カテゴリ:げいのうじん( 6 )   

僕らの音楽   

10月も終わりだー。
今年もあと2ヶ月。
2ヶ月!?
本当に秋以降の「年内」は駆け足。
しかも加齢と共にその脚力(だけ)は増してる。
とにもかくにも、日没時間と比例するように1日そのものも短くなっている気がする。

「僕らの音楽」を見る。
小泉今日子に興味があるのだ、私。
若い頃はなかったんだけどね。
前にもどっかで書いたかもしれないけれど、過剰なくらい自分の年齢を前面に出すその姿勢に興味があるのかもしれない。
自分も、包み隠さず加齢していきたいと思っているから、かも。

あ、前に『原宿風景』という彼女の本を読んで、自分はこんな感想を書いてた。


この本の彼女を見て、「キョンキョンも老けたな」という感想を持つ人は老若男女を問わず、多いかもしれない。
ライティングの工夫ができなさそうな屋外撮影写真が多いし、過剰な修正、加工もされてなさそう。
特に表紙の写真は、まるであえて若くなく写っている写真を選んだ感じさえします。
そこにも、自分を客観視、必要に応じては「自分は40代だ」を強調し過ぎる主観視(?)、が感じられます。

以前、なにかのインタビューで彼女は、芸能人のわりにお肌の手入れが無頓着で、それを人に指摘されても何もしなかったと言い、その理由として、「ちゃんと年相応に老けていけばいいじゃんと思ってた。それに、タバコを喫っている自分がお金をかけてお肌の手入れをするのってなんだかおかしな話だと思えて、エステとかに行けなかった」と告白してました。
それを読んだとき、この人はかっこいいな、と思いました。
なにも、正直だから、潔いから、かっこいいわけではありません。
いや、確かに正直さ、潔さはかっこよさに繋がるかもしれませんが、底辺に「まっとうな価値観や羞恥心」あってこその正直さや潔さ、じゃなきゃ、それこそ、元アイドルのあけすけな自作自演の暴露本が皆かっこいいってことになっちゃう、とでもいうか。
上手く言えてませんね。
結局、人としてのバランス感覚、に集約されるのかもしれません。


2年前の文章だけど、今の自分より全然上手く言えてるよ、と自分に突っ込んだりして。
・・一人芝居。

自分が書いた「まっとうな価値観や羞恥心」にオフィシャルな定義などない。
でもきっと、人それぞれにはあるのだ。
周囲の人や環境や状況や体調なんかで多少ブレつつも。
まっとうじゃなく見える人にもまっとうな価値観や羞恥心はある、と思っていると、けっこう面白い。

久々に見た(テレビでだけど)小泉今日子さんはやはり年相応に加齢街道を進んでいました。
でも、悪くなかった。
「優しい雨」も聴けたし。
私にとっては往年の名曲です。
そうか、1993年なんだー。
中井貴一が、松田聖子も老眼が始まっていることを暴露しててちょっとビックリ。
いいのか、言っちゃって。

貴一曰く、小泉今日子さんはアドリブの天才だそうです。

最後から・・というドラマのスペシャル版が見たくなりました。
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by kuni19530806 | 2012-10-30 23:02 | げいのうじん

西野公論   

数日ぶりにキングコング西野の「西野公論」を覗いたら、ブログは終了してた。

「ブログは」というのは、日記そのものは7月3日で終わっているのだけれど、その後も毎日、彼の独演会のスポット映像(?)は更新されているので。

西野公論は、私に「ブログ炎上」というくだらない現象を教えてくれたブログでした。
今でもそうですが、炎上に加担(?)する匿名の輩はホントにくだらないと思うし、彼の2ちゃんねるに対する見解には丸ごと共感しました。
ただ、私は、キングコングの漫才を一度も面白いと思ったことがないせいで、当初、このブログそのものに対しては全く関心がありませんでした。

そもそも自分は「お笑いの人にはネタで楽しませてもらえばいい派」なので、バラエティやブログで垣間見える彼らの一面にはさほど興味がない、のです。
しかも、西野公論にはひっかかる部分もけっこうありました。
極論、自信過剰、露悪さ、ひとりよがり・・・。
2ちゃんねるへの意見など、その姿勢にはうなずけるところはあるものの、これじゃあ、嫌われるのもしょーがない、と思ったりしました。

なので、その後も西野公論を定期的に読む、ようなことはありませんでしたが、ひょんなことから手にした彼の絵本『Dr.インクの星空キネマ』が、彼のブログとは別な意味でひっかかったのです。

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エクスキューズの多い文章で自分でもうっとうしいですが
この絵本も決して好きなタイプではありません。
労作であることは確かですが(5年かけて完成したそうです)、労作であればなんでも素晴らしいというものではないし、描き込んだことに、作者がひとりで悦に入っている感を覚えました。
ストーリーも、志しはわかるものの、私には今ひとつピンと来なかった・・・。

だったら何にひっかかったのか。
よくわかりませんが、必死さ、ですかね。
真剣さや誠実さ、とは似ているけれどちょっと違う、もっと崖っぷち感が『Dr.インクの星空キネマ』からは伝わってきた。
描かずにはいられない、というより、描くことでぎりぎり何かを保っている、みたいな感じ。

そう思ってあらためて「西野公論」を読むと、やっぱり文章からもその必死さは感じられたのです。
絵本というフィルターを介して文章を読むと、その景色がちょっと違って見えた、という感じでしょうか。
ただ、文章は絵本よりむしろ自分を取りつくろったり装飾過多になりがちですから、必死さはまるで大風呂敷や戯れ言や暴言のように映ります。
要するに、西野亮廣という青年は、なににつけやり過ぎがちな「過剰」な人なんでしょう。

「過剰」をキーワードにすると、西野公論はなかなか興味深い読み物になりました。
当たり障りなくポジティブなことを行間を開けて書いて、自分自身やその日に食ったモノの画像を載せていることの多い芸能人のブログの中で、西野公論は異彩を放っていました。
読み手を敵に回しそうな表現も、嫌われたり炎上することを怖れていたら、バリバリ確信犯でもある過剰な自分の存在理由がなくなるという切迫感、もしくは矜恃にも見えてきました。

とはいえ、だからといって、「西野が西野公論が好き!」にまでは至らなかったわけですが、彼のブログは、最大公約数という幻想向けではないことに好感が持てるようになりました。

なので、終了は残念です。
もっと残念なのは、4日からアップされている彼の独演会のスポット映像が、やっぱり私にはちっとも面白くないことです。
ホント、残念!!
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by kuni19530806 | 2010-07-06 23:53 | げいのうじん

カエラとアンナとヘンな髪型の男子達   

私は木村カエラと土屋アンナの区別がたまにつかない人間ですが、今回のでき婚(←この言葉もどうかと思うけど)報道を聞いて、ますます混同しそうです。
いや、顔もキャラも全然違うということは認識しています。
土屋アンナといえば、私にとっては「下妻物語」とauですし、木村カエラは「そっちじゃない方」だとはわかります。
でも、タイトル(名前)の字面と、キャリア年数と、顔のバタ臭さ指数と、一部にはすごく人気があるらしいけどそのへんの中高年には知名度が低いという意味での浸透具合の濃淡、あたりがどうも似て蝶。
全然似てないのにねー。

土屋アンナはちょっとヤンキーが入っていて、そのエリアの方に顕著なように生き急いでいる感じで、最近はすでに劣化し始めている印象。
一方の木村カエラは可愛い系で、今が旬の強気さも醸し出され、それは私にはアイドル全盛期の小泉今日子を彷彿させ、「今は何をやっても私は嫌われないでしょ」ぐらいの体でCMに出ている。

そこまで違いがわかっているのに、たまに区別がつかない自分がフシギだ。
私の中ではどこか、セット販売なイメージがあるのかも。

それにしても、木村カエラと結婚する(した?)瑛太という人は長らくヘンな髪型をしていたけれど、今もそうなのだろうか。
最近、有名無名を問わず、ちょっとヘンな髪型をしている30前後の男性が多くないですか?
オダギリジョーとか、キンキキッズのヤンチャ顔の方とか。
誰か止めてやれよ、みたいな。

今の仕事先に出入りしている営業マンにも1人、ものすごく個性的なヘアスタイルがいます。
かりあげなのに頭頂部はふっくらウエーブ、しかもアンシンメトリー。
以前、その会社主催の会合に行った際に彼は進行役をやっていたのですが、出席者の間では、司会者の髪型のインパクトが強すぎて話がアタマに入って来なかった、と評判でした。
私はそのとき内心「彼は髪、もしくは頭部に先天的な不具合があってそういう髪型にするしかない」のかと思っていたのですが、現在の彼はアンシンメトリー具合やふっくら度に微妙な違いがあって、なんだかオシャレのつもりでやっているらしいのですよ。

男性の髪型に限らず女性でもなんでもそうですが、おしゃれってさじ加減が難しくて、それはまさに味見みたいなもんですね。
こだわり過ぎると加減がわからなくなって、本人だけが悦に入っているというか、裸の王様化しがち。

っていうか、オダギリジョーにしろ、瑛太にしろ、もしかしたら自分の整った顔が邪魔だと思っているんですかね。
だからわざとヘンな髪型をすることで「自分は顔だけカッコイイ人間じゃないんだから」と主張しているのかな。
でも、だとしても、着地点を見失っているような気がする・・のは私だけ?
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by kuni19530806 | 2010-06-03 23:25 | げいのうじん

顔が違う鼻が違う目頭違う目的違う ゴメンね   

タイトルは、山口百恵さんの「イミテーションゴールド」の替え歌の替え歌です。

今日の読売新聞の家庭欄の杉山愛ちゃん。
美人。
こんな顔、してたっけかなあ。
現役時代は日焼け止めを塗るくらいですっぴんで試合をしていただろうし、私も化粧前と施行後ではかなり顔が変わるのでナンですが、化けるもんですね。
っていうか、やっぱりお直し?
こんなに、パッチリ二重じゃなかったもんなあ。

この前、古い雑誌を見たら、まだ売れていない頃の伊東美咲が出ていて、全然違っていた。
鼻がね。
一般人の鼻でした。
aikoという人もフシギな顔をしているなあと思っていたけれど、昔のCDのジャケットではふつうの顔だったし、安めぐみの目頭の切れ込みはもはや傷だし、そういえば15年前ぐらいの内田有紀全盛期(?)、看護学校の司書をしていて、看護雑誌のバックナンバーで無名のモデル時代の内田有紀がナースのかっこうをしている写真があってビックリしたっけ。

ん?
内田有紀って書いてあるけど、同姓同名の別人だわ、かわいそうに。
んー!?
も、もしかして本人?
そういえば、輪郭とか笑い顔に面影がある!
すげー。
あんな風に変われるなら私も整形してえ!

と思いました。

そんななか、ちらっと最近の玉置浩二の画像を見たのですが、どこがどうとは言えないものの、おもいっきり顔が変わっていませんか?
いや、顔立ちは同じなのですが、微妙なさじ加減が全く違っていて、化粧でごまかせないせいか(昔はごまかしていた人ですが)、トーンが別人。
それでなくても話題満載の物件ですが、よもや顔まで!
なんだろうなあ、あのキャラは。
こっちはお腹いっぱいだからもういいよ、と思うのに、次々にネタを提供してますね。
それも全て、昭和の影を色濃く引きずっているようなネタ。
昭和の影は色濃く引きずっていただいていいのですが、セレクトがいちいちねっとりしてるっていうか。
しかもハズしてる。
ネタ的にはど真ん中のストライクなのに。

本人には必ずしも濃厚なイメージがないのに・・いや、それは私がこの物件にあまり興味がないだけか。

さっき、やりすぎコージーをちらっと見たら、友近が妙に濃厚なエロいキャラをやっていました。
それに比べて光浦さんはまるで高校生。
万年乙女って感じ。
永遠ではなく、万年。
バービーはますますアンタッチャブル山崎にそっくりになってきたし(柴田はどうした!?)森三中は全員、妙に貫禄というより風格が出てきて揺るぎない感じで、たまにしかテレビを見ないといろいろ面白いなあと思ったことでした。
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by kuni19530806 | 2010-05-17 23:13 | げいのうじん

塩野七生と朝青龍   

最近、気が強い年配女性が気になるのですが、今月号のGrazia(ついにスペルを覚えました。何も見ないで書けるようになりました)の塩野七生さんもいい味出してます。

相変わらず立ち読み情報なのでかなりいい加減ですが、<人を惹きつける!“モテ力”の磨き方>というトホホなタイトルの特集に登場なさって、「大切なのは密室」とおっしゃっていました。
キャプションを二度見しちゃったよ。
密室って!?
女性誌のインタビューの小見出しでそんな単語を見かけるとは驚きました。

要するに「外野の意見だのなんだのに邪魔されないために、孤独な場所に籠もって自分を見つめる時間が大切」だという意味での「密室」発言だったようですが、密室とは参ったね。
密室は定員一名の個室とは限らないのだから最初から外野のいる密室もあろうて、と思うのは若輩者の屁理屈でしょうか。
いずれにしてもさすが塩野七生、伊達に長年ローマ人を物語ってませんね。
っていうか、それより個人的にすごくビックリしたのは、彼女がシオノナナミさんだったこと。
ずっっっっと、シオノナナオさんだと思ってました。

このインタビュー、どっかの外人男性(←アバウト過ぎる括りだ)がインタビュアーなのですが、ナナミさんはド迫力のアイメイク&アルマーニで会見に臨み「私、今までの人生で美しいと言われたことなどありません。おほほっ」などとコメントなさっている。
んなこと言われてもね。
よしんば「だろうな」「やっぱりね」と思ったとしても、もちろん言えない。
ほぼ誰に対しても言えないっすよね。
特に、その力の入ったいでたちと背負っている塩野七生というビッグネームを考えれば、「まさかっ!?」とか「またまたご謙遜を」と返すか、おもいっきり笑って、気の利いたジョークを拝聴しました的リアクションをとるしかないでしょ。
勝負の決まっている、相手に対しては退路を断ってるようなコメントを臆面もなくジョークっぽく持ってくるのがスゴイぞ、ナナミ。
いいなあ、この気の強さ。

話は飛んで、同じ「気が強い」んでも、朝青龍は気の強いバカですね。

バカは揶揄ではありません。
何かをとことん究めるってことは、バカか変人じゃないと無理だ、ぐらいに思うので。
ただ、その何かが相撲なら良かったんですが、彼はガキ大将、だった気がする。
北の湖とか千代の富士とか貴乃花は典型的な「相撲バカ」という感じですが、ドルゴルスレン・ダグワドルジはジャイアンなんですよ。
あの、単純さ、異常な負けず嫌いさ、わかりやすい感情表現、口より手な感じ、反省はするけどすぐ忘れそう、でも義理堅そう、親に弱そう、その場しのぎの言い訳を平然としそう、先のことなど考えずに今の楽しさを最優先しそう・・・。
やっぱ、朝青龍は剛田武だ。
そんな彼に規則や品格を求めてもね。
たとえ頭では理解しても、身体がついてこないでしょう。
相撲は道かもしれませんが、ガキ大将は本能ですから。
しかも担任が、オテンキの小ボケ先生みたいな高砂親方だしな。
「おまえたちに一言だけ言っておく。・・・オッパイ」みたいな。
そりゃあ、学校の品格品格とうるさかった元副校長の内舘牧子センセの逆鱗にも触れるよ。

朝青龍は、精神力や修行の賜物ではなく、もっと根源的な、本能が命ずるままに、ある意味、無理なく強くなった人だと思うので、横綱としての器の種類が違います。
大きさではなく種類。
今、世間で論じられている朝青龍への賛否は大きさと種類を混同しているとしか思えないので、双方がずっと平行線のまま相容れないに決まっているし、論じてもしょうがない。
そして、表面上だけであれ、今の相撲界が本能ではなく道にこだわる以上、あの希代の横綱の居場所がとっくになかったのは自明の理です。
暴行事件は、居場所のなさを察知したガキ大将たる彼のプライドというかレーゾン・デートルが限界点に達した、そのあがきみたいなもんかもしれません。

ガキ大将が大人になることを拒み、ガキ大将の本能でこれからも突き進むなら、総合格闘技に行くでしょうね。
あのストッキング被り顔はヒールにはうってつけだ。
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by kuni19530806 | 2010-02-05 14:42 | げいのうじん

盤石にも程がある   

TSUTAYAの書店コーナーで立ち読みをしていたら、いかにも福山雅治!という曲が流れてきました。
私における福山雅治はバラード。
2~3曲しか知らないけど、いわゆる「せつないバラード」を得意としてますよね、福山雅治って。
でも、今日耳にした曲の出だしは、ハイファイセットの「フィーリング」にそっくり。
「でも」の方向性が不明ですが、最初、この「フィーリング」を福山雅治がカバーしたのかと思っちゃいました。
家に戻ってyoutubeでチェックしたら「はつ恋」という曲だと判明。
初恋ではなく、はつ恋。
PVもわかりやすくせつなさを醸し出していました。

それにしても、福山雅治は何年盤石なポジションにいれば気が済むのでしょう。
あの、硬軟取り混ぜた全方位網羅の感じは、龍馬で更にヴァージョンアップするんでしょうね。
それでも、たまのエロトークは封印せず、気軽なつっかけサンダル的スタンスで国民的人気者道をばく進する様子が今から目に見えるようです。
そして歌うのはせつないバラード。
若い子だけでなく、既婚、中高年も含めて、全ての「女子」が「もしかしたら自分も脈ありかも」と妄想に走れるような思わせぶりな歌詞。
瑕疵なしで、向かうところ敵なしだよ、福山。

「小島慶子 キラ☆キラ」を聴いていたら、テーマが試験(受験かも)で
「自分の学校が教員採用試験の試験会場になったことがあって、先生が前日『教室に貴重品を置きっぱなしにしないように』と言ったところ、誰かが『先生になる人がモノを盗んだりするんですか』と質問した。
それに対して先生は『落ちる人も受けるんだ!』と答えた」
という投稿に笑いました。
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by kuni19530806 | 2010-01-15 23:35 | げいのうじん