なぎさ   

山本文緒『なぎさ』を読む。

あの山本文緒さんの長編小説が帰って来た!
15年ぶり、だそうです。

恋愛小説の名手と言われ、『群青の夜の羽毛布』『恋愛中毒』『プラナリア』などなど、もう何年も経っているのに、ざわざわひりひりした読後感がずっと残っている、あの山本文緒さんの長編小説の新作(去年だけど)を読むことができて、よかった。

人は変わるし、変わらないものだなあと思いました。

事情を抱え、久里浜という地でひっそりと、いろんなことを諦めたように二人だけの完結した世界で生きる冬乃と佐々井くん夫婦。
そこに、才能豊かで、やはり事情を抱えたような冬乃の妹、漫画家だった菫(すみれ)がやってきます。

菫の発案で、菫と冬乃は久里浜でカフェをやることになり、そこにブラック企業に勤める笹井くんの部下の元笑い芸人の川崎くん、菫とワケありのモリなどが絡み、佐々井夫婦は、ひっそりも、自己完結もしていられなくなります。
なにより、冬乃はカフェに関わることで「諦める」ことに違和感を覚え始める。
その象徴が以下の冬乃の独白。

「私、ちょっと前まで自分は何にもできない人間だって思ってたんです。今でも私なんかにできることはすごく少ないって思いますけど、でも今まで自己評価が低すぎたと思うんです。何にもできない、働く自信がないってただ嘆いて、できないんだからしょうがないってどこかで開き直ってたところもあったと思います。自己評価が低すぎるのって、高すぎるのと同じくらい鼻もちならないのかもって最近気が付いたんです」

当然、佐々井夫婦に軋轢が生じます。
冬乃、菫姉妹にも。
狂言回しのようなそうでもないような川崎くんは、終始、オロオロドタバタ、短絡的で下世話で能なしで、読み手に共感と不快感を撒き散らしながら(?)夫婦達に関わります。

正直、最後の最後まで、読んでいて楽しい要素の少ない小説でした。
夫婦の、姉妹の、事情となる存在に対して、個人的に説得力がなかったし。

少々ネタバレしますが


存命中、私は母親に仕送りをしていました。
もちろん、自分と夫の生活を脅かすような金額ではなかったし、母親にしつこく送金をせがまれたこともなかった。
でも、だからこそ、この小説の「事情」には違和感があります。
世の中にはどうしようもない親がいる、というのはわかるし、親子関係は外側からはうかがい知れぬ事情に満ちているというのは、長く生きれば生きるほど感じるわけですが、なんだかこの小説の親子関係は私には承服しかねる(笑)のです。


それと、モリや、川崎くんの知り合いの紅ジャケくんも、なにより所さんが、私には、作者にとって都合のいい登場人物、という気がしました。

でも、それでも、やっぱり山本文緒さんは凄いなあと思いました。
おもいっきり感情移入できる登場人物がいなくて、展開がこうで、違和感があって、読後はやりきれなさや残尿感や閉塞感でいっぱいになると思いきや、なにか深いもの、希望のカケラのようなものに触れたような。

簡潔に安易に感想をまとめられない種類のいろんな感情がずっと残るような。

さすがっすね。

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by kuni19530806 | 2014-07-11 23:19 | 読書 | Trackback | Comments(0)

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