8ヶ月ぶり   

元同僚の人たちと3月までの職場に行って来ました。
数えたら8ヶ月ぶり。
朗読会を聴きに。

木曜日にスクワットで痛めた腰が朝はまだ痛くて、お昼はみんなと一緒に食べるけれど、その後の朗読会はどうしようかなあと思っていましたが、歩行も食事も案外、腰が気にならなかったので、そのまま行ってみることに。
意外と大丈夫でした。

元の職場は駅からちょっと遠くて、お天気がサイコーなので歩いて行ったのですが、道すがらの建物がけっこう変わっていて、240日という時間の経過を感じました。

朗読会、良かった。
幸田文、藤沢周平、山本周五郎という渋いセレクト。
三人が三様に読んで、どの人もそれぞれすごく良くて、引き込まれましたが、最後の山本周五郎の「二十三年」の技量というか迫力がすごくて、先のふたつの印象が薄くなってしまった。
先のふたつもとても良かったのですが。

それにしても朗読を聴くってフシギな体験。
読むのとは全然違う・・その違いっぷりはやはり自分のポジションなのだろうか。
視覚と聴覚では、距離が違うというか、別物なんだなあ。
耳を介すると、もう文章ではなくなる感じ。

自分が係をやっていたときも、つい聴き入っていたつもりでしたが、純粋に聞き手になると、これがまた全然違うことに気づきました。

前の職場は、久しぶりのような、そうでもないような、変わったような、それほど変わらないような。
感慨はあまりなかった。
どうしてだろう。
もっと前、離職して3~4ヶ月頃に顔を出していたらもっと強い感想を持ったような気がしました。
いろんなことが凪ぎになった感じ。
今後また、波立ったりするのかもしれませんが。

前の職場で楽しく働いていた同僚たちとけっこう会えていることも大きいと思います。
それと、未練とか、やり残したこととか、後ろ髪ひかれることが、意外と「ない」のだなあと。
やるべき仕事を終わらせてこなかったという意味でのやり残しはありますが、そこに責任感や罪悪感はないしなあ。

卒業しちゃったのかなあ、私。
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by kuni19530806 | 2013-12-01 23:17 | その他

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