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カテゴリ:友達

  • チューサンかあ
    [ 2012-02-03 20:37 ]
  • ほぼ10日
    [ 2012-01-08 23:09 ]
  • ご報告
    [ 2011-12-31 23:29 ]
  • なるたけ一緒に
    [ 2011-12-29 23:51 ]
  • 30代なかば天然友達
    [ 2011-06-25 23:58 ]
  • 私信
    [ 2008-12-23 22:29 ]
  • 今年の自分を表す漢字一文字は「忘」かもね
    [ 2008-12-16 23:46 ]
  • 結局、手伝わず
    [ 2008-11-11 23:12 ]
  • そんな私はかなり不気味
    [ 2008-04-03 23:52 ]
  • 親を亡くすということ
    [ 2007-10-13 23:20 ]

チューサンかあ

自分でちょくちょく髪にハサミを入れていたら、さすがに収拾がつかなくなったので美容院に行きたいのだけれど、寒くてなかなか行けない。
今、私のヘアスタイルは「カーネーション」の次女状態。
あの髪型が悪いってわけじゃない。
いくらなんでも自分の年齢ではありえんだろう、と思うだけです。

先週、久々にKさんと電話で話しました。
この日記にもたま~に登場するシングルマザーKさん。
Kさんとはもう30年来の付き合いで、娘のなっちゃんは今中三で高校受験間近です。
あ、Kさんとの付き合いの半分はもうなっちゃんが存在してるんだ!

あのなっちゃんがチューサンかあ、と、その昔、セカンドマザーを気どっていた私は思うわけですが、実はKさん母娘にはもう2年ぐらい会ってません。
なっちゃんが幼稚園ぐらいまでは、頼まれてもいないのに片道1時間半かけて足繁くKさんちに通っていた私でしたが、徐々に足が遠のきました。
理由はいろいろありますが、なっちゃんが大きくなって私はつまんなくなったんでしょう。
無責任なもんです。

でも今あらためて、もっと子ども時代のなっちゃんにくっついていればよかったなあと後悔しています。
後悔したってしょうがないのは言わずもがなですが、なんだかしみじみそう思っています。

ちなみに、なっちゃんは私を「自分の知っている人の中でサイコーに年齢より若く見える人」と査定しているそうです。
Kさんが「『お母さんと3才しか違わないなんて信じられない!』ってしょっちゅう言われて、正直ちょっとムッとする」と教えてくれました。

そのうちなっちゃんに、「未熟で無責任な人間は若く見える傾向があるかもしれない」と伝えよう。

by kuni19530806 | 2012-02-03 20:37 | 友達 | Trackback | Comments(0)

ほぼ10日

マロが逝ってしまってからほぼ10日が経ちました。
今年の正月は例年以上うすらぼんやりしていて、3が日以降は掃除と片付けと、合間にテキトーに仕事をしていた(←それでいいのか!)印象しかありません。
マロがいなくなってしまったことにはもちろんまだ慣れず、玄関を開けたり通過するとき、マロの定位置でしょっちゅう立ち竦み、その都度文字どおり肩を落としますが、これが慣れてきて玄関を脇目も振らずに通り過ぎることができるようになったら、ラクだけれどそれはそれでかなり淋しいことだよなあと思ったりしています。

動物と暮らすというのは人生初の経験でした。
子どもの頃、金魚や小鳥を飼っていたことはありますが、あくまでも「飼う」で、「共に暮らす」という感覚ではなかった。
それは現在の家族全員ほぼ同じで、マロをもらってきたとき、家中の誰ひとり、犬の飼い方・・もとい、暮らし方を知らなかったのです。
だからこそ、さじ加減を量る技術はなく、一足飛び(?)にマロを家族同然どころか家族そのものというポジションにしてしまったのかもしれません。

めったにないことでしたが、稀に家族全員で外出すると(冠婚葬祭がほとんどでしたが)、しばらくすると夫の父はマロが心配でそわそわし出し、早く家に帰ろうとしました。
それは、夫の父が心から可愛がっていた夫の姉の子(要するに孫)の結婚式でも垣間見られました。
確かに、披露宴が通常より長時間だったとはいえ、あのとき私は微笑ましい気持ちを通り越し、「マロがいなくなったら父はどうするんだろう」と初めて本気で心配になりました。

夫の父は元気です。
朝夕の散歩も単身で続けています。
マロと歩いていた道は避けているようですが、その主な理由は「すれ違う人に『マロちゃん、どうしたんですか』と聞かれるのがめんどくさいから」だそうです。
尋常ならざる溺愛ぶりを10年以上つぶさに見ていたので、父の強さには感嘆します。
さすが、関東大震災の年に生まれたツワモノです。
私もいつまでもしょんぼりしていられません。
してますが。

話は変わって
液状化で大きく傾いていた千葉市の夫の姉の家の修理が完了しました。
結局、傾き中に私は一度も行かず、その惨状を聞くだけでしたが、あらためて写真を見せてもらい、そのすさまじさに驚きました。
あんな地震があって、身近にも被災者がいて、不便な生活を強いられても無事であったことに感謝し、半年以上が経ちようやく家が水平になり、でもその工事の過程の大がかりさを目の当たりにすることであらためて自然の力の大きさを思い知り、でも足元の不安さは全く払拭できないながらこの大地の上で今後も暮らさざるを得ないことに、諦めと瓜二つの腹の括り方をし・・・そんな感じで今年も生きて行くんですね。


私がうすらぼんやりしていても、世の中は動いているのだなあ。
あたりまえだけど。

by kuni19530806 | 2012-01-08 23:09 | 友達 | Trackback | Comments(2)

ご報告

ここでのメッセージや、メールや、ツイッターのダイレクトメッセージ、mixiの返信などなど、たくさんの方からマロ宛のメッセージをいただきました。
ありがとうございました。
今しがた、M子さんのツイッターのつぶやきも拝読しました。

マロは残念ながら、今日の午後、逝ってしまいました。
昼頃まではまだ若干余力がありそうでしたが、午後あたりからうつらうつらし出し、その後、急変して帰らぬ犬となりました。
長く辛そうにしていることはなく、あっという間でした。

大晦日ということもあって、私を含め、家人が入れ替わり買い物や用足しで小一時間ほど外出しましたが、全員揃ったところで、それを確認したかのように、不意にちょっとだけ苦しんで旅立って逝きました。

よく頑張ったと思います。
夏頃、もう余命いくばくもないだろうと言われ、夏を越せないかも、と覚悟しました。
でも、身体は痩せつつ復活し、老犬であることを忘れるくらい、元気にみんなに愛想を振りまく犬に戻りました。
その後、たまに食欲をなくしたり、足元がふらつくことはありましたが、それも半日程度で必ず戻り、最近は「意外と長生きするかも」と思い始めていたくらいでした。
今回も、復活を想定していました。
今度も復活したら奇跡ってことにしてあげる、と口にしていました。
一昨日、立ち上がり、ワン!と吠えたときは、あ~また戻ってきたと思いました。
でもそれが、最期の立ち姿でした。

14年、密着して家族として暮らしたので今は本当に悲しいです。
悲し過ぎてどうしていいかわからず、ウエットになることを承知で、ここにオン書きしています。
溺愛して1日3回散歩をしていた夫の父は「半年前から覚悟していたから」と笑いながら「でも15年近くマロ中心の生活だったから途方に暮れるなあ」とつぶやいていました。

マロ、ずっと大好きだ。
家に来てくれて本当にありがとう。
マロが居てくれてホントにホントに楽しかったよ。

by kuni19530806 | 2011-12-31 23:29 | 友達 | Trackback | Comments(4)

なるたけ一緒に

マロの足腰が立たなくなりました。
数日前そういうことがあって、一度復活したのですが、またヘニョッとなってしまい、その後は横たわったままです。
食事はそのままの体勢ながらなんとか食べていますが、生気や精気(←両者の厳密な違いがわからないので一応両方書いとく)はあまりなく、家人が交代で脇に寄り添って話しかけたり、水を飲ませたり、マイミク某みーるさんからいただき、マロの大好物のトップクラスに躍り出たミルクパウダーを舐めさせたりしています。

特に苦しそうではありません。
ただ、このままふっと命の灯が消えてしまいそうなはかなげな風情なのです。
自力で上体が起こせたり食事を摂っているうちはそんなことにはならないだろう、とは思うのですが、横たわったマロがあまりに静かな眼をしているのでこちらが眼を離せず、ほっておけません。
その眼は、達観というか諦観というか、村上春樹風にいえば「澄んだ湖の底のような眼」です。

何を考えているのだろう。
この家で過ごした15年近い日々のことか、自分を可愛がってくれて既に鬼籍に入った複数の近所のおじいさんやおばあさん達のこと、はたまた自分が生まれた家での親や兄弟達との暮らしのことを思い出しているのだろうか。

何も考えていないのかもしれません。
あ~なんだか疲れちゃったなあとちょっと心を抛り出しているだけなのかもしれない。
ただ、なんだかやけに落ち着いた眼をしてるのですよね、マロ。

マロとの散歩は今までで延べ何十時間になるのだろう。
もしかして何百時間?
もう、マロと近所を歩くことは本当にかなわないのだろうか。
よく一緒に行った公園はリニューアルしてしまったし、渡った歩道橋も途中の大木もなくなってしまった。
歩道橋のすぐ脇のお宅で暮らしていてマロが大好きだったタカヌキさんも亡くなってしまったし、よくマロにいろんなものをくれた近くのオバサンも引っ越して行きました。
最後は「マロちゃんへ」と缶詰をくれたっけ。

これでマロまでいなくなっちゃったら、今までの何十時間何百時間が本当にあったことなのか、実在した人やモノなのかわからなくなってしまいそうだ。

思い出は鮮明に残る、という言い方は確かにできますし、実際、残ります。
現物がいなくなった時点でそれにまつわる思い出が消えてしまうとしたら、人の心はあまりに殺伐としてしまうでしょう。
でも、思い出はある意味、逃げ水で空想で妄想です。
事実と事実的なこと、との境目はどんどんあいまいになったりします。
手を伸ばせば届きそうなのにゼッタイ届きません。
そして、思い出が鮮明である方がむしろ不在の実感が増したりします。

だから今、なるたけマロのそばに居るのだ。
何もできないし、時々めちゃくちゃ悲しくなってしまうけれど、マロの体温や息づかいやにおいや肌触りを実感してたいのだ。
どんなにそうしても、いざマロがいなくなってしまったときの「ああもっと近くに居ればよかった!触っておけばよかった!」の後悔と飢餓感は変わらないだろうけど、本当にマロは今ここにいる、と思っていたいのだ。

そんなわけで
デートに誘ってもらったのに、ごめんねーMさん。

by kuni19530806 | 2011-12-29 23:51 | 友達 | Trackback | Comments(3)

30代なかば天然友達

すっとぼけた年下Sちゃんから「お誕生日おめでとー」とメールが来る。
「覚えてる私ってたいしたもんでしょ」と鼻の穴を膨らませた顔がありありと浮かぶメールだったので、あえて「ありがと。誕生日は先週無事終えましたが、一週間以上もその気持ちを持続させてくれてたかと思うと感激もヒトシオ。ちなみに今日は母親の命日なんだよね」と返信。
すると、「じゃあ、おかあさんが私に教えてくれたんだ。唯我独尊、誰にもまねのできないアラフィフのままでいてください」と、これまたツッコミどころ満載の文章が戻ってきた。
とりあえず、「それって、美しすぎて誰もまねできない、の唯我独尊?」と聞いてみたら、「違うかも。この前、アメトークの熟女好き芸人を見たら、マツモトさんの顔が浮かんで、マツモトさんも年齢不詳でおすすめなのにと思ったので」だと。

ひゃあ!なんじゃ、それ!
そのアメトーク、最近すっかりテレビから遠ざかっていた私もたまたま見た。
そしてあるお友達の顔が浮かんだのですが・・Sちゃんは私が浮かんだのかあ。
これは光栄なのか否か。

でもSちゃん、根本が完全に間違ってるよ。
あれは年齢不詳をヨシとするんじゃなく、年齢をわかっていて、あえて・・・喩えて言うなら、肉は腐りかけが旨い・・・もっといえば、ちょっと腐った肉こそ旨い!を主張することで仕事を増やそうと目論んでる芸人達の集いだからね。

それよりなにより、「美しすぎて?」とふった私に「違うかも」はないでしょ、S。
かも、はいちばん使っちゃダメだよ。

と、ここを読んでいないSちゃんにダメ出ししてみる。

でもおもしろかったからいいや。
寝よ。

by kuni19530806 | 2011-06-25 23:58 | 友達 | Trackback | Comments(2)

私信

楽しみに読んでいる たんぽぽ隊通信の最新号は「今年の思いの棚卸し。」です。

そうね、私も過去を振り返ったり、一年を総括したりしない方だけど、そうすることで過ぎた日々に区切りをつけるっていうか、リセットするっていうか、精神的な浄化作用にするというのはわかる気がします。
できごとを終わったことにするには作為的な(?)句読点が要る、ってことなのかも。

そんな私の今年の3大ニュースは、6月の自分主催のセレモニーと、バイオリンを始めたことと、あれ、ですね。

思わせぶって申し訳ないけれど、あれ、はキツかったなあ。
約1名に切々と(?)経緯というか心情を訴える…というか弱音メールを書きました。
考えてみるともう何年も、いっぱい書いたなあ。
我ながら、どうかと思う内容が多かったけど。
それを否定せず、ずっと励ましてもらって本当にありがたかった。
ハタから見ると本当にバカみたいな内容だったのに。

今でも実はまだキツいけど、なんとかやれているのは、あのいちばんキツかった時期、けっ!と言わないで付き合ってもらったおかげです。
ありがとう。

…とここに書いて総括したことで、あれも過去になって浄化されたかな。

by kuni19530806 | 2008-12-23 22:29 | 友達 | Trackback | Comments(0)

今年の自分を表す漢字一文字は「忘」かもね

最近は忘れる。
なんでもかんでも忘れる。
おかげさまで、不愉快なこともある意味、順調に忘れつつある。

忘れたくないことも、忘れていく。
忘れるなら忘れるだけのことだったのかな、と思いつつも、少し残念…でも忘れるものは忘れる。

この日記は前もって「これを書こう」などとはほとんど決めていないけれど、たまにめずらしく決めかけることがあって…でも、結局は忘れる。
当然、書いたことも、書いたそばから忘れる。
だから、ネタとして意識的に同じことを書く以外でも、何回も似たようなことを書いてしまっている。

「書く」より、「言う」方はもっとだと思う。
たぶん、同じ話を同じ人に何回もしている。
誰に話して、誰には話してないか覚えていられない。
時々ふと、「あ、この話、前にこの人にしたよな」と自覚する瞬間があるけれど、それに気づいた自分を説明するのも、相手に「前に聞いた」と言わせてしまうのもめんどうというか気まずいので、気づいたことを気づかないふりしてそのまま話を続行してしまう。

今年は、忘れたいことも忘れたくないことも忘れたいような忘れたくないようなことも、いろいろあった。
でも、イチバンあったことは、もう忘れたことだ。

今日、お友達からメールが来て、そこに私の夢を見たと書かれてあった。
いろいろ困ったことがあって、途方に暮れて、ふと気がつくと隣りに私がいて「あ~よかったあ」と思って目が覚めた、そうだ。

光栄だと思った。
メールを読んで、すごくうれしかった。

おおげさじゃなく、今の職場での今年の不愉快さが一掃されたような気がした。
なんだか今年の後半は、誰に対してもいつもどこか身構えて接していた感じだった。
それは「誰も信じない」的方向の身構えではなく、自分の言動は相手の解釈次第でどうとでもとれるしいろんな風に映るのだなあという、我ながら「今更、そんな青くさいことを!」というレベルでの感慨で、その再認識が思いの外、自分をぎくしゃくさせてしまっていた。
誰と話すときでも、常にどこかで釈明を用意してる自分がいるみたいな。
実際に、用意しているかどうかは別として。
いろいろうんざりしてた。
その「いろいろ」には自分も含まれてた。

でも、一掃された気分。
忘れた。
忘れたくないなあと思えるできごとで、忘れたいことが忘れられるのがベスト、だ。

by kuni19530806 | 2008-12-16 23:46 | 友達 | Trackback | Comments(0)

結局、手伝わず

仕事を早退して、午後からKさんちへ行く。
先月末、北海道で右足の股関節の手術をしたKさんが先日無事家に帰ってきたのでお見舞いに行ってみた。
手術は成功して、今まで長い間苦しんできた痛みがすっかり消えたそうだ。
それは本当によかったと思うが、話を聞くと、これからもいろいろタイヘンそうだ。
股関節に入れたセラミックの耐久年数が20年で、それを過ぎたら再手術が必要とか、今後一生、足の付け根を90度以上、曲げることは厳禁なので(脱臼しちゃうそうだ)、スキーやスケートはもちろん、拭き掃除も和式トイレも和式布団(?)で寝ることもできない、などなど。
でもさしあたっていちばんタイヘンなのは、来年の4月にもう一方の左足の手術をすること。
北海道は遠いよなあ。

顔を見て、なにか手伝えることがあったら手伝って、とっとと帰って来ようと思ったのに、結局、だらだら話し込んで、何も手伝わずに帰ってきた。

でも思ったより元気そうでよかった。

by kuni19530806 | 2008-11-11 23:12 | 友達 | Trackback | Comments(0)

そんな私はかなり不気味

鬱々しているときは、ムリをしてでも元気方面に近づき、その生気のおこぼれに与ろうとするべきか、そんな気分じゃないんだから落ち込んでるわけなのでじっと耐えるしかないのか、迷うところです。
さしあたってはマロです。
わがやの駄犬に癒されてます。

癒す、ヒーリング、界隈はなんだかうさんくさくて、ふだんはなるべく近寄りたくない分野の語なのですが、そうとしか言いようのない気持ちっす。

日常は足蹴…にはしないまでも、他の家族が溺愛している分、私はクールに接している(ま、「ふつう」ってことです)マロですが、このところ、マロマロとひっついて
「なんかさあ~人生ってつらいもんだよねえ」とか
「私、ちょっと食欲ないんだよ。い~な、マロは旨そうに食ってさ。…それにしても、そんなのホントに旨いの?」とか
「目をこすり過ぎて腫れちったよ。悔しかったらマロも自分の目をこすってみ!」とか
「なんかしゃべってよ」とか
ハタから見たら不気味としか映らないテンションで一方的に話してたりしてます。

それにしても、なんで犬って「全てわかってます」顔をするんでしょ。
そんなの、こっちの見方次第、さじ加減ひとつ、というのは言わずもがなですが、それでも、どーしても「わかってる」としか思えない表情やしぐさをする。
泣き言のときに寄り添ってきたり、込み入った愚痴を言おうとした瞬間、そっぽ向いたり。
おもしろいなあ。

by kuni19530806 | 2008-04-03 23:52 | 友達 | Trackback | Comments(0)

親を亡くすということ

福島県郡山市在住の高校の同級生のSから電話。
先月、長く患っていたおとうさんが亡くなったそう。
7年前、私の母親が倒れて地元の病院に入院したとき、偶然にもSのおとうさんが盲腸で同じ病院に入院してきた。
あのとき、すでに彼女のおとうさんは糖尿病で満身創痍状態だったなあ。
Sが「ここ数年、友達の親が続けて亡くなって『ああ、そういう年齢ね。順番なんだな』と覚悟もしていたのに、実際、自分の親に逝かれると、それは順番だなんて全く思えなかった」と言った。
そうなんだよねえ。
今回のSにしろ、去年おとうさんを亡くした、やはり高校時代の友人のKにしろ、そして7年前に母を亡くした私にしろ、親とは必ずしも良好な関係とは言えなかった3人なのに、亡くしたらこぞって人並み以上にガックリきてんの。
「人並み」がどの程度かはわからなくて言ってますが。
でも、高校のときから親の愚痴をこぼしてたんだよね、私達。
確執があった方が、亡くすと気が抜けるんでしょうかね。

by kuni19530806 | 2007-10-13 23:20 | 友達 | Trackback | Comments(0)