<   2011年 06月 ( 15 )   > この月の画像一覧   

駒澤大学禅文化歴史博物館   

駒澤大学禅文化歴史博物館に行く。

天井がステンドグラスになっている建物が素敵、とお友達に教えてもらったので。
このご時世だからなのか、禅に妙に心惹かれるものがあったし、もっと下世話に「私が全く経験のない男女共学の大学の構内という異境の地に行ってみるのもよさそー」と思ったりもして。

いや~、よかったです。
お目当ての博物館は、あのフランク・ロイド・ライトの流れを汲む洋風建築。
でも中に入ると静謐な禅の世界が拡がっていました。

建物はもともと図書館として作られたそうで、展示ブースである元閲覧室は荘厳で質素。
意匠にも華美な感じはなく、テラコッタの彫刻も派手ではありません。
でも、モダンなタイルが敷き詰めてあったり、そこここに置かれた図書館時代の椅子(ベンチ)にも遊び心があるというか、現在より<時代の余裕>みたいなものを感じました。
椅子の形状はまるで昔の無人駅の待合室のそれ、で趣きがあってようございました。
昔の洋風建築好きにはたまらない物件だと思われます。

肝心の「禅」についても、ざっと見回ったぐらいでなにかがわかる?でしょうが、ヨガと禅って基本は同じなんだわーと思いました。
ものすごく大雑把に総括すると「自分との真摯な対話」とでもいいましょうか。

木魚や銅鑼や拍子木など、鳴り物(?)を実際に叩けるコーナーがあったり、無料のおみくじが置いてあったり、けっこう楽しめます。
企画展では現在、紙銭展をやっていて、その主旨(死者に持たせる異界への通行手形?)とそのキッチュなビジュアルの落差が興味深かった。
母が亡くなったときも、紙銭を持たせて棺に入れたなあと思い出した。

そんなこんなで無料なのがもったいないくらい堪能しました。
また行きたいです。

大学の通学路のそこここに警備員が立っていて、通学時の学生がよけいな道に入らないように取り締まっているのにビックリ。
そんなことをしなければ街の秩序が保たれないの?
大学の質?
過剰防衛?
この警備代も親の出す入学金&授業料に入っているのかと思うと、ちょっとムッとした。
しっかりしろよ、大学生。
そして大学!

a0099446_95309.jpg

[PR]

by kuni19530806 | 2011-06-30 23:51 | お出かけ | Trackback | Comments(0)

9回Q展   

恒例、ユリオカ超特Qの単独ライブに行ってきました。
場所はこれも恒例の西新宿ハーモニーホール。
新宿駅からちょっと遠くてわかりづらい。
この会場に行くのは3回目なのに、また迷いそうになりました。

半年に一度のQ展も今回で9回めです。
私は下北沢タウンホールでの第6回から行っていますが、そのとき以外の3回(ハーモニーホール)は全て最前列ど真ん中で見てます。
ハーモニーホールはその席にしか座ったことがない、自由席なのに私だけ指定席感覚です。
今日なんて、当然のようにそのおなじみの席に最短距離で進んで座ってしまいましたよ。

今回は初の2日間3回公演だったせいか、日曜の昼の部はちょっと空席が目立ちました。
もったいないなあと思っちゃう。
ゲストなし飛び道具なしで、7割時事ネタ、2割ハゲネタ、1割プロレスネタ、という配分でのノンストップ90分を、一度もダレることなく、最後には必ず「えっ?!もう終わり!?」と思わせる話芸、心ある大人にこそぜひ見て欲しいものでございます。

今回もすっごく面白かった。
でもこの面白さは長いシャクじゃないと伝わらないよなあとあらためて思いました。

公演後、第8回のDVDを買ったら本人がサインと握手をしてくれました。
別に頼んじゃいないんですが(笑)。
終演後、購入してとっとと帰ろうとしたら係の方に「今、本人が来ますのでお待ちを」と言われ断れず。
「あ、いいです」と言うのも失礼な感じで。
断るのが失礼だからしょうがなくサインしてもらうのはもっと失礼か。
いや、もちろんファンですからご本人のサインも握手もうれしいっちゃあうれしいんですが、なんかこっ恥ずかしいじゃないですか。
「頑張ってください」とか、なんか言えないし。

ステージを終えてTシャツに着替えた兵庫県立豊岡高校→立命館大学卒の百合岡クンは、肌がキレイでさわやかな好青年でした。
らっしゃいTシャツは一瞬迷いましたが買いませんでした。

DVD、家に帰って見たのですが、半年前というタイムラグを差し引いても、ライブの面白さの3割ぐらいしか伝わらない感じでした。
漫談って、もしかしたら漫才やコントよりナマモノなのかもしれない。
設定やリアクションで笑いをとるもんじゃないしねー。

また12月に行こう。
それまで、去年の12月~今回のような、誰も予想だにしてなかったような方向で世界が変わりませんように。
今の状況が改善されていますように。

a0099446_9255176.jpg

[PR]

by kuni19530806 | 2011-06-26 23:24 | お笑い | Trackback | Comments(0)

30代なかば天然友達   

すっとぼけた年下Sちゃんから「お誕生日おめでとー」とメールが来る。
「覚えてる私ってたいしたもんでしょ」と鼻の穴を膨らませた顔がありありと浮かぶメールだったので、あえて「ありがと。誕生日は先週無事終えましたが、一週間以上もその気持ちを持続させてくれてたかと思うと感激もヒトシオ。ちなみに今日は母親の命日なんだよね」と返信。
すると、「じゃあ、おかあさんが私に教えてくれたんだ。唯我独尊、誰にもまねのできないアラフィフのままでいてください」と、これまたツッコミどころ満載の文章が戻ってきた。
とりあえず、「それって、美しすぎて誰もまねできない、の唯我独尊?」と聞いてみたら、「違うかも。この前、アメトークの熟女好き芸人を見たら、マツモトさんの顔が浮かんで、マツモトさんも年齢不詳でおすすめなのにと思ったので」だと。

ひゃあ!なんじゃ、それ!
そのアメトーク、最近すっかりテレビから遠ざかっていた私もたまたま見た。
そしてあるお友達の顔が浮かんだのですが・・Sちゃんは私が浮かんだのかあ。
これは光栄なのか否か。

でもSちゃん、根本が完全に間違ってるよ。
あれは年齢不詳をヨシとするんじゃなく、年齢をわかっていて、あえて・・・喩えて言うなら、肉は腐りかけが旨い・・・もっといえば、ちょっと腐った肉こそ旨い!を主張することで仕事を増やそうと目論んでる芸人達の集いだからね。

それよりなにより、「美しすぎて?」とふった私に「違うかも」はないでしょ、S。
かも、はいちばん使っちゃダメだよ。

と、ここを読んでいないSちゃんにダメ出ししてみる。

でもおもしろかったからいいや。
寝よ。
[PR]

by kuni19530806 | 2011-06-25 23:58 | 友達 | Trackback | Comments(2)

悩み相談で解き明かす「人生って何?」 生きる   

中村うさぎ『悩み相談で解き明かす「人生って何?」 生きる』を読む。(「と『が逆?)

もしかしたら中村うさぎさんの本をちゃんと読むのは初めてかもしれません。
そうか・・・読んでなかったんだ、私。
そのわりに彼女に対して今まで好き勝手なことを言ってたかも。

私の好きなお悩み相談本です。
ほとんどが女性の生き方に対する不安の相談で、そこにうさぎさんが実に的確にアドバイスをします。
これを読んだ女性のほとんどはうさぎさんを見直すのではないでしょうか。
欲望に歯止めがきかないバカな女だと思っていたけれど、こんなに真面目で真摯な人なんだ、と。

私もそう・・と言いたいところですが、自分はとことん心の汚れた人間らしく、必ずしも「うさぎさん、素晴らしい!」にはならなかった。
共感しまくりながら乗り切れない部分があったのは、いちいち「あ、それはずっと私もそう思ってたよ。あたりまえのことじゃん」だったからです。

単なるシンパシーとお思いでしょう。
そのとおりでございます。
でもこの本で彼女が言っていることは、欲望に正直に突っ走る勇気も根性もなく、臆病でちまちま生きている中年(私)も日々感じていることなのです。
それを、欲望に抗わずに生きているから、波瀾万丈な半生をバックボーンにしているから、こそ説得力あるだろう的に言われてしまうと、なんかちょっとひっかかる。

最初は小気味よく感じたのに、徐々に・・なんていうか、日用雑貨を過剰包装でプレゼンされたみたいな、毎日のお総菜をデコラティブな器で出された的な、気分に。
喩えが的確じゃないか。

私が周囲に「またぁ!?」とうっとうしがられながらここ十年ぐらい、なにかにつけ口にし続けている常套句に
「人生ハイリスクハイリターン」
がありますが(あ、「またぁ!?」と思ったそこのあなた!スミマセン)この本でうさぎさんが繰り返しおっしゃっていることは、コレだと思うのですよ。

これを彼女なら「欲望を追求していい気持ちになりたいなら、誤解や失敗や中傷やダメージを覚悟しろ」と訳すかもしれない。
でも私は「リスクを背負う覚悟がない現時点の自分は野望も持ちません。んなこと当然でしょう」と訳します。

同じことでしょ、これ。
私はしょっちゅう、「『人生ハイリスクハイリターン』の原則を無視して、ローリスクハイリターンを求める輩が多くて困る!」と憤慨してるわけですが、この本の言っていることも同じだなあと思うのです。
それを、きちんと読ませる文章にする能力が、うさぎさんと私は違うだけで。

その違いが大きいのか!

あとひとつ、年下のホストにハマったという案件。
それを彼女は「40代クライシス」と自己(事故)査定し、振り返って「今は全く未練がない」と一刀両断している。
もちろん、この本に書かれていることが彼女の本当の心情だなんて私は思ってません。
でも、それを慮っても、その部分だけ、やけに自分に不誠実(に映る)描写に感じた。
そのせいで逆に、執筆時の心中は揺れていたんだろうなと。

40代クライシスでも、50代クライマックスでもいいけど、傾向は本当にあっても、それを言葉にして自分に当てはめた時点でそれの呪縛で苦しめられることってないですか?
中年女性がうっかりとち狂うことはありがちだと思いますが、それを「中年クライシス」という鋳型にハメるのは、私はパスします。
自分は特別だから、では全然なく、怖いから、です。
a0099446_21471485.jpg

[PR]

by kuni19530806 | 2011-06-23 21:47 | 読書 | Trackback | Comments(2)

もうちょっと続けてみよう   

この日記で以前、勝手に推奨した
どうする?40代からのファッション&生き方」というブログですが、最近も面白いです。
現時点の最新UP6月17日の<♪オシャレの功罪を見極める。>なんて私の心にヒットしまくりです。

私はこのところ雑誌「天然生活」を愛読しているのですが、そこに登場するオシャレさんやそういう方がやっている雑貨屋さんにうっすら感じる違和感を、ドンピシャで指摘してもらって爽快感を覚えました。
そうなんだよね。
今っぽさとキャパの狭さが紙一重
・・わかるなあ。

とにかく17日のブログは素晴らしかった。
特に
人間関係の緊張をなくすために、
「こだわりのないわたし」を選ぶ道だってある。

には、自分を投影させ、涙が出そうになりました(ちょっとウソ)。

私のこのエンジェルフォール、実は最近ちょっとやめようかなあと思ったりしていました。
なんだか自分の書いたものがつまらなくてさあ。
もともと、実際に面識のあるお友達に向けてしか書いてませんし、だからこそ、こんなつまらんモノを知り合いにだらだら書いてる自分ってなんなのさ、と。

でも、定期的に感想をメールしてきて頭ごなしに(?)「なるべく間を空けずに書くように!」と言ってくる遠くの友人がいることを思い出したり(ちょっと忘れててゴメンよ)、福島の高校の同級生が「ブログを読んで気楽になった」と連絡をくれたり、最近も、私の本の感想を読んで「私も読んでみる」と書き込みして下さって、実際に感想を自分のブログにUPしてくださるレオさんがいたり、チチカカ湖の相棒が私がここに書いたツイッターに対するスタンスを面白がってくれたりで、もう少し続けようかなあと思ったりもしていたわけです。
そこにcarinaさんのブログですよ。

私ももうちょっと続けようと思いました。
carinaさんの、顔出しに象徴される腹を括った姿勢には足元にも及ばない私ですし、そもそも「見習って」とか「対抗して」みたいな気持ちとはまるで抱いていないのですが、なんか書くことを励まされた感じがした。
一方的に。
その心理は、書くと長くなるので今日はやめた。

carinaさん、お会いしたことはないけれど、ありがとー!
[PR]

by kuni19530806 | 2011-06-19 22:48 | インターネット | Trackback | Comments(8)

シューマンの指   

奥泉光『シューマンの指』を読む。

話題作というか問題作というか衝撃作というか評判になっていますが、とにかく読みました。
確かにこれはびっくらこきますねー。
こんなのあり!?でイスからズリ落ちること必至ですが、小説を読むことの醍醐味のひとつである「翻弄された感」は確実に味わえる・・・と思います。

天才ピアニスト少年を主軸にしたミステリーありの音楽小説です。
音楽小説としてすげえな、と思いました。

奥泉さんの小説には「難解」というイメージがあります。
『グランド・ミステリー』と『鳥類学者のファンタジア』しか読んでいませんが、ストーリーは全く覚えてなくて、ラビリンスに抛り込まれて幻惑された読後感の残滓が今もちょっとある、みたいな。
今回も基本的には同じ読後感かも。

述懐形式(?)ですが、登場人物はほとんど十代。
でも、青春小説とか成長小説という感じはほとんどしません。
そして、これ以上、書けません。
ネタバレしちゃいそうだ。

シューマンが聴きたくなります。
ので、聴きました。

a0099446_933228.jpg


今日は突発的にホテル日航東京でランチをしました。
お台場に行ったのは久しぶり。
ホテル日航東京は初めて行きましたが、気に入りました。

最近のホテルの結婚式って、新郎新婦がホテル内を練り歩いてそこここの撮影スポットで記念撮影して回るってのが流行ってるんですかね。
以前からあったにはあったのでしょうが、その撮影スポット巡回の趣旨が「撮影に適したロケーション巡り」より「いかに多くの一般客に自分達を見てもらうか巡り」にあからさまに変わってるよな。
いや、以前からそうであるのは当然なのですが、トイレの前とかでも何組にも出くわしたもんで。
数年前に出た数回の結婚式では、撮影ロード(?)はわりと一般客が通らない通路や、中庭周辺のみ、みたいな感じだったもので。

まあ、結婚式の二人は、人生最大の見世物であることは周知の事実ですが、本日は佳き日だったのか(6月だしね)あちこちでその趣旨のふたり+引率カメラマンに出くわし、もはや日常風景と化してしまい、どのカップルもそれぞれの列席者以外にはさほど注目もされていませんでした。

当人達にしてみればさぞや計算違いでしょう。
ウエディングドレスとタキシードでロビーやらせん階段に登場すれば、通りすがりの人々に「まあキレイ!」「あらステキ!」と注目される・・・心構え十分!だったろうに。
せいぜい、「さっきすれ違った新婦のドレスよりいい」とか「こっちの新郎、ぬぼーっとし過ぎだ!」と瞬時に査定される程度で。

何人もの花嫁さんを見ましたが、数年前に立て続けに結婚した姪ふたりは本当にキレイだったなとあらためて思いました(バカ叔母!)。
[PR]

by kuni19530806 | 2011-06-18 23:32 | 読書 | Trackback | Comments(0)

格差社会   

いや~、みなさんありがとうございます。
以上、業務連絡でした。

この季節、性懲りもなく着る服に迷う。
恒例の「去年の今頃はなに着てたんだっけ」状態。
でも、もはや季節は関係ないかも。
だいたい、何を着てもしっくりしないんだからさ。

自分の年代のファッション雑誌は「HERS」や「エクラ」なんだろうが、全然ピンと来ない。
こういう服を着ている同世代の友達も1人もいない。
どこにいるんだろう。
白金や二子玉川あたりか。
そういえば、シロガネーゼという言葉はまだ生きているのだろうか。

土俵を下りる気がさらさらないよな好戦的な50代ファッションがダメとあらば、ついナチュリラやリンネル方面に目が行く。
最近、冷えとりしてるし、天然素材に傾倒してきてるし、これは必然的か。
昨日も中川ちえさんを見学したしな。

でもなあ。
この業界の棲み心地も今ひとつ。
とにかく高い(昨日も書きましたね、しつこくてスミマセン)
そもそも、ナチュラル系のお洋服の形状は労働に適さないと思う。
足さばきが悪いっていうの?
とりあえず、梅雨時はバサバサしてて邪魔だ。
天然素材でコンパクトな洋服でも探そうかなあ。

最近、無印もピンと来ないし。
いっそ、巣鴨あたりを物色してみるか。
若い頃からオバサン洋品店から掘り出し物を探すのはちょっと得意だったのだ。
三茶のマルミとか、現在の居住区のいなきやとか。

職場ではフォーエバー21とか話題に出てるのに、なんたる格差社会!
[PR]

by kuni19530806 | 2011-06-16 22:27 | その他 | Trackback | Comments(0)

しもじもを自覚   

梅雨の晴れ間でさほど暑くもなかったので、蔵前~浅草橋をひとり散歩してみました。

最近ちょっと気になっていたin-kyoに行ってみた。
う~ん、私にはスタイリッシュ過ぎるなあ。
置いてある雑貨やお洋服はどれもこれも好みのど真ん中だったのですが、あまりに完璧にディスプレイされていて、手にとるのが憚られる感じでした。
戻すときに1ミリでもずらしたら、店内の全ての均衡を自分が台無しにしまうんじゃないか、と怖くてしばらく触れなかった。
そのうち、「けっ!しゃらくせー!客を萎縮させる店がナンボのもんじゃい!」と急速に思えてきて手にとりまくったけど。

それにしても・・・高い!
値段にはそれなりの理由があるのでしょうが、およそ私に買える雑貨、お洋服はなく、でも悔しいのでオーガニックコットンのハンドタオルを買った。
悔しい、の意味が不明だけど。
買っちゃう方が悔しくね?と思う自分もいます。

ここは、中川ちえさんという方のお店です。
いわゆるナチュラル系の雑誌によく登場なさる方で、ナチュリラ最新号でも冷えとりのページにお出になってました。
ご本人がお店にいましたが、写真より美人さんでした。
店で扱っているとおぼしきレモン色のキレイなコットン素材のワンピース(数万円)をご着用。
当然、足元は靴下重ね履き。

私もそうなんですけどね。
靴下の重ね履きという共通項。
シャツだってリネン百%だ!
でも、リサイクルショップで買った500円のシャツだけどさ。


店を出て浅草橋方面までの道すがら、一般客も入れる問屋さん的カゴ屋さんがあったので長居しちまいました。
in-kyoの後だっただけに「なんて安いの!?」と興奮。
つい買っちった。
だって、一見同じ見た目で5分の1ぐらいの値段なんだもの。
しかも、無造作に並んでいていくらでも気安く手にとれて楽しかった。


要するに私はそういう業界の人間ってことだ。
[PR]

by kuni19530806 | 2011-06-15 21:29 | お出かけ | Trackback | Comments(0)

頼むからここに居てくれ   

今日は特に用事のない休日だったのでマロと遊んでた。
マロ、めっきりトシとっちゃったんだよなー。
最近、しょっちゅう食欲不振だし、足腰も弱いし、玄関先の定位置でうとうとと眠っていることが多い。
3~4年前までは、誰かが近くにいるときはゼッタイ目を閉じなかったのに。
眠っていても必ず目を開け、ナニナニ!?って顔でこちらの一挙手一投足を食い入るように見てた。
それが今じゃ、脇をどすどす通っても眠ったまま。
もしかして息をしてないんじゃ、とお腹のあたりの動きを見たり、それももどかしくてツンツンとつついたりしてしまう。

どうして生きものはトシをとるのかなあ。
同じ生きものでも植物のように、花が咲き枯れても、次の年にまた芽吹く機能が動物にもあればいいのに。
動物より植物の方が高度じゃね?

気がつくと自分はすっかりオバサンで、それについちゃなんだかすっかり受け入れている今日この頃ですが、マロや家人の高齢化はイヤだ。
子どものように駄々をこねたいくらい。
それがかなわぬなら、とにかく「少しでも長く元気・・じゃなくてもいいからとにかく生きていてくれますように」と切に願う。

マロと遊びながらタマネギジャムを作った。
いただきもののタマネギがあったので。

紫タマネギとふつうのタマネギ、2個使ったが、紫はすっかり消え、茶色になりました。

写真を撮ろうと思いましたが、最近、携帯でキレイに撮れません。
なのでやめました。

下の画像が精いっぱい。
夫に甘える元気モードのマロ。
あ、これって4月だったのかー。
a0099446_1946692.jpg

[PR]

by kuni19530806 | 2011-06-13 19:46 | その他 | Trackback | Comments(6)

小島慶子キラ☆キラ   

『小島慶子キラ☆キラ』を読む。

ラジオの番組本です。
ラジオの本を自腹で購入したのは遙か昔、十代の頃に買ったあの谷村新司の『天才秀才バカ』以来かも。
自分だけで楽しむのがもったいなくて学校に持って行ったっけ・・・。

キラ☆キラは『天才・・』とは種類が違います。
ネタ本ではありません。
番組誕生の経緯や、類い希なる“ラジオパーソナリティ小島慶子”の番組への思い、各曜日のパートナーやプロデューサーへのインタビューがぎっしり!本当に比喩ではなく「ぎっしり」詰まっています。

目次は以下。
はじめに
◆小島慶子、『キラ☆キラ』を語る
◆『キラ☆キラ』読むトーク:小島慶子×各曜日パートナー
◆各曜日パートナーへのインタビュー:ビビる大木・神足裕司・宇多丸・ピエール瀧・水道橋博士
◆『キラ☆キラ』生放送五日間密着レポート!
◆「キラ☆キラ」スタッフに聞く!
 1 初代プロデューサー 村沢青子
 2 二代目プロデューサー 三条毅史
 3 初代チーフ・ディレクター/三代目プロデューサー 石垣富士男
 4 二代目チーフ・ディレクター 長谷川裕
◆TALK RADIO SESSION:小島慶子×ピストン西沢
◆『キラ☆キラ』オンエアリスト
◆「震災とラジオ」~あとがきにかえて 小島慶子


いや~、読み応えがあります。
そして、とっても面白かった。

あまりに読みどころが満載過ぎて、どこをどう書いたらいいかわかりませんが、これを読んで気づいたこと。
自分はずっと、小島慶子さんという人を「なんてアタマのいい人なんだ!」と思ってましたが、それにも増して「とんでもなく真面目な人」なんですね。
そして、番組・・というか人生の主旨が一貫してブレない。

私は「ブレない」ことが必ずしも素晴らしいとは思っていません。
この日記でもたまに書いちゃってますが、「ブレない」ことと「思考停止」は似て蝶だったりもするから。
自分の社会的思想的ポジション、またはキャラクターを設定して、その場所を死守するという基準で行動や言動を決めると、ある意味、すごくラクです。
はためには「なんてブレない人なんだ~」と映り、「信用できる」という評価を得ることも可能。
周囲も接しやすい。
リアクションや発言を予測できるから。
そのわかりやすさが、ますます評価を高めることにもなる。

でも、社会は変わるし気持ちも自分の立ち位置も日々刻々と揺れ動く。
もともとの性格や気質に不変なものはあるかもしれないけれど、「自分はこう」「かくあるべき」ってそんなに重要かな、という思いがあります。
一度決めたことを覆さないことももちろん大切ですけど、そこには根性とエネルギーだけじゃなく、場合によっては思考を止める作業も必要なのじゃないかと思うのです。
運転席から離れ、現実を見ず自動運転に任せるにも似た。
だとしたら、費やしてる根性やエネルギーはなんなの?みたいな。

なので、ブレないこと=素晴らしい、とは必ずしも思わない。

小島慶子さんがスゴイと思うのは、一瞬たりとも思考を止めずに、ブレないことに対するリスクも引き受け、それでもブレないから、です。
これはもう、ハンパな真面目さじゃないと思う。

かっこいい。
かといって友達になりたいとは思わないけれど。
信用できる。
とはいえ悩み相談をしたいとは思わないけれど。
キラ☆キラ、これからも聴きます。
んなこと言いつつポッドキャストばっかだけれど。

キラ☆キラを始めるにあたっての思いを小島さんはこんな風に語っています。
少し長いですが。
<政治とか社会問題などの大きな枠組みの中でどうあるべきかを考えたり、すごくドラマティックな誰かの人生にフォーカスを当てて“人間って素晴らしい”という話をする番組もあるけれども、そうじゃなくて、日々暮らしていく中でたぶんみんなどこかで“人生って素晴らしい”とか、“愛ってこうじゃないか”とか、“絶望ってこうじゃないか”って思いをしてるんだけど、たぶんそれは人から見ると他愛のないことだったり、物語にはならないことだったり、絵にならないようなことで、“何だそんなことぐらいで。安っぽい愛だな”とか、“そんな悲しみ、ちっぽけだ”と人から言われるかもしれないけれど、その人にとってはそれがその人の発見した愛であり、苦しみなのであるから、そこに価値付けをすることに全く意味はない。そういうものひとつひとつの中に、誰もが共感できるような普遍的な生きてることの素晴らしさやままならなさとかを、みんな発見しているんだと思う。だから私はそういう日常のエピソードというか、非常に個人的な他愛のない物語も大きい物語と同じように価値があると思っている>

この発言はキラ☆キラの揺るぎないメインテーマになっています。

そして本のラストの◆「震災とラジオ」~あとがきにかえて は、引用困難なほど、小島さんの思いがほとばしっています。
彼女やキラ☆キラが好きかどうか、極端な話、このあとがきの内容に賛同するか否かを取っ払っても一読の価値有りだと思います。
究極の「真面目道」「一本気道」だから。

a0099446_9441226.jpg

[PR]

by kuni19530806 | 2011-06-12 23:42 | 読書 | Trackback | Comments(0)