2011年 09月 19日 ( 1 )   

福島の友達に会って思ったことあれこれ   

今月限定で上京している福島市在住の友達に会う。

今年の2月にお笑いライブに誘ってもらって横浜で会って以来です。
あれから7ヶ月。

あの頃は平和だった。
本当にのうのうとしていた。
最大の懸案は「来るべき花粉飛散期を少しでもラクにやり過ごすにはどうしたらいいか!」だった気がします。

友人からは、地震の日のことや、その後の日常や、保育園での仕事のことをいろいろ聞きました。
福島市が地震の直接の被災地と言えるかどうかは微妙です。
その後の原発事故でのポジションも微妙です。
福島市や郡山市は、警戒区域の住民が集団で避難している・・のに、場所によっては警戒区域の現在の放射線量よりは高い地域があったりする。
郡山市在住の友達も言っていましたが、人々の立場、深刻度、考え方、行動は、同じ「市内」でもかなり温度差がある模様です。
これが、原発にもっと近い浜通りや、関東圏あたりとほとんど放射線量が変わらない会津地方だと、もっと温度差が小さいんだろうと思います。
危機意識の高低差が少ないっていうか。
福島市や郡山市って、なんだか、福島県全体、日本全体の縮図みたい。
原発に対する意識の「差」だけじゃなく、都市部と農村部、両方あることも。

この温度差、高低差のやっかいなところは、ひとりの人間でも、心理状況や体調や授受した情報の種類、言い回し、周囲の言動や行動によって、振幅が針が左右に大きく揺れがち、というところだと思います。
5分前は「ここで頑張ろう」と思っていた人が、ネガティブな情報ですぐ「やっぱり避難した方がいいかも」に変わることも日常だったりすると思う。

正解がわからないから不安になるし、周囲や環境に影響を受ける。
あたりまえです。
それで、疑心暗鬼になったり、共同体の中でまで差別ができたり、全てのやる気が失せたり。
これは本当に、福島市や郡山市だけじゃなく、いまや、県全体、東日本全体の実情なのだよなあ。

愛知での「福島産の花火を打ち上げない」決定のニュースを見て、いろんなことを考えました。
最初は「なにそれ!?」「過剰反応!」「これぞ風評被害!」「愛知なんてだいっきらいだ!」ぐらいに憤りましたが、愛知や先々月ぐらいの京都に限らず、形は違えど日本中で類似デキゴトはいっぱい起こっているのかもしれない、と思った。
無意識下でもきっと。
だとしたら、その風潮や心理に一石を投じるためにも(心理の善悪は別として)、こういうインパクトのある、分かりやすく批判しやすい事件を大々的に起こしてくれた愛知に感謝だわ、と思ったり。
考えるきっかけになりますからね。

もっと安心して暮らしたい、怖い思いはしたくない、子どもを守りたい、そういうあたりまえの気持ちの固まりこそが世の中を動かす、そう思いたいので、原発がらみで人々が「考える」きっかけになる事例が増えるのは悪いことではない、と思ったりしています。


友達との話でとても印象的だったこと。
「なんで“福島”原発だったんだろ、とみんな言ってる」

大熊町にある原発を福島原発と呼ぶ方式を日本中で採用すれば
女川原発は宮城原発だし
柏崎刈羽原発は新潟原発だし
浜岡原発は静岡原発だ。
でもそうは言わない。
大熊原発とも言わない。

福島原発ではなく、大熊原発だったら福島県のイメージはずいぶん違っていたのではないか、と福島県民が思ってしまうことを誰が責められましょう。
海外に対しても。
FUKUSHIMAがこんな形で世界中に知れ渡ってしまうなんて本当に本当に悔しいだろうなあ。

それと
話していて募金についても思うことがあった。
相馬市の震災孤児等支援金って募金しやすくないですか?
募金しやすい証拠に、こんな私でもうっかり募金してしまいましたし、ここには海外からもかなり振り込まれているそうです。
具体的だし、相馬市に直で届くことがわかるのは麗しいと思う。

もっと、こういう具体的な支援の口座を作ればいいのに。
もし「福島県除染支援金」の口座ができれば私は振り込みます。

使い道が不透明な募金はもういい、という気分になっているのは私だけじゃないと思う。
はっきり行き場所がわかる募金をしたいのよ。

除染支援金設立に誰か動いてくれないかなあ(こういう他力本願がいちばんダメだっつうの!?)。
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by kuni19530806 | 2011-09-19 23:34 | その他