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トイレット   

今度は新潟と福島で集中豪雨か。
泣きっ面にハチ、に刺された上に踏まれて蹴られた、みたいじゃないか、福島。

ネットで話題になっている東京大学アイソトープ総合センター長の児玉龍彦さんの厚生労働委員会参考人招致での訴えをyoutubeを見ました。
厳しい現実に耳を塞ぎたくなりましたが、この方の行動と言葉には敬意を表さねば、と最後まで見聞きしました。
あらためて、7月3日に高野秀行さんが講演会で言っていた「日本人は政府を信用してますよね」「政府が信用できない国の国民の方が強いし優しい」という言葉が思い起こされました。

なんだか心がざわざわしてしかたがなかったので、映画「トイレット」を見ました。
逃避行動みたい、というか、逃避行動そのものです。

「かもめ食堂」「めがね」の荻上直子監督の作品です。
混同しがちですが、「プール」「マザーウォーター」は違う監督です。
共通項は「もたいまさこ劇場」ってことでしょうか。
唯一、全部に出ているのはもたいさんなので。
「マザーウォーター」なんて、小林聡美と小泉今日子の映画初共演が話題になりましたが、主役は完全にもたいさんでした。

同じスタジオジブリでも、同じ宮崎でも、駿と非駿のが全然違うらしいように、同じもたいまさこ劇場でも、荻上さんか否かでは違う、のかな。
もたいさん、この系列(?)の映画では一度も「ふつうの役」を演ってないのでよくわからん。
どの監督も、そそり立つ「もたいまさこ菩薩」にひれ伏してありがたがっている感じすら、する。

「トイレット」はその中でも王道です。
もたいまさこをよりありがたがるには?でストーリーを捻出したような感じです。
でも成功してると思います。
でも、は余計でしたか。

勝因は、すいか同様、もたいさんにほとんどしゃべらさなかったことでしょうか。
舞台が外国、というのはこの設定に説得力があって正しい。
そして、彼女を「ばーちゃん」と呼ぶ3人が、3人ともいい。
絶妙なキャスティング!

実は、ばーちゃんには双子の妹がいた、なあんて掟破りな設定で、同じメンツで続編が見たいくらいです。
3人のその後が知りたい。

巧くまとまり過ぎているきらいはありますが、心が落ち着く映画でした。
お料理は飯島奈美さん!
ゼッタイ!!ギョウザが食べたくなります。

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by kuni19530806 | 2011-07-29 23:11 | 映画

ちょんまげぷりん   

映画「ちょんまげぷりん」を見る。
DVDだけど。

実は、原作よりも先に映画として「ちょんまげぷりん」を知ってました。
撮影当時のともさかりえちゃんのブログを読んでいたし、キンコメの今野くんが出演する、と個人的に注目していたので。
でも、「ちょんまげりん」と誤読してました。
ぷ抜き。
その程度の興味でした(笑)。

原作も面白かったけれど、映画もいいですねー。
友也役の子役が光ってますが、木村安兵衛も遊佐ひろ子もよかった。
安兵衛役の錦戸亮さんはジャニーズの人らしいですが、ジャニーズ顔じゃないよね。
武士役にぴったり。
しつこいけど、なんでジャニーズなの?

ひろ子役のともさかりえちゃんは、最初は「ちょっと雰囲気が違うんじゃ」と思ったけれど、きちんと自分に引っ張り込んで、揺れ動くシングルマザーっぷりがリアルでした。
ともさかりえは巧い。
アンシンメトリーな顔はもはや個性、と言ってあげたい。
いいじゃん、アンシンメトリーだって。
でも、すいか当時とその非対称の雰囲気が違うよな。

原作のエグ味(そこが好きだったりしましたが)は薄めで、爽やかで切ない親子モノ、恋愛モノ、になっています。
原作と同じく、ラストには救われ、心躍りました。
監督は一連の伊坂幸太郎作品を映画化した人。
チーム・バチスタとかも。
堅実に映像にする人ですね。

こうなったら(?)2も映画で見たくなった。

忘れてた。
主題歌は清志郎さんです。
エンディングで突然、清志郎の声が流れてきて泣けた。

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by kuni19530806 | 2011-07-28 23:02 | 映画

闘魂の夏、日本の夏   

中年になるとこんなにも暑さに耐性がなくなるとは知らなんだ。
周囲の同世代はこぞってそう言うので、これは私だけではないらしい。
夏なんてだいっきらいだ!

そんななか、「本の雑誌」2000年9月号を久しぶりに見た。
この号の特集は「闘魂の夏」。
しょっぱなは私の文章だ。
この号、そもそもは自分で買った分(当時は定期購読していた)と掲載誌として送られてきた分と2冊あったはずなのだが、もう何年も前から手元には1冊もない。

・・はい、私はそういう人間です。
思い出をきちんと保管する能力が全くありません。
なんでもかんでもほいほい人に貸し、誰に貸したかとっとと忘れ、忘れたことを反省することなく「ま、いいか」と思ってしまうような、そういう人間なのです。

今、職場では「奥ゆかしすぎる本達~目立たないにも程がある~」という特集をやっていて(なんちゅう特集だ!もちろん私の発案です)、そこに私は敬愛する飯嶋和一さんの『汝ふたたび故郷に帰れず』を出品(?)したのですが、この本を久しぶりに手にとったら、「闘魂の夏」を思い出したのです。
「闘魂の夏」の原稿で『汝ふたたび・・』についてちょっと触れたりしたんで。
でも、手元にも居住区の図書館にも「本の雑誌」2000年9月号はないので、隣の区の図書館から取り寄せて読んでみた、という次第。

この頃は元気だったなあ私、文章が。
2000年といえば母親が亡くなった年で、思えばこの原稿は母親の闘病中に書いたんだっけなあ。
自分も心身がボロボロだったのに、文章だけはパワー全開だよ。
汗をかくのを礼賛してるしさ、今じゃ考えられん。

私はこの原稿で、高橋ナオトとマーク堀越のボクシングの試合についてアツく語っています。
今はもう、そのアツさは昔日の夏の花火のようですが(上手いことを言ったつもりだが言えてない)驚いたのは、今回これを読んだ職場の30代の美人同僚さんが「私、この人と合コンしたことがある!」と言ったこと。

10年ぐらい前、高橋ナオト達と合コンしたんだって。
高橋ナオト本人は風采の上がらない男性に見えたらしいけど、一緒に参加した取り巻きみたいな人が「この人は現在は綾瀬でボクシングジムをやっている。現役時代は凄いボクサーだった。記録より記憶に残るボクサーなのだ」と興奮して説明してくれたんだって。
美人同僚さんは「ふ~ん。ナンノコッチャ」と思ったそうです。
そりゃそうだろうねー。
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by kuni19530806 | 2011-07-27 23:53 | その他

ちょんまげぷりん2   

レオさんに追い抜かれましたが(笑)、私もやっと荒木源『ちょんまげぷりん2』を入手しました読みました。

前作は、江戸時代の武士木島安兵衛が21世紀にタイムスリップして、シングルマザー遊佐ひろ子と知り合い、息子友也の面倒を見ているうちに家事→菓子づくりに目覚め、パテシェとして活躍するetc というストーリーでしたが、2はその8年後、今度は14才になった友也が江戸時代に飛んじゃう、という話です。

今回は友也の成長物語です。
タイムスリップした友也は当然のように安兵衛を捜しますが、彼は行方不明。
失意の友也でしたが、ひょんなことから歌舞伎役者になり人気を博し、調子こいて危険分子として奉行所に引っ張られるハメになります。
そしてそこで・・と物語は展開していきます。

歴史上の人物が何人か出てきます。
あの明治維新の立役者も少年として登場して大活躍。
後の彼の功績の伏線になった、ととれるエピソードがたくさん盛り込まれています。
ある意味、史実を捏造。
でもこれって小説の醍醐味ですね。
私はこういうの、好きだ。

歴史上の人物について伝記で、何月何日に彼はこんなことをした言った、は知ることができても、本人の心情そのものはどれも推測の域で、本当のところはわからない。
たとえ「そのとき彼はこう思った」と断定的に記載されていたり、心情が史実そのものに組み込まれていたとしても。

わからないから想像する。
それは歴史でも今この瞬間の現実でも同じだ。
そして、小説における史実の・・歴然とした史実を前提にした「捏造」は、想像力の可能性を拡げる呼び水になるように思う。
だって、あんなことこんなことを成し遂げたあの人物が、11才のときに21世紀からきた3才上の人間の言動に触発された、なんて麗しい想像だし、だったらもしかして・・と自分の想像(妄想とも言うかも)も膨らむってもんじゃないですか。
そして、そういう想像(妄想とも言うかも)こそが、現実の自分のお目付役にもなる。
想像力が発動しないと、間違いに気づけなくなるもの。

あ、もちろん、この場合の「間違い」はいわゆる「正義じゃないもの」とかではありませぬ。
どっちかっていうと「しっくり来なさ」、もしくは「きな臭さ」、かな。

以上、『ちょんまげぷりん2』感想という名の妄想でした。
私の文章はいつも妄想ですけどね。

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by kuni19530806 | 2011-07-25 23:41 | 読書

リヴァトン館   

ケイト・モートン『リヴァトン館(やかた)』を読む。

20世紀前半のイギリスが舞台のメイドもの、しかも恋愛小説、と聞いたら読まずにはいられないでしょう。
好意的な感想を読んでいたので期待しました。
が、私にはちょっと残尿感。

設定、そして現代と交錯する構成は、とても素敵なのですが、思いのほか登場人物が描かれていなかった気が。
残念ながら、メイドであるヒロインのグレイスを始め、「お嬢様」ハンナにもその妹にも、全く感情移入できなかった。
設定からついつい中島京子の『小さいおうち』を思い出しましたが、国産のメイドものの方が何倍もグッときました。

これは、ハンナの道ならぬ恋の迫力不足によるところが大きいかも。
書き手の姿勢や筆致(翻訳?)の問題なのか臨場感がなく、こちらにのっぴきならなさが全然伝わってこないんだよねー。
いくら、恋を病気に喩えてそのどうしようもなさをハンナに語らせても、薄いっていうか、頭だけで書かれてる感じ。
なので、その後の悲劇的展開にもさほど説得力が感じられない。
ああ、そこそこよくできたおはなしね、じまい。

この小説でいちばん臨場感があったのは、メイド仕事の大変さと、98歳になったグレイスの死の近さ(若いときに「早死にすると言われたというエピソードも含めて)だったように思います。

この小説では直接描かれなかった1924~介護施設に入るまでの考古学者グレイスの日々の方が私は興味をそそられます。

そんなこんなですが
この小説の私における敗因(?)はやはり、『小さいおうち』を先に読んだ、というところにある気がします。
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by kuni19530806 | 2011-07-24 23:13 | 読書

快適な気温下で   

涼しー!
ラクだー!
お友達がツイッターでつぶやいていた。
「このまま秋になっちゃえ」と。
私も一票。
夏で生計を立てている方々には申し訳ないけれど、暑いのはもういいよ。

休みの朝、「おひさま」~「あさイチ」はわりと見る。
朝ごはん食べながらとか、後片付けや洗濯や掃除しながら、見ることが多いので、たいていは片手間視聴で、通しで見ることはほとんどない。
けど、一瞬でその世界に入り、涙ぐんだりハラハラしたりクイズに参加したり血糖値を抑える食事法に食いついたりしています。
われながら迅速で臨機応変で急転直下な対応だと思います。

今朝のあさイチには山本太郎が出て徳島をレポートしてました。
原発関連の行動で事務所を辞めたと以前yahooニュースで読んでいたので、タレント活動は出来なくなった・・俗な言い方をすれば「干された」のかと勝手に思っていましたが、そういうわけではないんですね。
民放にもふつうに出ているんだろうか。
もしこのキャスティングがNHKの単独行動なら、極私的にNHKの好感度アップだ。
だってレポート巧いもん、山本太郎。

山本太郎の今回の一連の反原発行動に私は相反する感情があります。
7割ぐらいは好感を持ってますが、3割は冷めた目で見ている。
「反感」ではなく冷めた目です、あくまでも。
だから、相反する感情ではなく、あいまいな感情、が正解かもしれません。
そこが自分でも狡いと思うんですけどね。

これだけの事故が予測出来ず実際に起きて、収束もままならないまま何ヶ月も過ぎ、人々の不安は解消の方向どころか増すばかりで、これからも、少なくても自分が死ぬまではずっと原発事故の問題はクリアされないことが確定した今、もう今後原発はナシでしょう、で自分の気持ちは定まっています。
なので、原発推進派が台頭するくらいなら、たとえ断末魔の首相でも現職に固執してもらってもいい、ぐらいに思っています。

ただ、だからといって反原発の急先鋒的な運動にもすんなり賛同できないんですよね。
子どものため、未来のため、それは賛同します。
正直、自分が中高年でしかも子どもがいないことに安堵感を覚えたりすることがあり、それを申し訳なく思う気持ちが、自分の中で「子どもは守るべき」にフィードバックしているところもあります。
だから、脱原発の気運の末席には自分も静かに座っていたい、と思っているのです。

が、その席にはなじめない雰囲気がある。
象徴的なのは、反原発の映画を作ったりそれにまつわる活動をしていた、いわゆるナチュラリスト達が事故直後、関東南部からもこぞって沖縄に移住した、という事実ですかね。

事実だけをピックアップすることは乱暴だし危険なことだとは思います。
でも、なーんかしっくりしないんだなあ。
どうしても好感が持てないんだよ。

ナチュラル系の雑誌で、沖縄移住組のある著名なエッセイスト(料理研究家?)の「新天地にて食べものの生産者になる」宣言を読んだら尚更もやもやした。
「何より怖いのは、一時的に国内自給率が下がるこのタイミングで、遺伝子組み換え食物やTPPが導入されること」とあって、なんかすごく空々しく感じたんだよね。

「何より怖いのはこの身への放射能」「自分の子どもの安全だけは確保したい」と言ってくれれば気にならなかったのにねー。
それは人間、親の本能だろうし、事情が許せば移住だって疎開だって、したい人はすればいい。
悪い予測ばかりが当たるここ数ヶ月だから。
臆病さ、慎重さは生き抜く上でとても重要なファクターだとも思います。

でも彼女の自分の正当化に終始してる(ように見える)公式見解は好感が持てなかった。
同時に、反原発運動そのものにも視野狭窄の気配を感じてしまいました。
私がそれまでにこの手の運動にうっすら感じてきた違和感の正体はひとつは、この視野狭窄だったのかもしれないと気づいたりしましたよ。

同じ視野狭窄っぽさでも、山本太郎のデモ参加の画像の方が私にはむしろ、親のストレートな気持ちが透けて見えてもやもや感はありませんでした。
空虚に聞こえる宣言より、集団ヒステリーっぽいデモの方が説得力があるっていうか。
まんま賛同、とはいかなかったんだけどねー。


そんなこんなで、私にとって山本太郎はあいまいなポジションです。
が、干されることには反対です。
いろんな考えの人がテレビに出た方がいいっすもん。
ふつうにレポーターとしてキャスティングしたあさイチのフラットさは麗しいと思いました。

ところで
山本太郎って顔が変わってませんかね。
痩せたとか加齢による劣化とかじゃなく、目の下のハリが不自然なような。
ボトックス?

だらだら書いた挙げ句の落としどころはそこかよ、みたいな。
落としどころにもなってないけど。
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by kuni19530806 | 2011-07-21 14:14 | テレビ

蹴球   

夏風邪をこじらせ、よれよれの三連休でした。
海の日は出勤だったのですがダウンして起き上がれず。
本日は起き上がれるようにはなったものの、丸2日間程ほとんど水分しか摂取していなかったせいで身体に力が入らず、今日の午後あたりからやっとふわふわしなくなりました。
「薄紙が剥がれるように回復中です」。

私は食べないとソッコーで顔に出るタイプです。
目が落ちくぼみ、三重まぶたになります。
今もなってます。

そんななか、気を紛らわそうとけっこうテレビをつけたので、なでしこジャパンに突発的に詳しくなりました。
ま、日本中、こぞってそうでしょうけど。

私はサッカーにとても疎く、ふだんはほとんど見ないのですが、今回、女子の試合をちょこっと見て、実は自分も高校時代の体育の授業でけっこうサッカーをやったことを思い出しました。
いや、忘れていたわけじゃないんですが、年月が経ったわりにリアルに思い出しました。

私の高校は、なぜか体育は男女同じものを、しかも入り乱れてやる、が校風だったので、バスケットもサッカーも人数の少ない女子が男子に混じってやったのでした。
もちろん、男女の体力差は歴然としてましたが、それでもふつうに一緒にやってたなあ。
分かれるのは男子が柔道剣道、女子が家庭科、だけだった。
水泳も一緒に泳いだ。
水泳のテストにはトラウマがある。
あー思い出したくねえ!

サッカーは、ひたすら走って、吐きそうになるほど疲れた記憶ばかりですが、たま~にとんでもない場所から強引にシュートをしたりして、味方チームの男子に「いぐらなんでも無理だべや~」と呆れられてた。
「近くで狙ってもどーせ入んないからいいの!」とか言い返してた。
小学校のフットベースボールで培ったせいか、けっこう蹴り力だけはあったのだ。
っていうか、大雑把な性格は昔からだったんだ、私。
若いときは慎重だった、と思っていました。
よく雪上サッカーをやってたっけ。
雪の日、「今日の体育はサッカー」と言われてもふつうに文句も言わずに校庭に集合していた俺達。
今思うと、素直で元気でしたね。
自分的にはバスケットの方が10倍ぐらい得意でしたが、サッカーで子犬みたいに走り回るのもキライじゃなかった。

病み上がりだし、自分がトシ食ったと思い知らされるばっかりの懐古だわ。

しかし、なでしこジャパンはかっちょよかった。
スポーツはダイレクトにグッときますね。
わーいわーい!!と手放しに笑える話題に飢えていたのかもしれませんね、やっぱり。

ところで、澤選手の一時代前に、高倉麻子さんという福島出身のわりと美形のサッカー選手がいましたが、彼女はどうしているんだろう。
解説とかもしてないみたいだ。
ま、ウイキペディアで調べればわかるんだけどね。

福島はまた試練に立たされてるなあ。
もう福島だけじゃなくて久しいけれど、どんどん窮地に立たされてる故郷を見るのは忍びない。
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by kuni19530806 | 2011-07-19 22:23 | その他

夏風邪   

夏風邪をひいてしまいました。
今週のアタマから、汗のかきかたと鼻のとおりに不穏なものを感じていたのですが、決定的な敗因(!)は、水曜日の夕食後のソファでのうたた寝。
夫が楽器の練習のためにエアコンの設定温度をかなり低めにしてたのに、そこで練習時間分たっぷり!、要するに一時間寝てしまった。
起きた瞬間、いや~な寒気がしたんだよね~。

でも、脳内の記憶を改竄し(?)それはなかったことにして木曜日はやり過ごし、今朝も「全然大丈夫!」と出勤したのですが、徐々にクシャミと鼻水とダルさ攻撃に侵食され仕事にならないので、職場でものすごく久しぶりに風邪薬を飲みました。
クシャミ3回ルル3錠の法則、今も健在なんですねー。
律儀に3錠飲んだよ(あたりまえか)。
本日は大切なお客様がいらっしゃったのですが、なんとかひどいボロは出さずに済みました・・たぶん。

それにしても、暑いのに風邪ひくのって、めちゃくちゃダルいわ~。
汗をかくのに寒いし、弛緩してるのに節々がこわばって、身体がうらはらな感じ。
でも心身が鈍感になってるせいか、さっきの地震、けっこう大きかったのに「はいはい、地震ね」とやり過ごしてしまった。
ソファに横たわったまま、起き上がりもせず。

やっぱり、人は目の前・・さしあたっての懸念度の大きい順に反応するんですね。

ところで
ほぼ日の「福島の特別な夏」を読んでいたら、いろんなことを思い出し、いろんな思いが交錯もしました。

話題になってる相双連合の3校のうち、富岡高校は私が物心がついたときに住んでいた町の高校で、相馬農業高校はその次に住んでいた家のすぐ隣にあった高校です。

隣といっても、当時、私は幼稚園(!)だったので、高校なんて大人の集まる近くても遠い場所だった。
でも本当に隣だったので、なんとなく常に気配を感じながら暮らしてる感じでした。

校内に足を踏み入れたのは一度だけ。
文化祭。
母親と行って、採れたての野菜を買い、模擬喫茶でココア(たぶん)を飲んだ。
場違いな場所に潜入していることにドキドキしたことを覚えています。

あれから長い年月が過ぎましたが、今回のような震災と原発事故がなかったら、私は富岡町のことも原町市(南相馬市)のこともたぶんこんなに思い出すことはなかった。
そして、こんなに覚えているとは思わなかった。
眠っているだけの記憶っていっぱいあるんですねー。


今回、相双連合のことを聞き、これは話題になるだろうと思い、実際に話題になったわけですが、ほぼ日のレポートを読むまでもなく、1回戦の対戦相手校はにわかヒール扱いでさぞややりづらいだろうよ、とも思いました。
それでなくても人はスポーツに物語性を求めるし、そこに悲劇的スパイスがあるのを好む。
いたいけな十代(!)の高校野球ならなおさら!

相双の1回戦の相手は私の母校、喜多方高校でした。

結果は、8対1で喜多方高校の勝ち。
もしかしたら、当の相双連合の野球部員よりマスコミの方ががっかりしたかもしれません。
私だって、相双が勝ったら流れるはずだった『栄冠は君に輝く』を聴きたかった気持ちはある。
たぶん動画があったら泣いた。

もちろん、喜多方高校には勝って欲しかったのに、そういう相反する思いが共存するのって、あらためて考えると日常ですね。
突然ですが、大人になることのために出来る努力があるとしたら、そういう自分の中の矛盾を拒絶せず受け入れることなのかなあと今思った。

あ、もしかして熱に浮かされてるかも。
アタマの芯が不自然にアツイかも。
寝よ。
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by kuni19530806 | 2011-07-15 23:13 | その他

すいかの季節到来   

暑い!
まだ夏の入口でこの暑さ。
いろいろ悲観したくなるが、しても涼しくはならないので、夏の恒例「すいか」を見ることにする。

見飽きない、見るたびにいろんな発見のあるドラマですが、今年もそうです。
あらためて、見方が幾通りもあるなあと思います。
特に去年~今年は
◆早川基子(小林聡美)は離婚し
◆絆ちゃん(ともさかりえ)は再婚し
◆確か、伝ちゃん(高橋克実)もわりと最近結婚し
◆小泉今日子には復縁説が流れ
◆教授(浅丘ルリ子)はデンデラデンデラと各方面の露出が増え
◆刑事(片桐はいり)とはGWに実際にお目もじし、ちょこっと話までしちゃい
◆今日の教育テレビ(Eテレってか!?)ではなぜか響一クン(金子貴俊)が水泳を習ってるのを発見!
と、なんだか出演者にまつわる話題が豊富。
人生はとどまってはいませんね。

こうなると、ゆかちゃん(市川実日子)と加瀬亮の進捗状況も気になる。
今も付き合ってるんだろーか。
あわよくば、もたいまさこ電撃結婚!まで期待したりして。
あわよくば、の意味は不明でございます。

ところで、私は最近、天然な人と天然じゃない人の違いを発見しました。
装う人は、空気を読むので絶妙にボケます。
ムダがありません。
一方、天然ボケの人は、そりゃあ天然ですから空気が読めません。
なので、ちょいちょい周囲を本気で困惑させたり、ただただつまらなかったりします。
両者はなによりそれが違う。
・・・「発見」などという大それたもんではないですね、スミマセン。

なにが言いたいかというと、「すいか」にもちょっとそれがありますってことです。
TVドラマですから当然、視聴者の目を前提に描かれた世界ですが、たまに、特に意味がなさそうな、天然の日常っぽさに近いセリフや動きがあるドラマです。
もちろん、それはしっかり意味があるし、天然では全くありません。
脚本家と制作者の意図、であることが明らかです。
が、うっかり見る側にそう誤解させる雰囲気がある。

その雰囲気は、取るに足りない日常のヒトコマの連続こそが生活で、それに特にハッピーエンドとか大どんでん返しはなく、でもだからといって変わりばえのしない日常に価値がないのでは全くなく(←あ、このへんはまるで小島慶子理論だ!)、美味しいと思えるご飯を食べたり、新聞の回し読みをしたり、家出した猫が帰ってきたり、誰かが「いてよし!」と言ってくれたりすることこそがかけがえのないことなのだ、と思わせてくれるのです。
そういうところが好きなんだ、私。
ブラボー木皿泉!です。

そしてそして、今年の夏、去年までとは違った目線で「すいか」を見る気になっている理由のひとつは、やはり3月の震災なんだろうと思います。
あれ以来、日常の意味をものすごく考えさせられたから。

3月4月にちらっと思ったもん、私。
今年の夏はどういう気持ちで「すいか」を見るんだろうって。
いや、その前に、今年の夏は「すいか」を見ることができるのかな、とも。

もはや「今年はすいかをどう見るか」が自分の心理状態を映す指標っていうか、なにがしかの定点観測になっているのだなあ。

一昨日から始まった「すいか枠」のドラマには小林聡美と高橋克実が出ています。
ちらっと見ただけですが、「すいか」のDVDを見た直後だっただけに、ふたりともきちんと8年の歳月が経った顔をしていることがわかりました。

いいことだー。
私もがんばろ。
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by kuni19530806 | 2011-07-11 22:56 | テレビ

日曜の夜のテレビといえば   

日曜の夜は、JIN vs マルモ でテレビ界は賑々しかったようだが、どちらも結局一度も見ずに終わった。
最近、めっきりテレビを見なくなったのは事実で、まあ人気ドラマをちらっとも見なかったのも自分のテレビ離れのせいだよねーと思ったわけだが、よく考えてみると、私は日曜の夜はよくN響アワーを見てる(聴いてる)んでした。
N響アワーの放送時間は日曜21-22時。
JINとマルモの時間だったんじゃん!

それにしても、今夜のN響アワーは凄かったっす!
特集はプロコフィエフで、ピアノ協奏曲とヴァイオリン協奏曲をやったのですが、ウラディーミル・アシュケナージ指揮の「ピアノ協奏曲 第2番 ト短調 作品16」のピアニスト、アレクサンダー.ガヴリリュクの演奏に目は釘づけになりました。

演奏前のインタビューで彼は「プロコフィエフの曲はつい感情移入過多になりがちなので自制して弾いている」と言ってましたが、放送を見た視聴者全員が間違いなく「どこが自制やねん!!」とツッコんだことでしょう。
そして「じゃあ自制してなかったらどんな演奏だったんねん!」と重ねたはず。

すんごい感情移入っぷりでした。
弾き終わったらそのままぶっ倒れて事切れるんじゃないかと心配になるくらいでしたよ。
あのくらいじゃないと、難解(←私の印象)なプロコフィエフとは対峙できないのか、と思ったりもした。

あまりの大熱演で、汗がしたたり落ちていてちょっとピアノが心配になりました。
私がピアノの持ち主なら「アレクサンダーには貸したくねえ」と思うかも。

楽器を演奏するのって大汗をかきますねー。
夫も、夏にベースを練習するときは楽器のためにエアコンは必須にしています。
私レベルのヴァイオリンでもちょっと弾いただけで汗だく。
管楽器も打楽器が汗を凄そうだ。

演奏ダイエット、とか効果がありそう。

話は戻って
アレクサンダー.ガヴリリュクの生演奏、聴いてみたいと思いました。
インタビューと演奏中は別人だし、髪の感じから40代ぐらいと思いきや20代みたいだし、なにかと意外性に富んだ・・っつうか実態がラビリンスな感じ。
どこかで名前を目にしたら教えて下され。
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by kuni19530806 | 2011-07-10 23:16 | テレビ