2012年 02月 27日 ( 1 )   

Twitter考   

ツイッター、まだよくわからないところが随所にあるくせに気がついたら200以上つぶやいてる。
私のツイートは全部どうでもいいことで、しかも誰にも依頼されていないのに140字という字数ちょうどに収めることにムダにエネルギーを費やしている気色の悪さ。
時折、どうなんだろうこれ?と思わないわけでもないけれど、じゃあ、フォロアー数十万という人のツイートも含め、どうでもよくない意義のあるツイートってあるのかというと、それは人間の価値に重さ軽さはあるのか?的な壮大な設問と同じレベルで「ない」だと思うので、同じ「どうでもいいつぶやき」という土俵なら、数十万人より20人のタイムラインに乗る方が罪が軽いというか、人々の人生の邪魔をしないということも言えるのではないかと思い、まあいいか、と大手を振ってどうでもいいことをつぶやく今日この頃です。
なんだ、それ。

どうでもいいつぶやき満載のツイートの中にも時には(というか、わりとしょっちゅう)こちらの心にヒットするツイートがあります。
でも、こちらの心にヒットしたからといってそれは当然「私以外の人にとっても素晴らしいツイート」ではなく、単に「私の心にヒットした」だけで、やっぱりツイートはそれもこれも皆平たくどうでもいいつぶやきだと思うのです。
そんなことを思いつつ、自分の近しい人に読んで欲しくて時々自分にヒットしたツイートをリツイートしたりもするんですけどね。

そんなツイッターですが、やっていると気づくことは他にもあります。
いったい、私をフォローしてくる面識も好みの共通項も全くないと思われる人の意図は結局なんだ!?とか、オフィシャルな顔(文)とツイートの内容に落差がある文筆業の方がけっこういて面白いとか、第三者には全く意味の通じない会話をまるで通じないことを周囲に見せつけることが目的のように延々と続ける輩がわりに多いな、とか。

そんななか、いちばん気になるのは、自分を褒め称えるツイートをリツイートする人、ですかね。
いや、たとえば自分の作品という商品に対してなら全く気にならない。
本にしろ映画にしろ音楽にしろ、商品になったら多くの人が関わってくるし、商品は「売る」ことが目的ですから。
リツイートに文句はありません。
じゃなくて、自分の主観や人間性に対する賛同や賛美のリツイート。
うれしいのはわかるけれど、コメントしてくれた人に一言「ありがとうございます」と返信すればいいのに・・っていうか、その方が百倍好感が持てるのに。
その人にとっては自分の人間性も商品だから1人でも多くの人の目に触れるように、と思うのかなあ。

でも、もはや確固たる地位のあるベテランサブカル系の人にそれをされると、私などちょっと引いてしまうわけです。
たとえ主義や主張があっても、自分は正しいでしょ?正しいでしょ?と連呼されてるみたいで、その主義主張がむしろうさんくさく思えてしまう。
そんなわけで、某○○さんのタイムラインに胃もたれして思わずフォローを外してしまったよ。
自分にとってはこうなるともはや、その主義主張の正しさとかは関係ないのね、と気づきました。
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by kuni19530806 | 2012-02-27 20:34 | インターネット | Trackback | Comments(0)