2011年 07月 25日 ( 1 )   

ちょんまげぷりん2   

レオさんに追い抜かれましたが(笑)、私もやっと荒木源『ちょんまげぷりん2』を入手しました読みました。

前作は、江戸時代の武士木島安兵衛が21世紀にタイムスリップして、シングルマザー遊佐ひろ子と知り合い、息子友也の面倒を見ているうちに家事→菓子づくりに目覚め、パテシェとして活躍するetc というストーリーでしたが、2はその8年後、今度は14才になった友也が江戸時代に飛んじゃう、という話です。

今回は友也の成長物語です。
タイムスリップした友也は当然のように安兵衛を捜しますが、彼は行方不明。
失意の友也でしたが、ひょんなことから歌舞伎役者になり人気を博し、調子こいて危険分子として奉行所に引っ張られるハメになります。
そしてそこで・・と物語は展開していきます。

歴史上の人物が何人か出てきます。
あの明治維新の立役者も少年として登場して大活躍。
後の彼の功績の伏線になった、ととれるエピソードがたくさん盛り込まれています。
ある意味、史実を捏造。
でもこれって小説の醍醐味ですね。
私はこういうの、好きだ。

歴史上の人物について伝記で、何月何日に彼はこんなことをした言った、は知ることができても、本人の心情そのものはどれも推測の域で、本当のところはわからない。
たとえ「そのとき彼はこう思った」と断定的に記載されていたり、心情が史実そのものに組み込まれていたとしても。

わからないから想像する。
それは歴史でも今この瞬間の現実でも同じだ。
そして、小説における史実の・・歴然とした史実を前提にした「捏造」は、想像力の可能性を拡げる呼び水になるように思う。
だって、あんなことこんなことを成し遂げたあの人物が、11才のときに21世紀からきた3才上の人間の言動に触発された、なんて麗しい想像だし、だったらもしかして・・と自分の想像(妄想とも言うかも)も膨らむってもんじゃないですか。
そして、そういう想像(妄想とも言うかも)こそが、現実の自分のお目付役にもなる。
想像力が発動しないと、間違いに気づけなくなるもの。

あ、もちろん、この場合の「間違い」はいわゆる「正義じゃないもの」とかではありませぬ。
どっちかっていうと「しっくり来なさ」、もしくは「きな臭さ」、かな。

以上、『ちょんまげぷりん2』感想という名の妄想でした。
私の文章はいつも妄想ですけどね。

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by kuni19530806 | 2011-07-25 23:41 | 読書 | Trackback | Comments(2)