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巣鴨そして四文字熟語   

先月、そして今日と、自分としては立て続けに巣鴨に行きました。
目的は冷えとり靴下&下着購入。

職場には冷えとり部会があって(今、勝手に命名)、その有志達と思いのほか大人数で買い出しに行ってきました。

一応、連月のこととはいえとげ抜き地蔵参拝は欠かせませんので手を合わせ、いざマルジ洋品店へ。
本日は4の付く特異日(要するに縁日)ではないものの、巣鴨はけっこうな人出でした。
マルジもそこそこ人が入っていましたが、さすがに前回の先月24日ほどではありません。

安いのでその性能は定かではありませんが、冷えとりで靴下を重ね履きしていると数が必要になるので、今回も前回同様、4点ほど天然素材を謳っているモノ中心で靴下を購入。
シルクの下着も何点か購入。

他の部員達(?)は、話題になっている塩豆大福や大学芋も購入なさっていましたが、血糖値の高い私はそこはスルーし、大好きなお煎餅も家に備蓄品があるのでパスし、その後の甘味処の休憩もあんみつやお汁粉ではなく磯辺餅にし、夕刻、帰宅しました。


話は変わりますが、仕事に関しては今年は本当に平穏・平和でした。
世の中がそれとは真逆だったので表立って「今年は平和だった~」とは言いづらいのですが、昨年は新館立ち上げの怒濤の渦に巻き込まれ、その前の数年は人間「関係」でいろいろあって平穏とはおよそ言えない日々だった分、今年の凪が際立ちます。

震災の緊張感も下降し(まだまだ予断を許さないとは思いつつ日常の緊迫度はそうそう保てず)担当のビッグイベント数個が終わった今、ちょっとどうかと思うぐらいの気楽さで、職場では気持ちが弛んでしまっています。

でも今の職場で何が気楽って、状況や仕事内容ではなく人間関係です。
ムカつく同僚がいない(笑)。
私以外はみんな得意分野がはっきりあって優秀。

いろんな過不足やちょっとした不満はあります。
もちろん自分を含めて。
含めてっていうか筆頭かも。
なごやかな分、自分達で完結して客観的じゃなくなってしまうことがあるし、なあなあになりがちなことも。
理想的な職場なわけでは全くない。

だいたい、職場内で仕事の種類が明確に分かれていることに1年経っても慣れない。
同時に、自分の管轄外がどんなに繁忙モードでもある意味「知らぬ存ぜぬ」に慣れてしまってきた自分もすごくイヤだ。
最初はあんなに「カウンターに立たない図書館員など価値なし!」と抵抗していたのに、徐々に「だってやらせてもらえないんだもん。しょーがない」になって、今じゃ、「ああ、今カウンターは混んでるのね。みんな頑張ってね」みたいな。
ナニサマだ自分!

最初の頃は「正攻法では却下されることがわかったから姑息な奥の手を使ってカウンター周辺をうろつこう」とあんなに心に誓っていたのに、いざ回転し出すと自分の担当の仕事がバタバタしてやるべきこともやり切れていず、いつの間にか1年前の初々しい自分がどこかへ行っちまった。
このままじゃイケナイ!と立ち上がる覇気もなく、頭だけでなんとかしなくちゃと思ってる自分に「思わなくなってないだけまだマシ」とか言い訳しているけれど、「わかってりゃ、反省してりゃいいってもんじゃねえっつうの!」だ。
口だけ、思ってるだけじゃ何もしてないのと同じ、なことを常々肝に銘じているはずなのにねえ。

そんな中、職場の広報紙で職員全員にアンケートを依頼しました。
お決まりの「今年読んでいちばん面白かった本は?」という設問もありますが、「今年の自分(職場でもプライベートでも)を四文字熟語にすると?」というのも聞いてみました。
いろんな回答があって面白い。
私?
そんなわけで、仕事的には反省熟語ばかりが浮かびます。
意志薄弱
中途半端
暗中模索
油断大敵
自己満足
とか。

一方、人間関係は
和気藹々
天下泰平
気楽極楽
でした。

でもやはりこの1年の世の中を思うと
青天霹靂
前代未聞
戦々兢々
で、やはり自分は
福島県人
だと思い知る年でした。
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by kuni19530806 | 2011-11-28 23:35 | お出かけ | Trackback | Comments(2)

漁港の肉子ちゃん   

西加奈子著『漁港の肉子ちゃん』を読む。

最近、よく目にするこの著者ですが、読むのは初めてです。
今回の小説もいろんなところで好評のようで、私もたまたま読んだなにかの誰かの書評で決定的に「読んでみようか」という気持ちになったのですが、それがなにの誰のものだったか、全く思い出せません。
まあ、いいんだけど。

悪口を言いづらい小説です。
実際、すごく面白かったし、気持ちが入り込んで涙さえ流しそうになりました。
じゃあ誉めとけよって話ですが、手放しに誉めたい感じではありません。
フクザツな乙女心です。

賢くて大人びてて、でも実は傷つきやすいローティーンを主人公にした大人向けの小説がちょっと苦手だったりします。
そういう設定のモノはだいたいよく出来ていて、ぐいぐい読ませますし読後感も悪くないものが多いですが、私には、内容と書き手の気持ちの距離が近すぎるというか、落としどころが決まっていてそこに向けて都合よく書かれているように思えるというか、とにかく、書き手側の思惑しか読み手に許されないみたいで窮屈なのです。
いい話でしょ、現実が描けてるでしょ、子どもの方がわかってるでしょ、という圧力っていうか。

でも、この小説はそのへんのぼかし(?)は巧い。
たいしたもんだと思います。
正直、主人公には「この子、前にどっかの小説にも出てこなかった?」的既視感を覚えましたが、舞台が港町であること、三つ子の老人やしゃべる動物が出てくること、ステレオタイプではない登場人物二宮がすごく良いこと、などで、書き手からのプレッシャーが緩和されてました。

なんだかんだと書きましたが、肉子ちゃんが踏み絵です。
彼女にグッとくる人には傑作、そうでもない人には非傑作なのではないかなあ。
私は保留(笑)。

西さんの他の小説も読んでみるか。
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by kuni19530806 | 2011-11-26 23:59 | 読書 | Trackback | Comments(2)

発表会に潜入   

音楽の発表会に行ってきました。
会場は、北区にある見た目は一般の民家。
でも階段を上るとそこは30畳ぐらいの板張りの広いスペース。
2F3Fが吹き抜けになっているので天井が高くて開放感があります。
そして奥にはグランドピアノ。
奥にある楽器の種類が違うだけでこの空間って・・そう!我が家のご近所のチェンバロ邸のサロンに似ています。
定員30名ぐらいのこぢんまりした贅沢なサロンコンサート会場の、これがベーシックな形なのか、と思い至りました。
休憩時間に珈琲や紅茶とちょっとしたお菓子が出たりするのも基本形なのかも。

演奏者はかなり緊張している人が多かったですが、優雅な時間を過ごせました。
そしてなぜか打ち上げにまで参加。
初対面の人達ばかりでしたが、特急あずさの車掌をしているメガネ男子や、理科系の大学2年生のデカい図体の男の子や、フィギアスケートの織田ナントカ選手をもうちょっとイケメンにした感じの新婚のニコニコ男子、音大でバリバリ学んでいるベッキー似の溌剌美人女子、学生にしか見えない30代後半の大学教師の女性、ジャズからクラシックに転向した中年男性、現役女子高生、洞口依子に瓜二つの美人薬剤師、などと一緒に飲み放題&食べ放題2時間3千円ぽっきりのお店でたらふく飲食しました。

なんだか、全員が誰かに似てた。
芸能人だけじゃなく、前の職場の上司だったり、昔の同級生だったり、誰とは特定できないけれど絶対知っているどっかの誰かだったり。
気持ち悪いほど。

そんな私も、ある芸能人に似ていると言われましたが、書くのは憚れるので書きません(思わせぶり)。
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by kuni19530806 | 2011-11-23 23:27 | 音楽 | Trackback | Comments(0)

ヒマだから?   

平成元年に買った部屋のテレビ、さすがにもう寿命のようです。
デフォルトのカラーが画面の端で若干変色し、時折、過剰なまばたきのように画面チカチカします。
どうも、チカチカは夜間に頻発する模様。
カーネーションやあさイチ視聴時に感じたことはない気がします。
その理由はなんだ?!

大きさは25インチ。
寸詰まった部屋にはちょうどいいサイズだと思ってましたが、もう昔のように「テレビを近くで見ると目が悪くなるよ」と言われる時代ではなく、小部屋でもふつうに大画面の時代。
でも、たとえ薄型で横長でスッキリしたビジュアルでも、狭いプライベートな空間に大画面テレビは存在感があり過ぎるような気がします。
それだと、生活そのものがテレビに支配されちまうよな。

テレビもあまり見なくなりましたが、録画しての視聴こそめっきりしなくなりました。
放映時間に縛られず好きなときに好きな番組を・・これは今更あらためて「便利」などとは誰も思わないであろう当然の使い勝手です。
自分だって長いことその恩恵(?)を受けてきたし、録画なしに効率よくテレビを見るなんてもう絶対ムリ・・とわかってはいるけれど、最近、全然やってない。

なんだろう、この「録画してまで見たい番組ってある?」という自問へ、「ない」と即答してしまう自分の現在の気分は。
いや、個々にはいっぱいあるんですよ。
今日もお友達から「今度、BSで木皿泉さんの番組がありますよ」と教えていただき、反射的に「見たい見たい!」と思いました。
準備怠りなく録画して見て「録画しといて良かったこれを知らない人生じゃなくて良かった」と思うこともあります、われながらおおげさだけど。
夜中のあの番組、教育テレビのこんなミニ番組、ドキュメンタリー、動物モノ、音楽番組・・・好きなものはいっぱいあります。

でも、今の自分の基本は録画してまで見たい態勢になってないんですよね。
リアルタイムで見られる環境にある番組だけでいいかな、と。
もったいない、と思っている自分もいるのですけれど、厳選してない分、たまたま見た番組の印象は濃い気がするのです。
これって、逆じゃね?と思われそうですが、意外とさにあらず。
録画よりリアルタイムの方が真剣に見るからかな。
四文字熟語でいえば、一期一会?
NHKは再放送も多いし自分が利用するとは思わないけれどオンデマンドってのもあるし、もうテレビ番組に一期一会という概念などないのかもしれませんが、録画という方式を脇に置いてる現在の自分にとっては、ある。
そしてその緊張感(またもやおおげさ)がけっこう好きかも。

リアル視聴は、テレビの前を人が横切ったりトイレに行きたくなったり電話が来たり、いろいろ集中できないことも多いけれど、だからこそ真剣に見るっていうか。
破綻したことを書いてる気もしますが。

平日の休みの日は東京MXテレビの5時に夢中!をけっこう見てて、でもこれをじっくり見ちゃうと夕ご飯のしたくに支障を来たすので、見ちゃおうかなあと思う日は5時前に食事の下準備をしといたりします。

これって、上で書いた「テレビに支配されている」そのものじゃん!っぽいですが、自分では、たくさん録画して、もちろんCMはすっ飛ばして効率よく自分の見たい部分だけを見る行為の方が、なんだか支配されてる感じがするのですよ。
効率がいいっていいことなの?みたいな。

あくまでも、「今はそういう感じ」で、これが、新しいテレビを購入したらコロッと真逆のことを言い出すのかもしれませんが。
それ以前、そんな流暢なことはヒマな人生だから言えるんだろ、なのかもしれませんが。

あ、そうか。
ヒマなのか私?
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by kuni19530806 | 2011-11-22 23:46 | テレビ | Trackback | Comments(0)

つぶやきの弊害   

ここのところ、ここよりツイッターでつぶやく回数の方が増えていました。
で、久しぶりに日記を書こうと思ったら、なんだか勝手が違う。
調子が狂ってるっていうか、書くリズムがすんなりいかないっていうか。

ずいぶん前、バッティングセンターとオートテニスのハシゴをしたことがありました。
バットを握った1時間後ぐらいに今度はラケットを構えた。
そしたらですよ。
最初の20球ぐらい、全然まともに返せなかったのです。
どちらかという・・までもなく、バットとラケットならラケットの方が得意なのに、たかだか1回のバッティングセンターで、テニスの勘(というほどたいそうなもんでもないですが)が狂ってしまってビックリした。

日記を書くリズムがしっくりしないことで、それを思い出しました。
140字というシバリをちょっとやってたら、シバリのないここの文章が書きにくくなってた。
順応性があるんだかないんだか、自分。

いろいろメールをいただきましたが、胃腸風邪はもうすっかり治りました。
体重もカンタンに戻りました。
サイズを間違えて買って一度も履けていないジーンズがあり、今回履けるかと期待しましたが、履けませんでした。
体重は戻っても念のため、とチャレンジしましたがムダでした。
二度目の玉砕みたいな。


美STの12月号を立ち読み。
表紙の吉瀬美智子さんが超色っぽいので、ドキドキしてページを繰ったら、最初にドカンと眼に飛び込んできたのは御大五月みどりさん。
熟女ヌードの先駆け?第一人者?だそうで、それで人生が変わったそうです。
いろいろ赤裸々に語って下さっています。
この方、以前からそういう人でしたね、そういえば。

グラビアの吉瀬さんもキレイだし、彼女に対する斎藤薫サマの讃辞も盤石だし、今回は美魔女コンテストのレポートもあり、で、どんなに胃もたれするかと思いきや(胃腸風邪明けだし)案外ライトな印象の美ST。

マスコミ的には美魔女は今が旬の言葉っぽいですけど、美ST自身はもうやり尽くした感があるんじゃねえの?と思ってしまいました。
流行りモノも、世間に浸透したらもうブームは終わってる、みたいなもんかも。

天然生活はすでに1月号。
おかたづけ特集。
ちょっとそそられましたが、センスのいい人のおかたづけを見てもなあと購入は見送りました。

・・リズム、戻ったかな。
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by kuni19530806 | 2011-11-22 17:27 | 雑誌 | Trackback | Comments(0)

最近、読んだ本   

薄井ゆうじ著『ストックホルムの鬼』
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桜木紫乃著『氷平線』
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by kuni19530806 | 2011-11-20 22:11 | 読書 | Trackback | Comments(0)

病み上がり   

胃腸風邪にKOされて、丸2日寝込んでおりました。
ふつうの鼻風邪から始まったはずなのですが、気づいたら下痢と嘔吐で身悶えの2日間。
嘔吐は久々だった。

ものすごく痩せたつもりが、意外と減ってなかった。

胃腸風邪にはリンゴと柴胡桂枝湯が効きます。

本日は遅番なのでこれから出勤です。
では、行ってきます。
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by kuni19530806 | 2011-11-18 10:54 | その他 | Trackback | Comments(0)

ラブレス   

桜木紫乃『ラブレス』を読む。

戦後~現代までの、主に北海道を舞台にした、三代の女性の生きざまが骨太にグリグリと力強く濃く描かれている小説です。
なんの予備知識もなく入手しましたが、タイトルと作者名の雰囲気から甘々か辛々な恋愛物語かと思ってました。
壮絶な女性サーガ(←こんな言い方しないか)で、ガツンとやられました。
朝倉かすみさんといい、この桜木さんといい、北海道出身の女性作家の描く世界は一筋縄では行きません。
なんか、凄いよ。

よくあるパターンといっちゃあパターンですが、登場する女性は全員逞しくて、男性はほぼ全員弱いです。

秋田から妻子持ちの男と駆け落ちして北海道に渡り、開拓民として極貧生活を送る、夫は酒乱で自身は文盲のハギが一代目です。
二代目はハギの娘の百合江と里実で、実質ヒロインは姉の百合江。
彼女の、昭和のド演歌さながらの波乱に満ちた人生が小説の主軸になります。
そして三代目は、百合江の娘の小説家理恵と、里実の継子で市役所勤務の小夜子。
彼女らも祖母や母親と種類や迫力は違えど、キレイゴトではない生々しい40数年を生きている、という設定です。

この、ある意味、ステレオタイプの設定の波瀾万丈な物語から作者が読み手に問いかけるのは幸せの意味です。
それは「隠れテーマ」などではなく、直球でど真ん中に抛られてきます。
「私はこの人生を幸せなものとして描きました。あなたはどう思いますか?」と。

幸せの概念なんて人それぞれなのだから、どんな人生も丸ごと肯定して「幸せ」と思うのはありでしょう・・・などと言うのは容易い。
でも、もしこの小説を読んだ直後にそうコメントする人がいたら、なに言ってんの?と思う・・はず。
百合江の人生がふつうの幸せと程遠いからそう思うのではない。
この小説を読むと、もっと根源的な、幸せの意味(もしかしたら無意味さ)を考えずにはいられないはずだと思うから、となれば、むしろ安易に「幸せの概念なんて人ぞれぞれ」と言えない気分になると思う。
小説をどう読んでも自由だし、「~と言えない気分になると思う」などと決めつけるのはおかしい、ことを承知で書いてますが。

幸せってなんですかね~。
人生とか生きがいとか自分探しとかと同様、それは真剣に考えた時点で負け(何に対してかはさておき)、もしくはそれに足を捕られ道を踏み外すに違いない、と思う気持ちもあり、自分はあくまでも、目の前の現実を優先順位が高い、またはやりたい、順にやっていくしかないなあと思っていたりします。

でもたまに、こういう壮絶な小説を読んで自分の現実の外側(内側ともいえる)を揺さぶるのは必要かもしれない、と思いました。
人間、自分の目の前の現実ばかりを見てちゃ視野狭窄になりますもんね。

揺さぶられました。

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by kuni19530806 | 2011-11-12 23:41 | 読書 | Trackback | Comments(0)

長すぎる前書き   

めっきり涼しくなりました。
寒いのは嫌いで好きです。
今日ぐらいの気温がちょうどいい。
人生、ちょうどいいことはいつも一瞬だ。

日々、平均すると著名人を含め6~7人ぐらい(6~7団体?)のブログを巡回している感じですが、個人的には文字の多いブログが好きです。
画像も楽しいし、画像だけとわかっている場所を覗くのは好きなのですが、混在しているのはちょっと苦手かもしれません。
そういうのは、自在に瞬時に目線を行き来させられる紙媒体の方が自分には見やすい。
写真で流れを寸断されずに文字を追いたい派、文字に横切られずに写真を見たい派です。

あと、「続きを読む・・」クリック方式のブログもちょっと苦手です。
その下に「拍手」のクリックがあったりすると、中高年の自分は続きを読む方をクリックしたつもりがうっかり拍手をクリックして(まだ全文を読んでねーのにフライングで高評価)、しかも「あなたの拍手をカウントしました~」的のんきな文言が出るまでしばし待たされたりすることで激しく読む流れを寸断され、ちっ!と思うばかりか、もういいやと続きを読まずに立ち去ったりします。
出だしを読んだだけなのに拍手だけして去っていくオレ、みたいな。

そうそう、続きを読む、をクリックして画面が一新(?)されると、自分がさわりのどこまでを読んでいたのかしばらくわからないのもじれったい。
どこまでかを探すより最初から読み直した方が手っ取り早かったりするけれど、それってCMあけに番組が1分ぐらい戻ってて「二度も見なくていいよ」と思うに通じるうっとうしさがある。
そのぐらいいいじゃん、と思う自分もいるんですけど、活字を追うって自分のリズムやペースや流れが重要だとも思うんで、邪魔されてる気がするんだよね。

そんなこんなで、「続きを読む」形式ブログは閲覧から遠ざかることも少なくありません。
負荷とか表示の量とか、いろいろ都合はあるのでしょうが、できればクリックすることなく全文を読みたい。
これって私だけ?

もちろん例外はあります。
苦手形式でも、ついつい読みに行ってしまうブログもある。
形式なんてモノともしない力のあるブログ、ということでしょうか。
画像と文章の交錯がもはや芸になってるとか。

ついでに書くと、ツイッターに至っちゃ、まだ全然わからない。
「返信」と「リツイートしてコメントをつけること」の違いがよくわからん。
自分のつぶやき以外の公開範囲があいまいになってる。
どこまでが自分のフォロアーの人に表示されるのかわかんないのはちょっと落ち着かない。

あと、誰かが自分をフォローしてくれても、知らない人、特にその人のつぶやきを読みたいと思わなければほっといていいのかどうかも不明。
放置しておくと、ほぼ2日ぐらいでフォローを解除するみたいなんだけど、それってツイッターの暗黙の了解だったりするのか。
わからんわからんと言いつつ、さほど本気で知りたいと思っていない二律背反な自分がいるのです、おおげさだけど。

だいたい、他人の会話にあまり興味がないのです、私。
なので、自分と誰かの会話も、それ以外の人には興味がないだろう、聞かせる意味なし、と思ってしまいます。

じゃあ、なんでツイッターをやっているのか。
そんなに自分に規制みたいなもんがあるならやらなきゃいい。
やっても、公開範囲をリアル知り合いの方だけにすればいい。
だよねー。
でもここにあるひとつの自分の嗜好が判明したのでした。
私、あの字数で宙(誰にでもない、不特定多数)に向かってつぶやくのが好きなのです。
どうでもいい、誰のためにもならず、できればリンクも貼らず、ただツイッター的にはみっちりした文字の羅列を垂れ流すのが楽しい。
そして、字数オーバーしたものを削いで、ちょうどの数(あと0文字)に合わせるの、だ~いすき♪

これってツイッターにハマってるってことか。

あ、ものすごくインパクトのあった本の感想を書こうと思ったのに、触れる前にこんなに長くなって遅くなった。
次回にしよう。
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by kuni19530806 | 2011-11-11 23:52 | インターネット | Trackback | Comments(0)

いっそ好感   

前の会社のテニス部のコーチ役だったK野さんが愛媛の農家に婿に行ってちょうど1年。
K野さんのことはこの日記でも(もちろん本人には無断で)書きましたが、先日、彼から1年ぶりにメールが来ました。

「自分が生まれて初めて作った新米を買ってくれませんか。放射能の心配の全くないお米です!」
愛媛でのこの1年の生活ぶりにも触れていて、毎日がものすごく充実していて楽しいこと、田舎だしテニスをする機会は激減すると思っていたら近くに年会費3千円でナイターも使い放題のテニスコートがあってむしろ東京にいるときよりテニス三昧なこと、が弾むような文面で記されていました。

K野さんは40代の一見常識人的な人物(しかもイケメン風)ですが、ちょっとズレてて、しかもかなりガキです。
離婚後の恋愛相談を私にするぐらいですから、判断力にも疑問があるというものです。
愛媛に行くことも、当初勢いで決めたようなフシもあり、去年の送別会ではおおっぴらに不安を口にしていました。
「不安なのはわかるけど、もう決めたんだからふつう言わないでしょ」と、なんだか結婚そのものに「大丈夫かねー」と思ったもんでした。
そして1年。
こっちもこの1年はすっかりK野さんのことを忘れていたのでナンですが、1年前のマリッジブルーっぷりがウソのようなテンションに「あーあー心配して損したよ」な感じです。

K野さんだから何も深く考えていないよなとは思いつつ、「放射能の心配の全くないお米」というフレーズ(?)に、同じ日本ながら距離も感じました。

結婚1周年のご祝儀替わりに新米を注文しようか、と迷っていたら、翌日「完売しました!」のメール。

「祝☆完売!K野さんのメールを読んだら、なんだか、いくつになっても未来はあるかもと思えましたよ」と痒い場所全体を曖昧に表現して返信したら、「相変わらず難しいことを考えて暮らしてんだな。未来はあるに決まってんじゃん。未来はあっても自分の終わりも明らかにあるんだから、こうだと思ったことをやり通すしかないよ。そっちの仕事も頑張れよ!」という文面の返事。

ひゃあ~!
一周まわってむしろステキに聞こえるよ。
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by kuni19530806 | 2011-11-05 23:39 | その他 | Trackback | Comments(0)