2013年 08月 13日 ( 1 )   

風立ちぬ   

宮崎駿『風立ちぬ』を観る。

映画館で映画を観るのは久しぶり。
久々だと、家からたとえ徒歩5分の場所であっても、「映画を観るために映画館に行く」という行為そのものがスペシャルで、見ず知らずの人々といっせいに上映を待つ、あの独特の感覚すら新鮮で楽しく、ああ、こういうのってたまには必要だわ、と思ったことでした。
これからもしょっちゅう映画館で映画を観よう!ではなく、新鮮さを味わえる程度にそこそこ間を空けて映画館で映画を観よう!みたいな。

『風立ちぬ』は、いろーんな見方のできる映画でした。
面白かったし、ことに映像の美しさや迫力、そしてアニメならではの世界観(この「世界観」って言葉はクセモノだけど、他に思いつかなかった)は心から堪能したし、話題になるだけの作品だなあと思いましたが、観終わっていろいろ考えたり反芻したりした今、「手放しで好きな映画か?」と問われたら、微妙だと思う自分がいます。
好き、です。
が、好き好き!な感じではないというか。

人生はハイリスクハイリターン、ということを、日常と壮大、両方のスケールで描いた映画だと思います。
愛、美、夢は単体で存在するものではなく、必ず相応の規模の残酷さや危険性が隣り合わせ・・じゃなく、セットでくっついていて、愛情や美しさや夢を選ぶということは、それらもコミで選ぶことだ、というのが、繰り返し語られています。

地震や戦争や病気が、時には愛情や美しさや夢を、より崇高なものにする(してしまう)こともあるという事実は身震いするほど怖い。
でもそうでなければ、もしかしたら人は厳しい現実を乗り越えたり立ち直ったりできないかもしれない。
それらを含めて、こちらにグイグイ圧をかけられている感覚もあって、そこが「好きだけど、好き好き!とは言えない」理由という感じでしょうか。

以下、ネタバレ。




妻病床での喫煙シーンや、自分の最期を夫に見せない妻の姿など、賛否両論あって、それはもう、作り手は想定済みかと思いますが、「人生は自分に都合のいいものだけは選べない」ってことだよなあと思う。
「美しい自分の記憶だけを二郎に残したい」とひとりで死出の旅に赴く菜穂子は、一見、自分に都合のいい姿だけを選ぶ女みたいですが、やっぱり違うと思う。
みっともない日常やあられなく生にしがみつく姿こそ美しいという考え方はあるし、自分もどちらかといえばそっち派ですが、自分がそっち派であることと、菜穂子の行動への納得は両立する。
でも私の場合、若いときは両立できなかったかも。

私にとっては、中年になったからこそいろいろわかる映画、かもしれません。
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by kuni19530806 | 2013-08-13 21:29 | 映画