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稀有な1日   

職場のオープニング記念イベントの日でした。
有名なフードスタイリストさんをお招きしてのトークイベント。
こう書くと、ほぼ誰かわかっちゃいますけどね。

思えば、職場で最初に私が彼女の名前を出したのは、まだ足にギプスを装着していた頃だから・・・去年の8月ぐらいだったと思います。
開館準備でやさぐれていたので、逃避行動のように夢見がちに語って、ダメモトで依頼してみたのですが、まさか実現するとはねー。

言い出しっぺだったので、私が進行役をしたのですが(1人ではありませんが)、最初の私からの質問は「なぜ来てくれたんですか?」でした。
満員(70人)の会場にドッと笑いが起こりました。

自分で言うのはナンですが、今日は大成功でした。
勝因は
①講演会にしなかったこと
②台本を作ったこと
③テーマに沿った画像を30枚準備してもらい、プロジェクターでそれを見ながらユルく話してもらったこと
④もう1人の進行役の相槌やコメントが完璧だったこと

でもなんといっても
⑤お招きした方の人柄
ですね。

人に好感を持たれる天分があるとしたらこういう人を言うんだろうなあ、という方でした。
大雑把さや無防備さや人前がちょっと苦手な感じも含めて、本当に感じのいい人でした。
自分の仕事に関するこだわりやプライドを覗かせる際も、表情を引き締めるんでもなく、ほんわりにこやかで。
なにより、いわゆる業界臭が全くしない方でした。

前後の打ち合わせや雑談を含めると、けっこうたくさんお話しをさせてもらいましたが、威圧感がないので(大柄でしたけど)話していても全く緊張せず、つい、サインや記念撮影をしてもらうのを忘れました。
ま、もともと、そういうメモリアルにはあまり興味がないんですけど、私。
そのわりに、家に帰ってきてからさっきまで、自分の作った台本を見直して余韻に浸ったりしましたが。

あとは、奇跡のように時間がピッタリだったことにもビックリ。
台本は作ったものの、事前に時間は全く読めませんでした。
本人が質問にどの程度のコメントをしてくれるかわからなかったし、写真1枚1枚にどう話が繋がっていくのか、会場からの質問がどう来るか、全て見切り発車!?でした。
なのに、なぜか完璧な時間配分になって、質問タイムも含めて予定時間ピッタリに終了しました。
終わった後、同僚に「どうやってピッタリに終わらせたの?」と聞かれましたが、「すごいでしょ。偶然」とコメントしました。

人生を長くやっていると、たまにはこういうこともあるんですね。
こちらの細かいミスはいっぱいあったし(許可を取ったのに録音し忘れた)、前日はけっこうアワアワして、プレッシャーもないことはなかったのですが、思ったほど緊張もしなかったし、参加者のアンケートが絶賛の嵐で「よかった」「まあまあ」「あまりよくなかった」の○印を付ける設問には「よかった」の前に「とっても」「すごく」と書いたり花丸を付けてくれる人も多くてちょっとビックリしました。

それはひとえにお招きした方の人柄というか魅力による高評価でしたが、中には何人か進行役を誉めて下さった奇特な人もいて、「感じがよかった」とか「写真を使った構成がよかった」「準備がタイヘンだったと思いますが、呼んでくれてありがとうございました」と書いてくれたり、「ホワイトボードに描かれた手書きの歓迎メッセージや開演前のBGMまで工夫されていて素晴らしかった」とか、こちらが泣けてきそうなメッセージまであって、うれしかったです。

今回は人気が凄くて、もしなかなか定員にならなかったら友人知人を募ろうと思ってましたが、キャンセル待ちの枠も含めてすぐにいっぱいになってしまい、来てもらえなくてゴメンのオトモダチがいっぱいでした。

当日までのキャンセルも1名で、ドタキャンもなく、予約していた人はほぼ全員来ました。

終わって、上司や同僚達にいっぱい誉められて、誉められることに慣れていない身としてはすごく居心地が悪かったですが、こういう、稀有な日もありかと、ヘラヘラしてました。
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by kuni19530806 | 2011-03-06 23:45 | 仕事 | Trackback | Comments(2)

腰痛探検家   

高野秀行著『腰痛探検家』を読む。

壮絶な腰痛治療体験記です。
著者の仕事・・というか人生に対する信条(?)が「腰痛治療の探検」というスタンスでの表現方法を選び、悲惨なのにしばしば爆笑を誘うものすごく面白い本になっていますが、これは、涙なくしては笑えない、本当に地獄の体験だと思います。

いろんな腰痛治療法があるんですね。
首都圏というちょっと特異な立地条件とはいえ、カリスマや名医もその辺にうようよいる。
我が家の周辺にも整骨院や接骨院、鍼灸、治療院、がいくつもあります。
もちろん、そういう場所の顧客は腰痛患者ばかりではないだろうし、内情はわかりませんが、どこも既に何年も存続していることを考えると、需要はある、ということでしょう。

この本での、腰痛治療の洞窟、密林、絶壁、会社再建、古代文明、メビウス、最終決戦(全て著者のネーミング)はどれもド迫力です。

それにしても、高野さんは比喩が巧い。
本当に喩え上手。
特に、最初の目黒治療院(仮名)のくだりは秀逸。
効かないと思いながらついつい通い続ける自分を「ダメ女子」に喩えるのは、今年の比喩大賞候補です。

でも、こんなに診立て者によって腰痛の診断が違うとは心底驚いた。
もちろん、その治療法の違いにもビックリ。
セカンドオピニオンどころじゃない。
そりゃあ、患者も激しく混乱するよ。
それで治るなだまだしも、迷宮に入り込むばかりとあらば。

冷えとり本と同じく、民間療法、代替医療についてもとても考えさせられる本です。
でもそれ以前に・・・とにかく面白い!!

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by kuni19530806 | 2011-03-04 23:33 | 読書 | Trackback | Comments(0)

かもめ食堂   

映画「かもめ食堂」を見る。
2回目です。

この映画は2006年春に公開されたそうです。
そうか、もう5年も経つのか。
その後、「めがね」「プール」と続きましたが、やはり「かもめ」がイチバン映画になっていると思います。

今回はちょっと仕事目線で見始めたのですが、途中からそういう邪念はなくなりました。

この小林聡美さんはキレイです。
特に所作が美しい。
コーヒーの煎れ方とかお酒の注ぎ方とか。
「マザーウォーター」のバーテンダーの原点はやっぱりここですね。
包丁さばきもステキ。
あの速度での赤ピーマン切りは、いくら女優さんとはいえ一朝一夕にはムリでしょう。
「すいか」じゃビックリ水も知らなかったのに、すごい進歩だ(笑)。

シナモンロールやおにぎりは相変わらず(?)メチャクチャ美味しそうでしたが、今回は特にコーヒーにそそられました。
途中で一時停止ボタンを押して、コーヒーを煎れに行っちゃいました。

「すいか」に通じるセリフ。
ミドリ(片桐はいり)に「どうしてフィンランドで和食だったんですか」と言われたサチエ(小林聡美)の返答。
「ここならやっていけるかな、ここだったらあたしにもできるかなと思って」

「すいか」で初対面の絆(ともさかりえ」にお金を貸そうとする早川基子(小林聡美)。
「今まで、誰かにお金を貸したことがないんですよ」と言う理由でお金を差し出す基子に絆が怪訝そうに「なんで最初があたしなの?」と聞く。
それに対する基子の返答。
「あなたになら貸せるかなと思って」

日本かぶれのフィンランド青年トンミ・ヒルトネンにミドリが当てた漢字「豚身昼斗念」は何度みても笑えます。

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by kuni19530806 | 2011-03-03 23:46 | 映画 | Trackback | Comments(0)

万病を治す「冷えとり」生活療法   

進藤義晴著『万病を治す「冷えとり」生活療法』を読む。

サブタイトル?なのでしょうか。
表紙および裏表紙のあちこちに
「冷えは万病のもと」
「だれでもすぐできます」
「心を冷えをとり、体の冷えをとる」
「心身一如の真理に基づく究極の健康法」
「医者知らずのひえとり養生法7つの法則 1半身浴 2靴下の重ねばき 3腹七分目 4他人本位に考える生き方 5下に厚く上に薄く着る 6絹を着る 7腹式呼吸をする」
とまあ、いろいろ書いてあります。

表紙を開かずとも事足りるのでは?とつい思ってしまいます。
ちなみに目次は以下。
第1章 冷えとりはなぜ万病に効くのか
第2章 心の冷えをとり、体の冷えをとる
第3章 冷えとり療法七つの実践鉄則
第4章 体によい食べもの、よい食べ方
第5章 冷えをとれば病気は自然に治る
第6章 包括科学が説く人間と宇宙の法則
第7章 育児書にない冷えとり子育て法の極意

第1章は冷えとりの原理の説明です。
ところで
毒出し、という概念はいつ頃から一般化されたのでしょうか。
医療業界では昔からあったのかもしれませんが、デトックスやアンチエイジングやマクロビオティックなどなどの予防医学系は、一般的には、ここほんの数年の間に急激に浸透した概念のような気がします。
最初はかなりうさんくさかったですよねー。
今でもうさんくさいっちゃあくさいですが、浸透して市民権を得ると、まるで、歌手が紅白に出ると国民のお墨付きをもらった風になるように、これらの概念もいっぱし感が漂います。

健康法もそう。
気功だって整体だってヨガだってピラティスだって、最初は眉唾、まがいもん扱いされてなかったっけ?
認知され分母が大きくなるほどにそんな過去は闇に葬られ、あたかも最初から科学的根拠を背景に登場したような(科学的根拠の背景そのものに内在するうさんくささはさておき)お墨付きナショナルリーグづらをし出し、そうとなれば市場も安泰の様相で、それを逐一横目で見ていれば、世にゴマンとある健康法関係者も一山当てようと躍起になるというものでしょう。
あー、視点の意地が悪いですね、私。

健康法を否定しようとは思ってませんし、してません。
その証拠がこの本の入手ですし、ホメオパシーやバイオラバーが世の批判を受けようと、それで救われた、本当に治ったと思う人がいてシアワセそうなら、どちらかというと「騙されている」と大騒ぎするのはよけいなお世話だと思う方です。

だいたい、科学的根拠のうさんくささ以前に、私は科学的根拠そのものをあまり信用していないかもしれません。
科学的な裏付けや臨床試験のデータで全ての体調が管理でき、西洋医学に基づいた予見がどれもドンピシャ当たるなら、みんなこんなにナンチャッテ健康法にうつつを抜かさないのではないか、と。
ま、私の場合、今アレルギー科からもらっている薬が全く効いてねえじゃん!という不満がバックボーンにあってこういうことを言ってるわけですが。

それに、そもそもフラシーボ効果にしても、それ自体が全面的に否定される対象になるとしたら、健康法に限らず世の中のいろんなものが否定されることにならないかと思ったり。
化粧やおしゃれだって、ある意味、フラシーボじゃん、みたいな。


体調不良を気にせず暮らせる人生ほどシアワセなものはないとわかる年頃になり、それが身近な健康法で手に入れられるとしたら・・・そりゃあ、飛びつきますよ。

でも、だからこそ、こちら側にもいろんな判断力が必要とされますよね。
嗅覚というか。

この『万病を治す~』も、5章からものすごくうさんくさくなります。
ここまで断言していいの?の連発。
無神経な物言いもてんこ盛りで、著者の年齢(刊行時80才ぐらい)を考慮しても、時代錯誤というか、自分の立ち上げたモノ以外を一刀両断で、短絡的過ぎると思います。

そんなこんなで、試してみたい健康法にも若干の躊躇を覚える。
しかも著者は「自分で勝手にショートカットせず、きちんと全部守れ」的なことをおっしゃる。
健康法、民間療法、代替医療の問題点というか限界はここですよねー。
信じるか信じないか、やるかやらないか、0か100かの選択を迫られる分岐点があるんです。
腰が退けていると「だから効かない」と言われる。
けれど、100は新興宗教臭がするし・・・そうなると、気にはなるけれど結局0の完全撤退になってしまいがち。

本当は、1~99を自分で探って判断したいわけですが、そのための参考資料はほとんどない。
だから嗅覚で勝負するしかなくなる。

この本を読んで、そんなつれづれを思いました。

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by kuni19530806 | 2011-03-02 23:09 | 読書 | Trackback | Comments(0)