<   2010年 02月 ( 21 )   > この月の画像一覧   

グラーグ57   

トム・ロブ・スミスの『グラーグ57』(上下)を読む。
a0099446_102108.jpg

あの『チャイルド44』(上下)の続編です。
ひりひりするような緊張感が凄かった前作に比べ、今作はハリウッドの冒険活劇~共産主義バージョン~みたい。
次から次とたたみかけるようなアクション。
特に、タイトルになったグラーグ第57強制収容所と、そこに到達するまでの船の描写は読ませる。
あと、終盤出てくるハンガリーも。

人もいっぱい死にます。
主な登場人物で、「ああ、この人まで」という人も複数、命を落とします。
そこに、家族問題もからみ、誰しも感じることでしょうが、これを20代が書いたとは到底思えません。

今回は、悪役も魅力的です。
凄い女だ。
その分、レオの存在感が希薄に思えるくらい。
レオは常に、苦悶してるか、肉体を痛めつけられているか、後悔の海に沈んでいるか、って感じだし。
レオ妻も、今回は脇役にまわっていて、前作ほどのインパクトはありません。
これって、あの大沢在昌の『毒猿ー新宿鮫ー』みたい。
敵役の存在感が凄すぎるパターンの典型ですね。

いずれにしても、まだシリーズは続くようです。
スペンサーシリーズのロバート・B・パーカーも、競馬シリーズのディック・フランシスも、フロスト警部の作者も亡くなり、大好きなマッド・スカダーのシリーズはなしのつぶてだし(頼むよ、ローレンス・ブロック!)、海外ミステリのシリーズで現在継続して読んでいるのはリンカーン・ライムものぐらいなので、これには頑張って欲しいです。
ちょっとハード過ぎるところもありますけどね。
[PR]

by kuni19530806 | 2010-02-28 23:58 | 読書 | Trackback | Comments(2)

バスに揺られて昼寝した   

今日は休みでしたが、オリンピックのフィギアフリーは見ず、お友達の職場に行ってランチをし、帰りに錦糸町に寄り道して、ちふれのハイブランド綾花のクリーム(といっても生活価格)と、この前買って気に入った1400円のジーンズの色違いを買うつもりが、今回はうっかり2980円の高級品の方に手を出し(お尻から太股の適度なゆとりが気に入ってしまったのだ)、買い物的にはまあ満足したものの、食料品以外の買い物は苦手で疲れるので、帰りのバスは熟睡してしまいました。
昼下がりのバスって眠るために乗るみたいなところがありますね。
まったりして気持ち良かった。

突然ですが、私は幼少の頃から文章を書くことを億劫に思ったことがないので、文章を書くのを負担に思う人が文章を書くことを依頼されたときの気持ちがよくわからないみたいです。
このたび職場でいろんな人にアンケートを頼んだのですが、それに対するリアクションをどう咀嚼したらいいのかわからなくて、しばしば閉口しました。

そもそも自分は、「文章を書くことを負担に思う」ことに対する理解度が低いのかも。
私から見て、面白い、味のある文章を書く人は負担に思わないだろ、とか勝手に判断してしまうんですね。
でもそうとも限らないみたいで、でもそれが謙遜なのか、本気で負担なのか、わからなかったりして戸惑います。
めんどくさくなると強気な態度にシフトチェンジしてしまうのもマズいのかなあ。

逆に、自分はなんで文章を書くことが好きなんだろ、とあらためて考えたりしてます。
ずっと「口では思ったことが言えないくせに言いたがりだから」だと解釈してきたんですが、違うかも。
言いたいことなんて特にない。
よく「頭に浮かんだことを書いてるだけ」と言う人がいますが、自分の場合、特に頭にも浮かばないんだよね。
本の感想も、読んでる最中はもちろん、読み終わっても「感想はこう書こう」などと思ったことはありません。
そりゃあ、潜在的というか断片的な感想は脳内にはありますが、まず感想ありきで読むわけではないし、それは全くまとまってなくて、書いてるうちに勝手に感想になっていく感じ。
「あら、私ってこんな風に思ったのね。そういえばそうだ。なるほどねー」なんて思うこともしょっちゅう。
ありもしない、思ってもいないことを書いてる、というわけではないのですが、かといって、これを言いたい!とかいう強い気持ちっていうわけでもない。
書き出してから勝手に出てくることが多いんですよね。

それはフィクションでもそうで、今回図書館だよりに書いた「ゴールデンスランパー」を読んだ職場のマダムに「どうやって考えるの?」と聞かれたのですが、考えてる自覚はほとんどありません。
最低限のつじつまや、いちばんしっくりする表現は気にしますが、ストーリーはやっつけ。
なので、荒いです、どうしても。
以前、ある方に「マツモトさんのは、言いたいことがあるって文だよね」とコメントされましたが、文章で「まるで言いたいことがあるように書く」のは単なる芸風っていうか、場の賑やかしっていうか、間違った方向でのサービス精神って感じ。
なにより、勢い重視ですかね。
「正しい文章の書き方」とかからは真逆だと思われます。

なにより、文章を書くのは「好き」ですが、「得意」だと思ったことはありません。
回りくどいし、饒舌だし、同じ表現が多いし、言葉を知らないし。
でも、「この人、文章を書くのが得意って感じ」という文章に魅力を感じないってもある。
事実を伝えるのは巧いけれど、そこに書き手はいない、みたいなやつ。
情報伝達手段としての文章は、読むのも書くのも苦手かも。
どっかヘンな文章・・というか、クセダマ的なのが好きなのかも。
だから、すっごく素直でまっとうな文章を読むと、我が身が恥ずかしくなります。
汚れててゴメンみたいな!?

で、この話がこれからどう展開するかというと、どうも展開しません。
眠くなった。
オンバトのビデオを予約して寝ようっと。
[PR]

by kuni19530806 | 2010-02-26 23:57 | お出かけ | Trackback | Comments(2)

レッスン・ノート2010の6 念願の海鮮石焼きビビンバ   

今日もがっつりバイオリンを弾きました。
がっつりとはいえ、月に3~4回、ケースを開くのはその音楽室のみで自宅ではやらず、ではなかなか上達はしません。
が、今日はカノンの最後の部分がちょっとだけ伴奏の速度に合った。
後半は音も出てきた。
それだけで、っていうか、そういうことこそ、モチベーションになりますね。
できるだけ続けよう、バイオリン。

練習後、近所の韓国料理のお店で海鮮石焼きビビンバを食べる。
石焼きビビンバ(肉入り)はよくランチメニューに載っているのだけど、海鮮が付く方(肉なし)はなかなか当たらなかった。
ので、嬉々として入店。
ちょっと味付けが変わったかなー。

のほほんはけっこう繁盛してるなあ。
やる気、が透けて見えますし。

花粉、まだ鼻は大丈夫なんですが、目周りはすでに爛れています。
ひりひりする。
[PR]

by kuni19530806 | 2010-02-25 23:55 | 音楽 | Trackback | Comments(0)

要するに私恨   

2010年の本屋大賞のノミネートは以下だそうです。

『1Q84』村上春樹 (新潮社)
『神様のカルテ』夏川草介 (小学館)
『神去なあなあ日常』三浦しをん (徳間書店)
『植物図鑑』有川浩 (角川書店)
『新参者』東野圭吾 (講談社)
『天地明察』冲方丁 (角川書店)
『猫を抱いて象と泳ぐ』小川洋子 (文藝春秋)
『船に乗れ!』藤谷治 (ジャイブ)
『ヘヴン』川上未映子 (講談社)
『横道世之介』吉田修一 (毎日新聞社)

う~ん、わからないなあ、本屋大賞。
「売り場からベストセラーを作ろう」「埋もれた逸品の発掘」が主旨じゃなかったんだろうか。
私の勘違い?
いつのまにか変わった?

最初の主旨が健在なら貴重だと思うし(今までの受賞作が必ずしもこの主旨に合致しているとは思いませんけど。リリー・フランキーとか)この主旨があったからこそ、本屋大賞は書き手と読み手を直接橋渡しする賞として、双方から今までわりと好意的に受け取られてきたのではないだろうか。
出版業界の活性化、書店発信のお祭り、という「名目」は、消費者としての読者には今ひとつ理解しづらいと思うので。
なのにね~。
1Q84という怪物を候補作の土俵に上げちゃったことで、その意味や意義をあらたに問われたりしませんかね。

でも、村上春樹や東野圭吾を選ぶ書店員が悪いわけじゃないと思います。
たぶん、主旨と、投票の際の設問がズレてるんでしょうね。
「面白さのわりに評判になっていなくて残念に思ってる小説は?」とか「応援したいのは?」とでも聞けば、誰も「それは『1Q84』です」とは答えないはず。

もし質問側に「あんまり地味な小説ばっかり出されてもなあ」という魂胆があって、設問を微妙にして解釈に幅を持たせているとしたら、それはちょっと問題だと思いますけどね。
その時点で、最初の主旨が消えることになる。
っていうか、1Q84がノミネートされちゃった以上、もう後戻りはできませんね。
本選(?)でも投票したいけど主旨に合わないという理由で選ばないのはおかしいので(だったらノミネートするなよ、だから)。

そんなこんなで、本屋大賞の方向性が私にはよくわかりません。


とかなんとか書いてますけど、要するに、私は今年度のノミネートの中に山本幸久さんの『床屋さんへちょっと』が入っていないのが不満なわけです。
私恨?
これ、私だけじゃなく、私の周囲でもメチャクチャ評判がいいもんで。
私の日記を読んでくれた人を含め、今まで計4人の知人友人から感想をもらいましたが、個々に違う、でもどれもアツイ読後感です。
ま、そのうちのひとりは夫なんですが。

夫はもちろん(!)この日記を読んでないので、なんの予備知識もなく「ま、騙されたと思ってどうぞ」と私に薦められたわけですが、寝る間を惜しんで読んで、「も一回読まないと」と現在、再読中のようです。

『床屋さんへちょっと』がノミネートされていたら、本屋大賞も見る目あるじゃん!よし!と思ったかもねー。
いや、思ったねー。
これを入れないなんて、たいした賞じゃない、ぐらいに思ってるわけですね。
やっぱ、私恨だ。
[PR]

by kuni19530806 | 2010-02-24 23:10 | 読書 | Trackback | Comments(0)

絆のはなし   

伊坂幸太郎×斉藤和義の『絆のはなし』を読む。

a0099446_2224912.gif


文芸雑誌の特集を膨らませたような本ですね。
昔の「月刊カドカワ」みたい。
今の「ダ・ヴィンチ」の特集よりは時間と手間をかけてる感じ。
写真がふんだんに載っていて、長い対談がしかも半年の間隔で2回分収録されていて、そこには詳細な注釈もついていて、ふたりの年譜、好きな映画や音楽や漫画や本、100問アンケートまであります。
ファンには垂涎の1冊ですね。

伊坂幸太郎は大ファンの斉藤和義を前にして舞い上がり、斉藤和義は終始、飄々としています。
その温度差がちょっと微笑ましい。

これは2007年の秋に出版されていますが、対談のときは伊坂幸太郎は『ゴールデン・スランバー』を書き終えた直後で、斉藤和義は『I LOVE ME』発売前の編集段階で、まだタイトルが決まっていないところだった、というのが個人的に興味深いです。
特に伊坂幸太郎は、本を出すたびに「大評判になる!どうしよう」と思うのにならない、と発言しているので、ホントに大評判になっちゃった現在はどうなんでしょ、と思います。

この本では、伊坂幸太郎の短編をモチーフにして斉藤和義が作った、ふたりのコラボといえる「ベリーベリーストロング~アイネクライネ~」という曲についてけっこう触れられていますが、その曲の入った「紅盤」というアルバム、昨日から聴いています。

「ベリーベリーストロング ~アイネクライネ~」
このPV↑も曲そのものも好き!
かっこいい!
[PR]

by kuni19530806 | 2010-02-22 22:26 | 読書 | Trackback | Comments(0)

西野公論と○○○PRESS   

無事、朝を迎えました。
ちょっと腹部にもやもや感はあるものの、夜中に嘔吐もせず。
迎え酒ならぬ、新鮮な豆で迎えコーヒーまで飲んじゃいました。

私は、お笑いに対してはけっこう好き嫌いがはっきりしています。
キングコングは全く好きじゃありません。
漫才も、バラエティに出ているのを見ても、面白いと思ったことがほとんどありません。
でも、キングコング西野の最近のブログは好きです。
首を捻る方面での引っかかるような部分も含めて、そのザラザラして収まりの悪い存在感に好感が持てます。

これはフシギだ。
本芸が面白い人と思う人は文章も好みで、逆も然り、とたいていは連動してるものなのに。
最近、キングコングの芸を見ていないけれど、久々に見たら印象が違うんだろうか。

この自分の気持ちの変化のきっかけは、やっぱり絵本『Dr.インクの星空キネマ』かもしれません。
a0099446_1161122.jpg

なんていうか、すんごい労作でした。
とんでもないレベル。
正直、絵柄は好きではないのですが、ページをめくるたびに圧倒されました。

労作=秀作、などとはもちろん思いません。
でも、きちんと志しを反映した凝り方に見えたし、内容もまさに宇宙の彼方に突き抜けていく無限な感じと、同時に人の世の無常や無情さも、どちらも印象的でした。

きちんと闘っている人が好きなんだよねえ。
なにも、キングコング西野のように、波紋を呼ぶ見解も迂回せず直球で表現する、というやりかたじゃなくてもいいのですが、やっぱ、行き着く言葉は「ハイリスクハイリターン」になっちゃう。
リスクを背負わない表現なんて、自慰行為ですからね。
同時に、自己満足と言われることを怖れても何もできないと思う。
「あいつのやってることなんて結局、自己満足じゃん」と揶揄されるリスクを背負う、ことが第一関門っていうか。

物わかりが良すぎることも、自分はなんの努力もせずに批判だけはする輩も、何に対しても「どうでもいいじゃん」とコメントすることも、同じ穴のムジナだと思います。
私もその穴にいるんですけどね。

ただ、今職場で作っている図書館だよりは「自己満足じゃん」と揶揄されるリスクだけは背負っているつもり。
揶揄される、じゃなく、実際「自己満足」の確信犯ですから。

制作主旨は「何年か経った後、同僚達が読んで『そうそう、ここで働いてたっけ。いろいろあったなあ。毎日が文化祭の準備みたいだった。でも悪くない思い出だ』と過去を美化するぐらいに思い起こす」ための姑息なツール作り、です。
そこに行き着くことがモチベーション。
利用者という読み手のことはほとんど念頭にありません。
ひでえ。

「いろいろあった」の中には不愉快なことも、思い出したくないこともあります。
それを含めて現実ってやつですからね。
そして、不愉快だったことが必ずしも悪い思い出とは限らないってのもある。
詭弁みたいですが、何もないよりはマシかも。
もちろん、リアルタイムではそんな風には思えなくても、半世紀も生きていると、振り返るべきエピソードがあることが、現在と将来の自分の支柱だったりする、ことが理解できる。

ちょっと浪花節臭がする見解かもしれませんが、そうやって故意にでも自分に句読点をつけないと、するすると時間がほどけて自分の手の内からどんどん消えていく気が・・しませんか?
それはそれでいいのかもしれないけれど、時々不安だったりするし、どこか淋しい。

そんなわけで、私は今、最後の図書館だよりを「思い出作り」のために作っています。
思い出のためではなく、思い出作りのため、というのがミソ。

今回は、載せるつもりの写真とコメントを、わざと事前に職場の目立つ場所に開示しています。
「なにか意見があったら聞かせて下さい」とメモをつけて。

実はそのメモの文に意味などありません。
実際、いちいち意見などを聞いてると進まないってのもあるし、今までは、内輪の人間に対しても、なんの予備知識もなくドカンと完成版を提示した方がインパクトがあるじゃん、というスケベ心もあって、一部の人を除いて、事前に紙面開示はほとんどしませんでした。
でも今回はあえてやってみました。

私がいくら口で「若いときには気づかないかもしれないけれど老婆心で言わせてもらうと、かけがえのある日々なんて1日もないんだよ」と力説したところで、伝わらないでしょう。
うるせえな、このオバサン、と思われるのがオチ。
なので、わかりやすく写真を掲示して、私達はもうこの職場では思い出に片足を突っ込んでる、を視覚に訴えることにしました。
どこまで伝わるかはわからないですけどね。
そもそも、伝わらなくてもいいんだけど、おせっかいという自己満足でやりたくなったわけです。

こんな風に、制作過程の気持ちまで開示するのも、最後だから。
盛り上がってるんでも、感傷的でも、あるようなないような。
落ち着かない、がイチバンしっくりするかも、今の気持ち。
[PR]

by kuni19530806 | 2010-02-22 11:11 | その他 | Trackback | Comments(0)

戦々恐々な腹具合   

今日は午後からちょっとお腹の調子が悪くて、でも下痢とかではなく、腹が張って苦しいというか、下品ですが「常におならが出そうな感じ」。
「」付きで書くな。
あと、ちょっとムカムカして気持ち悪いかも。
夕食は控えめにしました(食ったのかよ)。

最近、めっきりお腹が丈夫になった気でいて、その証拠に太る一方だよ、と思ってましたが、こりゃあ、久々に牛乳を飲んだせいかな、と思ってました。
最近、豆乳一辺倒で、牛乳は全く飲んでいませんでした。
でも今日の昼、いつものようにクノールカップスープを豆乳で飲もうとしたら在庫切れ。
で、牛乳にしたわけです。
そうか~、私はもう牛乳を受け付けない体質になったのねえ~と感慨深く思っていた・・ら、5分前に、想定外の真相(?)らしきものが判明。

午前中に碾いて飲んだコーヒー豆、15年ぐらい前のだったそうです。
1・・15年!?
夫の母が、昔っから入れっぱなしなのでさすがに捨てようとして出した豆を、嫁は知らずに碾いて飲んだ。
それも、未開封じゃなく、開けて、プラスチックの容器に密封もせず入れて、サイドボードの引き出しに長年無造作にしまってあったもの、らしい。
あららら。
それだよ、この胃腸の不快感の理由。
どうも不味いコーヒーだとは思ったんだよね。
でも「美味しくないなあ」と思いながら、マグカップ1杯残さず飲みました。
でも、豆の形状のままだと15年経っても表面上は経年っぷりが全くわからないんですねえ。
と、感心してる場合じゃないな。
夜中に吐いたりするんだろうか。
それにしても、がさつな嫁姑ですね。
[PR]

by kuni19530806 | 2010-02-21 20:13 | その他 | Trackback | Comments(0)

穂村弘講演会   

歌人のあの(!)穂村弘さんの講演会を聴きに行く。
正確には「聴きに行った」のではなく、「手伝いに行って、端っこで聴いた」という感じですね。

勤務先の本部(?)主催の講演会だったのですが、電話予約はものすごい人気で、受付開始時間から電話が鳴りやまず、全ての回線が塞がって、1時間と経たないうちに満員御礼になったそうです。
私はそういう催しがあることさえ知らず、翌々日ぐらいにお友達に教えていただいたわけですが、当然、完売(無料ですけど)。
で、なにげに、というか、かなり作為的に、職場の上司に「ああ、ほむほむの講演会に行きたかったなあ」とため息をついてみせたところ、上司が主催責任者に連絡をとってくれて、「応援部隊という名目でなら聴いてよし!なので、開演1時間前に来て準備を手伝う、という条件」という形で許諾を得たのです。
やったあ。

こんなこと、日記に書いていいのか、私。

でもねえ、これは確かに職権濫用でしょうけど、私は自分で言うのもナンだけど、ホントにマジメに働いてきたと思うんですよね。
頭が良くない・・というより、今の仕事に必要な正確さや緻密さ、記憶力や猜疑力や魅力がほとんどないことを自覚してる+更年期でますますいろんな劣化が著しいので、重要案件の決定には極力参加せず、誰がやったかわからない仕事の間違いが発覚したらとりあえずなんであれ「それ私かも。ゴメン」と謝り、頭脳労働は露骨に回避し、そのかわり単純作業は厭わず、遅刻やズルやスタンドプレーは過剰に嫌い、大人の注意のしかたがわからないので20ぐらい年下の女子と同じ土俵で「自分から挨拶をしないって主義?」とか「いつまでもそういうくだらないことを考えて人生をムダにしろ!」とか、「毎日早く寝ろ」とか「今度、言ったらはり倒す」とか、レベルの低すぎる文句を言い、この4年半、地味にこつこつ、誉められもせずに働いてきたわけですよ。
そりゃあ、波風も立ちました。
表立っての波風じゃなくても、陰で私を嫌っている同僚はけっこういたし、今もいると思います。
っていうか、自分が嫌いな物件には自分も嫌われて当然ですから、そりゃあ、いるわ。

なので・・何を書いていたか途中で見失いましたが、そうそう、一回ぐらい、オイシイ目にあってもいいじゃん、と開き直った、という話です。

開演1時間前に来い、とのことだったので、きっかりその時間に行ったら(実はチャリで裏道を通ったら迷ったのであせって到着)、主催責任者があからさまに時計を見て「時間に正確。ちょうどです」と言いました。
なんか、怖え~よ。
で、そのまま進行責任者のところに連れて行かれ、「はい、受付ね」と名簿を渡されました。
受付?
そりゃあ、手伝えとは言われてたけど、まさか本部の人間を差し置いて受付とはね。
てっきり、イス並べ関係の手伝いかと思ってエプロン持参で行ったのに。

穂村さんは到着予定時間より早めにいらっしゃいました。
めちゃくちゃ痩せていて若くて、妙に足が長くて、およそ自分と同世代には見えず。
どう見ても30代なかばって感じ。
もっと社交性に乏しい方かと思ったら、ふつう。
会場を見て、後ろに並べた自分の著作達をチェックし、「あの・・お水を」とおっしゃるので、講演でよく壇上に置いてある蓋付きの青いガラスの水飲み(←正式名称を知りません)をご所望かと思ったら、「今、薬を飲みたいんで」とのこと。
もちろん、下を向いて笑ったのは私だけです。
バレないように笑いましたとも。

で、人も集ってきて開場。
やはり圧倒的に女性が多かったです。
もっと若い女性中心かと思いましたが、電話受付開始日の関係か、そこはやはり短歌のせいか、年配の女性が主流。
男性は2割ぐらいでした。

地の利の便が今ひとつの公共施設の多いわが居住区にはありがちですが、今回もけっこう遅刻して来る人が多く、受付係は講演会開始15分後ぐらいまでは外で待機。
穂村さんは意外と声の通る人だったので(マイクの音量のせいかも)、外からでも話は聴けました。
その後、中へ。

イチバン後ろの、いかにも「係が座ってます」的席に座ったのですが、そこだと声しか聞こえません。
やはり、せっかく本人がいるのですから、どんな顔で話をしているのか見たい。
なので、イスを勝手に徐々にスライドさせて、顔が見える位置に移動しちゃいました。
最後列のそのまた後ろの壁を背負った席だったので、それでもあまりちゃんとは見えませんでしたが、輪郭としぐさは確認できました。

肝心の内容ですが、感動しました。
情動にヒットした、内容が素晴らしかった、という意味ではなく(あ、内容ももちろん、すごく面白かったんですが)、選ぶ言葉がいちいち的確でわかりやすいことに。
ひとつひとつの言葉の持つ力加減を瞬時に判断するセンスっていうんですか、それに感動しました。

これを説明するためにはこの言葉をチョイスして、この<てにをは>を使って、このぐらいの人に伝える、みたいな言語神経というか俯瞰力が秀でている人ですね。
もっと、なんていうか内省的なイメージのまま、「わかる人にだけわかればいい」という感じで言葉を発する人かと思っていたので、言葉での守備範囲の広さにビックリ。
2時間があっという間でした。

終了後はサイン会に早変わり。
係の他の女性達もサイン会に行ってしまいました。
ひとりひとりに丁寧に応対してくれたそうで、名前を聞き、それに見合った短歌を書いてくれたそうです。
みんな、感動してました。
私?
イス片付けでそんなヒマはありませんでした。
そもそも、あんまりそういうことに興味がないんだよね。
そんな風にもらったサインをずっと大事にしてる自分も想像できないし、誰かに見せて自慢するのも淋しいし。
だとしたら、いただかない方が失礼じゃないし自然、と思ってしまう。
もう、実際に面白い話が聴けただけで充分でした。
[PR]

by kuni19530806 | 2010-02-20 23:20 | お出かけ | Trackback | Comments(0)

逆効果二題、他   

Slatという、いかにもダイエット方面のネーミングの飲料のCMの大塚愛、アレでいいんだろうか。
太ったでしょ。
それとも、むくんでるの?
すっぴんだから?
なんにしても、かなりパンパンで目も小さくて色黒で、健康的かもしれないがブサイクに見える。
逆効果じゃないのか。

それと、前にも書いたかもしれないけれど、パルスイートの工藤静香は怖い。
悪いけど、正視できないレベルの怖さ。
痩せ過ぎているのか老けたのかわからないが、目周りの八の字化が進み・・要するに劣化が激しい。
あれで微笑んで「飲め」みたいに言われても、後ずさりしそう。
大塚愛とは逆の意味で「パルスイートってヤバいんじゃ?」と逆効果だと思う。

NHKのオリンピック特番のメインキャスターがベッキーなことにビックリした。
最短距離でTVタレントの出世街道(アガリがどこなのかはわからないけれど)を行ってる感じ。
あの根拠のない落ち着きというか、迷いや照れのかけらもない王道コメントこそが、出世街道を高速で突っ走る必須条件なのかも。
なんか、宗教とかやってそうだけど。
すぐ感動しそうだし。

ベッキーと柳原可奈子は今イチバン安心して見ていられるタレントですね。
そういえば、ベッキーと一緒にバンクーバーベストセレクションをやっている鈴木菜穂子アナウンサーも、今、NHKが一推しで売り出し中ですね。
無難な可愛さとそつのなさ。
私は「首都圏ネットワーク」という関東ローカルの番組で毎夕お目にかかってますが、それ以外にもちょこちょこミニ番組にも出まくっている・・と思っていたら、ここに来てオリンピック特番に大抜擢。
関東ローカルのステップ台の時期は終わった、と判断されたようなので、この春の人事異動(?)で、全国区の帯番組(「おはようニッポン」か、いっそ小野文恵を押し出して「ためしてガッテン」あたり?)に進出するんじゃないかと予想しています。

あと、この前、ヘキサゴンをちらっと見たら、山田優の弟のシンタロウの髪型がヅラにしか見えなかった。
それかブラックジャックのヘアスタイル。
対抗できるのは、佐藤浩市ぐらいだと思う。
とにかく、厚苦しい髪型だ。
暑苦しい、のではなく。

話は飛ぶけど、職場の広報紙用に書いた「ゴールデンスランパー」、所属長の掲載許可が下りました。
基本的になんでも「いいよ!」と言う上司なのですが、ちゃんと昨日お持ち帰りで読んでくれたようなので、これで発行後、苦情が来ても、責任は所属長です!?
本家の「ゴールデンスランバー」が大好きだという職場のマダムYさんにも好評だったので、これで晴れて堂々と載せます。
実は先週までは迷いがあったのですが、いつもお願いしている同僚Uさんにイラストも頼んだし、自分で退路を断った感じです。
確定申告の方も仕上げないとね。
[PR]

by kuni19530806 | 2010-02-19 23:36 | テレビ | Trackback | Comments(0)

バレンタインデーだから恋の唄考察・・ってわけでもない   

斉藤和義ってよく知らなかったんですよね。
今もまだほとんど知らないんですが、伊坂幸太郎がファンであることをそこここで公言していて、伊坂映画にはほぼもれなく斉藤和義の曲がついてくるので、まんまと洗脳されたのか、ちょっと聴いてみたくなりました。
で、2007年に出た「I ♥ ME」を入手。
a0099446_10572191.jpg

フォークシンガーですね、この人。

メロディラインはシンプルだし、歌詞にも小難しい言葉は一切出てきません。
それはもう、臆面がなさ過ぎるほど、まんまな感じ。
アルバム1枚だけでわかったようなことを書くのはどうかと思いますが、これこそが斉藤和義なんだろうと思わせる、直球ど真ん中素材感勝負のアルバムです。
これが、1970年代だったり、リアルタイムでも若いヤツのものだったり、はたまたたとえオッサンでもファーストアルバムなら、さほど引っかからず「ふ~ん」だったのかもしれませんが、アルバム発売時、すでに芸歴十数年のキャリアを誇るアラフォー男子(!)の作品集とあらば、二度見・・ならぬ、二度聴き三度聴きしたくなる引っかかり具合、でした。

とはいえ、キマジメな感じでも全くありません。
随所に遊び心というか、マジメさに照れてる、みたいな感じが垣間見えます。

気に入ったのは、疾走感がナイスな1曲目の「I Love Me」と9曲目のバラード「トレモロ」。
特にトレモロは、男女の別れの曲としては秀逸だと思います。
これも詞はすごく平凡です。
でも

例えば暗がりでも 
君のことは見えていた 
自信は無いけれど 
本当のことなんだぜ


を3回繰り返し(微妙に言葉は変わっていますが)、それで最後まで行くと思いきや、4回目は同じメロディで

これから会えなくても
君だけは感じてる
自信があるんだよ
もうクセだから


でエンディング。
この「もうクセだから」が効いてますグッときます。

これが、同じアラフォーで頭モジャモジャ男子が未練たっぷりに終わった恋を振り返る曲でも、福山雅治の「はつ恋」になると

ずっと探してたこれが愛ならば
愛の謎はもう解き明かしている
叶わぬけれどかけがえのない想いを
ひとり抱きしめて生きるよ


になるわけですね。
ああ、恥ずかしい。
ひとりうっとり臭で窒息しそうだ。

私ならゼッタイ!福山雅治より斉藤和義に想われていたいですね・・はい、勝手に言ってろですね。

かと思えば、斉藤和義さんは、現在進行形の浮かれた恋の歌も「ああ、半年」というタイトルになります。
うまくいっているならいっているで、恋愛は不安だったりしますが、そのあたりの心理が絶妙なタイトルと歌詞です。

ぼくらに落ちた隕石はラメ入り
とか
生まれる前から 知ってる気がするけど

と言ったかと思えば、突如

高井戸の煙突がモクモクと煙を吐き出して
虎ノ門上空でまた雨を降らす気だよ


などと歌ったりする。
これがなにかの暗喩なのかはわかりませんが、こういうのを入れる感覚、けっこう好きですね。

自分は、出逢いにしろ別れにしろ、色恋沙汰の歌には戸惑いや不安、自分だけが感じるであろう唯一無二のエッセンス、そしてなにより羞恥心を感じさせて欲しいみたいです。
だって、恋愛って個人的で恥ずかしいもんじゃないですか。
そうそう、月並みな言葉の羅列で自分の世界にどっぷり浸られてもねえ。

だから、福山雅治や平井堅のバラードはダメなんだな、私。
[PR]

by kuni19530806 | 2010-02-14 22:55 | 音楽 | Trackback | Comments(0)