ANA国内線【PR】

カテゴリ:その他

  • 思いつくまま
    [ 2012-05-06 23:59 ]
  • 下地
    [ 2012-05-01 22:23 ]
  • 介護保険ってやつは
    [ 2012-04-27 22:35 ]
  • 買い物
    [ 2012-04-16 23:33 ]
  • 年度末
    [ 2012-03-31 23:51 ]
  • 無題
    [ 2012-03-14 13:59 ]
  • くたびれたしじれったいのでちょっと極論
    [ 2012-03-09 23:15 ]
  • 3月の所信表明
    [ 2012-03-01 23:42 ]
  • だめんず
    [ 2012-02-05 23:14 ]
  • 1ヶ月
    [ 2012-01-31 23:47 ]

思いつくまま

G.Wも終わりです。
今の仕事は世の中の休みのサイクルとは無縁なので、連休は関係ないのですが、それでも巷の浮かれ気分の完璧に蚊帳の外にいるわけでもなく、横目で見つつ、というのが正直なところです。

この時期、花粉の飛散もようやっと終焉になり、それはもちろんものすごくうれしいのですけれど、毎年毎年「花粉疲れ」としか言いようのない体調になり、今年も例外ではなく、数日前から、たまに軽い寒気と軽いめまいと軽い腹痛と軽い胃もたれと軽い倦怠感(!)があります。
毎年、こんな感じ。
ドッと本格的な風邪の症状になって臥せってしまう年もありますが、しばらくどよどよした体調になることもあり、今年はどうやら後者みたいです。
まあね~、二か月以上も花粉症の症状が続き、薬もけっこう飲んでしまってるわけなので、身体にいろいろダメージはあるわな~。
花粉症なのに、飛散が終わるとスクッと何事もなかったかのように健康体に戻る人もそりゃあいるだろうし、私も5~6年前まではそうだったんだけど、これが「トシくった」ってことなのだろうな。

でも日常生活に支障があるほどではなく、昨日はお友達と東西線西葛西⇒砂町銀座商店街⇒都営新宿線西大島まで問題なくとても気持ちよく歩いたし(砂町銀座で塩と塩ポン酢と豆腐とがんもどきとピーナッツ味噌などなど、うっかり重量級の食品を買ったせいで、後半は疲れた)、食欲も全くふだんどおりだし、コーヒーも美味しく飲めるので軽症なのですけどね。
あ、楽しいことだと元気、ってのはあるかもな。

今宵はテレビで音楽三昧でした。
特に、途中からの視聴だったとはいえ「小澤征爾と音楽で語るチェリスト宮田大」(←タイトルいい加減)は、たとえ素人の手慰みでも弦楽器を弾いたことのある人間にはスルーできない種類の番組で演奏でした。
気持ちを音に乗せる稀有な一例を目の当たりにできたという感じ。
宮田さんの演奏はあくまで一例で、必ずしもあれがベストとか正しいと思ったわけではないけれど、触発される演奏ではありました。
小澤さんの度重なる降板(まさに土壇場で板を降りざるを得ない体調らしく心配)という特殊な状況下で、ソリストとして選ばれた人間はどう演奏すべきかを、客にもオーケストラの団員にも小澤さんにも、そして自分自身にも問われるという、なかなかハードなシチュエーションでしたが、25歳でそういう状況に置かれるというのは、試練ではもちろんあるけれど、同時にものすごい僥倖ではないか、と思いました。
これから彼は伸びるね、みたいな。


スーパームーンで自然の神秘さをあらためて感じたと思ったら、今度はまたまた自然の脅威も思い知らされた今日。
わかったからもういいから、と思ってしまう。
北関東は去年からずっと貧乏くじをひかされ続けている気がしてします。
頑張れ東北!だけじゃないんだよなあ、ホント。

by kuni19530806 | 2012-05-06 23:59 | その他 | Trackback | Comments(0)

下地

昨夜(日付では今日か)ここに書いたこと、なんだか誤解を招く言いぐさだったかも。
その証拠に、「なんか、あった?」と早速メールをもらった。
心配されるような種類のことはなにもないけれど、書く下地になったことはある。

このところの私の懸案はほぼ父親のことだ。
もちろん病気自体を案じてはいる。
案じている、ではなく、案じてはいる、と書くところに屈折した親子関係のもやもやがあるわけだが、今なにが苦痛って、父親の「彼女」から頻繁にメールや電話が来ることだ。
電話だと最低1時間は父親の悪口を聞かされる。
ほぼ1日おきのペースでこの苦行が続いている。

私より父親の近くに住み、私より父親に強い感情があり、私より父親を案じている彼女の存在は今ものすごくありがたい。
彼女の存在がなければ、私は今の頻度の倍ぐらいは父親のところに顔を出さなければならないだろうし、それはかなりハードだし、この先、近い将来、必ず訪れるであろう父親の入院に対しても、彼女の「私ができるだけ付き添う」という意志表明がどんなに心強いことか。

でも、苦痛なんだよね、電話で「いかにあなたの父親は身勝手で見栄っ張りでうそつきで気分屋か」を聞かされ続けるのは。
それが本当にそうで私も同感でも、もう聞きたくねー。

何度、「そんなに不愉快な人間ならほっとけばいいじゃないですか」と言いたくなったことか。
私は計算高いので言わないけどね。

悪いけど、ふたりの間のことには興味がないのだ、私は。
歴史を語られて、「それなのにあの人は」と言われても、はあ、としか言えない。
それが高じて、前回の文章になった、かもしれない。

by kuni19530806 | 2012-05-01 22:23 | その他 | Trackback | Comments(0)

介護保険ってやつは

父親の介護保険の申請に行ってきた。
せっかく頑張って早めに家を出たのに、京浜東北線が人身事故で止まってた。
人の命のことなのに、人身事故と聞くと、「っち!迷惑!」としか思わないのってどうなんだろう・・と昔はいちいち引っかかっていたが、いつのまにか引っかかることもほとんどなくなっている自分・・。

父親が居住する自治体の介護保険申請窓口で対応に出てきたのはいかにも新人のイケメン男子で、この人誰かに似てるなあと思ったら、映画「スイングガールズ」の中村に似て蝶だった。
平岡ナントカくん。

まあ、一生懸命であることは認めるけれど、なんだかたどたどしくてよく言えば初々しくて、話しがすんなり進まない平岡くん(じゃないが)。
それでもなんとか「主治医の欄に書くのはかかりつけの医者か、それともこのたびの病気で通院している病院か」と聞くところまでたどり着いたと思ったら、「どちらでもいいかと思います」と言った平岡くん。
私が明らかに不審そうな顔をしたところ、「ちょっとお待ち下さい」と上司を呼びに行っちまった平岡!
もはや平岡と呼び捨ててやる(だから平岡じゃないってば)。

そして結局、ほぼ最初から上司に同じ説明をするはめに。
やっぱりねーだろうと思ったー。

申請が終わり、今度は支援センターに電話をし「今日、介護保険の申請をしてきたので、ケアマネージャーにケアプランを立てていただきたいんですけど」と、申請窓口で係(平岡じゃなく上司の方)に教えられたとおりのことを申し述べたところ、電話口の女性は「申請が受理されなければケアプランは立てられません」とケンモホロロ的見解。
あんた、何言ってんの?的言い方でした、マジで。
で、これこれしかじかと申請窓口のやりとりを説明したところ、「あ、ちょっと待って下さい」と保留音(パッヘルベルのカノン)さんに代わり、その後出た本職(?)のケアマネージャーにまたまた同じ説明をし、話が通じました。

別にいいんですけどねー。
支援センターで最初に電話に出た女性以外は感じが悪いわけじゃなかったし。
でも、いくら新人だったり単なる電話番の人だったりするのかもしれないとはいえ、1人の人間(私)に対して業界関係者が誤った情報を2回も提供してしまうことって、この制度がわかりづらい証拠なんじゃないのかなあ。
私なんて素直ですから、もし支援センターになんの後ろ盾もなく丸腰で問い合わせて、「申請が受理されないとプランは立てられない」と言われたら、それが正しいと思っちゃうもん。

こう言っちゃなんですが、素人がとりあえず「手続きがめんどくさい」と思う公的制度や仕組みって、それに関する専門職を作る、もしくは増やすためにわざとめんどくさくしてるんじゃないの?

ちなみに、知り合いに50代の整形外科医がいるのですが、その人も介護保険に関して全く誤った情報を私に提供していたことが今日わかりました。

介護と医療って、近いようで実は遠い業界なのかもしれませんが、遠くちゃダメだろ、と思います。

ああ、疲れた。

by kuni19530806 | 2012-04-27 22:35 | その他 | Trackback | Comments(0)

買い物

近所の古道具屋で小引き出しを買った。
小引き出し好き。
安い買い物だがけっこう迷った。



近所の激安洋服屋(いつものリサイクルショップではない)でスカートを買った。
418円。
すっごく履きやすい。
画像が不鮮明なのでわかりづらいと思うが、長さがアンシンメトリー。
脇だけ長くなってる。
あ、左右対称ではあるのか。



安いものばっかり買っているから人間も安くなるのか、とプチバトーのTシャツを2枚買った。
さすがに着心地がいい。
パッケージが可愛くて保存。
画像が不鮮明なのでわかりづらいと思うが(part2)、下の緑のカエルがツボ。
裏もいいよ。

by kuni19530806 | 2012-04-16 23:33 | その他 | Trackback | Comments(0)

年度末

「カーネーション」とかラジオ「小島慶子キラ☆キラ」とか、いろいろ書きたいことはあるのだけれど、実は忙しぶってるだけで書く時間もあるのだけれど、書かずにあわあわしているうちに平成23年度が終わろうとしています。

思えば、不穏なまま始まり、不穏なまま終わった今年度でした。
いろんなことが何も改善されていないのに、懸念や心配事は日々増えるばかりなのに、人間も社会も中枢神経が鈍化・・というより麻痺してしまったみたいで、何を聞かされても「・・ああ、そりゃ困った」と口だけ言って、ただただユルく途方に暮れたまま年度をまたごうとしているみたいです。

そんななか、カーネーションと小島慶子女史(?)は私のカンフル剤でした。
予定調和じゃない潔さと小気味よさがあった。
両者ともに「果敢」という言葉が似合います。

果敢は美しいと思う。
それは、今という時代だからこそ特に。
自分に絶対的に欠けているものだからこそ特に。

仕事に関して言えば、最後の1年の始まりです。
今の仕事は24年度で雇用終了確定なので、どうするにしろ、その後のことを決めなければなりません。
どうなることやら。

あ、明日も仕事だった。
寝よ。

by kuni19530806 | 2012-03-31 23:51 | その他 | Trackback | Comments(0)

無題

今日は久々に用事のない休みです。


父親・・実父が重篤な病気に罹っていることがわかり、先月の後半から小忙しくなっています。
両親は私が15才のときに離婚し、私はその時点で母親と共に母親の実家で居候の身になることを選択しました。
なので、受験して合格した高校には一度も通学せず、入学式の前に母親の実家にある高校に転校扱いとなりました。

以来、父親とは音信不通。
父親と連絡をとっていた兄達からたまに近況を漏れ聞き及ぶことはあったものの、そもそも15才までもあまり父娘的交流の記憶がない私は、特に興味もなく、長兄が病気になるまで父親の存在はほぼ念頭にありませんでした。
しかし6年前に長兄が亡くなり、長兄を頼っていた年老いた父は、長兄亡き後、一緒に暮らし始めた次兄とコミュニケーションがうまく行ってないこともあって、今度は私にいろいろ言ってくるようになりました。
「相談したいことがあるから近々来てくれないか」
「もう自分は長くないから」
的な。
正直、うっとうしかった。
肉親の情など、ないに等しいし。

重篤な病気はかなり重篤ですが、本人の希望と84才という年齢もあって、特に治療はしないことになりました。
日常生活に支障をきたす症状が今のところはまだなく、父親は家でふつうに生活をしています。
男所帯で日中はひとりで過ごすという環境でも、身内が同居していて自身の身体が動き、認知症の症状が見られないことから介護保険の対象にはならないそうです。

父親のマンションまで私の家からは1時間45分ぐらいかかります。
それを遠いと思うか否か、それ以前に今のこの状況を私がどう受け止めどう対応して行こうと思っているか、芯のところが定まりません。
なんだかんだあっても、いろんな思いがあっても、実の娘なのだから云々という言い方は当然あるし、現在の父親は油の抜けた老い先短い気の毒な年寄りなわけで、私が昔、父親にどんな負の感情があったとしても、今それが前面に出てきて父親憎し!と思うわけでは全然ありません。
できることなら、頻繁に様子を見に行きたいと思っているし、動けなくなったらそれなりの面倒は見なきゃいけないのだろうと薄い覚悟はしています。

でも、父親の病気が発覚してからこっち、なんだかものすごくもやもやして、気が滅入って、何事にもやる気が出なくなってしまった。
鬱々しているわけじゃない、とか思ってたけど、これってやっぱり鬱々していたのかしらん。
それを花粉症や、震災と原発事故からちょうど一年であることを理由にしてみてもいますが、やっぱりそれだけではない気がする。
眠れないわけでも食欲がないわけでもないのだけれどねー。

で、3日前から、久しくサボっていたヨガを復活させました。
お風呂にゆっくり浸かり、カスピ海ヨーグルトを食べ、こまめに部屋に掃除機をかけ(やはり自分の部屋専用の掃除機があるのはいい!)、気持ちが落ち着く音楽を聴き、めんどくさい気分にならない本を選んで読み、インターネットでガス抜きをしつつ、同時にネット内にずぶずぶ入り込まないように心掛けました。
実は、パソコンからいったん完全に離れるというのも考えたのですが、家にいる時間以外は今までもこれからも離れているわけだし、自分の日常の気分を垂れ流すのはもはや趣味みたいなものなので、離れるのはやめた。

そんなこんなで、根本的な解決には全くなっていないけれど、今はちょっと持ち直しました。
ここではますます勝手なことや愚痴を書くかもしれません、と言い訳してみる。

by kuni19530806 | 2012-03-14 13:59 | その他 | Trackback | Comments(6)

くたびれたしじれったいのでちょっと極論

今日はいろいろくたびれた。
別に鬱々としているわけでもないのだけれど、人は日一日と死に近づいているのだとあらためて思い知った一日。
それとは別に、専門職の人間は人との接し方がビジネスライクになりがちな反面、自分の専門分野内でそのスキルのない素人が途方に暮れていることを正直に示されると、驚くぐらい親切になることを知った日でもあった。
今日だけでふたりの専門職の変貌を見たから。

最初はクールで事務的な、ちょっと感じの悪い対応だったのに、こちらがわからない箇所を遠慮するでもなく卑屈になるでもなく不貞腐れるでもなく質問したら、どんどん感じが良くなった。
ま、だからって事態が好転するわけじゃないんだけどさ。

・・抽象的なことばっかり書いてますね、私。
ツイッターで、フォローし合っている同士にも何についてなのか全くわからないつぶやきをする輩には批判的なくせに。
それがもはや「芸」になっている人(ex:浅生ハルミンさんとか)はいいんですが、読んだ人がただ困惑し、「ん?ん?」としか思えないつぶやきは好きじゃないのだ。
そういうつぶやきをする人って、なんだかんだ言って「人は自分に興味を持って当然」と思ってる気がして。


3月11日が近づいてきたせいで震災、原発事故関連の番組や記事が一気に増えてきた。
あの日以来、それまでとは違う世界で暮らしていると私は思っているけれど、いろいろ「違った」中で、文章を書くことをなりわいにしている人を中心に、ネット上でのいろいろな人のいろいろな文章での震災、原発事故との距離のとりかたをすごくチェックしてしまっている自分も、以前と「違った」自分だ。

おおざっぱに分けて4種類あると思うんですよ。
①頻繁にそれについて語る人
②ふだんはいつもどおりの文章だが、時折、スイッチが入ったかのように書く人
③まれに思い出しだかのようにとおりいっぺんのコメントをする人
④全く触れない人

どれがいい悪いとかではもちろんないし、④だから何も考えてないなどと思っているわけでも当然ありません。
直接被災していない人は、安易なことなど書けないという慎重さというか遠慮する気持ちがあるのかもしれないし、いろんなことが不確定で不透明な今は、昨日と今日の自分の気持ちも変わっているかもしれない、というのもあると思います。
いろいろ書きたいことはあるけれど、それが不特定もしくはある特定の人物の目に触れることを警戒する気持ちもあるかも。
いろいろあるとは思うんですよ。
でも
な~んかじれったいんだよねー私などは。
特に、文章を書くことをなりわいにしている人は個人的に②であって欲しい、とかさ。

私は先日、コラムニストの石原壮一郎さんのこの文章にとても心打たれました。
実は、この内容に百%共感したわけではなく、10%ぐらいは「ちょっとなー」とか思ったのです。
でも、ほとんどは共感できる内容だったし、なにより反論や批判必至のこのハイリスクな文章を公の場で発表することにした物書きとしての姿勢というか矜持は素晴らしいと思った。

物書きなら、たまにはリスクを背負って文章を書いて欲しい。
どんな能天気な文章にもリスクはある、と反論されるかもしれないけれど、少なくても今この時点の日本は特別な状態だし、以前とは「違っちゃった」んだから、今、腹を括った自分にとってMAXな表現活動をしなくていつするの?と、私などは思うわけです。

by kuni19530806 | 2012-03-09 23:15 | その他 | Trackback | Comments(2)

3月の所信表明

三寒四温とはよく言ったもので、このところ寒暖の差が激しくてついていけない感じ。
もっとも、まだ五感二温ぐらいですけどね。
・・一応、出典(?)に沿って「足して七」にしてみました。

花粉症は今年もしっかり始まり、今日から目のかゆみも本格化してきました。
花粉症になると目鼻の症状だけではなくずっと頭が痛いし、これから二か月の自分は人間性も含めて機能低下モードです。
花粉症じゃなくても低レベルの機能なんだけどさ、これからしばらくは大手を振って間違いをしでかすぞ、と開き直ってみる。

それにしても3月です。
たぶんこれから生きている間ずっと、3月は特別な月になるのだろうなあ。
平成になってからこっち、自分にとって2月の最後が特別な日でした。

私は深く考えずに勢いで行動してしまう傾向がある・・以上に、なによりそれを自分に許す甘さが顕著です。
しかも目測まで甘い。
なので、自分が覚悟しているより多くの後悔だらけの日々を過ごすことになるのですが、今までの人生のほぼ半分の時間の後悔はこのときから始まりこのときに集約されると言っても過言ではなくて、そもそもそのせいで、その後はいくら間違ったり失敗しても「たいしたことはない」と思うようになりました、それがいいのか悪いのかはわからないけれど。
でも、さすがにあれから20年以上の時が過ぎ、頭をかきむしるようなことはなくなり、こうして昨日の続きの今日を、とりあえず目の前の現実しか見ない感じで暮らしています。

でも、去年、およそ「たいしたことはない」では済まされないおおごとがあって、それにまつわる弊害が自分がこの世からいなくなっても確実に続くことがわかり、久々に、本当に久々に、目の前の現実よりちょっと先の未来、について思いを馳せたりしています。

実父の病気のこともあるかもしれません。
1975~2005年まではほとんど音信がなく、それ以前も正直、ほとんどまともな会話もなかった、肉親の情が湧きづらい現在80代の父親ではありますが、自分の知る人間があまり未来はないことが確実だと知ると、未来についていろいろ考えたりするものですね。

一緒に暮らしている家族が誰も若くなくて、未来や将来を描きづらい環境(?)で、去年の3月からこっちの日本の現実は、不安や脱力感などなど暗澹たる気持ちになることばかりですが、若くないし、ごく身近に守るべき若い具体的存在のない自分だからこそ、集団ヒステリーの一員にならず、遮眼帯をつけず、具体的に未来を考える層にならなくちゃ、と思ったりして。
この言いぐさ自体、ちょっと抽象的ですけどね。

今後、いろいろなことでものすごおく気持ちが揺れたら、とりあえず、この所信表明(?)に戻ろうっと。

by kuni19530806 | 2012-03-01 23:42 | その他 | Trackback | Comments(0)

だめんず

職場で「だめんず」の話になって、気がつくと堰を切ったように、自分の父親と次兄がいかにだめんずかを語っていた。
仕事中だっていうのに。

このろくでもない身内二人に対して、言葉にしてみて初めて気づくこともあるのだ、と思う今日この頃。
特に次兄に関しては、今まであまり人に詳細を話したことはなかった。
理由は単純。
話すとムカつくから。
若いときは、家の恥だとすら思っていた。
でも最近になって、同じくめんどくさい兄弟を持つお友達とメールで「めんどくさい兄弟」を自慢・・じゃない、プレゼンし合うようになった。
そしたらすごくラクになったのだ。
同じ懸案を持つ者同士のシンパシーとか心強さ、今まで溜め込んできたものを吐き出したスッキリ感、ももちろんあるけれど、次兄のダメさを文字にすることで、これまでしてこなかった次兄の分析をし始めたのだ、私。

次兄は
心身が弱い。
プライドが高い。
見栄っ張り。
怠け者。
神経質。
気分屋。
短気。
被害者意識が強い。
お調子者。
自意識過剰。
自分を客観視できない。
飽きっぽい。
人の視線が怖い。
いつも自分以外が悪い。

そう。
そのへんの人々と一緒だ。
私もほぼ当てはまる。
ただ、このすべてに「人一倍」(二倍でもいいけど)か、時には「病的に」という接頭語が付く感じ。
私には付かないのか?と聞かれると、「付くかも」と答えるしかないわけですが。

この次兄の性質は、なにもあらためて分析するまでもなく、ずっとわかっていたことではある。
けれど、それを本人の具体的な言動とちゃんと結びつけて考えたことはなかった。

たとえば今回の長兄の七回忌だ。
次兄は直前まで「出る」と言っていたのに、3~4日前にドタキャンした。
表向きの理由は腰痛だ。
私は当初、「ああ、また」と思っただけだった。
今までにそういうことが数限りなくあったから。
そして、轍にハマるようにお決まりの腹立たしさを覚えた。
理由なんて理解したくないし、そもそも説明などつかないことでしょ、と。
でも、それを次兄の「自分でもどうしようもない(かもしれない)気質(もしくは器質)」と照らし合わせると、簡単に説明がつく。
誰にでも。
なんで今まで私は照合作業を怠って、ただむかっ腹を立てておしまいにしてたんだろう。
身内だからか。
腹立たしいのでそれ以上、次兄のことを考えたくなかったからか。
たぶん、そうなんだろう。

分析しても腹立たしさが緩和されるわけでは必ずしもない。
私はドタキャンを知って以来、次兄には連絡していない。
でも、分析すると自分がラクになることがわかった。
たとえていえば、お腹が痛くなって最初はその原因がわからなかったが、思い当たるフシにたどり着いたらラクになった、に似ているかも。
腹痛が治ったわけでもないのに、原因がわかった時点で、痛みが緩和されたような、あの感じ。
掌握感?

次兄はエラそうな妹に忸怩たる気持ちも持っているので、これから私が注意しなければならないのは、次兄にこの掌握感を悟られないようにすることかもしれない。

しかしめんどくさい。
でもめんどくさい身内を持つのは私だけじゃないし、自分だってかなりめんどくさい部分はあるし、今後、加齢や突発的な出来事で自分ももっとめんどくさい人間になる可能性は大きい。
自分がすごくめんどくさくなったときのために、今、あまりめんどくさいと大騒ぎしないようにしよう、でもするけど。

とりあえず、今、物理的にイチバンめんどくさいのは父親だ。(既に前言撤回)
あー、やれやれだ。

by kuni19530806 | 2012-02-05 23:14 | その他 | Trackback | Comments(0)

1ヶ月

今日はマロの初めての月命日です。
1ヶ月経ちました。
昨日までマロと一緒だったような、もう何年も会っていないような、マロとの振り返り時間軸はものすごく不安定です。
気持ちも同じです。
悲しくてじたばたしてしまうときと、淋しいけどなんとかやっていけると心でこぶしを握り締めるときと、なんとなればマロの不在を失念してしまうときが、こっちにも予測不能な頻度のシャッフルで登場します。
もちろん、その3種にも微妙な温度差がありますが、奈落の底気分はずいぶん薄まりました。
同じ「悲しさ」でも、尖ったものから丸味を帯びたものに変わってきた、とでもいいましょうか。

正月、兄の7回忌、職場の棚卸し、と非日常でなんとなく気忙しい気分の1月も終わりです。
職場の棚卸しに関しては、実は特に自分は何もしていなくて、ただ結果を見て暗澹たる気持ちになっただけです。
プチ人間不信。
2月からは例年どおり、確定申告と花粉で大忙しです。
今年は1日多くて、有難いようなよけいなような。

昨日、会議で本部(とは言わないが)に行きました。
会議そのものにもいろいろ思うところがありましたが、そこで久々に会った前職場の同僚の現在の家族の状況に言葉を失いました。
彼女はよく言えば元気、ふつうに言えばうるさくて人の噂が好きでツンデレで男子に対しては中学生みたいな言動で、私が彼女に命名したあだ名は「牢名主」。
私は前職場では彼女にしょっちゅう説教・・というか文句を言っていました。
が、それで彼女の素行(?)があらたまることはなく、馬耳東風とはこのことか!と痛感させられる日々でした。

一昨年の4月から前の職場は民間運営になり我々は解散しました。
そして5箇所に散らばり彼女と一緒に仕事をすることはなくなりましたが、その後、特に最近になって漏れ聞こえてくる彼女の話は、おめでたいこととその逆のことの、振幅の大きいものでした。
そして昨日、直接本人の口から最新情報を聞きましたが、片方の親の病気だけならまだしも(それだって大変ですが)、両親こぞって危機的状況になることが、いくら成人後とはいえ子供たちにどんなに大変なことなのかをあらためてまざまざと思い知らされました。

思い知らされた証拠に、今朝方、久々に母親の夢を見ました。
引っ越しが間近なのにちっとも準備を進めていない母親にイライラしながら手伝うという、20年ぐらい前に現実にもあったことの夢版です。
でも私は、夢の中でうっすら「今はもう母親に苛立っていはいけないのだ」と気づいていました。
それが、夢を自覚しているからなのか、20年という月日のせいなのか、かつての現実に対する反省なのか、やっぱりその数時間前、かつての同僚から聞いた話に起因するものなのかは定かではありません。
ただ、「自分が一時の強い負の感情で言葉を発すると後で悔いることになる」という意識だけはやけにありありとして、内心は苛立ちながらも努めて平静を装って手伝って目が覚め、夢だとはっきりしてからも「ああ、文句を言わないで手伝って良かった」とホッとしました。
20年前の現実では、もちろん私は母親にいっぱい文句を言いました。

肉親に関する思い出は後悔ばかりですが、今、夢でなんとか取り繕うとしているのか自分、と思ったら、おかしいようなぐったりするような・・やっぱり笑っちゃうなあ。

by kuni19530806 | 2012-01-31 23:47 | その他 | Trackback | Comments(0)