2011年 07月 02日 ( 1 )   

鉄塔京成線   

新婚友達の家に遊びに行く。
タイトルは『鉄塔武蔵野線』のパクリです、はい。

震災からこっち、直接的な被災は全くしていないものの、自分の生活、日常があらゆる意味で不確かなモノを確かだと思い込むことで成り立っているのだと思い知らされるばかりの日々なので、ややもすると、未来や希望などという前向きな言葉とは無縁な気持ちになる。
現実から目を背けて暢気に明るい未来を思い描く状況ではさすがにないと思うけれど、明るくなくても未来自体はある・・はず。
なきゃ困る。

未来に思いを馳せることをやめてしまったら、きっと、今この瞬間の現実の道を人は踏み外すんだと思う。
確かな現実が明るい未来を創る、とはよく言われることだけれど、未来を思い描く行為そのものが現実を確かなものにするとも思うのだ。

だから、勉強とか結婚とか就活とか懐妊とか、わかりやすく(?)未来を前提にした方向に進んでいる人を見ると、現実の不安が軽減する。
すごく。
その人達が描く明日の像がクリアであればあるほど、未来への今このときの道を間違わない気がするのだ。

抽象的な言い草に聞こえたら、それは私の文章力不足です。
具体的なことを言いたいのです。

新婚の友達の新しい家に行って最近の毎日の生活の話や、その友達のお母さんの病気が2年前の医者の診立てをいい意味で裏切り、現在とても落ち着いている、ことなどを聞いたら、久々に「人生も悪いことばかりじゃない」と思いました。
ま、美味しいものを食べたり、面白い本を読んだり、好きな人と話したり、くだらないことで笑ったり、毎日意外と「悪いことばかりじゃない」とは思っているのですが、しみじみ思ったのは久々でした。
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by kuni19530806 | 2011-07-02 23:42 | お出かけ