カテゴリ:友達( 7 )   

20年目に思うことに思ったこと   

友達のブログを読んだら、それで感じたことを書きたくなった。
本当は、コメントをつければいいのかもしれないけれど、きっと長くなるし、個人的なことまみれだからここに書こうと思う。

友達のブログはこちら ⇒ 



知り合ったとき、もうさらださんはお父さんを亡くしていた。
なので、そのときの彼女を私は知らない。

お父さんについては、元気な頃のことも闘病中のことも含め、多くを聞いたことはなかったし、なんとなく、私たちが知り合うずっと前に亡くなったのかと思っていたが、そうでもなかったことを今日のブログで知って、ちょっと驚いた。
どうして驚くのか自分でもよくわからないのだけれど。


自分が先に死なない限り、親や配偶者や兄弟や子ども、そして友達、を亡くすことは避けられないのだ。

あたりまえの言わずもがななことを言っていると重々承知してわけだが、あらためてそんなことを思う。

兄の命日が来て、さらださんの文章を読んで、肉親の死が近い気分になっているからそう思うのかもしれないけれど(間違いなくそうだ)、27年前に自分の子ども、15年前に母親、9年前に兄、そして一昨年前に父親、を亡くした自分は、今までの自分の人生の半分の年数は近しい人間の死を感じて生きていることになる。
ずっと後悔しながら。
そして、その後悔は、些細なことほど残り、ふとした拍子にやたら鮮明に蘇る。

治療法をもっと検討すべきだったとか、転院すればよかったとかの、命とダイレクトに繋がる後悔もたくさんあるのだけれど、何年も時が過ぎた今は、そういうことより、あの日のお見舞いにイチゴを買っていけば良かったとか、あのとき、あともう少し病室に入ればよかった、話を聞けばよかった、愛想笑いでもしてあげればよかった、というような、日常の瞬間の後悔を感じることが多い。

そして、感じたからといって慟哭するわけでも、畳をかきむしるでもなく、鋭角的ではない哀しみが押し寄せてくるのを感じ、しばらくすると引いていったなあと思う。

長くとどまることはない。
でも、後悔の残滓みたいなものが自分に降り積もり続けている感覚がある。

今回、勝手に「さらださんもそうなのかもしれない」と思った。
それが、なんだか切なくてやるせなくて、ちょっとだけ心強いと思った。

サンキュー!・・というのもおかしいかもしれないけれど、サンキューです。
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by kuni19530806 | 2015-01-27 20:57 | 友達 | Trackback | Comments(2)

初めての図書館   

都内だけれど、今まで縁遠かった区の図書館に行く。
1年前までの職場で苦楽を共にした同僚で猫先輩の友人H嬢がこの4月から働いている図書館に、やはり同僚だったよっちゃんと陣中見舞いに行ってきた。

私は、1年前までの同僚3人に対していまだに「永年同僚」みたいな感情を持っているようだ。
同業他社の人になったH嬢も、他業他社で頑張っているよっちゃんも、結婚して仕事に関してはアイドリング中のハヤテ号のねえちゃんも、「同僚が一時的に他のことをしてる」感覚。
あきらめが悪いなわたし。



自分の現在の家庭の事情や年齢のせい、そしてなにより民営化の波のせいもあるのだろうが、もう自分が公立図書館のカウンターに立つ姿がイメージできないなあとあらためて思った。
それは残念な諦観でもあり、当然のことのようでもあり。

不遜な言い方になるかもしれないが、新しい図書館をほぼ一から作る仕事をし、歯車の一輪じゃない気分を何年も味わってしまったせいか、もうこれから既存の旧態依然の図書館の下っ端をやる気概がないのかもしれない。

気概、という言葉はそぐわないかもしれないけれど、自分的にはまさに気概。
覚悟ではなく、気概。
プライドとか自尊心でできない、んではなく、よけいな情報や蜜の味を知ってしまって、それを脇にうっちゃって真っ新な気分になるような気概に欠ける感じなのだ。
半世紀以上生きてきた自分には。
まだ40代なら自分をリセットできて、新しい公立図書館での自分を順応させて行くことも選択肢に入れられた気がするけど。
トシを重ねるってそういうことでもあるのだなあ。
やたらポジティブ方面で加齢を語る人は、経験値のこういう側面をどう前向きに変換させているんだろ。
これもまた、なんだかんだ言って、実際その場に飛び込んでみれば意外となんとかなるものなのだろうか。
そうかも。

なんだ、今まで書いてきたことを全否定か、自分。

今日またあらためて、みんなそれぞれの場所で頑張っているのだなあと思った。
「頑張る」と一括りにしてしまうとなんだけど、なにも、歯を食いしばったり、過酷なことをしたり、軋轢の最前線に立たされたり、することだけが頑張るじゃないし。

よっちゃんに絵本の読み聞かせのレクチャーを受けてきた。
公立図書館員と学校の図書担当の先生のちょっとした確執についても。
ああ、学校の先生とよろしくやれる気が全くしない。
前途多難。
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by kuni19530806 | 2014-05-03 23:19 | 友達 | Trackback | Comments(0)

チューサンかあ   

自分でちょくちょく髪にハサミを入れていたら、さすがに収拾がつかなくなったので美容院に行きたいのだけれど、寒くてなかなか行けない。
今、私のヘアスタイルは「カーネーション」の次女状態。
あの髪型が悪いってわけじゃない。
いくらなんでも自分の年齢ではありえんだろう、と思うだけです。

先週、久々にKさんと電話で話しました。
この日記にもたま~に登場するシングルマザーKさん。
Kさんとはもう30年来の付き合いで、娘のなっちゃんは今中三で高校受験間近です。
あ、Kさんとの付き合いの半分はもうなっちゃんが存在してるんだ!

あのなっちゃんがチューサンかあ、と、その昔、セカンドマザーを気どっていた私は思うわけですが、実はKさん母娘にはもう2年ぐらい会ってません。
なっちゃんが幼稚園ぐらいまでは、頼まれてもいないのに片道1時間半かけて足繁くKさんちに通っていた私でしたが、徐々に足が遠のきました。
理由はいろいろありますが、なっちゃんが大きくなって私はつまんなくなったんでしょう。
無責任なもんです。

でも今あらためて、もっと子ども時代のなっちゃんにくっついていればよかったなあと後悔しています。
後悔したってしょうがないのは言わずもがなですが、なんだかしみじみそう思っています。

ちなみに、なっちゃんは私を「自分の知っている人の中でサイコーに年齢より若く見える人」と査定しているそうです。
Kさんが「『お母さんと3才しか違わないなんて信じられない!』ってしょっちゅう言われて、正直ちょっとムッとする」と教えてくれました。

そのうちなっちゃんに、「未熟で無責任な人間は若く見える傾向があるかもしれない」と伝えよう。
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by kuni19530806 | 2012-02-03 20:37 | 友達 | Trackback | Comments(0)

ほぼ10日   

マロが逝ってしまってからほぼ10日が経ちました。
今年の正月は例年以上うすらぼんやりしていて、3が日以降は掃除と片付けと、合間にテキトーに仕事をしていた(←それでいいのか!)印象しかありません。
マロがいなくなってしまったことにはもちろんまだ慣れず、玄関を開けたり通過するとき、マロの定位置でしょっちゅう立ち竦み、その都度文字どおり肩を落としますが、これが慣れてきて玄関を脇目も振らずに通り過ぎることができるようになったら、ラクだけれどそれはそれでかなり淋しいことだよなあと思ったりしています。

動物と暮らすというのは人生初の経験でした。
子どもの頃、金魚や小鳥を飼っていたことはありますが、あくまでも「飼う」で、「共に暮らす」という感覚ではなかった。
それは現在の家族全員ほぼ同じで、マロをもらってきたとき、家中の誰ひとり、犬の飼い方・・もとい、暮らし方を知らなかったのです。
だからこそ、さじ加減を量る技術はなく、一足飛び(?)にマロを家族同然どころか家族そのものというポジションにしてしまったのかもしれません。

めったにないことでしたが、稀に家族全員で外出すると(冠婚葬祭がほとんどでしたが)、しばらくすると夫の父はマロが心配でそわそわし出し、早く家に帰ろうとしました。
それは、夫の父が心から可愛がっていた夫の姉の子(要するに孫)の結婚式でも垣間見られました。
確かに、披露宴が通常より長時間だったとはいえ、あのとき私は微笑ましい気持ちを通り越し、「マロがいなくなったら父はどうするんだろう」と初めて本気で心配になりました。

夫の父は元気です。
朝夕の散歩も単身で続けています。
マロと歩いていた道は避けているようですが、その主な理由は「すれ違う人に『マロちゃん、どうしたんですか』と聞かれるのがめんどくさいから」だそうです。
尋常ならざる溺愛ぶりを10年以上つぶさに見ていたので、父の強さには感嘆します。
さすが、関東大震災の年に生まれたツワモノです。
私もいつまでもしょんぼりしていられません。
してますが。

話は変わって
液状化で大きく傾いていた千葉市の夫の姉の家の修理が完了しました。
結局、傾き中に私は一度も行かず、その惨状を聞くだけでしたが、あらためて写真を見せてもらい、そのすさまじさに驚きました。
あんな地震があって、身近にも被災者がいて、不便な生活を強いられても無事であったことに感謝し、半年以上が経ちようやく家が水平になり、でもその工事の過程の大がかりさを目の当たりにすることであらためて自然の力の大きさを思い知り、でも足元の不安さは全く払拭できないながらこの大地の上で今後も暮らさざるを得ないことに、諦めと瓜二つの腹の括り方をし・・・そんな感じで今年も生きて行くんですね。


私がうすらぼんやりしていても、世の中は動いているのだなあ。
あたりまえだけど。
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by kuni19530806 | 2012-01-08 23:09 | 友達 | Trackback | Comments(2)

ご報告   

ここでのメッセージや、メールや、ツイッターのダイレクトメッセージ、mixiの返信などなど、たくさんの方からマロ宛のメッセージをいただきました。
ありがとうございました。
今しがた、M子さんのツイッターのつぶやきも拝読しました。

マロは残念ながら、今日の午後、逝ってしまいました。
昼頃まではまだ若干余力がありそうでしたが、午後あたりからうつらうつらし出し、その後、急変して帰らぬ犬となりました。
長く辛そうにしていることはなく、あっという間でした。

大晦日ということもあって、私を含め、家人が入れ替わり買い物や用足しで小一時間ほど外出しましたが、全員揃ったところで、それを確認したかのように、不意にちょっとだけ苦しんで旅立って逝きました。

よく頑張ったと思います。
夏頃、もう余命いくばくもないだろうと言われ、夏を越せないかも、と覚悟しました。
でも、身体は痩せつつ復活し、老犬であることを忘れるくらい、元気にみんなに愛想を振りまく犬に戻りました。
その後、たまに食欲をなくしたり、足元がふらつくことはありましたが、それも半日程度で必ず戻り、最近は「意外と長生きするかも」と思い始めていたくらいでした。
今回も、復活を想定していました。
今度も復活したら奇跡ってことにしてあげる、と口にしていました。
一昨日、立ち上がり、ワン!と吠えたときは、あ~また戻ってきたと思いました。
でもそれが、最期の立ち姿でした。

14年、密着して家族として暮らしたので今は本当に悲しいです。
悲し過ぎてどうしていいかわからず、ウエットになることを承知で、ここにオン書きしています。
溺愛して1日3回散歩をしていた夫の父は「半年前から覚悟していたから」と笑いながら「でも15年近くマロ中心の生活だったから途方に暮れるなあ」とつぶやいていました。

マロ、ずっと大好きだ。
家に来てくれて本当にありがとう。
マロが居てくれてホントにホントに楽しかったよ。
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by kuni19530806 | 2011-12-31 23:29 | 友達 | Trackback | Comments(4)

なるたけ一緒に   

マロの足腰が立たなくなりました。
数日前そういうことがあって、一度復活したのですが、またヘニョッとなってしまい、その後は横たわったままです。
食事はそのままの体勢ながらなんとか食べていますが、生気や精気(←両者の厳密な違いがわからないので一応両方書いとく)はあまりなく、家人が交代で脇に寄り添って話しかけたり、水を飲ませたり、マイミク某みーるさんからいただき、マロの大好物のトップクラスに躍り出たミルクパウダーを舐めさせたりしています。

特に苦しそうではありません。
ただ、このままふっと命の灯が消えてしまいそうなはかなげな風情なのです。
自力で上体が起こせたり食事を摂っているうちはそんなことにはならないだろう、とは思うのですが、横たわったマロがあまりに静かな眼をしているのでこちらが眼を離せず、ほっておけません。
その眼は、達観というか諦観というか、村上春樹風にいえば「澄んだ湖の底のような眼」です。

何を考えているのだろう。
この家で過ごした15年近い日々のことか、自分を可愛がってくれて既に鬼籍に入った複数の近所のおじいさんやおばあさん達のこと、はたまた自分が生まれた家での親や兄弟達との暮らしのことを思い出しているのだろうか。

何も考えていないのかもしれません。
あ~なんだか疲れちゃったなあとちょっと心を抛り出しているだけなのかもしれない。
ただ、なんだかやけに落ち着いた眼をしてるのですよね、マロ。

マロとの散歩は今までで延べ何十時間になるのだろう。
もしかして何百時間?
もう、マロと近所を歩くことは本当にかなわないのだろうか。
よく一緒に行った公園はリニューアルしてしまったし、渡った歩道橋も途中の大木もなくなってしまった。
歩道橋のすぐ脇のお宅で暮らしていてマロが大好きだったタカヌキさんも亡くなってしまったし、よくマロにいろんなものをくれた近くのオバサンも引っ越して行きました。
最後は「マロちゃんへ」と缶詰をくれたっけ。

これでマロまでいなくなっちゃったら、今までの何十時間何百時間が本当にあったことなのか、実在した人やモノなのかわからなくなってしまいそうだ。

思い出は鮮明に残る、という言い方は確かにできますし、実際、残ります。
現物がいなくなった時点でそれにまつわる思い出が消えてしまうとしたら、人の心はあまりに殺伐としてしまうでしょう。
でも、思い出はある意味、逃げ水で空想で妄想です。
事実と事実的なこと、との境目はどんどんあいまいになったりします。
手を伸ばせば届きそうなのにゼッタイ届きません。
そして、思い出が鮮明である方がむしろ不在の実感が増したりします。

だから今、なるたけマロのそばに居るのだ。
何もできないし、時々めちゃくちゃ悲しくなってしまうけれど、マロの体温や息づかいやにおいや肌触りを実感してたいのだ。
どんなにそうしても、いざマロがいなくなってしまったときの「ああもっと近くに居ればよかった!触っておけばよかった!」の後悔と飢餓感は変わらないだろうけど、本当にマロは今ここにいる、と思っていたいのだ。

そんなわけで
デートに誘ってもらったのに、ごめんねーMさん。
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by kuni19530806 | 2011-12-29 23:51 | 友達 | Trackback | Comments(3)

30代なかば天然友達   

すっとぼけた年下Sちゃんから「お誕生日おめでとー」とメールが来る。
「覚えてる私ってたいしたもんでしょ」と鼻の穴を膨らませた顔がありありと浮かぶメールだったので、あえて「ありがと。誕生日は先週無事終えましたが、一週間以上もその気持ちを持続させてくれてたかと思うと感激もヒトシオ。ちなみに今日は母親の命日なんだよね」と返信。
すると、「じゃあ、おかあさんが私に教えてくれたんだ。唯我独尊、誰にもまねのできないアラフィフのままでいてください」と、これまたツッコミどころ満載の文章が戻ってきた。
とりあえず、「それって、美しすぎて誰もまねできない、の唯我独尊?」と聞いてみたら、「違うかも。この前、アメトークの熟女好き芸人を見たら、マツモトさんの顔が浮かんで、マツモトさんも年齢不詳でおすすめなのにと思ったので」だと。

ひゃあ!なんじゃ、それ!
そのアメトーク、最近すっかりテレビから遠ざかっていた私もたまたま見た。
そしてあるお友達の顔が浮かんだのですが・・Sちゃんは私が浮かんだのかあ。
これは光栄なのか否か。

でもSちゃん、根本が完全に間違ってるよ。
あれは年齢不詳をヨシとするんじゃなく、年齢をわかっていて、あえて・・・喩えて言うなら、肉は腐りかけが旨い・・・もっといえば、ちょっと腐った肉こそ旨い!を主張することで仕事を増やそうと目論んでる芸人達の集いだからね。

それよりなにより、「美しすぎて?」とふった私に「違うかも」はないでしょ、S。
かも、はいちばん使っちゃダメだよ。

と、ここを読んでいないSちゃんにダメ出ししてみる。

でもおもしろかったからいいや。
寝よ。
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by kuni19530806 | 2011-06-25 23:58 | 友達 | Trackback | Comments(2)