2012年 06月 10日 ( 1 )   

母の遺産 新聞小説   

水村美苗『母の遺産 新聞小説』を読む。

『私小説』『本格小説』と水村さんの小説を堪能してきましたが、発表する小説と小説のスパンの長さにかけてはかの飯嶋和一さんに引けをとらない(?)著者なので、正直、水村美苗という小説家の存在を忘れてしまうこともしばしば。
読んだ上の2作はどちらも「すげえなあ」と畏れ入ったのに。

今回も畏れ入りました。
リアルタイムで実父のめんどくささに辟易している身としては、めんどくささ女王の母親に翻弄されるヒロイン美津紀(50代)とその姉に、同情したり同調したり間違った励まされ方をしたり、いろいろしましたよ。

この母を筆頭に、登場人物はけっこう屈折した輩ばかりですが、不思議と読んでいて辛くなるということはなかった。
修羅場的なシーンでも、筆致がクールだからでしょうか。

中盤までは、母親と娘の確執やそこに至る過去が中心でしたが(やたら具体的なお金の話が出てくる。ま、タイトルが母の「遺産」ですからね。副題に「ハイソ老後生活必要費用考察小説」と加えてもいいかも)、以降は母亡き後の美津紀の邂逅と将来の展望へ。

ちょっと高橋たか子さんの小説を思い出しました。
『本格小説』を読んだときもそう思った瞬間があったような気がする。
内容はすっかり忘れてしまったけれど。

タイトルの「新聞小説」は新聞に連載されていたから、というだけの意味ではなく、新聞連載小説であった尾崎紅葉の『金色夜叉』が所以だったりします。
『金色夜叉』に関しては、貫一・お宮という名前と、あの有名なセリフぐらいしか知りませんでしたが、今の時点ではまるでこっちも読んだような気分になっています。

最後に東日本大震災のことが出てきます。

伊勢丹を筆頭に実在の固有名詞がバンバン出てくるし(箱根のホテルについてはどこからがフィクションなのだろうか)、著者の主観が意図的に投影された小説だとは思って読み進んでいましたが、震災が出てきたところで、もう美津紀が著者自身だとしか思えなくなってしまい、ちょっと混乱しました。
新聞連載という特殊な事情も起因するのでしょうが、あの地震と事故は、表現者にとって避けて通ることができない、唐突な印象になるリスクをも凌駕する出来事だったのだろうなあと思ったりしました。
形はどうあれ、どう咀嚼したのであれ、表現者はその時点での自分のリアルな感情を出して欲しいと思う派なので、震災を小説に組み込んだ水村さんに私は好感を持ちました。

読後感は意外なほど爽やかです。
最後の「今見ている、もう母親は見ることができない桜は自分もいずれ見ることができなくなる桜だ」という一文(今、手元に本がないのでテキトー)も、妙に清々しく感じられました。

読んでよかった。
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by kuni19530806 | 2012-06-10 13:17 | 読書 | Trackback | Comments(2)