは淡々として、どちらかというと無愛想な医者なのだが、今日ばかりは早口に「続いている足腰の不調に関しては腰椎分離・すべり症の症状だと思うが、今回の症状は熱中症になりかけた、という疑いもある。でもそれより心配なのは脳の血管。夜中に足腰が立たなくなり、翌日治っている、というのは脳梗塞の予兆の場合であることも多い。そういう前兆的なことが数回起こり、危険な状況になることもある。特に、真夏と真冬は高齢者にとってたいへん危険な時期なので、紹介状を書くのですぐに脳神経の検査をしてきて下さい」とのこと。
そして医者は「脳と腰、両方のMRIを撮ってもらおう。こんなことを急に頼めるのはあそこしかないな」とかぶつぶつ言いながら、同じ区内の病院に向けた紹介状をしたため、「できればすぐに行って下さい」と付け加えた。

あららら、と思いつつ、急いで家に帰って、父とバナナを1本ずつ食べ、大通りからタクシーに乗り、1200円ぐらいの距離のK病院へ。

受付に紹介状を出したのがジャスト11時。
受付の女性に「紹介状は院長宛になっていますが、本日院長は予約診療のために、もしかしたらかなりお待ちいただくかもしれません」と言われたので、とりあえずの現状を夫に報告すべく電話をかけに外に出て、2分後ぐらいに待合室に戻ると、すでに義父は診察室に呼ばれていなかった。
院長は「そんなに畳み掛けるように質問されても困る。ちょっとはこっちに質問を理解して考える時間をくれよ」と思うような話し方をする医者で最初は面食らったが、紹介状が功を奏したのか本人の気質なのか、至って丁寧に(でも専門用語満載で)診察をすると、「詳しいレントゲンと、脳と腰両方のMRIを撮りましょう」と言い、検査室に案内された。

レントゲンは15分程度かかり(かなり何枚も撮られたらしい)、MRIは1時間ぐらいかかった。
MRIは経験済みの義父だが「いくら、脳と腰でも、こんなに長くかかるとは思わなかった」と終わったときは、しょぼくれたヨレヨレの体(てい)で出てきた。
入れ歯を外されていたのでよけい。
そして外来の待合室に戻ると、座る間もなくまた名前が呼ばれ、さっきの院長が、脳の血管に今回の症状を誘発するような所見は見られなかった、足腰のダルさの原因も、腰椎分離・すべり症なのかははっきりしない、頚椎も検査した方がいい、というようなことを、こっちが倦きるくらい時間をかけて丁寧に(これまた専門用語満載で)説明した挙句、「あ、私はこれから出かけなければいけない、私用ではなく公用なのですけどね、なので、頚椎の検査の予約はこの人と決めて下さい」と脇でパソコンを操作していた職員を指差すとっとっとどっかに行ってしまった。
全ての終わって病院を出たのは午後2時ちょっと過ぎ。

そのままタクシーで家に帰って、近所のパン屋でお昼を買い、ああ、そういえば今日は義母の通所リハビリ施設の作業療法士の人が、義母を送りがてら家に寄って、我が家の段差や手すりの状況を見たいって言ってたっけ、と思い出し、あわただしく食事を済ませ、やってきた、まるで高校生みたいな作業療法士の男性と玄関やお風呂場などの問題点を検討し、見送り、入れ替わるようにやってきた近所の奥さんに「マツモトさんのおかあさんあっての町内会」とか言われ、リアクションに困り、見送り、そうだそうだ今日はマックスバリューの火曜市で、確かトマトがすげえ安いんだった!とあわてて買い物に行き、自転車の走行が不安定になるくらいいろいろ買い過ぎ、夕食のしたくをし、食べ、片付けたら午後8時でした。

ああ、忙しかった。
ちなみに、MRI待ちしているときは武田百合子の『富士日記』を読んでいました。
[PR]

by kuni19530806 | 2013-07-30 20:58 | その他

これからお祈りにいきます   

そういえば、仕事を辞めてから一度も足が攣ってない。
ピーク時は、寝ると2時間おきぐらいに足が攣って目が覚め、熟睡できず朝を迎え、その疲れがまた攣りを誘発する感じでキツかった。
病院で泣きついたら、芍薬甘草湯という漢方薬を処方され(噂には聞いていたけれど、これがよく効くのだ)なんとか日常をやっていたが、飲み忘れるとてきめんに攣り、しかも徐々に攣っていない日中も足のダルさが残るようになり、6月あたりは駅や職場の階段をやっと上っていた。
退職以来、この漢方薬も一度も飲んでいない。

しつこかった咳もいつのまにかほとんど出なくなったし、どんだけくたびれてたんだ…っていうか、わかりやすいんだアタシ、って感じ。

津村記久子さんの『これからお祈りにいきます』を読む。
「サイガサマのウィッカーマン」と「バイアブランカの地層と少女」という中編が2つ入っていて、どちらも祈り、信仰がモチーフ。

面白い小説を書く人だなあ、津村さんって。
誰にも似てないと思う、私はそんなに小説を網羅してる方じゃないけれど。

1編めは高校生、2編めは大学生、の男子が主人公で、でもどちらも浮ついたところはほとんどない…というよりなさ過ぎで、ものすごい不幸を背負っているわけではないけれど、常に日常的な懸案の呪縛に捉えられているところがあって、人となりも、聡明だけれどどんくさくて、わかりやすい長所はないがわかりやすい短所はあって、明確な希望よりあいまいな不安に苛まれている…のに、なぜか、なぜか読んでいて全然イライラしない。
爽やかさなんて感じられない世界なのに、ぐいぐい読めるし、爽快感を覚えた。

それは、主人公は謙虚で、狡猾じゃないから…と言いたいところだけれど、そんなに単純でもない感じなのだ。
津村さんの小説を読んで「わかった!」と思っても、自分に限って言えばそれはたぶん的外れで、ピンポイントの何かではなく、日常の描写や主人公の独白の集合体で発生する化学反応、その昇華されたものこそがこの小説の魅力……というきわめてもやっとした「狡猾」な感想でごまかすことにします。

京都に行きたくなりました。
a0099446_21132014.jpg

[PR]

by kuni19530806 | 2013-07-29 21:13 | 読書

野ブタ。をプロデュース   

ドラマ「野ブタ。をプロデュース」を見る。
全10話。

2005年の放映だったようですが、リアルタイムでは一度も見ませんでした。
が、最近読んだ『木皿食堂』の中の木皿さん(ほとんどが妻鹿さんですが)インタビューでいちばん詳しく語られているのがこの野ブタ…についてで、1話の山下クンの演技にはぶっ飛んだとか、4話のあのシーンは最初はあんなつもりじゃなかったとか、7話の演出はスゴかった、9話のナントカさんは怖かった、まさかの夢オチとは!?などなど、あまりに思わせぶり(?)なので、まんまと術中にハマって、レンタルしてしまいました。

Q10の感想でも同じことを書きましたが、木皿ワールド全開でした。
原作はあるにせよ、テーマも内容も、本当に脚本を書いていくうちに見つけていく方式なのですね。
リアリティとか整合性という観点からみると???だし、すいかにおける浅丘ルリ子、Q10における薬師丸ひろ子、そして野ブタ…は夏木マリ、忌野清志郎(ああ・・)という狂言回し的というか、俯瞰的というか、わかってる的存在は、ご都合主義と揶揄されたりもするのかもしれないけれど、青少年に対する大人の正しいあり方を見るようで、本当に心洗われました。

亀梨、山下、堀北の主役3人が良かったなあ。
ジャニーズの人のドラマなんてほとんど見たことがないけれど、グッときましたよ。

そして、高橋克実はすいかの伝ちゃんと同じキャラで安心の存在だったし、担任役の岡田義徳も適役だった。

修二(亀梨)の母親役の深浦さんも亡くなってしまったのだよなあ。
清志郎さんといい、私にとっては最近のドラマなのに、思いがけず故人になってしまった人を見るとハッとします。
このときはこんなにパワフルだったのに、とも思って、世の中、先はわからないとあらためて感じます。

最初に野ブタをいじめるグループのリーダーが、映画「スイングガールズ」のヤンキーベーシストでなんだか笑った。
この人、お笑い芸人のまちゃまちゃに似てる。

ああ、面白かった。
a0099446_21254526.jpg

[PR]

by kuni19530806 | 2013-07-28 21:25 | テレビ

シンクロニシティ   

今年の2月から「別冊!どうする?40代からのファッション&人生」というサイトに参加させてもらっていて、そこで「帰って来たゾロメ女の逆襲」という、本にまつわる(時にはまつわらない)コラム的なものを、隔週木曜日更新で連載しています。

その最新up分では『向田邦子の恋文』を取り上げているのですが、読んだ方からサイトフォーム(というのか?)経由でメールをいただき、ビックリしました。

【自分は向田邦子さんが亡くなって1年後の1982年にクロワッサンの別冊として発売された「向田邦子の手紙」という雑誌をいまだに持っているが、特に向田さんのファンというわけではないので、自分が持っているより向田ファンだと標榜するゾロメ女に愛でてもらった方がいいのではないかと思う。ついては進呈したい。】
という内容だったのですが、驚いたのは、実際は「進呈したい」ではなく「送りつけたい」と書かれてあった・・からではなく、ちょうどそのメールが転送されてきたとき、くだんの「向田邦子の手紙」を私もまさに手にしていたからです。

話は全くもって単純なのですが、先日、参院選に出馬した高校時代の隣のクラスのサンペイさんがらみで高校の卒業アルバムを見たいと思い立ち、久々に私は押入の中をひっかき回したのでした。
高校の卒業アルバムなんて、もう何年、どころか何十年も見ていなくて、カオスと化した我が家の押入の中でも、かなりレアな場所(要するにいちばん奥)にあり、まるでリアル「おしいれのぼうけん」(言わずもがなやもしれませんが、そういう有名な絵本があります)状態だよ、と自分にツッコミながら、それでも異空間に取り込まれることなく無事卒業アルバムを発見し、お尻からもぞもぞと明るい現実社会に戻って来たところ、卒業アルバムだけと思った自分の手には、長らく卒アルと同衾していたものが、付着と言っていいような状態で一緒に出てきて、晴れてコミで陽の目を見ることになったわけです。
それが、「向田邦子の手紙」という雑誌でした。
a0099446_1311399.jpg


ま、これだけなら特に驚くべきことではなく、その証拠にそのときの私は「あー、こんなもの買ってたんだなあ。すっかり忘れてた。あれ?『邦子の恋。邦子の藪の中。』というエッセイがある!?ひゃー!全然覚えてないや。こんなものを買って読んでたってことだと、いくらすっかり忘れてたとはいえ、今回のゾロメ女の文章と整合性がとれなくなるかも。いっそ、発見しなかったことにしておこうかしらん」と思ったりしていました。
メールが転送されてきたのはその矢先。

一瞬、鳥肌実・・じゃなかった、鳥肌つまみ(それも違うが)でした。
発見しなかったことにしておこうか、の自分の姑息さを見抜かれたような気もちょっとしました。
いや~、自分的にはかなり濃いシンクロ二シティでした。


それにつけても、古い雑誌って面白いです。
30年ぐらい前って、今の私には絶妙な面白さかもしれない。
当然ながら、みんな若い!
岸本加世子など、少女の面影を色濃く残してます、中身はどうあれ。
ってことは、タメの私もこの頃は少女の面影を残していたはず!

ちなみに、裏表紙は味の素の広告で、現役バリバリの原辰徳が一見爽やかに、でもよく見ると三白眼で、笑っています。
キャッチコピーは「好きっ原。」
とほほっ。
a0099446_1313336.jpg

[PR]

by kuni19530806 | 2013-07-26 23:01 | その他

宗教に集まった人!?と読書芸人   

ハローワーク主催の雇用保険説明会に行き、ちょっとブルーな気分で帰って来た。
雇用保険、もらえないんじゃないかと思っていたわりに、いざ、もらえるとわかったら、3ヶ月中途半端に働いて自己都合で辞めたことが支給時期や支給額のネックになってしまったことを知り、テンションが下がった。
勝手なもんだ、私も。

それにしても、失業してる人っていっぱいいるのだなあ。
自分はさておき、こんなに量産されてて大丈夫なの?と心配になるような、仲間がいっぱいいて安心するような、フクザツな気持ちだ。

会場は満員御礼な感じで、年齢層も幅広く、もし集まった人々だけ見て「何の目的で来ている人たちでしょう?」と聞かれたら、ゼッタイわからないと思う。
そういうときのお約束「なんかの宗教?」と答えるしかないような一貫性のな雑多な集合体でした。

説明会の後、国民年金の免除申請についてのナンタラカンタラがあったが、家にケアマネとデイケアの人が来る予定だったので急いで帰宅。
デイサービス施設に続いて、デイケア施設も決定。
これで、義母の介護保険がらみの契約は全て終了。

デイケア(通所ケア)は退院後3ヶ月間は集中リハビリをしてくれるそうで、明日から早速週2で行くことになった。
デイケアもデイサービスも、送迎してくれるので本当に助かる。



今更ながら、「アメト●ーク。」の読書芸人を見る。
又吉は期待どおりだったが、オードリー若林と笑い飯の哲夫が予想外に面白かった。

【備忘録】
若林
「純文学好きの女性は、芯があるように見えるけど怖い部分もある。
純文学好きで猫飼ってたら、別れ際こじれる」

光浦
「王様のブランチで紹介されたって帯がついてるときがあるけど、
帯を見て買うのが恥ずかしくて、外れるのを待ったりする。
あと映画化される前に読みたい。
なんだろ、映画化されてから読んだんじゃないんだけど、
なんで映画化しちゃうの?っていう。
映画化したことで読んだんじゃないのに、本当に好きなのに」

哲夫
「しおりを使わない。
しおりがあったら便利ですけど
ここからやったなぁとか思い出すのがね」

若林
「気分が落ち込んじゃう本がある。
ドフトエフスキーとか夏目漱石とか。
クイズ番組の前に読むとテンションが落ちて
ボタンを押す気になれない。
なぜ俺はいまここにいるんだ?
ってテンションになって、顔が死ぬ。
そういう本を読む際は、中和するためにワンピースを読む」


特に、しおりのくだり!
番組ではあまり賛同を得られてなかったけれど、わかるー!!
[PR]

by kuni19530806 | 2013-07-25 21:03 | テレビ

木皿食堂   

木皿泉著『木皿食堂』を読む。

脚本家木皿泉は和泉務(いずみ・つとむ)さんと妻鹿年季子(めが・としこ)さんという夫婦のユニット名です。
木皿さんの書いたテレビドラマには、「やっぱり猫が好き」「すいか」「野ブタ。をプロデュース」「セクシーボイスアンドロボ」「Q10」などがありますが、最近はこの散文集『木皿食堂』を含め、エッセイ『二度寝で番茶』、小説『昨夜のカレー、明日のパン』など、立て続けに脚本以外の作品が出版されています。

和泉さんは今から10年ぐらい前、脳出血で倒れ、今も重度の障害が残っているそうです。
妻鹿さんもその時期うつ病で苦しんだようです。
一般的な言い方をすれば、満身創痍な二人です。

そもそも、それ以前の二人だって、輝かしい経歴では決してありません。
でも、というか、だからこそ、というか、この本に収録されている新聞連載コラムもインタビューもシナリオ講座の講義も、どれも嘘くさくありません。
裏打ちされた強さを感じます。

それは、1952年と1957年生まれという、世の中の酸いも甘いも噛み分けた、十分に大人の二人発信ということももちろん大きいでしょうが、どんなに長く生きても考えることを仕事にしてきたようなヤツでも、薄っぺらな人生訓を垂れ流す輩も多いことを考えると(最近の選挙がらみで私はあらためてそれを感じたのであった)、きちんと自分の脳内で変換された言葉や文字を発するのは、あながち年齢や苦労(ベタな言い方でどうかと思うけれど)ゆえとは言えないとあらためて思います。

木皿ドラマは一言で言って「人生讃歌」です。
主人公は必ずと言っていいほど、生きることが下手で苦手で、なんらかの負荷を抱えて生きています。
周囲には濃淡は違えど常に死の気配が漂い、別れは避けられない、終わりのないものはない、ということが繰り返し繰り返し語られます。
派手な大事件や、主軸になるような恋愛模様はほとんど描かれません。
そのかわり、世界や未来や人を信じることの大切さが根底にあり、ネガティブな現実から目を背けず、あるがままに受け入れるからこそ、前向きにもなれることが謳われています。
人は変われる、と。
なんとなれば、終わりがあること、変わらないことなどないことが、人を安心させることもある、と。
そして、日常の些細なディティールこそをおろそかにせず、ばかばかしいこと、くだらないこと、ダメな自分を否定しないで生きていこう、としつこく言い続けている。

ある意味、うっとうしい世界です。
でも、やっぱり好きだなあ、私。

シナリオ講座の講義で印象的だったところ。
タイトルはテーマ。
【テーマというのはワンセンテンスで言えること、とシナリオ学校で教えてもらいました。一行で書けることがテーマであり、話の芯だということです。例えば『七人の侍』は雇われ侍が七人集まって、山賊をやっつけるお話なんですが、いい作品ほど一言で言えるらしいです。
でも私は、テーマというのは最後までシナリオを書き進める力、みたいなものだと思います。テーマが口で言えることだったら意味がないんじゃないかと思っていて、むしろ書いていくうちに自分で見つけていくもんなんじゃないかと。自分の中にあるものを知りたいという欲求に気づける人が、心に残るお話を書けると思います。】

a0099446_10284422.jpg

[PR]

by kuni19530806 | 2013-07-23 23:24 | 読書

遺伝子を見た   

昨日は夫の姉夫婦と、その夫婦の子(姪)も2人の子どもを連れてやってきて、とてもにぎやかな一日だった。

姪のYちゃんは30代前半で、もうすぐ4才になる男の子と生後半年の女の子のおかあさん。
Yちゃんが子どもだったときと、もうすぐ4才のRクンがソックリで笑ってしまった。
特に、Rクンの私に対する接し方はビックリするぐらい相似形。

最初こそちょっと人見知りをして遠慮していたのに、その後、めきめきフレンドリーになって、私をチャン付けで呼び出して、「こっちで遊ぼう。おいで!」と手を引っ張り、おもちゃを並べさせ、勝手によけいなことまですると「それは違うでしょ」とダメ出しをし、ちょっと私が台所などに行くと、こっそり覗きに来て目が合うとエヘヘへと笑い、くすぐって逃げて行き、三度ぐらい同じことをしに来て・・・と、それらすべてが、約30年前のYちゃんと同じ!!

子どもは得てしてそんなものかとも思うのだけど、あまりにそっくりで、しかもそれは私だけの感想ではなく、夫の姉夫婦も義父母も夫も大笑いで、「Mちゃん(私のこと)って、子どもがそういう風に接してしまうオーラがあるのかもねえ」と。
オーラって・・。

写真は、私が考案した「古い豆をペットボトルのキャップに入れて将来的には全体を魚の形にする」(若干、スイミーのパクリ)という遊び中のRクン。
私が途中でサボって写真を撮っているのでご不満。
早くちゃんとやってよ顔。
a0099446_21193173.jpg

[PR]

by kuni19530806 | 2013-07-23 21:21 | その他

私の参院選2   

三瓶さん、当選した(^O^)

ここに載っている写真こそ、私の知っている彼女です。
[PR]

by kuni19530806 | 2013-07-22 09:40 | その他

私の参院選   

高校時代、隣のクラスだったSさん(女性)が西日本から参院選に出馬している。
まだ当落はわからない。
長らく市議会議員をやっているとは聞いていたが、このたび国政に打って出たようだ。

Sさん(現在はKさんだけど)は、本当に特別な人だった。
実家は山深い場所で、高校の近くに下宿していた。
それだけならわが母校には珍しくなかったのだが、家庭の事情で、自力でアルバイトを掛け持ちしながら高校に通っていることで有名だった。
授業中はしょっちゅう寝ていることでも有名だった。
でも学校の成績は男女合わせてもいつもほぼトップ。
絵に描いたようなスーパーウーマン。
なのに、鋭利な面をほとんど見せない、柔らかい、どちらかというとほわっとした印象の人だった。

・・・と書くと、完璧過ぎてむしろ好感が持てない感じだが、彼女は男女共に人気があって、Sさんの屋根裏部屋みたいな下宿はみんなのたまり場になっていた。
同じクラスにならなかった私も、共通の友人に連れられて遊びに行ったことがある。
Sさんは、会話すらあまり交わしたことのない私が行っても自然に場所を作ってくれた。

彼女は高校卒業後、西日本の公立の看護短大に進んで看護師になり、その後、政治家になった。
きっと、優秀で話がわかる、人に気をつかわせないナース、議員だったのだろうな。

高校を卒業して30年以上の時が経ち、当時の同級生はそれぞれの道を進み、華やかだったりしょぼかったりうまくやったりしくじったり、泣いたり笑ったり怒ったり悩んだり呆然としたりしながら、今この瞬間を暮らしているのだ。
もうこの世にいない人も何人もいる。
人生のバリバリ後半で、孫がいたり、管理職だったり、介護に明け暮れたり、自身も闘病生活を送っている人もいるだろう。
きっと、同じような境遇の人はふたりといない。
一見「同じよう」でも、間違いなく違う。
50年という月日はそういうものだと思う。

Sさんが当選するにせよしないにせよ、明日からの私の生活は変わらないし、私に明日、降って湧いたようななにかが起こっても、かつての同級生は誰も影響を受けないどころか、気づきもしない。
ひしめき合うように教室に押し込められ、互いの一挙手一投足を気にしつつ過ごしていたあの10代の一時期は本当に夢のようだ。
でも夢じゃない。

現在のSさんの情報を追っていたら、高校時代の彼女の写真がヒットして虚をつかれた。
靴屋でバイトしている彼女。
頬っぺたが赤く、笑っている。
この、少なくても半径3キロ圏内には私もいた。
彼女がこの写真を撮った瞬間、私は何をしていのかはもちろんわからないが、努力もせず、現実に不満を抱き、でも将来、文章にかかわる人になりたいと思っていた、さだまさし好きの高校生をやっていたことは間違いない。

今日、選挙に行って、一瞬、Sさんを身近に感じた。
脳内距離は自由だ。
Sさんが頑張るなら私も頑張る、と思ったりもした。
過去の想い出は夢じゃないんだから。
[PR]

by kuni19530806 | 2013-07-21 21:51 | その他