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ジャズライブ(前半)   

ひとりの人間はいろんな局面を生きているのだなあと思う。
「ひとりの人間にはいろんな面がある」ではなく、「ひとりの人間はいろんな局面を生きてる」です。

私は狭いので、最近の自分を鑑みての感想でしかないわけですが
①日々の生活を営んでいる家での「構成員の老齢化で物理的にはちょいちょいあわただしいけれど精神的にはぬくぬく甘やかされている自分」と
②実父界隈での「懸案材料が多過ぎてあえて思考と感情を停止させてクールかつビジネスライクにやってる、やろうとしてる自分」と
③職場での「あと半歩で『勘違い仲良しクラブ!?』と揶揄されても否定できないよな和気あいあい感とリバティスピリッツに満ちた心地よさにどっぷり浸かってる自分」
が、三大局面です。

ひとりの人間なので当然ながらこの三者(?)は連動しています。
侵食したり同時進行だったり、あらたな局面がとって変わったり、そもそも「局面ってなに?」と問われたらおじゃんになりそうな極私的抽象的区分けです。
でも、自分はこの三者界隈を巡回(?)しながら日々の生活を営んでいるという自覚はバリバリあります。
その場に行けば自動的にそれぞれの自分をやっているわけですが、②は明らかに腰が引けた自分で、でも①と③があるから今のところ精神的ダメージは少なくて済んでいる、というのは間違いないと思われます。
その証拠に、12年前の母親の闘病時は、実家に帰ったせいで、全面的にほぼ②の状況にずっと浸かっていたので、本当に精神的にキツかった。
3ヶ月程度の期間だったのに弱音を吐いてどうする!と言われそうだったし実際に言われていたのかもしれませんが、たとえ短期間でも負のスパイラル、特に肉親の死にまつわる轍に接触すればあっけなく捕食されてしまう。
それはもう、通常の精神状態ではないわけですから、一度捕まると後でどんなに「あれしきのことでなんで?」と思うような状況でも、一気に、加速度的に、精神状態は悪化してしまうのだと思い知りました。
もうあんな思いはしたくない。


そんなこんなですが
かねてからいろんなところでカミングアウトしているように、③の自分は今年度いっぱいで終了します。
それはずっと前からわかっていたことで、今着々と来年度に向けての準備が進捗している(のか?)中、自分が心しているのは、残り少ないのだから悔いのない仕事をしようとか、立つ鳥あとを濁さず的なことではなく、「なるべく好き勝手なことをしてしまえ」です。

もうさ、つくづく失うものなどなにもないって感じなのよ。

で、ジャズライブを企画しました。
正確には、一緒に行事を担当しているHさんの冗談っぽい一言に自分が乗った、でしょうか。

後半に続く。
↓↓↓
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by kuni19530806 | 2012-08-26 23:58 | その他 | Trackback | Comments(0)

ジャズライブ(後半)   

前半より続く。

図書館でジャズライブ、がどういうポジションになるのかはわかりません。
めすらしい、と言われることもありましたが、あまり一般的ではないもののけっこう開催されているものなのかもしれません。
特にジャズに詳しくない人(以前はもちろん私も)がジャズに描くイメージとはちょっと違う、非おしゃれで非B.G.M的で非心地よい、レアなジャズライブ開催、という意味では、めずらしい図書館行事、と間違いなく言えたとは思います。

大人向けの音楽イベントは初めての試みだったので、全て手探りでした。
同業他社にその手のスキルを持っている人がいるのはわかっていましたが、あえて、というより、たぶん参考にならないので問い合わせ的なものは全くしませんでした。
演奏メンバーの中にとても多忙な方がいたので、かなり早い時期に2012年8月26日開催を決め、選曲とその順番は演奏者に一任しました。

挙がってきたのは、タイトルこそ夏を意識したスタンダードナンバーが主でしたが、明らかにコルトレーンの影がちらつく、非おしゃれというより、泥臭~いごつごつした音が聴こえてきそうなラインナップでした。
私がまずやるべきことは、今回のジャズライブがそういう演奏なのだと少しでも認知されるよう努力することだと思い、図書館だよりにそういうジャズであることを告知し、事あるごとに周囲に吹聴しました。
ま、どうせそんなにたくさん人が来ないだろうけどさ、と思いつつ。

が、Hさんの作ったポスターやチラシがステキだったことと、図書館でジャズライブ、というちょっとした目新しさと、めずらしい開催時間のせいか、予約開始日の開始時間(下手すりゃその前)から予約は殺到し、枠は一時間程度で埋まってしまいました。
いや~、ビックリした。
人が集まらなかったら、友達にも声をかけるつもりで、その気満々だったのに、全くそれはかなわなくなりました。
ほんと、驚きで、嬉しい誤算でした。
でも同時に、たぶん予約してくれてる人達が思い描いているようなジャズじゃないんだよ~と、満席後も続々入る参加希望の電話や問い合わせを聞きながら、むしろちょっと気が重くなったりもしたのでした。

ものすごくありがたかったのはHさんのスタンスです。
Hさんがこれを読みそうであまり露骨に褒めるのはこっぱずかしいし却って申し訳ないようにすら思うのですが(だってわざとらしいから)、演奏者の意見に全く異を唱えることなく、所属長の「あわよくばおしゃれ方面にスライドさせようとする突飛な演出の提案」も毅然と却下し、きめ細やかでセンスのあるパンフレットを作成し、きちんとイベントを図書館に結びつける地味な部門も一手に引き受けてくれて、本当にありがたかった。
そして、職場の同僚全員が今回のジャズライブ成功のために気持ちよく協力してくれて、一瞬たりとも進行に不安を感じることなく当日を迎えることができました。

ライブは大成功でした。
なにをもって「大成功」というのかよくわかりませんが、臆面もなく言わせてもらうと、これを大成功と言わずしてなにを!?と思います。

とにかく、参加者がみんな、ものすご~く真剣に演奏を聴いてくれてる気配がビンビン伝わってきたことが何より嬉しかった。
演奏は予想以上にハードで、フロントに立ったフルートの演奏はたまらなくソウルフルだったし、ギターはそれをサポートしつつ、出るときは出、美しい音色を際立たせていたし、ベースはガンガン重奏低音を走り、時折前面に出て暑苦しいアドリブを奏で、ドラムはメロディを感じさせるような響きで、他の3人がどこに行ってもきちんと帰って来ることができる安心のリズムをクールに、時々アツく刻んでました。
きっと、あそこまで真剣さを前面に出した演奏をされたら、聴き手は、人としてこっちも真剣に聴かないわけにはいかない、と思ったのでしょう。

客観的な感想など私は存在しないと思うので、主観まみれを承知で書いていますが、心地よい緊張感に満ちた素晴らしいライブになりました。

帰り、メンバーを含めた関係者10名ほどで近くのファミレスに行き、プチ打ち上げをしたのですが、席が空くのを待っているとき、女性二人組がメンバーに近づいてきて「さっき図書館で演奏されてた方達ですよね。すっごく良かった!またやって下さい」と言ってくれました。
嬉しかったなあ。

とっちらかってきて、どうこの文章を締めたらいいのかわからなくなってきたので(もちろん下書きなどしとらんし)、最後にツイッターで自分がつぶやいたことを貼ります。

【職場が楽しい♡♡と頻繁に思えるってとても幸せなことだが、そんな職場とももうすぐお別れなのはとても残念。どーせ最後だしよ!とやさぐれ開き直り気分で企画した昨日のイベントは予想の百倍盛況で、予想の千倍楽しかった。同僚と出演者と参加者の気持ちが嬉しくて実は最後ちょっと泣きそうになった。】
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by kuni19530806 | 2012-08-26 23:54 | その他 | Trackback | Comments(0)

ユリゴコロ   

沼田まほかる著『ユリゴコロ』を読む。

この人の本を読むのは初めてです。
著者名もタイトルも通常の文字の並びから逸脱しているっぽいところが、一筋縄ではいかなそうっていうか、いわくありげというか、表紙の雰囲気も相まって、気軽に覗いたらとんでもない世界に連れ込まれて戻って来れなかったらどうしよう、これって噂のイヤミスってやつかも!?と、ちょっとビクビクして読み始めました。
だって“まほかる”だよ。
ユリゴコロも、可憐なんだか不気味なんだか判断に苦しむ字面だし。

結論から言うと、予想よりはおどろおどろしくなかったし、ミステリーとして新しいと思ったわけでも特に翻弄されたわけでもなかった。
強引過ぎる箇所が多々あるとも思った。

でも、面白かった。
それはたぶん、ユリゴコロと名づけられたノートの部分に由来する。
私にはリアルですごく説得力があった。
共感はしないけれど、その気持ちの方向に視界が拡がる感じはする、というか。
文章がなめらか、そして描写が的確・・要するに筆の力がある人だからだと思います。

この著者の真骨頂はこの小説ではない、という意見もいくつか読みました。
他のも読んでみよう。
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by kuni19530806 | 2012-08-22 23:11 | 読書 | Trackback | Comments(0)

まつりのあと   

オリンピックが終わったらやっぱり国内政治も経済も外交も社会問題も自然災害のままならなさも震災の復興も原発事故のその後もいっかないい感じには推移していない、ばかりかその多くは悪化の一途に見え、そこにまた新たなどよんとする事件が付け加わっている感じで、ああ、人々(もちろん自分も含む)は日本のこういう現状にもういいかげんうんざり、辟易し切っていて、だからあんなにも、時に集団ヒステリーチックに見えるほどにオリンピックに没頭していたのだなあとあらためて思ったりしています。
まだ1ヶ月も経っていないのに、ロンドンオリンピックのあの日々は遠い昔の、もっといえばうたかたのようです。

今となれば、男子柔道の不振も、内村航平選手のしょっぱなのつまずきも、北島康介選手の個人での今一歩な感じも、何かとなかなか届かなかった金も、ネガティブな記憶としては全く残っていない。
後半のメダルラッシュな感じがそれらを帳消しした、というより、もうロンドンオリンピックはほとんどの人々(もちろん自分を含む)の中で、丸ごと「素晴らしくてポジティブで感動した『善きこと』の象徴」になっていて、だからこその凱旋パレードの盛況だったのだと思われます。

あれは象徴崇拝というか信仰に近いような気がします。
みんな、あわよくばあの気持ちのままでいたい、ネガティブな現実なんて見たくない、でもそう思えば思うほど記憶と気持ちが薄れてしまうことに関する怖れというか危機感が増し、いても立ってもいられなくなってパレードを見に行っちゃった、みたいな。

選手たちは人の多さに一様に驚いていたけれど、あれは「ふだん無宗教を標榜している『現実など見たくない教』の一大カミングアウト大会」だった、とか。

すげえ極論ですが、なんかあの人出の映像や写真を見て、ふと「ここには既製の具体的宗教をおおっぴらに信心してる人はひとりもいなさそう」と思ったもんで。
根拠なし。

とりあえず、あのパレードの人出と主催者側の趣旨はあまり連動してないだろうな。
要するに、東京オリンピック招致。
オリンピックは大好きだし、カンタンに感動するし、パレードで有名選手を間近に見ることができるならちょっとは労力は費やすけれど、特に東京でオリンピックをやって欲しいとは強く思ってないんじゃないっすかね、多くの人々は。

オリンピックって、テレビの画面を通して、なんならちょっと舌打ちするぐらいの時差があって、感動は容易く受信できるけれど落胆はなかったことにできる、ほどほどの距離感というか、やたら至近距離に入ってこないポジションで開催される方がラク、と思っている人が多いんじゃないだろうか。
たとえば私とか。
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by kuni19530806 | 2012-08-21 10:28 | その他 | Trackback | Comments(0)

Happy Box   

『Happy Box』を読む。
これは、伊坂幸太郎、山本幸久、中山智幸、真梨幸子、小路幸也の5人の作家が「幸せ」をテーマに書いた短編集。
一目瞭然なのに気づかなかった!
5人の名前には幸の字が入ってるんですねえ。
爽やか過ぎる装丁。

そんな、なんの捻りもない(!)ものすごく分かりやすい趣旨の1冊ですが、最初の2人以外はほとんど知らない作家だったので、新規開拓気分で読みました。
あ、小路さんはなんか読んでるはずだ。
忘れてしまったけれど。

長さのせいかもしれませんが、特にガツンと印象的なものはありませんでした。
中山さんの「ふりだしにすすむ」は想像力を掻き立てられるいいタイトルだと思ったし、斬新な話になりそうな設定で期待しましたが、悪い!よくわからんかった!!

最近、知った「イヤミス」の立役者らしい真梨さんのもちょっと不完全燃焼な感じ。
かといって、この人の長編(イヤミスど真ん中!?)をぜひとも読んでみたい、ともあまり思わなかったです。

これには限らず、自分は伊坂さんより山本さんの書く小説の方が好きみたいだ、とあらためて思いました。
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by kuni19530806 | 2012-08-20 23:55 | 読書 | Trackback | Comments(0)

ゼロ!  こぎゃんかわいか動物がなぜ死なねばならんと?』   

片野ゆか著『ゼロ!  こぎゃんかわいか動物がなぜ死なねばならんと?』を読む。

twitterで
【片野ゆか著『ゼロ! こぎゃんかわいか動物がなぜ死なねばならんと?』を読んで心が、曇ったり、晴れたり、えぐられたり、癒されたり、傷んだり、迷ったり、洗われたり、した。いろんな感情を引き出してくれる本はいい本だ。でも今は、大晦日に逝った愛犬マロに会いたい気持ちが全ての感情を凌駕中。 】
とつぶやいたら、片野ゆかさんから
【深謝。マロちゃん幸せですね RT @tsumami0806: 片野ゆか著『ゼロ! 』を読んで心が曇ったり、晴れたり、えぐられたり、癒されたり、傷んだり、迷ったりした。いろんな感情を引き出してくれる本はいい本だ。でも今は、大晦日に逝った愛犬マロに会いたい気持ちが全ての感情を凌駕中。】
と返信をいただいた。
見てのとおり、私のつぶやきとご自分のコメントを合わせて載せるために、私の駄文は若干編集されている。
そうか、削るとすればこのポイントなのか!?と参考になった・・・というか、妙なところで感慨深かった。

この本は本当にいろいろ考えさせられた。
本当に。
いろいろ。
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by kuni19530806 | 2012-08-16 23:32 | 読書 | Trackback | Comments(0)

大人のおしゃれ手帖   

リンネル特別編集『大人のおしゃれ手帖』をめくる。

6月20日にここに書いた『大人になったら、着たい服 春夏編』との違いが正直、わかりません。
私の中ではJJとCanCamぐらい同じです。
要するに、詳しい人から見れば「明らかに違うでしょ!」かもしれないけど、それ以外の層には同じ見えるってことです・・たぶん。

『大人になったら、着たい服 春夏編』より今回の『大人のおしゃれ手帖』の方がオシャレ度が上に思えるのは、表紙が一般の人(とは言ってもファッション関係者ですけど。プロのモデルではないという意)ではなく、あの桐島かれんさんだからでしょうか。

しかし、桐島かれんという人は常に磐石な印象。

出てきたときは「あの桐島洋子の娘」的なインパクトと一目の置かれ方だったのが、そこに安住(?)せず、不用意に笑わないような、お仕着せの流行りの服なんか着てませんっぽい、ちょっとトンがったアバンギャルド路線で、でもやり過ぎて中央リーグから逸脱もせず、ローランドやノエルという弟妹と絡んだりダブったりのネバっこい立ち位置のリスクも回避し、程良いサブカル志向であのサディスティックミカバンドのボーカルをしたかと思えば、広告業界では有名なカメラマンととっとと結婚して、わりとあっという間に4人の母になり、その地に根を下ろした母なる大地(!)のイメージで、もうメディアになど登場しないかと思いきや、「本人にはあまりその気はないのだが周囲がほっとかない」態で昨今徐々に露出を増やし、今じゃハイソ女性誌を含め、40~50代女性の理想というかファッションリーダーのポジションを堅持してる。
やっぱ、磐石だわ。

もちろん、『大人のおしゃれ手帖』の巻頭インタビューでも揺ぎなし!
【20代、30代といろんな“社会の枠”があって、ファッションを楽しめない時期もある。でもそういうものから自然と開放されるのが40代、50代。それからまた、大人のおしゃれを楽しめばいいのよ。】
と中高年に心強いエールを送ったと思えば
【ゆるやかにでもファッションに興味は持ち続けていないとね。さあ、またおしゃれしよう!と思ったときにすごく差が出てしまうから。】
と、前言を読んで調子こいて「大人のおしゃれとはなんぞや」と思い始めた「遅れてきたおしゃれ興味層」の妄想を打ち砕き、へっ?さっきのエールは!?((((;゚Д゚))))と路頭に迷わせる。
でも最後はなにごともなかったかのように
【生き方も何でも自分はこれだという自信があれば、かっこいいと思うんです。】
と締める。
いや~磐石!

生き方も何でも(たとえばファッション)自分はこれだという自信がないから、『大人のおしゃれ手帖』なんぞをめくっているわけですよね、ほとんどの読者は。
一瞬近くに寄り添ってくれたかに見え、その実、単なる上から目線発言。
そこになんの躊躇も疑問もない感じが、はさすがにそのへんの単なる(?)ファッション関係者や読モとは別リーグです、かれんさん。

でも、それでも、この手の雑誌(mook)の表紙は、一般人より妄想を喚起させてくれるプロのモデルさんの方がいいと思う。
ナチュラル系のファッションって一歩間違えると貧乏くさくなるから、せめてお金がかかった容貌・容姿の人で見せて欲しいというか。
こんな、古着か新品かいい素材なんだか高いんだか安いんだかわからない洋服は、プロに着られると参考にならない、という意見もありそうですが、私は正直、一般人(しつこいけどファッション関係者含む)が着てる写真を見て「いいなあ」と思うナチュラル系ファッション、そんなにないのです。
全くない!とまでは言いませんが。
ナニサマだ!と言われそうですが、洋服は清潔感の際立つ人が着ているのを見て参考にしたいのです。
極論か。

『大人のおしゃれ手帖』、意外と文章が充実してました。
あと、轟木節子さんのコーディネートはたいてい好みです。
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by kuni19530806 | 2012-08-14 23:20 | 読書 | Trackback | Comments(0)

野蛮な読書   

平松洋子『野蛮な読書』を読む。

実はこの方の本は1冊も読んだことがなかった。
“食”界隈で名前だけは知っていたけれど、その筋の人なのだなあと思うだけで、特に食指が動くことはなく、スルーしっぱなしでした。
この本を読もうと思ったのはトヨザキ社長のtwitterがきっかけだったと思います。
平松さん自身のことも大絶賛してた。

ひゃー、スゴイ本だーこれ。
読書ガイドという括りになるのだと思われ、図書館では実際にそれで分類されていますが、なんかもったいないっていうか。
読書ガイドを低く見て言ってるんじゃなく、いや、これを読んだおかげで読みたい本がいっぱいできたので、それって読書ガイドの王道というかあるべき正しい姿であることは間違いないのですが、この本によって興味を持ったのは本だけじゃなく、映画とか人とか場所とか食べ物とか、もっといえば状況とか表現とか想像とか幻想とか、あとは死、そしてもちろん生、性もちょびっと、などなど、多岐にわたる・・どころか、網羅されてないものがない、ぐらいな感じに思えたので、それを「読書ガイド」に分類することに、自由なものを鋳型にはめるのはもったいない、みたいな気持ちになったわけです。

これを読んで、活字を通して表現活動をする人にはやっぱりスゴイ人がいるなあと玉砕気分になりましたが、同時に、平松さんが自分よりちょっとだけ年上ってことにやたら安堵しました。
安堵の理由が自分でもよくわからないのですが、すごく年上でも年下でもないことが心強く思えた。

どんな本をスゴイと思うか、は人それぞれ、ばかりではなく、自分の中だけでもいろいろありますが、あえてひとつだけと言われれば「自分の、ふだん使っていない引き出しの存在に気づかせてくれ、開けてくれる本」です。

そういう意味で、とてもスゴイ本でした。
借りて読んでないで買おう。
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by kuni19530806 | 2012-08-10 19:45 | 読書 | Trackback | Comments(0)

2ヵ月感   

糖尿病予備軍→糖尿病境界型、と査定されたのが6月のアタマ、食べる順番を基本とした食事療法と運動という生活見直しを始めてちょうどふた月になります。
現時点での成果としては、体重はおよそ2~2.5キロ減。

まあ、体重なんて変動相場制なので日々刻々と違っていて、特に遅番の日(最近、遅番が多い)は夕食が9時台になるせいかグラフ的にはグンと山になりますが、5日間ごとの移動平均はほぼ、見直し前の2キロ下を推移しています。

グラフとか移動平均とか、何をおおげさな!ですが、前職で住宅機器の工場の生産管理の末席に居て数字はなんでもグラフにし、推移するものはやたら移動平均を取っていたので、つい数字を見ると分析したくなってしまうのです。

この2ヵ月で血糖値とかヘモグロビンA1c(HbA1c)とかコレステロールなどの値がどう推移しているかはわかりません。
健康診断は9月の上旬なのでそれまでのお楽しみ。
楽しみではないのだけれど、ムリヤリ楽しみってことにしておきます。
これで数値が改善されてなきゃ、ちょっと途方に暮れることでしょう。

食事は、白米の摂取量が減りました。
半分とはいかないだろうけれど、3分の2ぐらいにはなったと思います。
おせんべいに至っちゃ、この2ヶ月で数枚しか食べていない。
甘い飲み物は、飲み会(この2ヵ月で二度)の梅酒ぐらいで、和菓子やケーキやアイスは、この2ヵ月で1~2個ずつぐらいかなあ。
甘いパンはけっこう食べてるけれど、それでもクリーム系はけっこう控えていて、できればサンドイッチにしています。

逆に増えたのはなんといってもトマト!
1日平均2個強は食べています。
それとチーズ。
野菜関係は、夏なのでどうしても生野菜に走りますが、キャベツは茹でてポン酢で食べています。
もちろん、それらは食事の最初に。

運動について。
暑いんで、歩くのはほどほど。
更年期のせいか、もんのすごく汗をかくので、この1ヶ月は通勤で駅から徒歩15分強の職場を往復するだけ。
そのかわり、家では、スクワットと筋トレと腹筋と腕立て伏せとヨガの自己流メニューを遅番の日以外はほぼ連日、1日30~40分やっています。
有酸素運動だけでは筋肉量の増加は見込めない気がするし、なにより私は、痩せてる、ではなく、引き締まった、肉体に憧れるんでねー。
基本的に骨細で、肉が柔らかい(!)体質なので、がんばっても屈強でガッチリした体型にはならないんですが、それはもう自分との長い付き合いで重々承知しているので、傍目には以前と変わらぬポヨポヨした二の腕でも、ちょっと前と現在の内底筋(だっけ?)は違うのを自分はわかっている、それだけで満足という、なんか一歩間違えると気色悪いモチベーションでやっています。

それと、食事の量を控え過ぎて、体重を落とすことに達成感を覚えるのは趣旨が違うので、2.5キロ以上は落とすつもりはありません!・・・なんちって、そこまでストイックにできない性分ってだけでしょうが。
順調に体重が減り、ここ数年キツくて履けなかったジーパンやスカートが履けるようになったときは、やった\(^o^)/と思いましたが、その分、微増しただけでやけにガックリしたりもして、あ、違うな、気をつけないと、と思いました。
そんな風に数字にとらわれ過ぎるのは本意ではないのでした。
もちろん、健康診断の数値は改善されなきゃならないけれど、ダイエットが主目的ではないし、グラフ化とか移動平均とかとは矛盾しているように思われるかもしれませんが、そういう分析をしてわかったことが「あ、体重ってある程度の範囲では、理由なく増えたり減ったりするもんだ」だったりもするので(厳密に言うと「理由はある」のでしょうけれど)あまり一喜一憂して翻弄されるのはどうかと思ったのでした。

そうだ。
忘れちゃいけない玄米珈琲。
厳密に言うと、玄米を焙煎して粉にしたお茶ですが、これが自分に合ってるかも。
快便になった。
それ以上に、美味しいと思える。
漢方薬の専門家がこぞって口にするのは「自分の体質に合う漢方薬は美味しく感じる」ですが、なんか妙に納得。
だってこの玄米珈琲、不味いと思う人も多いらしいんで。

こうズラズラ書いてきて、あれ、私って健康オタク?と思ったりもしますが、そうなのだろうか。
逆に最近、冷えとりへの気持ちは薄れ気味なんですけどね。
冷えとりを知った現在、2年前の骨折時の装い(?)っである「裸足にサンダル」はさすがにしませんが、どんなときにも靴下の重ね履きをし半身浴を怠らず、にはあまりこだわらなくなってきました。
めんげんとか、靴下が突如破けるのは毒が出た証、というのが、自分には今ひとつピンと来ないもので。

そんな2ヵ月感でした。
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by kuni19530806 | 2012-08-09 23:13 | その他 | Trackback | Comments(0)

花火大会   

最初はねー、気分も変わるし、むしろ読みやすいんじゃないの?と思うんですけどねー。
でも、数日経つと、なんだか読みづらいし、暗いし、と思って、やっぱ、やめようってことに。

・・・なんの話かというと、この日記の壁紙。
黒い壁紙に白い文字、というパターンにしたんだけど、自分が見づらくて戻した、それだけです。
どーでもいいことでスミマセン。

今の家に住んで、気がつけば四半世紀を超えました。
木造二階建ての住まいはいろいろガタがきて、今後の修繕費のことなどを考えると頭が痛い限りですが、同じ家にこんなに長く住み続けるなんて、若い頃の自分には本当に予想がつかなかった。
振り返れば感慨深い話です。

そんななか、わが居住区の花火大会に初めて行って来ました。
毎年けっこう大々的に行われ、聞くところによると動員数(というのか)は全国一、百万人を超えるそうです。
ひ、ひゃくまんにん!?
書いてからびっくりだ!
ちなみに、隅田川の花火は90万人台だそうです。
そっちの方が世間的にはメジャーですけどね。

とにかく、地元の花火大会の日は、打ち上げ会場の最寄駅でもないわが最寄駅も朝から通常の夏休みの土曜日とは趣きが違って、人が多いだけでなく、そわそわしてハレな感じで、人混みと大勢の高揚感がちょっと苦手な私は(だからデモとか苦手)打ち上げ会場方面はもとより、自分の最寄駅にも近づきたくないと思う方なのです。

花火は好きです。
毎年、地元の花火大会を見たいと思わないでもないのです。
でも、「とにかく、行きは朝から徐々に人が集まるけれど帰りはいっぺんだからものすごい混雑で、下手すりゃ帰って来られないらしいぜ」的風評を聞くとあっけなく怖気づき、別にそんなにまでして見たいわけじゃないしな、と今までずっと避けていました。

なのに、そんな私がなぜ今年は見に行ったかというと、職場の同僚の方から「マンションからよく見える」と聞いたからです。
そして、去年、震災で花火大会が中止され、そのとき「ふつうに毎年あると思っているものが中止になったり、場合によってはもう二度と目にする機会がなくなる」ことに気づいたからです。

そんなことは当然だし、十代の小娘じゃあるまいしなにを今更、なんですが、ふだんあまりにうすらぼんやりと生きているので、去年あったものは今年も、今年あったものは来年も、あると、見ようとすれば見ることは可能だと、思い込んでいたわけです。
おめでたい、幸せな思い込みです。

去年は本当に、揺るぎないことなんてこの世にない、と思わされた年でした。
もちろん、それは今年にも連綿と続いています。
そこへ、「マンションの11Fから人混みを回避して花火が見物ができる」という情報を得、思わず「今年は見たなくちゃ!」と手を挙げていた、という次第。

こんな風に書くとなんかアレなんですが。

花火は美しかった!
無駄に華々しかった。
空を使用するせいか、天体ショーみたいだな、と思ったりしました。
そして、来年は打ち上げ場所の間近から見たい、という野望を抱いたりしました。
この私が!

画像はありません。
あしからず。
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by kuni19530806 | 2012-08-04 23:46 | お出かけ | Trackback | Comments(0)