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ご報告   

ここでのメッセージや、メールや、ツイッターのダイレクトメッセージ、mixiの返信などなど、たくさんの方からマロ宛のメッセージをいただきました。
ありがとうございました。
今しがた、M子さんのツイッターのつぶやきも拝読しました。

マロは残念ながら、今日の午後、逝ってしまいました。
昼頃まではまだ若干余力がありそうでしたが、午後あたりからうつらうつらし出し、その後、急変して帰らぬ犬となりました。
長く辛そうにしていることはなく、あっという間でした。

大晦日ということもあって、私を含め、家人が入れ替わり買い物や用足しで小一時間ほど外出しましたが、全員揃ったところで、それを確認したかのように、不意にちょっとだけ苦しんで旅立って逝きました。

よく頑張ったと思います。
夏頃、もう余命いくばくもないだろうと言われ、夏を越せないかも、と覚悟しました。
でも、身体は痩せつつ復活し、老犬であることを忘れるくらい、元気にみんなに愛想を振りまく犬に戻りました。
その後、たまに食欲をなくしたり、足元がふらつくことはありましたが、それも半日程度で必ず戻り、最近は「意外と長生きするかも」と思い始めていたくらいでした。
今回も、復活を想定していました。
今度も復活したら奇跡ってことにしてあげる、と口にしていました。
一昨日、立ち上がり、ワン!と吠えたときは、あ~また戻ってきたと思いました。
でもそれが、最期の立ち姿でした。

14年、密着して家族として暮らしたので今は本当に悲しいです。
悲し過ぎてどうしていいかわからず、ウエットになることを承知で、ここにオン書きしています。
溺愛して1日3回散歩をしていた夫の父は「半年前から覚悟していたから」と笑いながら「でも15年近くマロ中心の生活だったから途方に暮れるなあ」とつぶやいていました。

マロ、ずっと大好きだ。
家に来てくれて本当にありがとう。
マロが居てくれてホントにホントに楽しかったよ。
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by kuni19530806 | 2011-12-31 23:29 | 友達

なるたけ一緒に   

マロの足腰が立たなくなりました。
数日前そういうことがあって、一度復活したのですが、またヘニョッとなってしまい、その後は横たわったままです。
食事はそのままの体勢ながらなんとか食べていますが、生気や精気(←両者の厳密な違いがわからないので一応両方書いとく)はあまりなく、家人が交代で脇に寄り添って話しかけたり、水を飲ませたり、マイミク某みーるさんからいただき、マロの大好物のトップクラスに躍り出たミルクパウダーを舐めさせたりしています。

特に苦しそうではありません。
ただ、このままふっと命の灯が消えてしまいそうなはかなげな風情なのです。
自力で上体が起こせたり食事を摂っているうちはそんなことにはならないだろう、とは思うのですが、横たわったマロがあまりに静かな眼をしているのでこちらが眼を離せず、ほっておけません。
その眼は、達観というか諦観というか、村上春樹風にいえば「澄んだ湖の底のような眼」です。

何を考えているのだろう。
この家で過ごした15年近い日々のことか、自分を可愛がってくれて既に鬼籍に入った複数の近所のおじいさんやおばあさん達のこと、はたまた自分が生まれた家での親や兄弟達との暮らしのことを思い出しているのだろうか。

何も考えていないのかもしれません。
あ~なんだか疲れちゃったなあとちょっと心を抛り出しているだけなのかもしれない。
ただ、なんだかやけに落ち着いた眼をしてるのですよね、マロ。

マロとの散歩は今までで延べ何十時間になるのだろう。
もしかして何百時間?
もう、マロと近所を歩くことは本当にかなわないのだろうか。
よく一緒に行った公園はリニューアルしてしまったし、渡った歩道橋も途中の大木もなくなってしまった。
歩道橋のすぐ脇のお宅で暮らしていてマロが大好きだったタカヌキさんも亡くなってしまったし、よくマロにいろんなものをくれた近くのオバサンも引っ越して行きました。
最後は「マロちゃんへ」と缶詰をくれたっけ。

これでマロまでいなくなっちゃったら、今までの何十時間何百時間が本当にあったことなのか、実在した人やモノなのかわからなくなってしまいそうだ。

思い出は鮮明に残る、という言い方は確かにできますし、実際、残ります。
現物がいなくなった時点でそれにまつわる思い出が消えてしまうとしたら、人の心はあまりに殺伐としてしまうでしょう。
でも、思い出はある意味、逃げ水で空想で妄想です。
事実と事実的なこと、との境目はどんどんあいまいになったりします。
手を伸ばせば届きそうなのにゼッタイ届きません。
そして、思い出が鮮明である方がむしろ不在の実感が増したりします。

だから今、なるたけマロのそばに居るのだ。
何もできないし、時々めちゃくちゃ悲しくなってしまうけれど、マロの体温や息づかいやにおいや肌触りを実感してたいのだ。
どんなにそうしても、いざマロがいなくなってしまったときの「ああもっと近くに居ればよかった!触っておけばよかった!」の後悔と飢餓感は変わらないだろうけど、本当にマロは今ここにいる、と思っていたいのだ。

そんなわけで
デートに誘ってもらったのに、ごめんねーMさん。
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by kuni19530806 | 2011-12-29 23:51 | 友達

一匹羊   

山本幸久『一匹羊』を読む。

私がかの本屋大賞に今ひとつ信用できないのは山本幸久さんを長年スルーし続けているから、と言っても過言ではないわけですが、そんな昨今、書店員のプッシュで突如、私の偏愛作家樋口有介氏の旧作『ピース』が売れたりしています。
ちょっと複雑な気分だったりします。

書店員が特定の商品を「売りたい!」と公言し(心ある)ランク付けで賞を決め、自作の推薦POPを付けることが商品への深い愛情の証し的な認知のされ方が一般化し、それによって注目されたり売れることが「とても正しいこと」かのように受け入れられている現在、こう書くのはナンなんですが、私はそれらに懐疑的だったりします。
ま、以前にもここで同じことを書いたので読んでいる方は誰も意外には思わないでしょうけどね。

そんなこんなで(強引だ)『一匹羊』です。
これは短編集で、どれも仕事をモチーフにしています。
共通する登場人物はいません・・たぶん。
デン!とした事件とか強い感情が波紋を拡げていくような小説は1個もなくて、日常のヒトコマが切り取られているような作品ばかりです。
要するに、山本幸久さんの真骨頂的な世界です。
いかにも、なだけに、本人の作品の中でも埋没してしまいそうですが、コンスタントにこういう小説を発表する力量はスゴイと思います。
この人のオリジナル脚本でのドラマとかも見てみたい気がします。
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by kuni19530806 | 2011-12-28 23:38 | 読書

浮世女房洒落日記   

寒い~。
いくら気温が低くても、晴れて陽射しが感じられる東京の冬はありがたい・・とは重々わかっているのですが、乾いた寒さは身に凍みるんじゃなく身に当たる感じで、寒さでついつい身体に力が入ることも手伝って、特に肩こりが悪化中の年の暮れです。

そんななか
木内昇『浮世女房洒落日記』を読む。
面白かった!

文化文政、もしくは天保の時代、神田近辺で小間物屋を営むものの女房お葛の日記、という体のフィクションです。
この日記がまるっとこの本1冊ではなく、序章にこれが発見された現代での経緯と謎が思わせぶりな筆致でちょろっと記されているのですが、最後にその謎の全容が解明される、ということは全くありません。
もしかしたら、この日記がノンフィクションではなくフィクションであることを強調するための序章なのかもしれませんが、そのあたりの私の読みは鈍いので間違っている可能性大。
文庫版の解説あたりにはなにか手がかりが記載されているのでしょうか。
私は単行本を読んだからなあ。

が、しかし、そんなことは全くどうでもいいのです。
このお葛さんの日記が滅法面白い、もうそれだけで充分。

特にものすごい大事件が起こるわけではなく、江戸の世の小商いの日常の暮らしが、ある意味、ステレオタイプの古女房(とはいっても20代ですけど)の口から饒舌に語られる、それだけの、ちょっと時代劇や落語が好きな人間には目新しくもない世界です。
が、しつこいけれどべらぼうに面白い。

どうしてなんでしょう。
江戸の庶民の生活が活き活きと描かれていて、そこに現代の私達が忘れがちな大切なことやモノや心のありようがふんだんに詰まっているから、とかが魅力の基本であることは明らかですが、なんだかそれだけじゃない気がします。
小説は、場所も時代も自在に想定でき、どんなシチュエーションもリアルに構築できるという、その特性の醍醐味がある、という感じがするからかも。

江戸の庶民を舞台にした小説はたくさんありますが、この日記は「現代に通ずる」ではなく、時空の境目が感じられないのです。
今この瞬間、お葛さん達がこの空の下で日記の日々を営んでいる感じがとてもリアルなのです。

と、抽象的な感想を書きましたが、イチバンの魅力はやはりお葛さんでしょう。
特に秀でた「人物」ではなく、江戸っ子の集大成みたいな亭主にしょっちゅう愛想を尽かし、俗っぽくて流行りモノや甘いモノに弱く、火消しのイケメン見たさに火事場に駆けつけ、面倒見がよく、情にもろく、善良でしたたかで抜けていて、家族が大事で、勝ち気だけれど気弱な、どこにでもいそうな市井の民です。
が、この人の世の中の見方、暮らしぶり、人当たり、がなんとも清々しいし、周囲もこの語り手を反映したような魅力的な人物やデキゴトがみっちり、です。

身の丈に合った暮らしを大事にして、季節の移ろいや心の機微に添った毎日を暮らすことの美しさとちょっとした哀しさ(何事も永遠じゃないですから)が一貫してあって、すごく新鮮でした。

紹介してくれたなおさん、ありがとーございました。
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by kuni19530806 | 2011-12-27 23:20 | 読書

さすが師走   

さすが年の瀬、こんな私でもけっこう忙しい・・気がする。
でも、終了すると片っ端から忘れていくので、忙しいのも忘れるようだ。
なのでうっかり、どんどん予定を入れてヘロヘロになってるここ数日。
一昨日は仕事のあと、松戸まで夫のライブを聴きに行ったら、遠い上に、知らない人ばかりの店で気疲れした上に、ドラムの音がデカ過ぎたせいか、やたらくたびれ、家に帰ったとたん、ぶっ倒れるように眠った。
っていうか、あれは本当にぶっ倒れたのだと思う。

昨日は休みだったが、職場のクリスマス会(行事です)に行き、その後、蔵前のあるライブハウスに知り合いの演奏を聴きに行った。
演奏は良かったし、ゲストで登場した南アフリカから来た女性の歌声はとても美しかったのに、店長が歌の間も含めてずっと大声で常連客とどーでもいい話をしていて邪魔だった。

なんでなのか不可解。
生演奏がB.G.M扱いという認識の店はいっぱいあるし、生演奏が入っている店でも客の大騒ぎはめずらしくはないけれど、店側(しかも店長)がいちばん演奏の邪魔をしている店は初めてだ。
不可解なのは、なんで店長がしゃべっているかより、なんで生演奏を依頼してるか、だ。
ほんとにわからん。

今日は久々に神保町に行ってきた。
三省堂書店に行ったのは久しぶり。
姪の子どもに贈る紙芝居をやっと買ったぜ。
枠だけ夏に誕生日用としてプレゼントして、中身はまだだったのだ。

今日のN響アワーはクリスマス用の特番。
ウイーンフィルの音色は、私のような素人にも豊潤に感じられました。
共演したラン・ランというパンダみたいな名前の中国のピアニスト(北京オリンピック開会式にも登場した有名な人のようです)は、日本のコメディアンがピアニストのマネをしてるみたいな奏法だった。
超メリハリ弾き!って感じ。
N響コンサートマスターの麿さんも登場。
しゃべりだけで麿さんの演奏はなかったので残念。
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by kuni19530806 | 2011-12-25 22:58 | その他

勝手にオスカー   

森田芳光監督の訃報に驚く。
以前、この日記にも書いたけれど、私はむか~し、ちょっとだけ森田監督と会話をしたことがあるので、以来、一方的に身近に感じてた。
失楽園も阿修羅のごとくも見てないんですけどね。
しかし、なんだか不意打ちだ。


石川三千花『勝手にオスカー』を読む。

久々の新刊。
私は長いこと勝手に、ナンシー関さんと石川三千花姐御を心の師匠にしています。
私がいちばん影響を受けた女性の書き手は明らかにこのふたりです。
ナンシー亡き後、頼みの綱はミチカさんだけになりましたが、彼女も40代で双子を出産してからは以前ほど文章&イラストを見かけなくなり(育児雑誌とか私は見ないしな)、しょうがないので盟友中野翠女史でお茶を濁してました(なんて失礼なっ!)。

なので、待ってましたよーこれ!
・・そのわりに、今年の春に刊行されていたのに今まで気づいてませんでしたが。

私は勝ち気(に見える)女が好きみたい。
自分はそういうタイプじゃないので憧れるんだなー。
いや、けっこう本気で言ってますよ。
自分はなにかと空気に弱い・・上に言い訳がましいから、ナンシーのように自分の好き嫌いありきではなく論理的に物事や人を分析できる人や、対照的にミチカさんのようにストレートに自分の尺度でlove or hateを言える人ってかっちょいい!!と思っちゃう。

今回の本は、15年分のアカデミー賞授賞式におけるスター達のファッションチェックを中心とした各種査定ガールズトーク本です。
もちろん、イラストも写真もふんだん。
雑誌連載時にリアルタイムで読んでいたものもありますが、ミチカさんのお眼鏡にかなった・・というか引っかかったあれこれは面白くないわけない!の安全パイ本といえます。
ちょっと字が小さくて中高年にはキツい部分もありますが、小さいからといって読み飛ばす、などというもったいないことはできないので、そりゃあもう真剣に追いましたよ。
電車を乗り越すくらいの勢いで!?

どこを切っても楽しめますが、意外にマジメに整形について語っているところが私にはイチバン印象的でした。

<自分の体が商売道具であるセレブがメンテナンスの意味で整形をして、美貌をキープするのをとやかくいうつもりはない。だが、整形をしないで年相応の顔で勝負している女優の存在感は、美しさのレベルが別次元だ。(中略)彼女たちに共通しているのは、女優としての志の高さと自信だろう。そして、彼女たちはレッドカーペットで撮影されるときに、決して腰あてのポーズをしないのも見逃せない。あのような決まりきったポーズをできるのは、決まりきった演技しかできない「セレブ」のすることだ。>P102

まっとう~。

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by kuni19530806 | 2011-12-21 22:30 | 読書

秋岡芳夫展   

目黒区美術館で開催中の「DOMA 秋岡芳夫展 モノへの思想と関係のデザイン」を観に行って来ました。

その道では有名であろう秋岡さんという方を私は全く存じ上げなかったのですが、フォロアー&マイミクさん(←マイミクってもう使わないの?)のつぶやきを読んだらふつふつと行きたくなりました。

目黒区美術館に行ったのは初めて。
美術館までの道のりはちょうどいいお散歩コースですね。
坂道のせいで、行きはラクチンで帰りはふーふー言っちゃいましたが。

道すがらの目黒通りにはずっと今回の展示会の小旗がディスプレイされてました。
美術館の力の入れようがわかるというものです。
どの展示会でもやってたりして?

美術館は、区民センターやテニスコート、プールなど、区の施設がみっちりつまった一角にあって、駅から歩くといちばん奥で「真打ち登場!」という感じでした。
意味不明。

中に入って、まず膨大な数の竹とんぼに驚かされます。
あまりの数に、しばらくはそれが何であるかわからないくらい。
一瞬、ムーミンのニョロニョロ!?とか思った。
色も向き(?)も違うのに。

すごいのは量だけではなく、質。
色といいフォルムといい、美しくてムダがない感じで、飛ぶんだろうなー飛ばしたいなーと思いました。

1Fの展示スペースは、この竹とんぼと秋岡さんの仕事場の再現が中心になっています。
机とか小引き出しとか裁縫箱とか器とかカゴとか木工道具とか、どれも全部ステキでした。

2Fは主に仕事の軌跡の展示。
本当に多彩な方だったのですねー。
カメラや家電の歴史や器や童画に詳しい人にとっては、いまさら言わずもがなの人間金字塔(?)みたいな方なのでしょう。

私は個人的には学研の「○年生のかがく」の付録と三菱鉛筆uniの本体とケースが心にヒットしました。
私が子供をやっていたとき、リアルタイムで出会っているので。
uniは子供心にも、スタイリッシュでハイソで(こんな言葉は知らなかったけれどそういう感じ)これを使っていると大人になった気分でした。
これを作った人なんだーとしみじみ魅入ってしまいました。
学研の付録は、なんだかピタゴラスイッチを彷彿させます。

あとはやっぱり絵ですね。
無国籍でエイジレスで無限大な感じ。
カメラや魔法瓶やラジオでも感じましたが、半世紀前ぐらいのデザインや色づかいって今よりずっと余裕がある。
情報量がちょうどよかったのかも。
制作過程で入ってくる情報も、制作するモノに入れ込む必要のある情報も、今ほど氾濫していなかったから、モノそのものにふさわしいフォルムや色をセレクトできたのだろうなあと思ったりしました。

秋岡さんのさまざまな作品に圧倒されて、ちょっと疲れて1Fに降りてラウンジでコーヒーを飲んで、また復活して2Fの絵を観に戻り、ついでにuniや学研の教材も再見し、1人ならではの館内うろうろを満喫して帰ってきました。

目黒って家からは遠い!というイメージがあったけれど、今日近いことを発見。
都営線同士の乗り換え1回で、連絡がよければ30分程度で行けるのだ!
歩いている人が上品でオサレっぽい人が多いし、これから私、目黒にすり寄ることにするぞ!

でも、行き慣れてない証拠なのか、道中、夢中で石川三千花本を読んでいたら、行きも帰りも乗り越してしまいました。
都営三田線を把握してない私。
まあ、ロバート・レッドフォードやシェールの整形ビジュアルのあまりのインパクトにびっくらこいてたせいなんですけどね。

しっかしハリウッドってのは魔窟だ。
日本の芸能界のゴシップはなんだか近所のすったもんだを覗いてるみたいな距離感が却って邪魔して興味がモテないところがあるけれど、ハリウッドのそれはハナっから遠景なので野次馬根性全開で楽しめるから好き。
そもそも整形ネタが大好きなのですよ、私。
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by kuni19530806 | 2011-12-20 23:15 | お出かけ

ぜんぶの後に残るもの   

川上未映子『ぜんぶの後に残るもの』を読む。

いろんな方面で活躍なさっている川上さんですが、まとまった文章を読むのは初めてです。
女性誌にも頻繁に登場されてますが、そこでの画像が総じて作為的というか挑発的というか・・。
もちろん、公開されることが前提で撮られた「自然な写真」なんて幻想でしかないし、自然を装うことがイチバン作為的なのかもしれないわけで・・となればこの方は、もしかしたらあえて過剰なポーズや表情や目線やヅラの如きべったりしたヘアスタイルを自分に課すことで幻想を打破しようとしたり、漏れ出す自分情報をシャットアウトしよう、はたまた何か特定の部位の露出に煙幕を張ってるのか、などと思わないでもないのですが、穿ち過ぎな気もするし、本当にそれならそれであらためて「なんだかめんどくさそうな物件」だなと思うわけで、どっちに転んでも自分には手に余る存在かとスルーしていました。

でも、最近、この方の文章に対する好意的な感想を続けて目にしました。
しかもこの本は、震災直後の私感が述べられているらしい。
じゃあ、読んでみっかな、と思ったわけですね。

存外にしっくりしました。
誤解をおそれずに書くと、かなり「自分の感覚に近い」とも思いました。
感覚は近くても表現力は遠いです。
もちろん、「ない」のは自分です。

詩を書く人の詩以外の文章は苦手で面白いです。
その「言葉遣いや言葉が表す範囲に対する自分のルールを咀嚼できる人だけついてこい」的な文章の羅列は、美しいけれど身勝手だったりします。
しゃらくせえと思いつつ、刺激的だ。

次は小説を読んでみよう。
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by kuni19530806 | 2011-12-15 23:32 | 読書

今野クンのツイッター   

このブログのツイッター連動機能を解除しました。
今更なのですが、ブログ+ツイッターがひとつの画面に載ると、自分のコメントが過剰でうるさい気がして。
それでなくても私のツイートは毎回140字きっちりあるんで。
独立行政法人にしました(意味不明)。

そんなことを書きつつツイッターの話でナンですが、先日、キングオブコメディの今野浩喜さんをフォローしました。
キンコメは昔からファンですが、ツイッターでフォローすることまでは思い及びませんでした。
が、彼のアイコンがあの五月女ケイ子画伯によるものだと気づいた瞬間、フォローせずにはいられなくなったのです(笑)。
この心理は、こわがりのくせにこわい話が好き、にちょっとだけ似てますね。
軽い呪縛状態?
とにかく、五月女さんが描く今野クンの絵は一度見たら脳裏に焼きついて、振り払っても離れてくれない系のおどろおどろしさ。
でもほんのちょっとだけお茶目でカワイイ。
その二律背反な感じがツボだったのでしょう、私。

で、フォローした直後に「うっかりフォローしたけれど、このアイコンが自分のホームのタイムラインに連綿と続くとこわいからあまりつぶやかないで欲しい」とツイートしたわけです。
ところが、
その後、私のツイッターのタイムラインは一気に今野クンまみれになりました。
延々と五月女画伯の描いた涙を流す赤いお地蔵さんのような今野クン、が続く続く。
それまでの頻度とは段違いのツイートっぷり!

私のツイートを今野クンが読んで反応したわけでは全くありません。
今野クンは、ツイッターで自分の名前検索をしてそれをチェックするようなタイプでは全くないと思います。
アンジャッシュ児嶋をツイートで罵倒はしても。
ではなぜ、彼のツイートが突如一気に増えたか。


偶然ですが、私が彼をフォローした日が今野クンの誕生日だったからです。
お祝いのツイートがいっぱいあったようで、彼がそれにひとつひとつ返信をしたのです。
そりゃあ、しますよね。
だって人気商売なのですもの。

そんなわけで、私がフォローしたタイミングが悪かった・・というか、良かったのでしょうかね。
数珠のように続く今野クンを見ることができたのは、いっそ清々しかったので。

彼のアイコンはこれです。
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by kuni19530806 | 2011-12-13 23:53 | インターネット

第10回Q展   

ユリオカ超特Q単独ライブ「Q展」第10回に行ってきた。
場所は第7回~ずっと西新宿のハーモニックホール。
私は第6回から行ってるが、ハーモニックホールではいつも最前列に座ってる。
今年も定位置。
最前列を選ぶのは、ユリオカさんを間近に見たい!という強い気持ち・・・では必ずしもなくて、前に人がいないと見やすいから、です。

開場時間になってもほとんど人がいなくてどうなることかと思いましたが、開演時間にはほぼ満席でした。
今回も面白かった。
っていうか、夜の部を見るのは第6回の下北沢タウンホール以来でしたが、やっぱり夜の部の方がノリがいいのかも。
すごくウケてた。
ウケればやる方もますますノリますよね。

客層は中若男女幅広かった。
終演時、そこここで「面白かった!」の声が聞こえ、5回見てもはや身内きどり私は「でしょでしょ!?」とリアクションしたくなった。

明日からもがんばろう。
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by kuni19530806 | 2011-12-11 23:37 | お笑い