<   2012年 03月 ( 12 )   > この月の画像一覧   

年度末   

「カーネーション」とかラジオ「小島慶子キラ☆キラ」とか、いろいろ書きたいことはあるのだけれど、実は忙しぶってるだけで書く時間もあるのだけれど、書かずにあわあわしているうちに平成23年度が終わろうとしています。

思えば、不穏なまま始まり、不穏なまま終わった今年度でした。
いろんなことが何も改善されていないのに、懸念や心配事は日々増えるばかりなのに、人間も社会も中枢神経が鈍化・・というより麻痺してしまったみたいで、何を聞かされても「・・ああ、そりゃ困った」と口だけ言って、ただただユルく途方に暮れたまま年度をまたごうとしているみたいです。

そんななか、カーネーションと小島慶子女史(?)は私のカンフル剤でした。
予定調和じゃない潔さと小気味よさがあった。
両者ともに「果敢」という言葉が似合います。

果敢は美しいと思う。
それは、今という時代だからこそ特に。
自分に絶対的に欠けているものだからこそ特に。

仕事に関して言えば、最後の1年の始まりです。
今の仕事は24年度で雇用終了確定なので、どうするにしろ、その後のことを決めなければなりません。
どうなることやら。

あ、明日も仕事だった。
寝よ。
[PR]

by kuni19530806 | 2012-03-31 23:51 | その他

N響アワー終了によせて   

N響アワーが最終回でした。
32年・・というから、1980年から始まったということですか。
もっと子どものときからやっているかと思ってた。
気がつくとそこにいつもN響アワーあり、みたいな。

ちゃんと見始めたのはごく最近です。
遅れてきた視聴者、どころか、遅れ過ぎてまだちゃんと着席しないうちに終わってしまった感じです。

それまでも、ごくたま~に見てはいましたが、ほとんど途中でうたた寝モードに入ってしまってた。
眠くならなくなったのは、自分も少しだけ楽器をやるようになったから、ではなく、クラシックのCDも徐々に聴くようになったここ1年ぐらいからですね。
まだ全然詳しくはないけれど、クラシックに耳がなじんできた感じはします。
面白い。


はるか昔、思えば小学校4年生の3学期に学校のオーケストラに強制的に入らされてバイオリンを持たされました。
そもそもは、卒業式に下級生が弦楽で演奏して卒業生を送るという体での発足でした。
それが次の年度には器楽部と命名され、スライド式に自分はそこの部員になっていました。
本人の意志などは関係なかった。
中年女性の音楽教師の意のままに操られてた感じでした。

スパルタ式の部活でした。
今振り返るとメチャクチャ厳しかったけれど、昔は転校生気質っていうか順応性だけはあったので(?)理不尽なことも理不尽だとも思わず(気づかず?)言われるままにやっていました。
そしてその頃はいっぱしに「クラシックに興味あります」面(ヅラ)していたのですが、本当は全然興味がなかったみたい。
中学校になったら後腐れなく楽器から離れて特に思い出しもしなかったし、高校にオーケストラ的なものはあったけれど全く食指は動かず、短大の音楽ホールのこけら落としにカール・ベームが来たときも、最前列でぐうぐう寝てました。

なので、N響アワーが始まった当時の自分は、そのN響アワーが終了するとき、それを心から残念に思う自分が居るなんて全く想像がつかなかったわけです。


人生はままならない、ほとんとしょぼいことばかりだけれど、現時点での未来に対する展望のなさは、現在の自分だから「どーせたいしたことねーだろーな」と思うわけで、一歩先は何がどうなるかなんてわからない、とも言える。
もしかしたら、今は全く予想だにできないことに夢中になる自分が未来には出現するかもしれない。

・・などと今後、N響アワーのない生活を送る自分を自分で励ましてみました。

では、おやすみなさい。
[PR]

by kuni19530806 | 2012-03-25 23:06 | テレビ

エイジレスきわめつけはこっちの純一かも   

周囲はこぞって「今年の花粉症はラク」とおっしゃり、自分も確かにそうかも、とも思うのですが、時々「やっぱりダメ(>_<)」と投げたくなります。
投げるは「人としての見てくれの劣化や、今まで培ってきた人間性や、目先の懸案や夢や目標なんてもうどうだっていいや!」と自堕落な気分になるという意です。
培ってきた人間性や夢や目標なんてあったの?と問われると返答に困るわけですが。

懸案と見てくれの劣化は、あるの?と聞かれれば堂々と(?)「ある!」と言えます。
残念ながら。
見てくれに関しては、まず早い時期から鼻の穴近辺の皮が剥け、目の周りがタダれて引きつり、顔全体がなんとなく浮腫み、マスクの跡がいつまでもとれず、顔色がくすみ、化粧もおざなりな分、ますます老け、太ります。
太るのは関係ないだろ、と自分でも思うのですが、自堕落になるせいか、この時期は必ず太ります。
そして、終盤に花粉疲れでやつれる、というここ数年お決まりのMy花粉轍(わだち)ロード。
今年もしっかり嵌まっている。
けっ!つまらん!!

MXテレビの「5時に夢中!」をたまに見ますが、金曜日は矢追純一さんが出てました。
この人の年齢は70代後半らしいけれど、イメージは40年ぐらい同じなんじゃないだろうか。
いや、もちろん詳細は不明ですが、パッと見の印象と言うことは気持ち悪いぐらい昔のまま。
宇宙人に何かされたのか!?と思うくらい。
宇宙人説もある模様。

私だけなのかもしれないけれど、この人、あまり怪しいとかうさんくさい感じもしないのですよね。
一周、回っちゃったんだろうか。
ふつうに「ああ、矢追説、矢追節ね」と聞いてしまったりする。
宇宙塾という、考えようによっちゃあこれほどうさんくさいセミナーもないよなというのを主催しているそうです。
3千円。
この価格設定も微妙。
ちなみに、今発売中の江原は8千円。
細木は以前よく1万円って新聞広告に出てた。

テレビ業界に長く居て、疑い深い層の人心掌握術を学んだのかな、矢追さん。
掌握しなくてもいいから、容認というか黙認してもらう絶妙な見せ方、ラインとかを。

「5時に夢中!」での矢追コメントいちばん興味深かったのはやっぱりユリ・ゲラー関係。
ど真ん中の世代なもので。
翌日の学校では、止まっていた時計が動き出したって言う人多数で、本当に大騒ぎでした。
そうか、矢追氏はまだその場所にいるのかあ。
彼にうさんくささが欠けているとしたら、それは世の流行り廃り栄枯盛衰とは別な場所に自分を置いているからだろうか。

宇宙塾はちょっと・・だけど、とりあえず、ムーでも読むか。
[PR]

by kuni19530806 | 2012-03-24 23:35 | テレビ

できることをしよう   

本日は今季最高の花粉飛散量だった気がする。
風も強かったし。
ああ、鼻が目が身体がカユイ~(>_<)

『できることをしよう。―ぼくらが震災後に考えたこと―』糸井重里・ほぼ日刊イトイ新聞/著 を読む。

最後の糸井重里ロングインタビュー以外は、震災後のほぼ日刊イトイ新聞のコンテンツを書籍化したものです。
震災後、特に震災直後は、ネット界隈の情報があまりに錯綜していて不安でたまらなくて、とりあえず「ほぼ日の情報を自分のよりどころにしてみる」ぐらいに頼ったりしたので、今読むと当時を追体験しているみたい。
特に最後のロングインタビューは、3/11以降の「今日のダーリン」の解説的な感じもあるので震災直後をすごく思い出しました。

やっぱり、良くも悪くも「抜け目ない人」だよなあ、糸井重里って。
癪に障るっていうか、ちょっと信用できない感じが逆に信用できるっていうか(笑)。
直球と変化球の使い分けが絶妙な人だなあとは以前から思っていましたが、震災以降、直球の球種もいっぱい持ってるなあと思った。
言葉をもて遊ぶプロだなともあらためて感じた本でした。

これを読んで、本当にいろんなことを知りました。
「福島の特別な夏。」なんて、福島出身者には地理的歴史的背景も含めてかゆいところに手が届く素晴らしいレポートでした。
自分の母校もちゃんと登場してたし。
相双連合の1校、相馬農業高校の隣に住んでいた幼い頃の自分もじわじわ甦っても来ました。
クロネコヤマトや西條剛央さんがどう動いたか、も具体的に知ることができた。
ほぼ日、ありがとう!と素直に思います。

なんだかんだ言っても、ほぼ日は興味深い組織(?)です。
知り合いにひとりぐらい関係者が居てほしいくらいです。
職場の同僚約1名に「ほぼ日に就職する気ない?」と唆しているんだが・・・。

あ、そういえば、一年前の職場のイベントは、そもそもはほぼ日経由でお願いしたんだった!
繋げとけばよかった!?
でも、仲介をして下さった人の名前(ハンドルネームだけど)を間違えてメールしたんだっけなあ、私。
ずいぶん経ってからそれに気づいたんでした。
失礼な話だ。

最後に、樋口可南子さんは想像以上に大人みたいだ。
a0099446_2025503.jpg

[PR]

by kuni19530806 | 2012-03-21 20:27 | 読書

帰れない犬たち~東日本大震災が奪った日常~   

NHKは祝日の18時台にいつも30分ぐらいのドキュメンタリーをやっているのだが、これがたいていすばらしい。
しかし、時間帯といい尺といい内容といい、あまりにも地味。
でも、ホントにいいんだよなあ。
どのぐらいの人が見てるんだろう。
あ、ちなみにこの枠を「ホリデードキュメンタリー」と言うそうです。
今日初めて知りました。

そんなわけで、今日は「帰れない犬たち~東日本大震災が奪った日常~ 」でした。

つらく厳しい現実、かわいそう、というのはカンタンですが、なんだかそれだけ言ってれば「正解」的な番組じゃなかった気がする。
じゃあなに?と聞かれるとわからないのですが。

飯舘村の飼い主達の気持ちも
岐阜で30頭の犬の散歩をほぼ一人でこなす女性も
犬の目も
やるせなさと温かさと諦めと少しの希望が共存してるような・・
それを見る自分も、悲しいようなつらいような癒されるような
フシギな時間でした。
[PR]

by kuni19530806 | 2012-03-20 22:12 | テレビ

ピアノ連弾コンサートに行ってきた   

ショートカットの方の間接的なお知り合い。
誘われて下記のコンサートへ。
a0099446_22515570.jpg


実は、「連弾」っていうのにあまり期待してなかった。
2人で1台じゃおもいっきり弾けないんじゃない?みたいな。
しかーし
とんでもなかった。
筋金入りの音楽家2人の「技術」と「気持ち」がこっちにビシビシ伝わってくる素晴らしい演奏でした。

特にメンデルゾーンはすさまじかった。
70人(サロンコンサートなので定員がその数です)が全員息を飲んでるのがわかった。
私はいちばん前だったので演奏者の指の動きも全て見えたのですが、圧巻でした。

この2人の東京デビューコンサートは去年の3月11日の予定でした。
が、延期になり、2週間後に行われたそうです。
そのときと今回、同じ曲も弾いたそうですが、気持ちは全然違う、とのこと。
今、安心して弾いているわけではないけれど、去年の3月は「ピアノを弾いていていいのか」と思いつつ、だったとのこと。
そして
アンコール最後の最後はレクイエム。
不覚にも泣いてしまった。

素人を感動させる演奏と、プロにその凄さがわかる演奏があるけれど、今日のはきっと、素人もプロも感動させたと思います。

そして、会場もステキでした。
a0099446_2373992.jpg

[PR]

by kuni19530806 | 2012-03-17 22:49 | 音楽

眺望絶佳   

中島京子『眺望絶佳』を読む。
短編集です。
スカイツリーと東京タワーの往復書簡(書簡・・かな)の間に、東京を舞台にしたと思われる短編が8つ入っているという凝った構成です。
短編はどれも、現実と夢のはざまのような、幻惑されて自分をちょっとどっかに持っていかれそうな、それでいてリアルな息遣いが聞こえるかのごとき、摩訶不思議な味わいのあるものばかりです。
いくつかの短編には、ちょっと前に新聞の社会面を賑わせていた事件や話題を彷彿させるものがあったりしますが、その観点で言うと際立っているのは、「亀のギデアと土偶のふとっちょくん」です。
震災の日の東京が描かれています。
そして最後の東京タワーのスカイツリーへの復信。
印象的です、とても。
中島京子さんという、私にとっては稀代の書き手が東京タワーをイタコにして語らせた現在の東京、もしくは作家の心のありようのような気もします。
ちょっと揺さぶられました。

一部引用。
<わたしたちにはなにもすることができません。ただ、でくの坊のように立ち続けているだけです。立つこと以外に、我々にできることはなにもありません。
それでももう一度、あなたに言いたい。
あなたとわたしは立っていなければなりません。
照っても降っても、荒れても凪いでも、常に堂々と立っていなければなりません。それだけがわたしたちにできることであり、立ってさえいれば人々はわたしたちを見上げて安心し、明日を生きる活力を身に蘇らせることができるのです。
いつかわたしたちは不可抗力で、立っていられなくなるかもしれない。それでもその日が来るまでは、わたしたちは立ち続けなければなりません。>

a0099446_20244789.jpg

[PR]

by kuni19530806 | 2012-03-15 22:24 | 読書

無題   

今日は久々に用事のない休みです。


父親・・実父が重篤な病気に罹っていることがわかり、先月の後半から小忙しくなっています。
両親は私が15才のときに離婚し、私はその時点で母親と共に母親の実家で居候の身になることを選択しました。
なので、受験して合格した高校には一度も通学せず、入学式の前に母親の実家にある高校に転校扱いとなりました。

以来、父親とは音信不通。
父親と連絡をとっていた兄達からたまに近況を漏れ聞き及ぶことはあったものの、そもそも15才までもあまり父娘的交流の記憶がない私は、特に興味もなく、長兄が病気になるまで父親の存在はほぼ念頭にありませんでした。
しかし6年前に長兄が亡くなり、長兄を頼っていた年老いた父は、長兄亡き後、一緒に暮らし始めた次兄とコミュニケーションがうまく行ってないこともあって、今度は私にいろいろ言ってくるようになりました。
「相談したいことがあるから近々来てくれないか」
「もう自分は長くないから」
的な。
正直、うっとうしかった。
肉親の情など、ないに等しいし。

重篤な病気はかなり重篤ですが、本人の希望と84才という年齢もあって、特に治療はしないことになりました。
日常生活に支障をきたす症状が今のところはまだなく、父親は家でふつうに生活をしています。
男所帯で日中はひとりで過ごすという環境でも、身内が同居していて自身の身体が動き、認知症の症状が見られないことから介護保険の対象にはならないそうです。

父親のマンションまで私の家からは1時間45分ぐらいかかります。
それを遠いと思うか否か、それ以前に今のこの状況を私がどう受け止めどう対応して行こうと思っているか、芯のところが定まりません。
なんだかんだあっても、いろんな思いがあっても、実の娘なのだから云々という言い方は当然あるし、現在の父親は油の抜けた老い先短い気の毒な年寄りなわけで、私が昔、父親にどんな負の感情があったとしても、今それが前面に出てきて父親憎し!と思うわけでは全然ありません。
できることなら、頻繁に様子を見に行きたいと思っているし、動けなくなったらそれなりの面倒は見なきゃいけないのだろうと薄い覚悟はしています。

でも、父親の病気が発覚してからこっち、なんだかものすごくもやもやして、気が滅入って、何事にもやる気が出なくなってしまった。
鬱々しているわけじゃない、とか思ってたけど、これってやっぱり鬱々していたのかしらん。
それを花粉症や、震災と原発事故からちょうど一年であることを理由にしてみてもいますが、やっぱりそれだけではない気がする。
眠れないわけでも食欲がないわけでもないのだけれどねー。

で、3日前から、久しくサボっていたヨガを復活させました。
お風呂にゆっくり浸かり、カスピ海ヨーグルトを食べ、こまめに部屋に掃除機をかけ(やはり自分の部屋専用の掃除機があるのはいい!)、気持ちが落ち着く音楽を聴き、めんどくさい気分にならない本を選んで読み、インターネットでガス抜きをしつつ、同時にネット内にずぶずぶ入り込まないように心掛けました。
実は、パソコンからいったん完全に離れるというのも考えたのですが、家にいる時間以外は今までもこれからも離れているわけだし、自分の日常の気分を垂れ流すのはもはや趣味みたいなものなので、離れるのはやめた。

そんなこんなで、根本的な解決には全くなっていないけれど、今はちょっと持ち直しました。
ここではますます勝手なことや愚痴を書くかもしれません、と言い訳してみる。
[PR]

by kuni19530806 | 2012-03-14 13:59 | その他

平成娘巡礼記   

月岡祐紀子さんの『平成娘巡礼紀 四国八十八カ所歩きへんろ』を読む。

無意識に「さん付け」してしまったのは、先日、瞽女三味線ライブに行ったことと、仕事関係でこれからもお目にかかる予定だからです。

そういう贔屓目(?)抜きにしても、この本は予想外に良かった。
これは、今からほぼ十年前、月岡さんが24才のときに挑んだ歩きへんろの記録です。
本(文春新書)の刊行は2002年8月。

これを読むと性善説を信じたくなってしまいます。
とにかく、四国の人々がこぞって優しい。あたたかい。
おへんろさんのサポートを、地元の人々は「お接待」と称して、当然のことのように生活に組み込んでいるようです。
それを素直に瑞々しい感受性でキャッチする著者の気立ても心地よい。
特別、文才とかを感じる文章ではないけれど、的確な描写と構成でとても読みやすいです。

瞽女三味線を継承しているからといって、佇まいから孤高・・みたいなことは全然なさそうな、感情豊かで妙齢なお嬢さんが、芸に精進する、ある種の決意表明で歩きへんろをする、というのが清々しい。
そして十年後、月岡さんは実際にたいした表現者になっているわけで、その原点がこの歩きへんろだったりするのかなあと思うと、読む側の感慨もひとしおです。

人は優しくもなれるし、優しさを失うことも容易くできるのだろうな。
四国八十八カ所巡礼の旅に出たくなった。
この本を3月11日に読み終わったというのもちょっと感慨深いかも。
a0099446_220142.jpg

[PR]

by kuni19530806 | 2012-03-12 22:01 | 読書

くたびれたしじれったいのでちょっと極論   

今日はいろいろくたびれた。
別に鬱々としているわけでもないのだけれど、人は日一日と死に近づいているのだとあらためて思い知った一日。
それとは別に、専門職の人間は人との接し方がビジネスライクになりがちな反面、自分の専門分野内でそのスキルのない素人が途方に暮れていることを正直に示されると、驚くぐらい親切になることを知った日でもあった。
今日だけでふたりの専門職の変貌を見たから。

最初はクールで事務的な、ちょっと感じの悪い対応だったのに、こちらがわからない箇所を遠慮するでもなく卑屈になるでもなく不貞腐れるでもなく質問したら、どんどん感じが良くなった。
ま、だからって事態が好転するわけじゃないんだけどさ。

・・抽象的なことばっかり書いてますね、私。
ツイッターで、フォローし合っている同士にも何についてなのか全くわからないつぶやきをする輩には批判的なくせに。
それがもはや「芸」になっている人(ex:浅生ハルミンさんとか)はいいんですが、読んだ人がただ困惑し、「ん?ん?」としか思えないつぶやきは好きじゃないのだ。
そういうつぶやきをする人って、なんだかんだ言って「人は自分に興味を持って当然」と思ってる気がして。


3月11日が近づいてきたせいで震災、原発事故関連の番組や記事が一気に増えてきた。
あの日以来、それまでとは違う世界で暮らしていると私は思っているけれど、いろいろ「違った」中で、文章を書くことをなりわいにしている人を中心に、ネット上でのいろいろな人のいろいろな文章での震災、原発事故との距離のとりかたをすごくチェックしてしまっている自分も、以前と「違った」自分だ。

おおざっぱに分けて4種類あると思うんですよ。
①頻繁にそれについて語る人
②ふだんはいつもどおりの文章だが、時折、スイッチが入ったかのように書く人
③まれに思い出しだかのようにとおりいっぺんのコメントをする人
④全く触れない人

どれがいい悪いとかではもちろんないし、④だから何も考えてないなどと思っているわけでも当然ありません。
直接被災していない人は、安易なことなど書けないという慎重さというか遠慮する気持ちがあるのかもしれないし、いろんなことが不確定で不透明な今は、昨日と今日の自分の気持ちも変わっているかもしれない、というのもあると思います。
いろいろ書きたいことはあるけれど、それが不特定もしくはある特定の人物の目に触れることを警戒する気持ちもあるかも。
いろいろあるとは思うんですよ。
でも
な~んかじれったいんだよねー私などは。
特に、文章を書くことをなりわいにしている人は個人的に②であって欲しい、とかさ。

私は先日、コラムニストの石原壮一郎さんのこの文章にとても心打たれました。
実は、この内容に百%共感したわけではなく、10%ぐらいは「ちょっとなー」とか思ったのです。
でも、ほとんどは共感できる内容だったし、なにより反論や批判必至のこのハイリスクな文章を公の場で発表することにした物書きとしての姿勢というか矜持は素晴らしいと思った。

物書きなら、たまにはリスクを背負って文章を書いて欲しい。
どんな能天気な文章にもリスクはある、と反論されるかもしれないけれど、少なくても今この時点の日本は特別な状態だし、以前とは「違っちゃった」んだから、今、腹を括った自分にとってMAXな表現活動をしなくていつするの?と、私などは思うわけです。
[PR]

by kuni19530806 | 2012-03-09 23:15 | その他