2014年 11月 26日 ( 1 )   

顔面遊園地 ナンシー関 消しゴムの鬼   

11月22日、渋谷PARCOで開催していた『顔面遊園地 ナンシー関 消しゴムの鬼』に行く。

PARCOの告知を貼ろうとしたけれど、25日までだったから貼れなかった。


そうか、ナンシー関が亡くなったのは2002年だったのか。
2003年だと思っていた。
っていうことは、13回忌に合わせての開催だったのか。
ってことは、2008年に同じ場所で開催された大ハンコ展は、7回忌だったってことなんだな。
当時は認識していたのかもしれないけれど、今、腑に落ちた。

2008年の展示の方が面白かった。
それは自分の気持ちのありように由来するのかもしれないけれど、ナンシーの仕事部屋が再現されていたり、ゆかりある人々のいろんなコメントが流れていたり、随所に遊び心・・裏を返せば、ナンシーの不在がまだ生々しかった。
5年以上経っても、自分を含めてそうなんだあと、ある意味、衝撃だった記憶あり。

今回、やはり「この世界はナンシーを喪ってしまったのだ」感はひしひしと覚えたけれど、月日の分、諦観は強くなった。
その諦観と、それをヨシとするのはまた別で、6年前より「それじゃマズイだろう」は上回っている気もしたのだけれど、ナンシーの死を受け入れてしまっている世間、関係者、自分がいた。


twitterでもちょっとつぶやいたけれど、ナンシーの死後、ナンシーと交流のあった人々の仕事が気になる。
今回の展示の主催者の町山広美右衛門とか。

ナンシーの対談相手の中でも、私は町山さんがいちばん好きだった。
『隣家全焼』や『堤防決壊』。
リリーや大月教授との化学反応も好きだったけれど、女同士特有のシニカルさは、ナンシーものにはちょっと貴重で、暴走っぷりもなんだか歯止めが効かないデンジャラスな感じがあって、読んでいてワクワクした。

正確な文脈では覚えていないけれど、町山さんが他の媒体での自分の文章や発言を恥じたり、「ナンシーに怒られるのは覚悟」と開き直ったりしていることがけっこうあった気がする。
そういうことにもシンパシーを覚えた。

今、町山広美のナレーションをたま~に聞くことがあって、そのたび「これ、ナンシーが生きててもやってたのか」と思う。

要するに、私がそのナレーションに違和感を持ってるということなのだけれど、ナンシーでもないくせに、ナンシーの威を借りて批判ポジションに立ちそうになるわけだ。
われながらかっこ悪いので、ギリギリで気づいてやめるけれど、ここで書いちゃったら、やめてないのと同じだ。
バカ。

バカついでに書くと、糸井重里と妙に昵懇な最近の清水ミッチャンにも、ナンシーの威を発動しそうになる今日この頃。

実は、ナンシーが生きていたらいちばん読みたいのは、最近(特に震災以降)の糸井重里評なのだ。

私には、どこかうさんくさくて、でもなんだかんだと気になるほぼ日の世界観(!)を、あのコラムを、ナンシーに看破して欲しい気持ちがある。

でも、この感情のめんどくさいところは、同時に、ほぼ日に安心させられている自分のいるところで、そのあたりも含めて「ナンシーがいればなあ」と思う。
あらためて思っちゃう。


ナンシーを見てランチを食べた後は、誘ってくれた友達ご推薦の喫茶店に行く。
マメヒコというお店だった。
こだわりのお店っぽかった。

オーダーしてからかなり待たされたが、「このお店の雰囲気は待つことも楽しいでしょ」的お店の自負を感じた。
実際にそうだったけど。

一緒に行った友達は、話が面白くて、洞察力があって、そういう人との会話は「ふだん使っていない自分の脳を動かしている」自覚があって楽しい。
だから、待たされてもいいわけだけどね。

カンボジアプリンが美味しかった。すごいボリュームだった。
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友達が食べた焼きリンゴも相当なシロモノだった模様。
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by kuni19530806 | 2014-11-26 10:08 | お出かけ | Trackback | Comments(0)