カテゴリ:映画( 30 )   

桐島、部活やめるってよ   

映画「桐島、部活やめるってよ」を見る。

原作は読んでいない。
映画も、映画館に足を運んだわけでも、TSUTAYAで借りてきたわけですらなく、CSのをなんの気なしに録った。
この映画、数年前に話題になってなかったっけ?
ああ、「あまちゃん」のユイちゃん(橋本愛)と、「ごちそうさん」の悠太郎さん(東出昌大)が出てるのか、という程度の予備知識。
監督も知らない人だったし、神木隆之介クンは雑誌やネットでそのビジュアルは知っていたものの、役者としては「千と千尋・・」の坊の声、としてしか、その存在を知らなかった。

これが・・なんかすっごく良かった。
高校生ってナマモノだ。
自分がやっていたときだってそうだったのだけれど、振り返るとよけいにそう思える。
傷みやすいし、加工前の可能性は計り知れないし、くさいし、食べ合わせでいろいろ起きるし、時にグロテスクだし。

昨今、身近に高校生がいないし、彼ら彼女らがどんな高校生活を送っているのか想像しきれなかったりするが、この映画を見て、なぜか「これこれ!」と思った。
知りもしないくせに、すごく腑に落ちた。

求めることと拒絶することを同時にやってるんだよなあ、高校生は、いや、人は皆か。
それを意識的ではなく、かといって無意識でもなく、立場や役割として演じるというか、軌道に乗っかってて、でも違和感がないわけじゃなく、声高にもなれず、地に足が着いていないまま、日々を送ってしまいがちなのではないだろうか。
日常こそが緊張感があって、非日常に安堵する、みたいな。
全然うまく言えてないけれど。

とにかく、同じ時間事象を、違う視点から繰り返し描く手法にやられた。
こういうの、大好きなのだ。

東出クン扮するモテ男子宏樹の彼女役、「あまちゃん」にも出てた松岡茉優がよかった。
性格の悪い女子。
いそう。
こういう女子がかなりの数の高校生の生活に暗い影を落とすんだよなあと思わせる。
そしてやはり、映画部前田の神木隆之介と、宏樹を好きな吹奏楽部部長の大後寿々花は芸達者だった。

ラストの屋上の大乱闘シーンは素晴らしかった。
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by kuni19530806 | 2014-12-17 14:12 | 映画 | Trackback | Comments(0)

舟を編む   

暑い!
多治見市は39℃超えとのこと。
1990年代、一緒にテニススクールに通って、現在は多治見市在住のNさん、元気かなあ。

腰痛もものもらいもなんとか治癒。
W不具合がなくなってホッとする。
火曜日水曜日の蔵書点検は本当にハードでどうなることかと思ったが、やっているうちに良くなった気さえする。
身体ってフシギだ。

今回の【帰って来たゾロメ女の逆襲】には腰痛のことを書いたけれど、そのコメント欄が興味深い。
人間の心身は小宇宙だとあらためて実感。

午前中、本屋さんに行って、「どうする?over40」で知り合ったイラストレーター中島慶子さんの挿画が載っている「小説宝石8月号」を購入する。
ついでにDVD付の「おうちヨガ プログラム」という本も衝動買い。

最近、めっきり本屋さんへ行かない。
仕事とスーパー以外は外出自体、ほとんどしていないかも。
風邪⇒腰痛⇒ものもらい、と患いが続いたから、ということにしておこう。

午後から先日、CSでやっていた録画した「舟を編む」を観る。

んーー。
原作があまり好みじゃなかったから予想はしていたけれど、映画も私には今ひとつでした。
どこで撮ったの?と思うような、旧態依然とした下宿や編集部にはすごく趣きがあったし、ディティールは好みだったのだが。

宮﨑あおい、上手い人だけど今回は違うような。
この映画も、飯島奈美さんなのだった。
すごい活躍っぷりだ。

今日のミイちゃん、なんだかすごくかわいい。
どんどんかわいくなる感じ(*^_^*)(飼い主バカ)
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by kuni19530806 | 2014-07-25 21:27 | 映画 | Trackback | Comments(0)

ダーティハリー   

義母の通院に付き添う。
いろいろあった病院。 
医療ミスとしか思えないことが二度あり、それでも通院をしているのは、表向きには「手術をした医者に責任を持って経過を診てもらう」だけれど、ミスをした時点で「責任」に対しては疑問視せざるを得ないわけだし、そのへんは中途半端、というのが正直なところなのだ。
う~ん。

今日はMRIで経過をチェックしでもらい、腰の圧迫骨折の状態も悪くないということで、次は2ヶ月後ということになった。
医者は一貫して低姿勢。

春からの義母のことに関しては忸怩たる思いにかられることが多い。
でも本人は一度も病院に対して恨みがましいことを言わない。
そのあたりの精神状態というか精神構造が私は理解できてない。
理解しがたい、ではなく、捉えきれてないという感じ。

CSで録画した『ダーティハリー』を見る。
乾いていて、小気味いいほどぶっぱなす映画だ。
クリント・イーストウッドって若い頃から、顔面に全く脂肪の層がないのね。
骸骨顔って言うの?

よけいな思惑や迷いを描かず、でも想像力を発動させる余白があるっていうか。
サンフランシスコのちょっとした砂漠っぽさが舞台として映えてた。
面白かった。
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by kuni19530806 | 2013-12-09 22:00 | 映画 | Trackback | Comments(2)

ユー・ガット・メール   

そんなわけで『ユー・ガット・メール』です。

そっかー、この映画は1998年、今から15年前なんだ。
そんなに前!?なのか、そんなもんだと思ってたよ、なのか、自分でもよくわかりません。
ただ、このメグ・ライアンが、彼女の映画の中で私はいっとう好き、であることは確かです。

最近、顔が変わっちゃったしな、メグ。
持ち直してる写真もあるけど、ジョーカーっぽいのでビックリした写真も。
くちびるにヒアルロン酸でも注入したのか、メラニー・グリフィスっぽいのもあって、往年の愛くるしさよいずこ、と思ったりしました。

しょうがないんだけどね、加齢は。
一般人と違って、女優さんは「しょうがない」と言ってもいられないのかもしれない、そこが大変なんでしょうけど。
愛くるしいタイプはなおのこと、年齢が目立つし。
そもそも、トシくっただの老けただの、私がここに書くこと自体、天に唾しているだけなんですけどね。
女優じゃないからいいんですけど(?)。

この映画のメグ・ライアンは、若過ぎないところがすごく魅力的というか、表情がすこぶるチャーミング。

若いお嬢さんに戻りたいとは思わないけれど、自分もこのぐらいの年齢(30代後半?)をちゃんとやってくればよかったかも、とちょっとだけ思いました。
「ちゃんと」がオシャレぐらいしか思いつかないのですけど。

とにかく、この映画の彼女のファッションはどストライクです。

首が詰まり気味の真っ白いTシャツ。
上品なグレーやベージュのアンサンブル。
アンサンブルのカーディガンはTシャツの上にも羽織ったり。
黒のハイネックのセーター。
第1ボタンまで留めた白いシャツ。
コンパクトなジャンパースカート。
足元は黒のタイツに黒い靴。
麻が混じった、でも重すぎないワンピース。
フワッとしたカーディガン。
ストライプのパジャマ。
ダボっとしたチノパン。
・・あとなんかあったっけ?
どれもこれも、大好き。
そういえば、派手な色や柄物は一切着てない。

ヘアスタイルもいいなあ。

ほとんど忘れかけていたストーリーも、今回あらためて見たら、ちょっとグッと来てしまった。
ほとんど違うのに、自分の境遇に重ね合わせたりして。
もう一度書きますけど、ほとんど違うのに。
でも、最初に見た15年前は今ひとつピンと来なかった書店を取り巻く事情が年月を経て、ずいぶんリアルに感じられるようになりました。

最後にまたオシャレに戻りますが
私はオシャレじゃないし、センスも確固たるポリシーも全然ないので、その分、すぐ影響されます。
この映画を見て、今は「気分はメグ・ライアン」です。

笑わば笑え。
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by kuni19530806 | 2013-10-08 17:13 | 映画 | Trackback | Comments(2)

風立ちぬ   

宮崎駿『風立ちぬ』を観る。

映画館で映画を観るのは久しぶり。
久々だと、家からたとえ徒歩5分の場所であっても、「映画を観るために映画館に行く」という行為そのものがスペシャルで、見ず知らずの人々といっせいに上映を待つ、あの独特の感覚すら新鮮で楽しく、ああ、こういうのってたまには必要だわ、と思ったことでした。
これからもしょっちゅう映画館で映画を観よう!ではなく、新鮮さを味わえる程度にそこそこ間を空けて映画館で映画を観よう!みたいな。

『風立ちぬ』は、いろーんな見方のできる映画でした。
面白かったし、ことに映像の美しさや迫力、そしてアニメならではの世界観(この「世界観」って言葉はクセモノだけど、他に思いつかなかった)は心から堪能したし、話題になるだけの作品だなあと思いましたが、観終わっていろいろ考えたり反芻したりした今、「手放しで好きな映画か?」と問われたら、微妙だと思う自分がいます。
好き、です。
が、好き好き!な感じではないというか。

人生はハイリスクハイリターン、ということを、日常と壮大、両方のスケールで描いた映画だと思います。
愛、美、夢は単体で存在するものではなく、必ず相応の規模の残酷さや危険性が隣り合わせ・・じゃなく、セットでくっついていて、愛情や美しさや夢を選ぶということは、それらもコミで選ぶことだ、というのが、繰り返し語られています。

地震や戦争や病気が、時には愛情や美しさや夢を、より崇高なものにする(してしまう)こともあるという事実は身震いするほど怖い。
でもそうでなければ、もしかしたら人は厳しい現実を乗り越えたり立ち直ったりできないかもしれない。
それらを含めて、こちらにグイグイ圧をかけられている感覚もあって、そこが「好きだけど、好き好き!とは言えない」理由という感じでしょうか。

以下、ネタバレ。




妻病床での喫煙シーンや、自分の最期を夫に見せない妻の姿など、賛否両論あって、それはもう、作り手は想定済みかと思いますが、「人生は自分に都合のいいものだけは選べない」ってことだよなあと思う。
「美しい自分の記憶だけを二郎に残したい」とひとりで死出の旅に赴く菜穂子は、一見、自分に都合のいい姿だけを選ぶ女みたいですが、やっぱり違うと思う。
みっともない日常やあられなく生にしがみつく姿こそ美しいという考え方はあるし、自分もどちらかといえばそっち派ですが、自分がそっち派であることと、菜穂子の行動への納得は両立する。
でも私の場合、若いときは両立できなかったかも。

私にとっては、中年になったからこそいろいろわかる映画、かもしれません。
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by kuni19530806 | 2013-08-13 21:29 | 映画 | Trackback | Comments(0)

しあわせのパン   

映画「しあわせのパン」を見る。
この手の映画はもういいかと思ってました。
この手とはどの手?ですが、勝手に括らせてもらうと、「かもめ食堂」のエピゴーネンというか亜流というか(同じことを違う言語で言ってるだけかも)、ものわかりよく、よけいな詮索をしない人々ばかりが出てきて、何も起こらず、その分、なにも解決せず、ただなんとなく癒されて、ついでに言うと「金銭感覚を無視したみたいな」、絵空事的映画。

いや、嫌いなわけじゃないのです。
ここまで揶揄したようなことを並べてナンですが、「かもめ食堂」は好きです。
ただ、そのあとに続く「めがね」や「プール」や「マザーウォーター」や「レンタネコ」は、心地よいといえば心地よかったのだけど、薄っぺらな感じがしてしまったのですよ。
すごく好きな何かに似ているのだけれど、似ているだけで何かとは歴然と違う。
その違いは奥行きがないことかなあ、みたいな。
もちろん、奥行きを想像させるエピソードはちょいちょい入ってるし、見てる間は不満はないんだけど、見終わったそばからいろんなものが撤収されていく感じ。
余韻がないっていうの?

で、この手の映画はもういいか、と思ってしまう。
でも、そう言いつつ、目に留まると見たくなる。
どこかで、この「しあわせのパン」は見終わった後の満足度が高かった、という記事を読んだりもしたので。

見終わった感想。
私の満足度は低かったです。
生活って、もうちょっとみっともないところを描かないと美しさも伝わらない、という気がしました。
原田知世さんは、「ナチュリラ」や「リンネル」からそのまま抜け出してきたような感じ。
大泉洋はファン層を拡大したくてこの映画に出たのか?と邪推したりして。

いや、ゴメン。
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by kuni19530806 | 2013-08-02 23:07 | 映画 | Trackback | Comments(0)

夜のピクニック   

映画「夜のピクニック」を見る。

恩田陸の原作を読んだのはずいぶん前のような気がするけれど、映画も最近じゃないんだなあとしみじみ思ったのは、多部未華子が高校生役をやっているから、では全然なくて(今、演っても違和感ないかも)、そんなにテレビを見る方ではない私もこのところちょくちょく顔を見る池松壮亮クン(週一ぐらいのペースで見ていたあの「梅ちゃん先生」でもいたいけな青年役で出てた)が、この映画ではアメリカに転校してしまった未華子ちゃんの友達、の弟役を演っているから。
ちょっと生意気な子犬みたいな顔の中坊。
池松壮亮の成長の過程の一端を見せてもらってる思いがします。
親戚のオバチャンの如く。

生徒役には貫知谷しほりや柄本佑が出ているものの、あとは私は知らない俳優さんばかりで、それがフレッシュで良かった。

大昔の感慨だし今更だけど、高校生活ってたったの3年間だったのだなあ。
大人になって、特に中年になると、子供のいない人間はよほどのことがない限り特定の3年間など存在しなくて、メリハリなく月日を重ねてしまう。

大人になって思う学生生活の本当の意義は案外この「メリハリ」なのかも。
メリハリでガッチリ記憶が固定されるから、細部も蘇りやすい。

たとえしょぼい高校生活を送った人間(私)でも、当時のときめきとか居たたまれなさとか喜怒哀楽の記憶は思いのほか今でも近くて、それは素晴らしかったからというわけじゃなくて、蘇る轍ができているから、のような気がする。
そのせいか、情けなさややる気のなさや説明できない反抗心等々、およそ爽やかさとは無縁の日々がほとんどだったのに、記憶としては濃い。
もちろん、当時はこの3年間が後々濃い記憶として中年の自分から思い出されるとはツユとも思わなかった。
そして当時は自分達がかけがえのない日々に居る自覚など全くなかった。
なので、この映画(原作)の「今、自分が青春真っ只中に居る自覚」に対しては、ホントかな?当事者はそんな風に思ってないんじゃない?と懐疑的になってしまうけれど、高校生の群れが醸し出す独特の磁場というか、深みのない諦観、厭世感、衝動的な感情、何もわかってないくせに口にするわかったようなセリフ・・などはリアルに描かれていて、とても面白かった。
轍をあらためて辿りやすいように整備してもらったような感じもした。
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by kuni19530806 | 2012-10-09 20:26 | 映画 | Trackback | Comments(0)

メリーポピンズ   

ディズニー映画「メリーポピンズ」を見る。

サウンド・オブ・ミュージックのマリア役のジュリー・アンドリュースがあまりに素晴らしかった、というかとにかく適役だったので、他の彼女をあまり見たいと思わない・・というより、むしろ積極的に「見たくない」と思う月日を過ごしてきました。
そもそも1960年代のディズニーのミュージカル映画というのにも偏見があった気がします。

しか~し今は・・・

もっと早く見ればよかった!
偏見や思い込みはもったいない!
と思います。
もしかしたら、今、このときだからこそ楽しめた、というのもあるのかもしれないのですけどね。

ストーリーの9割はあってなきが如しだし、特撮も今の時代からすればチープ感が否めないし、子役2人は「なんでこの子ら?!」と思うビジュアルだし、意味不明な、でもすぐに誰もが気づく1人2役は妙に気になるし、現実主義者(たとえば私)は首をひねる箇所があり過ぎる映画ですが

楽しかった~。

なにより、曲が素晴らしい。
「スーパーカリフラジスティックエクスピアリドーシャス」って「チム・チム・チェリー」って、こういう場面で出てくる曲だったんだあ。
そして、今まで全く知らなかった「お砂糖ひとさじ」「2ペンスを鳩に」の美しさに開眼。

正直、メリーポピンズよりマリアのジュリー・アンドリュースの方が好きだけれど(メリーは化粧が濃すぎ)、この映画の前に、映画映えしないという理由で「マイフェアレディ」映画版のヒロイン役をオードリー・ヘップバーンにとられるという屈辱を味わったジュリーが、このメリーポピンズで一気にブレイクしたのは納得です。
メリーポピンズがあったからこそ、マリアもあったのだな、と。

相手役のディック・ヴァン・ダイクもいい!
身のこなしも歌も表情も。
今、こういう俳優っていない気がします。

なんか、いい意味で動く紙芝居って感じだった。
いい意味で。
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by kuni19530806 | 2012-07-05 23:30 | 映画 | Trackback | Comments(0)

香港国際警察/NEW POLICE STORY』   

本日は遅番で、食事をしたりとかなんだかんだで見始めたのはもう10時ちょい前ぐらいだったのだが、久々にジャッキー・チェンの勇姿を堪能した。
視聴したのは『香港国際警察/NEW POLICE STORY』。

1980年代前半の『プロジェクトA』でジャッキーに開眼し、ほぼ10年は新作公開と同時にスクリーンで彼を見続けた身としては、出会いから20年後のジャッキーの顔はさすがに年輪が深く刻まれている感は否めなかったものの(共演者がやたら肌ツヤのいい若いイケメン揃いなのでよけい)アクションは相変わらずで、ジャッキーってやっぱり真正ドM?と思うほどの、これでもかこれでもかの連続でした。

撮影技術とかまではわからないけれど、超高層ビルから90度の斜面(?)を滑り落ちるシーンとか、暴走する二階建てバスの上や格闘シーンなどなど、ノンストップアクションを繰り出すジャッキーの身体の動きのキレは往年のそれと遜色なく見え、感動すら覚えました。

放送終了後、ツイッターを覗いたらジャッキー礼賛ツイートの嵐で、なんだか鼻高々な気分だった私。
鼻高々の心理がわれながらよくわかりませんけどね。
中高年だって凄いヤツがいるんだぜ、ですかね(笑)。
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ところで、ジャッキー・チェンといえばどうしても、1990年代前半、まるで我が家を盆暮れの帰省先のようにして集合していた夫の空手の後輩達を思い出します。
呼んでもいないのに、誰も泊まっていいと言っていなのに、集まってきては帰らず(表面上は低姿勢の体)、家中の食料を食べ切って帰って行った彼らのお決まりの我が家での娯楽は、ブルース・リーやジャッキー・チェンのビデオをマニアックな解説付きで見ることでした。
ある夜もジャッキー・チェンの映画(確かプロジェクトAかポリス・ストーリー)の鑑賞会になりました。
最初はなんだかんだとカルトネタを披露して見ていた彼らでしたが(しかし、全員がそのネタを知っている。私すら)、物語が佳境に入ると、何度も見てるくせに全員がのめり込み(私ですら)場は静かになりました。
そのときです。
ハセガワくんという、純朴な当時大学生が画面に向かって突然、「ジャッキー頑張れ!!」と叫んだのです。
一瞬の静寂後、爆笑する私達。
ハッとしたように照れるハセガワ。

そう、ハセガワくんは周囲を全く意識していなかった。
意識してないというより認識していなかった。
1人でビデオを見るときも彼は頻繁に「ジャッキー頑張れ!!」と叫んでいるのだなあと、そのときその場にいた全員がふつうに理解しました。

あのときの彼らも今では全員40代か。
自分もトシ食うわけだよな。
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by kuni19530806 | 2012-06-15 23:38 | 映画 | Trackback | Comments(0)

南極料理人(二度目)   

CSをつけたらたまたま『南極料理人』が始まったので見ました。
最初に見たときは、あの場所が南極であることに何の疑いも持たず、日本から遠く離れた極寒の地に自分も思いを馳せながら見たものですが、その後、この映画に参加し料理を担当した飯島奈美さんご本人から「ロケ地は北海道だった」と聞いてしまい(もちろんそれは極秘事項でもなんでもなく、他でも容易に得られる情報ですが)そうとなればもう自分にはどうしても南極には見えなくて、基地に蔓延している、と描かれている望郷の念、みたいなものも雲散霧消してしまいました。

とはいえ、これが「1回目よりつまらなかった」わけでは全然なくて、今回は密室劇というか劇中劇みたいな気分で楽しめました。
ことさら「劇」っぽいのは、それはもう明らかにきたろう&生瀬ご両人のご尽力だと思われます。
ああ、気楽で面白かった。
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by kuni19530806 | 2012-05-28 22:57 | 映画 | Trackback | Comments(0)