<   2012年 05月 ( 14 )   > この月の画像一覧   

さよならクリストファー・ロビン   

ひゃー、5月も終わりかあ。
早過ぎて、あっという間という感覚すらない。
安易に「うかうかしてられない」とか思うけれど、考えてみるとうかうか以外はしたことないな、自分。


高橋源一郎『さよならクリストファー・ロビン』を読む。

高橋源一郎のまとまった文章を読むのは久しぶりだ。
かなり昔だが一時期、この人の書くものが好きだった。
・・と書いて、なにを読んだのか思い出そうとしたけれど浮かばない。
『さようなら、ギャングたち』というタイトルしか思い出せない。
内容など全く。

クリストファー・ロビンと聞いて、ああ、あの、と思う人もいるのだろうけど、私は知らなかった。
ついでにいうと、この小説(短編集)のジャンルも知らない。

赤ずきんちゃんとかプーさんとかアトムとかがモチーフ(←この表現が適切かどうかわからないけれど)になっていたりする。
全6編だが、前半の3編が好み。
特に2編目の「峠の我が家」は、一昨日、血糖値の検査であるブドウ糖負荷試験の待ち時間(4回の採血の合間)に読んでいたのだけれど、切なくて泣きそうになった。
3回目と4回目の採血の間に、鼻の奥をツンとさせてた私。
そのときの自分の状況が感傷的にさせたわけでは全くない、と思う。

私の中で、高橋源一郎と橋本治はわりと近い位置に居る。
似ている、という意味ではない。
根底に流れているものの一部とか書かれている内容とか言葉の選び方とか喚起されること・・とかをひっくるめて「ふだんの自分をちょっと違う場所に連れて行ってくれる書き手」という意味で似ていて、その「連れて行ってくれる場所」そのものもちょっと似ているのだ。
どっち方面かと聞かれてもよくわからないんだけど。

生きていることと死ぬこと(or死んでいること)はそんなに遠くない。
むしろ、境目がわからないことだってある。
そういうことがすんなり腑に落ちる場所。
あえて言えばそんな感じ。
a0099446_2201149.jpg

[PR]

by kuni19530806 | 2012-05-31 22:02 | 読書

南極料理人(二度目)   

CSをつけたらたまたま『南極料理人』が始まったので見ました。
最初に見たときは、あの場所が南極であることに何の疑いも持たず、日本から遠く離れた極寒の地に自分も思いを馳せながら見たものですが、その後、この映画に参加し料理を担当した飯島奈美さんご本人から「ロケ地は北海道だった」と聞いてしまい(もちろんそれは極秘事項でもなんでもなく、他でも容易に得られる情報ですが)そうとなればもう自分にはどうしても南極には見えなくて、基地に蔓延している、と描かれている望郷の念、みたいなものも雲散霧消してしまいました。

とはいえ、これが「1回目よりつまらなかった」わけでは全然なくて、今回は密室劇というか劇中劇みたいな気分で楽しめました。
ことさら「劇」っぽいのは、それはもう明らかにきたろう&生瀬ご両人のご尽力だと思われます。
ああ、気楽で面白かった。
a0099446_70246.jpg

[PR]

by kuni19530806 | 2012-05-28 22:57 | 映画

007 白紙委任状   

ジェフリー・ディーヴァー『007 白紙委任状』を読む。

リンカーン・ライムシリーズでおなじみのディーヴァーがイアン・フレミング財団の依頼で007ジェームズ・ボンドの新作(!)を書いたと聞いて、最初はかなりビックリしました。
私は映画007シリーズに特に思い入れはないし、小説の方は1個も読んでませんが、007シリーズに関しては一家言どころか百家言ぐらいありそうな有象無象が世界中にたーくさん今も存命中であろうし、そういう意味ではまだ「過去の遺物」とは言えないシリーズ・・でありつつ、一方、スパイ小説という分野で言えば、下々まで携帯電話やインターネットを使うこのご時世は、イアン・フレミングの描くボンドの時代とは隔世の感があり、人物造形やら行動パターンやら情報取得方法などなど、どう設定し、どう折り合いをつけるのであろうか、と案じたりもして、早過ぎと時間が経ち過ぎが共存するという、イチバン難しい時期の無謀な挑戦なのでは?と思いました。

でも、ディーヴァーがいったいどう007の世界を継承するのかは興味があったし、彼ならばなんらかの結果を出してくれるだろうという期待も当然あって、ずっしりボリュームのある小説をわくわくしながら開きました。


イアン・フレミングを読んでなくて正解だったかも。
読んでないくせに「読んでたらガッカリしたはず」と決めつけるのはおかしいけれど、あまりにいつものディーヴァーの世界だったもので、フレミングのボンドが好きで、その世界を期待した人はガッカリしたのじゃないかと。
ちなみに、清潔感のあるボンドです。
私の印象では、ショーン・コネリーよりどっちかっていうとロジャー・ムーアかな。
別にロジャー・ムーアに清潔感があると思ってるわけでもないんですけどね。
ショーン・コネリーの渋味というかエグ味は微塵もないジェフリー/ボンドです。

ディーヴァーの小説好きにはふつうに楽しめる小説だと思います。
相変わらず、大小あらゆるどんでん返しが随所にあって、こっちも気が抜けず、でも何度も騙されました。

上下2段組の400ページ超の小説を久々に読んだ気がします。
最近、読書力がガタ落ちなので、前半はかなり時間がかかってしまったけれど、中盤以降は一気でした。
でも、ボリュームのあるガイブン(海外文学)はミステリーという味付けじゃないとなかなか読み進めなくなってしまってる。
ツイッター文学賞のガイブン1位も途中で挫折しちゃったんだよねー私。
a0099446_20532354.jpg

[PR]

by kuni19530806 | 2012-05-26 20:53 | 読書

はなれ瞽女おりん   

日本映画専門チャンネルで『はなれ瞽女おりん』を見る。

最近、瞽女三味線を継承されている方とお知り合いになったが、私はそれまでは瞽女といえばこの「はなれ瞽女おりん」しか浮かばず、最近、瞽女や瞽女唄についていろいろ開眼中(?)なのだけれど、そうとなれば元祖「はなれ瞽女おりん」にもつい興味が湧くのも道理だったりするのだ。

水上勉の原作は読んでいません。
予備知識は岩下志麻が出てることぐらいだったが、これってスゴイ映画じゃね?

とにかく岩下志麻と樹木希林が素晴らしい。
奈良岡朋子も若造の小林薫も、往年のお婆ちゃん女優原泉も西田敏行も、その他名前を知らないいろんな人がみんないいが、実は今まで私は岩下志麻をいいと思ったことがなかったのだ。
が、これを見て「ゴメン志麻姐」と言いたくなった。

暗いし、特に最後は救いのない映像だったりするが、『砂の器』ほど語り継がれていないのがもったいない。
高田瞽女・杉本キクエさんの名前もエンドロールには出てきます。
a0099446_22175749.jpg

[PR]

by kuni19530806 | 2012-05-25 22:23 | 映画

金環日食→仕事→レンタネコ   

天気予報ではその開催が危ぶまれた金環日食お披露目会ですが、多少チラリズムが過ぎ、思わせぶり過剰な演出ではあったものの、ここ東京からでもけっこう堪能できました。

めったにお目にかかることができない太陽と月の状態、というのはもちろん早出して職場の屋上から鑑賞した何よりの理由ですが、金環の瞬間の下界の雰囲気がどんな風に変わるのか、という方向にも興味がありました。
人々がどう興奮するか、という意味ではなく、空の色とか明るさとか鳥の動きとか・・そういうのをひっくるめた、日常の中の非日常、みたいなもの。

やっぱり、すごく異様だった。
「暗くならない」と聞いていて、実際、真っ暗にはならなかったけれど、でもけっこう暗くなりましたね。

西の空は青いのに世界の明度が見る見る落ちて、青ってどんな色なのかが一瞬にしてわからなくなり、一方東側の空は雲間から月にその姿を阻害された太陽が輪っか上になって存在を主張し、鳥はなんだかせわしなく飛び、近くのマンションや土手や公園でそんな太陽と月の不可避な瞬間を見物している人はいっぱいいるはずなのに付近はフシギとものすごく静かで・・。
やはり異様で異常な時間でした。
そして、自然や宇宙のすることって、たとえあらかじめ予測できたり予知できても、基本的になす術はないのだな、とか。
あたりまえなのだけれど、そんなあたりまえの事実を目の当たりにして、なんだか少しホッとしたりして。

稀有な天体ショー(?)を見て、感動や感慨を抱くより、「世の中はままならないことばかりだ」とあらためて思う自分はあまのじゃくなのかふつうなのか、よくわかりませんが。
とにかくそんな感じでした。


そして仕事の後、映画「レンタネコ」を見てきました。
「すいか」にいろいろ似てた。
でも、脚本の力は荻上さんより木皿さんの方がずっと上だな、と思いました。
私の中では、似て非なるもの。
いや、レンタネコはレンタネコでいいんですけどね。

ネコはとても魅力的な存在として登場していました。
確かにとても魅力的でかわいかったし、数多いる世のネコ好きの厳しいチェック項目を十分に意識した、付け焼刃感のない描かれ方ではあったと思うのですが、今日の映画を見て「私もネコを飼いたい!」とはフシギと思わなかったなあ。
ネコを「人間の寂しさ(穴)を埋める存在」となんの迷いもなく決定するところに違和感があったのかも。
そうであってもいいけれど、たとえ寂しくても穴のある人間でもそうでないかもしれない、という選択の余地が感じられないのは私には窮屈な世界なんですよね。

でも「すいか」同様、もう何回か見たい。
DVDになったら見よう。
a0099446_9133042.jpg

[PR]

by kuni19530806 | 2012-05-21 23:21 | 映画

あの空の下で   

吉田修一の『あの空の下で』を読む。

津原泰水の『11eleven』で激震した自分の中のバランスを戻そう・・としたわけでもないのですが、なんというか、正統派でまっとうで読みやすい短編集(&いくつかのエッセイ)でした。

ANAの機内誌「翼の王国」に連載されていたというので納得。
航空会社としては、機内用として不安や不安定な心持ちになる小説なんて提供できないですもんねー。

それでも、小説家にしてはそんな限られたシチュエーション(?)でも、さすが吉田修一!
つまらないもんは書かないなあ。
一見さらっと、深入りしてないような小説とエッセイばかりに見えますすが、意外とコクがあって、余韻の残る世界です。

うん、面白かった。
a0099446_8171468.jpg

[PR]

by kuni19530806 | 2012-05-20 23:31 | 読書

大人のフリマ   

大人のフリマに行って来ました。
a0099446_2165872.jpg


規模は大きくなかったのですが、主催者がファッション関係とか料理関係とかライターさんだったせいか、商品はどれもセンスが良くて、欲しいモノがいっぱいあった。
私は一田憲子さんのブログでこれを知りました。
混んでた。

クレドランというブランドのリネンシャツを千円で買ってきました。
ちなみに、価格は震災の義捐金込みのようです。

それにしても
中目黒は本当に久々でしたが、なんてオシャレな街になっちまったんだ!

ランチはフリマ会場すぐそばの青家という古民家レストラン。
偶然、この前、ソロモン流というテレビ番組で見たお店でした。
入店するまで気づかず。
a0099446_2194718.jpg

京おばんざい薬膳ランチを食べました。
上品!
量的には物足りず。

そのまま、代官山まで歩き、コーヒーを飲んで、そこからまた渋谷まで歩きました。
付き合ってくれたKKさん、ありがとー。
[PR]

by kuni19530806 | 2012-05-20 21:09 | お出かけ

11 eleven   

津原泰水『11 eleven』を読む。

この人の小説は『ブラバン』しか読んでなくて、『ブラバン』も特異といえば特異な小説でしたけれど、今回の引き?曳き?もしくは磁場、の強さは本当にハンパじゃなくて、ヤバイヤバイと出川よろしく油断せず斜に構えて防御の体勢をとって臨んでも、この短編集に対しての対処法(?)はわかりやすい防御の体勢ではないのが明らかなので、何度も持っていかれそうになりました。

表紙が四谷シモンってところでもっと覚悟して読むべきだったのかもしれません。
まあ、なにがこの小説に対しての正しい覚悟なのかは、読み終わった今もよくわからないんですけどね。

怖ろしいあやかしの世界が次から次と登場します。
津原さん自身が装丁したようですが、編ごとのタイトルのページデザインがフィルムをモチーフにしていることもあって、「こことは違う、でもここの一部かもしれない、油断していると紛れ込んでしまいそうな世界」を幻灯機で見せられている感じです。

緊張感いっぱいですが、ものすごく面白かったです。
でも、しつこいようですが、持ってかれそうになるので、自分のデフォルトが「不安定」のときはお薦めしません。
・・あ、むしろ、振幅が大きくなって平穏な場所に着地したりして。
そこに期待するのはリスクがめちゃくちゃ高そうですが。

文章はとても好みです。
確固たる軸としてそれがあるので、設定がどんなに凄くても(荒唐無稽ともいえる)読めるのかもしれません。

どの編も甲乙つけがたいインパクトですが、やはりしょっぱなの「五色の舟」かなあ。
ガツンとやられた。
その後の10編もやられっぱなしでしたけどね。

小説を読む醍醐味のひとつは、翻弄されたり持ってかれることだと思っていますので、そういう意味ではまさに小説を堪能しました。

とにかく、覚悟して読んでね。
a0099446_8165359.jpg

[PR]

by kuni19530806 | 2012-05-17 23:16 | 読書

晴れ   

今年のアタマからやっている部屋(ってか2階全体)の大掃除というか模様替えは実はまだ終わっていなくて、今日の午前中も洋服の整理などをしていました。
朝の6時台から。
早く起きてしまったもんで。

モノを減らすとスッキリしますが、捨てるモノに対して罪悪感も抱きます。
私のような、モノを管理できない人間じゃなくて、ちゃんとした人(!)に買われたりもらわれたりしてれば、もっといい状態で長く使われたかもしれないのにゴメン、みたいな。
いくら、もう何年も着てないしこれからも着ないことが明らかな、もらい手もいないに決まってる寂れ品でも、えいやっという思いっきりというか見切りをつける気持ちを動員しないと廃棄できません。
なので、元気なときか、今日のように天気が良くてうっかり気持ちも明るいかもと誤解してしまうような日じゃないと、モノは捨てられないかも。

それにつけても今日は本当にいい天気だ。
洗濯機回し日和だ。
日常関係、作業服関係、寝具関係、冬物関係、と4回もやった。
どれも3~4時間でカラッと乾いた模様。
気持ちいい。

午後、テレビをつけたら「スタジオパークでこんにちは」に小島慶子さんが出てた。
スタパ、時短になって以来初めて見たけれど、物足りないことこの上なし!
スタパの前のクイズ番組、要らなくね?
ホールドミーだかホールドオンだかわからないけど、あの時間の帯クイズ番組って唐突過ぎませんか?
どこを狙ってるんだろう。
ポジションとしては、平日のパネルクイズ21?
ぐっさんは児玉清?
いろんなことが中途半端な気がする。
番組内だけで中途半端ならしょうがないけど、スタパにも波及してる感じで、NHKの意図がわかりません。

やっぱり、生で人を呼んでインタビューして質問を募って番宣するなら、45分は欲しい。
っていうか、最初から今の尺なら「そんなもんか」だけど、まるで何事もなかったかのように番組は存続し、時短だけしてるから、やたら全てが急ぎ足な感じ。

今までは「ゲストの人間性を引き出そう」と「番宣しよう」が並列だったのが、4月からは後者がメインで「ゲストの人間性」はおまけになったってことなんですかね。
まあ、45分だろうが2時間だろうが、尺があれば人間がわかるかも、なんて思う方がオメデタイのかも、というのはある。
今までも、ゲストによっては間延びして感じられる回もあったから、いっそコンパクトにうわっつらだけ方式を採用したってことか。
あと、「あさイチ」でもプレミアムトークと称して時々スタパのようなことをやっているから、軸足を午前午後に分散させたってことなのかもしれません。
あさイチの方が、爆弾トークを引き出すホストが手ぐすね引いてる感じもあるし。

ちなみに、明日のあさイチのプレミアムトークは中山秀征だそうです。
いったい誰が彼の素顔を知りたいと思うのだろうか。

あ、そうそう。
小島慶子さんのことでした。
尺のわりに健闘してました。
ちゃんと現在の自分のキャラというかポジションをムダのないトークで説明してました。
さすがだなあと思った。
司会のふたりは、ふだんの予定調和ホストトークがことごとく打破されてすごくやりづらそうでしたけどね。
面白かった。
ただ、平日の午後1時台にテレビで小島さんの話を聞く違和感はあります。
ネットラジオとかスペシャルではなく、レギュラーで、できれば帯でラジオをやって欲しいな、やっぱり。
もうどこの放送局もビビってダメなんだろうか。
もったいない。
[PR]

by kuni19530806 | 2012-05-16 15:47 | テレビ

飼い喰い   

内澤旬子『飼い喰い 三匹の豚とわたし』を読む。

周囲にファンの多い内澤さんだが、私は読むのは初めて。
そう、『身体のいいなり』も『世界屠畜紀行』も未読です。
そして『飼い喰い』を読んだ後に思うのは、やっぱり上の2作は先に読んどくんだった、です。

私はしょっちゅう同じことを言ったり書いたりしてる人間です。
持ちネタが少ないってことと、それ以前に最近、誰に何を言ったか言ってないかがとみに覚えていられなくなっているので、前に言ったり書いたりしてるかもしんないけどまあいいや、がデフォルト化しているのが「実情」だったりします。

でも、自分の発言は公式記録(?)には記されていないけれど、書いたことはこうしてここに残っているわけで、たま~にあらためて読み返すと(このエキサイトブログの機能がいろいろ変ったせいもあって、うっかり読み返す、その頻度は増えたかも)自分は人や世界に対して特に言いたいことはないものの、しょっちゅう考えてしまっていること、変わらずに思っていること、はあるみたいだなと気づいたりします。

その代表選手(!)は「人生はハイリスクハイリターンだ」と「人は点でなく線で生きてる」だと思われます。
そして、この『飼い喰い』であらためて感じたのは後者。

『身体のいいなり』と『世界屠畜紀行』を先に読むべきだった、と強く思ったのもそのせいです。
内澤さんがこの本を書くに至った経緯やこの本で記されたり描かれている出来事は、正直、この本だけでは私レベルの読み手に伝えきれていない気がします。

いや、この本が「独立した1冊」である以上、内澤旬子さんになんの予備知識がなくても他の著作を一切読んでいなくても、これのみで著者が表現した、そして読者が受け取ったもので充分という考え方はあるし、それは正しいとも思うのです。
それこそ、想像力の出番だ、とも言えるし。

ただ、誰より著者自身が、この本を「すでに自分に関する知識のある人に向けてしか書いてない」気がしてしょうがなく、それはこの本の肝である「喰うために飼う豚に名前をつけてなかばペットのように育て、でも最後はやっぱり屠って喰う」の「屠って喰う」瞬間に顕著な気がします。
もちろん、屠る部分の気持ちや考察は『世界・・』で深く掘り下げているのでしょうから、今回はそれを踏まえての次の段階、的なことではあるのでしょう。
私もなにも「豚をつぶして喰うとき、もっと書き手が感情的になると思った」と期待していたわけではない。
著者の屠殺に対する立ち位置というか気持ちは、この本1冊だけでも察せられるし、この本の肝は「屠って喰う」であると同時に、その前の「喰うために飼う豚に名前をつけてなかばペットのように育て」でもあることが十分に理解できる。

でもでも、それはそうでも、やはり私にはどうしても「いちげんさんは相手にしません」感が否めなかった。
なんでですかねー。

ちなみに、もし、書き手や売り手や業界関係者やファンに「なに、難癖つけてんの?他の著作を読んでからこれを読むのが当然でしょ」と言われるとしたら、私はそこには大々的に反論する用意があります(こわっ!)。

いろいろ書きましたが、いろいろ凄い本です。
本の雑誌の6月号の内澤さんと服部文祥さんの対談を読んだらあらたにいろいろ(いろいろばっかだ)補完されたので、あらためて「すげえ本だ」と思っている昨日今日です。
私も、あの「自然に感謝」を全ての免罪符にして、それでなにもかも許される・・ばかりか、自分は誰よりわかってる、と勘違いしてるみたいな輩に以前からすごく違和感があったし、この本の172ページの【「健やかに育て」と愛情をこめて育てることと、それを出荷して、つまり殺して肉にして、換金すること。動物の死と生と、自分の生存とが(たとえ金銭が介在したとしても)有機的に共存することに、私はある種の豊かさを感じるのだ。大規模化して薄まっているとはいえ、やっぱり畜産の基本には、この豊かさがある。そのことを、食べる側の人たちにも、もっともっと実感してもらえたらいいのに。】という文章には、深く深く感じ入りました。
171ページまで、正直ちょっと「内澤さんって強い以上にどっか鈍感な人かも」と思っていたことを心から申し訳なく思った。

下世話方面で気になったこと。
いろんな登場人物が出てくるのに、南駄楼さんが後半「配偶者が」と一度だけ一瞬だけの登場だったこと。
いろいろ邪推してしまった。
a0099446_10215191.jpg

[PR]

by kuni19530806 | 2012-05-12 22:18 | 読書