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1ヶ月   

今日はマロの初めての月命日です。
1ヶ月経ちました。
昨日までマロと一緒だったような、もう何年も会っていないような、マロとの振り返り時間軸はものすごく不安定です。
気持ちも同じです。
悲しくてじたばたしてしまうときと、淋しいけどなんとかやっていけると心でこぶしを握り締めるときと、なんとなればマロの不在を失念してしまうときが、こっちにも予測不能な頻度のシャッフルで登場します。
もちろん、その3種にも微妙な温度差がありますが、奈落の底気分はずいぶん薄まりました。
同じ「悲しさ」でも、尖ったものから丸味を帯びたものに変わってきた、とでもいいましょうか。

正月、兄の7回忌、職場の棚卸し、と非日常でなんとなく気忙しい気分の1月も終わりです。
職場の棚卸しに関しては、実は特に自分は何もしていなくて、ただ結果を見て暗澹たる気持ちになっただけです。
プチ人間不信。
2月からは例年どおり、確定申告と花粉で大忙しです。
今年は1日多くて、有難いようなよけいなような。

昨日、会議で本部(とは言わないが)に行きました。
会議そのものにもいろいろ思うところがありましたが、そこで久々に会った前職場の同僚の現在の家族の状況に言葉を失いました。
彼女はよく言えば元気、ふつうに言えばうるさくて人の噂が好きでツンデレで男子に対しては中学生みたいな言動で、私が彼女に命名したあだ名は「牢名主」。
私は前職場では彼女にしょっちゅう説教・・というか文句を言っていました。
が、それで彼女の素行(?)があらたまることはなく、馬耳東風とはこのことか!と痛感させられる日々でした。

一昨年の4月から前の職場は民間運営になり我々は解散しました。
そして5箇所に散らばり彼女と一緒に仕事をすることはなくなりましたが、その後、特に最近になって漏れ聞こえてくる彼女の話は、おめでたいこととその逆のことの、振幅の大きいものでした。
そして昨日、直接本人の口から最新情報を聞きましたが、片方の親の病気だけならまだしも(それだって大変ですが)、両親こぞって危機的状況になることが、いくら成人後とはいえ子供たちにどんなに大変なことなのかをあらためてまざまざと思い知らされました。

思い知らされた証拠に、今朝方、久々に母親の夢を見ました。
引っ越しが間近なのにちっとも準備を進めていない母親にイライラしながら手伝うという、20年ぐらい前に現実にもあったことの夢版です。
でも私は、夢の中でうっすら「今はもう母親に苛立っていはいけないのだ」と気づいていました。
それが、夢を自覚しているからなのか、20年という月日のせいなのか、かつての現実に対する反省なのか、やっぱりその数時間前、かつての同僚から聞いた話に起因するものなのかは定かではありません。
ただ、「自分が一時の強い負の感情で言葉を発すると後で悔いることになる」という意識だけはやけにありありとして、内心は苛立ちながらも努めて平静を装って手伝って目が覚め、夢だとはっきりしてからも「ああ、文句を言わないで手伝って良かった」とホッとしました。
20年前の現実では、もちろん私は母親にいっぱい文句を言いました。

肉親に関する思い出は後悔ばかりですが、今、夢でなんとか取り繕うとしているのか自分、と思ったら、おかしいようなぐったりするような・・やっぱり笑っちゃうなあ。
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by kuni19530806 | 2012-01-31 23:47 | その他 | Trackback | Comments(0)

茗荷谷の猫   

最近、寒いなあ。
零度ってこんなに身に沁みる気温だっけ?
今朝の私の体感温度は軽く氷点下だったことでした。

東京で最初に一人暮らしをしたとき、暖房器具はコタツしかなくて、寒くて耐え切れないときはやたらお湯を沸かしてた。
コンロ使いで暖をとってたのですね。
当時その話をバイト先でしたら、職場のおばさまが不憫に思ったようで「家に使わないガスストーブがあるからあげる」と言ってくれて、その方のお宅まで取りに行ったのでした。
お宅は確か国分寺で、おばさまの雰囲気はごくごく庶民的だったのに、家はなかなかの邸宅だった。
出してくれた紅茶のカップが、縁が金ではない藍色系の花柄で、上品で好みだなあと思ったことを今でも覚えています。

いただいたガスストーブはなぜかアパートでは使えず、でもそれを言えなくて、バイト先では「おかげさまで部屋があったかくなった」と嘘をついていました。

結婚して別なアパートに引っ越して、晴れてそのストーブは使用可能になったのだけれど、そのときはもう転職をしていたのでおばさまとは会うこともなく・・よしんば辞めずに会えていたとしても、そのタイミングで「ガスストーブってあったかい!」とあらためて言うのもおかしく、ストーブの前でぬくぬくしながら、まあ、これでよかったのだろうよ、と子どもなんだか大人なんだかわからない感想を抱いた若干23歳の私でした。


木内昇『茗荷谷の猫』を読む。
木内さんの本をこのところわりと立て続けに読んでいて、これが3冊目です。
読んでる順番は、書かれた時系列を全く無視してます。


すごい!すごい!と思いながら読みました。
タイトルや表紙の雰囲気から、もっと・・なんていうか抒情的な短編集かと思いきや、一筋縄どころか二筋縄でもいかない、クールなようなアツいような、リアルなような幻想的なような、とにかく「こちらにわかった気にさせない」フシギな連作短編集でした。
ある意味、オープンエンドって感じ。
こういうの好きなんだよねえ、私。

幻想的な小説でありつつ、実在の小説家が出てきたりしますが、それが内田百閒だったりします。
私は内田百閒をほとんど読んだことがないので、その名前に漂う一般的なイメージだけで言いますが、ありありとあの内田百閒、というのが絶妙です。

短編それぞれは独立した話として読めますが、共通する人物や場所、建物が不意に立ち現れます。
その加減も巧い。
こういう小説を読むと、玉砕感も覚えます。
こんなの書かれたら、自分なんて・・みたいな。
・・・の部分が自分でもよくわからないんですけどね。
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by kuni19530806 | 2012-01-28 20:18 | 読書 | Trackback | Comments(2)

キラ☆キラの変   

ものすごく久しぶりに、ポッドキャストではなく生で「小島慶子キラ☆キラ」を聴き始めたら、オープニングで小島さんが3月いっぱいでの番組降板を発表した。
今朝のスポーツ紙にすっぱ抜かれたらしい。
なんでもそこには「育児に専念」とあって、「そうじゃない」ことを自分の口から説明したかった、とのこと。

説明ではおおっぴらに番組製作者(っていうよりもっと上層部?)を批判していて、さすがオジキ(by水道橋博士)だと思いましたが、番組側には番組側の言い分もあるのだろうし、片方だけのコメントで今回の状況の本当のところは判断できない・・というのが大人の意見だと思われます。
そこのところは、瀧さんも的確に指摘していて、「ほとんどのリスナーには降板理由とか関係ありませんからね」とばっさり斬ってました。
全然、小島さんに迎合してなかった。
すごくクールに、でも悪い感じではなく「言ってることはわかりました。でも特に何も感想はありません」みたいな。

最初は、小島さんはもっと小島さんに寄り添う発言をする相棒の日に言えればよかったと思ってるんじゃ、ぐらいに感じましたが、瀧さんで正解だったと思う。
あの、瞬時に聴き手の気持ちを察知して、的確な状況判断を下しコメントする瀧さんの力はスゴイ。
バランス感覚、とでもいいましょうか。
かっこいいなあ、ピエール瀧。
今日の放送であらためて「ピエール瀧のかっこよさ」に気づいた人も多いのではないだろうか。
私は前から知ってましたけどね・・ふふ~ん。

降板そのものに話を戻すと、私はポッドキャストがほとんどとはいえ、キラ☆キラをよく聴いているし、小島さんの本を読んだりツイッターでもフォローしていたりするので、彼女がラジオに対して思っていること、一貫して置いている・・死守しようとしているポジション、がある程度わかる分(繰り返し、事あるごとに表明してますからねー)、今回の番組側からの「40~50代の自営業男性を取り込め」「他の媒体に出たらもっと番宣をしろ」という指令が彼女の地雷を踏んだことは想像に難くないし、そこに限って言えば、「そりゃあオジキもブチ切れるだろう」という同情派(?)です。
むしろ、小島慶子になんでそれを言う!?人間性まではわからないにしても、彼女が今、ラジオパーソナリティという肩書の核(意地悪な言い方をすれば「売り」)にしているモノを全否定するような指令をしたらそりゃあ揉めるだろう、という意味で、言う意味がわかりません。
わかるとすれば、それはもう、番組側が彼女を降板させたがっているという文脈でしかないですね。

キラ☆キラはやはり小島慶子という人で成立している番組だと思うので、彼女の降板は残念です。
あと、神足さんが帰ってくる場所がなくなるのも残念だ。
そんなオープニングだったので、今日はよけいに、ポッドキャストでは配信されないテーマ紹介コーナーを真剣に聴きました、と聴き逃したことを残念がるM子さんにさりげなくアピール。
全然さりげなくないけど。
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by kuni19530806 | 2012-01-26 19:27 | ラジオ | Trackback | Comments(2)

雪かき→腰痛→kei→太郎庵   

昨日の朝の職場の雪かきで腰を痛めてしまいました。
雪の量はたいしたことはなかったのですが、職場の前の歩道の雪はかなり凍っていて固くて、それをスコップでガシガシこそげとるのはけっこう重労働だったのでした。
途中で「腰が重だるいなあ」と思ったけれど、雪かきには頼まれてもいないのに勝手に参戦したので却って途中で離脱しづらく、違和感があるのに続けたのがよくなかった模様。
その後も「腰が痛い」と騒ぐのが憚れて、昨日はなんでもないふりをして一日仕事をしたのでした。
でもやっぱり痛くて、今朝起きたらもっと痛くなってました。
あ~、自分より若い同僚(ほぼ全員だ!)に任せるべきだった。
つい、昔とった杵柄、と張り切っちゃったよ。
昔って・・雪深い土地に住んでいたのは何年前だっつうんだ!(自虐笑)。

そんなわけで、休みの今日はほとんど臥せってました。
錦織圭クンの全豪準々決勝も生放送で見ました。
スコアだけ見ると、ストレートでまるで一方的な試合のようですが、なかなか見ごたえがありました。
特に第一セットはいい試合だった。
緊張感のあるラリーもいっぱいあった。
徐々に、ベスト8に勝ち上がるまでの両者の試合の消耗度の差が出た気がしました。
後半はちょっと錦織選手に疲れが見えたような。

でも彼は堂々としてますね。
インタビューのときとコートの上は別人。
いい意味で(笑)。
下世話な私は彼を見るたび、つい「福原愛ちゃんとはその後、どうなってるんだ?」と思ってしまいますが、実際どうなってるんだ?

突然ですが、会津の太郎庵というメーカーのお菓子は美味しいです。
太郎庵は私が東京で生活するようになったぐらいにめきめきと会津で頭角をあらわしてきたお菓子屋さんです。
本社は会津坂下町(サカシタではなくバンゲと読みます)ですが、会津若松や喜多方にもお店があり、地元では当時一気に「美味しいお菓子屋だ」と評判になりました。
でも、同じ福島の菓子メーカー・・たとえばままどおるやエキソンパイでおなじみの三万石や、ゆべしのかんのや、薄皮まんじゅうの柏屋のように、東京での知名度はあまり高くなく、その証拠というか、だから知られてないというか、会津以外のJRの駅で太郎庵のお菓子を見かけたことはなく、あくまで会津に根ざした会津の太郎庵、で今日まで来ている感じ・・だったのですが、先日、ついに新幹線の福島駅でこの太郎庵のお菓子を発見!
うれしくて買っちゃいました。
それがこれ。
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太郎いも。
私は食べたことがなかった品。
でも太郎庵のお菓子だから美味しいに決まってる、とジャケ買いしました。
ジャケ買い、の使い方が間違ってますか。
その後、ネットで見たら、昔からの商品だったことが判明。
なんで私、今まで食べたことがなかったんだろう。
フシギだ。
美味しかった。
職場でも大好評。
さすが太郎庵!
ハズレなし!
ちなみに、昔からの私のお薦めはこれ。
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会津の天神さま


ネットでも買えることを知ったので、今度取り寄せてみようかな。
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by kuni19530806 | 2012-01-25 21:17 | その他 | Trackback | Comments(0)

こんなとき   

くっそ~!
こんなとき、マロがいないと淋しいぞ。
こんなときってどんなとき?って話ですが、こんなときはこんなとき、ですね。

たとえば
雪が降って、マロとの散歩がめんどうだなあと思ってしまったとき
ちょっとお風呂であったまり過ぎて、玄関でひと息「ふうー」っとつきたいとき
灯油販売車が来て、ああ、またマロが騒ぐ!と玄関に駆けつけそうになったとき
むしゃくしゃして話を聞いてもらいたいとき
あったかいものに触りたいとき
遊びに来た姪の子のRクン(2才)から「マロちゃんはどこ?」と聞かれたとき

いないことにまだ慣れていなくて、ついマロがいることを前提にした行動をとろうとして、気づいて「ああ」とうなだれる瞬間と、いないことは自覚しつつ、あらためてそれを思い知らされる瞬間が「こんなとき」です。
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by kuni19530806 | 2012-01-24 23:05 | その他 | Trackback | Comments(0)

七回忌   

福島市で兄の七回忌をしてきました。
またまた日帰りコースです。
せっかく福島に行くのだから一泊ぐらいして、長らく年賀状だけのやりとりになっている中学時代の友人に会ったり、あわよくば郡山や会津にも足を延ばして・・と思わないわけでもないのですが、なんだかいつも日帰りです。

昨日の東京の雪も我が家近辺には波及せず、結局冷たい雨に終始しましたが、本日、新幹線に乗ったところ、宇都宮を過ぎたあたりから一気に外は雪化粧になりました。
風景が様変わりしてちょっとビックリした。

那須塩原、新白河、郡山あたりは吹雪といってもいいぐらいの降りで、こりゃあ福島もいかばかりか、と思いましたが、福島はさほどの大降りではなくてよかった。
法要後のお墓参りの頃はちょっとボサボサ降っちゃいましたけどね。

今回は、私と夫と叔父夫婦の他に、従兄夫婦と兄の友人も来てくれて、一周忌や三回忌より賑やか(←ってふつうは言わないか。まあいいや)でした。

ツイッターでもつぶやきましたが、兄は1990年代、福島市にいたことがあって、当時はよく従兄夫婦のお宅にお邪魔しては、夕食をごちそうになったり、風呂まで呼ばれちゃったり、休みの日は一緒にドライブに行ったり、していたそうです。
親しくしていたことは兄本人からリアルタイムを含めて何度か聞いていましたが、今日初めて、兄以外からその頃の話を聞くことができて、なんだかしみじみしてしまったことでした。

ふたりと今日話して
ふたりは私が思っていたよりずっと兄と親しかったんだなあ
そして、兄が亡くなった後も兄のことを折に触れ思い出してくれていたんだなあ
と思いました。

特に従兄の奥さんは、私が声をかけることをずっと待っていてくれたのでした。
それを知ったとき、ありがたいやら申し訳ないやら、でちょっと言葉につまりました。

言っても詮ないこととは知りつつ言いますが、私はずっと兄の死について罪悪感を持ってきました。
今でも完全に消えていません。
それは、病院の選択と治療法について、です。
もうほんとに後悔だらけで、いまだいちいち具体的に挙げる気にならないほどです。
なので、従兄にしろ兄の友人にしろ、兄が亡くなってから、積極的に連絡をとろうとしませんでした。
兄の死を惜しみ、闘病生活を断片的にでも知っている人こそ脳裏をかすめるであろう「病院を変えるべきだった」という言葉を聞きたくなかったから、です。
同時に、ほんのわずかですが、兄に近しいと自負する人々に対して「あのとき、みんななんでもかんでも私に押しつけずに、黙ってないでなんとか言って欲しかった」という逆恨みにも似た感情もありました。
・・・ほんのわずか、ではないかもな。

一方で、私はわかっていたのです。
兄が転院せず、最初に入院した病院にこだわった理由のひとつは私だ、と。
転院の候補先は不便な場所にあったので、そこに移ったら私の負担が増える、と思ったのです。
私は兄のその気持ちがわかっていたし、実際に当時の自分はものすごく疲れていて、「転院したら自分はどうなるだろう。体力的に続かないかも」とも思いました。
だから、転院を進めた際に兄が「ここでいい」と言ったとき、私は「本当にいいの?」と言いながら、実は少しホッとしてもいたのです。

私はずっとそのことを後悔してきました。
同時に、その後悔を兄の死とは切り離したいとも思ってきました。
なので、従兄や兄の友人と兄の話をしたくなかった。
自分がツラいから。

七回忌にみんなを呼ぼうと思ったのは、いろんな意味で自分の後悔や罪悪感など取るに足りない、と思えるようになったからです。
本当に「いろんな意味で」。
そして、去年の震災で、親戚の安否がしばらく確認できなかったり、自分自身も不安で不穏な気持ちで日々を送ったことで、それまでついいろんなことに対して「そのうち」とか「次の機会に」と思ってきた自分の足元が大きく揺らいだ、ということもあります。

従兄夫婦が、兄が福島在住当時よく通っていたという飯舘村の喫茶店「椏久里」の自家焙煎珈琲を私のために持って来てくれました。
椏久里は辺鄙な場所にあるにもかかわらず有名で大変な人気店だったそうですが、全村避難で飯舘村から福島市野田に移転を余儀なくされました。
でも、移転先でも変わらず繁盛しているそうです。
従兄と奥さんは、それをわがことのようにうれしそうに私に話してくれました。
従兄は「Kちゃん(兄)に教えてもらった珈琲の淹れかたは椏久里のやりかただったんだよねー。今でも守って淹れてるよ」とのこと。

従兄夫婦に今日会えて本当によかった。
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by kuni19530806 | 2012-01-21 21:39 | お出かけ | Trackback | Comments(2)

漂砂のうたう   

木内昇『漂砂のうたう』を読む。

ちょうど一年前の直木賞受賞作です。
実は読み終わるまでそのことは全く知りませんでした。
『浮世女房洒落日記』がとても面白かったので手に取った次第。
スゴい小説です、これ。

江戸の世が終わってすぐ、まだまだ世の中が混乱していた頃の江戸東京(江戸が終わって以降、今日まで「混乱していない頃」が東京に一瞬でもあったかどうかはさておき)は根津遊郭が舞台です。
元武士で、今は遊郭の下っ端使用人に身をやつした定九郎が主人公です。

激動する時の流れに乗れず、さりとて発奮したり開き直る気概もなく、諦観と閉塞感いっぱいのまま、苛立ち、自堕落にその日暮らしを続ける定九郎。
彼が不幸なのは、表面上は諦観を決め込みながら、気持ちは少しも凪いでいないということ。
それが、卑屈さを助長させたり、ちょっとしたきっかけで残酷になったり粗暴になったり、這い上がろうとする人間に好悪入り乱れる感情を持ったり、刹那的に悪事に加担したり、という彼の言動、行動の背景であることは明らかです。

そんなヒリヒリするような主人公の郭での日々が、やけにリアルに描かれた主な登場人物達とコミで、読み手にぐいぐい迫ってきます。
ホントに「迫ってくる」感じです。
神出鬼没で主人公の前に立ち現れる落語家の弟子ポン太、郭の先輩番頭龍造、後輩の嘉吉、筆頭花魁(?)小野菊、遣手、落ちぶれた女郎芳里、仕事の使いで行く賭場で知り合った賭場の用心棒である長州出身の山公・・誰ひとり、こっちに迫ってこない人物はいません。
読みながら、「もうちょっとこっちと距離を置いてくれ」と思ったほどです。
特に小野菊と龍造。
両者とも主人公と対照的な佇まいですが、対照的に映ることと内面の違いは必ずしも連動しない・・というあたりまえのことに終盤、あらためて思い至ったりしました。

すごいなあ、木内昇さん。
ちなみに女性です。
1967年生まれだそうな。
この人の書くものはこれからも追いかけていきたい、と思いました。
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by kuni19530806 | 2012-01-19 23:31 | 読書 | Trackback | Comments(0)

初詣とうどん   

兄の七回忌がもうすぐ。
今日は浦和の父親のところに行き、兄の位牌を持ってきた。
そういえば、三回忌のときも同じことをしたっけ。
なのにすっかり忘れていて、当日お世話になる福島の叔父に先日電話で「位牌を持ってくるのを忘れないように」と言われたときは、まるで初耳のようにビックリした自分。
いろんなことを忘れて暮らしているのって、ある意味、毎日が新鮮です。

浦和への往復は秋葉原で乗り換えるので、帰りは猫神社として個人的に有名な神田川沿いの柳森神社に立ち寄り、ちょい遅ですが初詣の参拝をしました。
人はいなくていいけど猫もいないなあととガックリしていたら・・いました!
木のベンチと社務所(的なもの)の隙間に段ボールがあって、その中で白黒ブチが気持ちよさそうにお昼寝をしてた。
段ボールは透明プラスチック板の蓋つき。
なので、寝ている猫を上から鑑賞できます。
丸まって爆睡してましたよ。
寝床はもうひとつありましたが、そちらは空きベッドでした。
この神社は猫のたまり場と化しているので、ふたつのベッドで足りるのか心配。
毎日争奪戦が繰り広げられているのか、決まった2匹は揺るがないのか、はたまた、夜間はベッドが増設されたりするのか、ちょっと気になるところです。

近くのスーパーでうどんを買って帰る。
これは出がけに、昨日の「小島慶子キラ☆キラ」をポッドキャストを聴いたからだと思う。
北尾トロさんがうどんについて語ってました。
ものすごくアツく語ってた、というわけでもないのに、影響されちゃうもんだ。
ずいぶん前、アメトーークで餃子の王将をやった回をたまたま見たけど、私も「あわよくば今すぐ行きたい!」と思いました。
放送後、王将がものすごく混んだのは当然だと思った。

北尾トロさんの情報によれば、雑誌「ブルータス」の最新号は「ラーメン、そば、うどん。」だそうです。
最後をパスタにしないあたりが「うどんがきてる」予兆ではないかと。
覚えたこと。
①稲庭うどんが秋田だったこと(ずっと西の地名だと思ってた)
②東京に武蔵野うどんというのがあるらしいこと

明日は消化器検診なので、健診後はうどんでも食べよう。
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by kuni19530806 | 2012-01-18 20:38 | お出かけ | Trackback | Comments(2)

寒い   

なんだか最近やたら寒くないですか。
氷点下までいってない東京でそんなことを書くのもアレなんですが。

福島県喜多方市はこのところ最低気温はマイナス9℃ぐらいだそうです。
水道管が凍結するのがいちばんやっかいなので、タオルを巻いたり、夜中に少し水を出しだりしている、と今年82才になる元酒屋の伯母が電話で丁寧に説明してくれました。

でも、雪国は雪が積もっている方がなぜか暖かく感じたりするのです。
特に会津は風が強い土地柄ではないせいか、私は3年しか住まなかったものの、寒いイメージはありません。
豪雪の年があって、「さすがに会津だあ」と思ったことはありましたが。
それより、福島市の冬の強い西風の方が本当にツラかった。
通称、吾妻おろし。
中学時代は冬は毎朝、泣きながら自転車を漕いで4キロ離れた真西にある学校に通ってましたよ。

大人になって、それもかなり経って、一軒家よりマンションの方が暖かいことを知りました。
今住んでいる家は築四半世紀以上の木造二階建てで、庭もなく日当たりが悪く、冬はかなり寒いです。
マロがいるときは、犬臭と頻繁な掃除のためにしょっちゅう玄関を開けていて、そのせいで寒いのかと思っていましたが、どうも理由はそれだけではなかった模様。
隙間がいっぱいあるんじゃないだろうか、うち。

現在、大掃除→模様替え→プチリフォーム、はまだ途中で、しょっちゅう窓を開けているせいもありますが、寒いし、石油ファンヒーターの石油消費量はハンパなく多いです。
昨年末からひいている風邪もなかなかすっきりしません。

肩こりでつらいとか寒いとか言っているならヨガをやればいいのですが、今、2Fにヨガをやるスペースはありません。

リフォームはまだ終わりが見えないけれど、せめてヨガスペースは確保しないと。
やっぱ、寒くても、寒いからこそ、少しでも身体をほぐさないと、凝り固まって収拾がつかなくなりそうだ。
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by kuni19530806 | 2012-01-15 17:43 | その他 | Trackback | Comments(2)

肩こりと左利きととんび   

肩こりがつらいです。
もともと肩こり持ちですが、冬場は尚更。
なによりパソコンが良くない。
目を酷使ってのもあるけれど、私の場合はマウス。
バリバリ左利きの分際でマウスは右で使っているので、マウス操作ですごく肩がこるのです。
カーソルを目的の場所に合わせる行為だけでも存外に肩を使う。
右利きのみなさん、試しに左手でマウスを動かしてみて下され。
たぶんあっけなくイライラモードに突入しますよ。
そしてじきに肩から腕がこわばってきます。
私はもう長いこと右でやって慣れてはいますが、やはり非利き手の操作は利き手のそれより負荷が全然違うと思います。

じゃあ、マウスを左にしろよ、と思うでしょう?
でもコトはそんなに単純ではないのだ。
家のマウスを左にするのは容易です。
が、職場はなかなか難しい。
職場のパソコンはいろんな人が使うので、自分だけの都合で変えづらいし、いちいち動かし元に戻すのは面倒。
右クリックもなんだか複雑になる。
なにより、いったん左に慣れてしまうと右では本当に使いづらくなっちゃうのだ。
そりゃあ、利き手ですからね。
ラクな方に流れたモノは戻りづらい。
そんなあれこれを考えて、「マウスは右で統一」としたわけです。
世の左利き達も、口には出さないながら、そういう経緯で黙って右手でマウスを動かしている・・はず。
左利きを長くやっていると、細々ながらそういうことはいっぱいある。
マイノリティは生きづらいことがけっこうあるのだ。

NHKドラマ「とんび」後編を見る。
前編を見て、「後編も見たいけどたぶん忘れるね」と思いましたが、無事忘れずに見ることができました。

重松清の原作は読んでません。
昭和の高度成長期を舞台にしたブルーカラーの父子モノで、舞台は広島で、主役は堤真一、脇を小泉今日子や古田新太やドランクドラゴンの塚っちゃんが固めて・・と、全方位盤石な布陣っぽいドラマでしたが、実際に盤石でした。
ホント、配役がとても良かったと思う。
重松清ですから、それはそういう世界ですが、斜にかまえることなく素直に泣いてしまいました。
それもこれも、堤真一やキョンキョンや息子役の好演によるところ大でした。

見終わった直後、ツイッターで「とんび」を検索したらツイートがいっぱいで、しかも読んでるそばからざくざく湧いてきて、読み切れず。
でもトレンドというところに「とんび」は載っていなかった。
あそこに載るのってどんだけツイートすりゃあいいんだ!?って感じ。
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by kuni19530806 | 2012-01-14 23:25 | テレビ | Trackback | Comments(0)