夜をぶっとばせ   

やっと秋になったと思ったのに、またぞろ夏がぶり返してきた。
今年は夏をこじらしてしまったみたいだ。
蒸し暑くて寝苦しそうな夜。
秋の虫が盛んに鳴いていることだけが涼しげ。

今日は遅番だったのだが、夕方、遅い昼休みをとっていたら突如、Kさんが職場にやってきた。
Kさんはこの日記にもたまに登場する友達で、そもそもは私が20代前半から6年ほど勤めていた会社の先輩。
思えば長~い付き合いだ。
お互いいろいろあり、Kさんは30代後半でシングルマザーになり、娘Nちゃんが生まれてしばらくは私はNちゃんのセカンドマザーきどりで、片道1時間半のKさんの家に足繁く通った。
そのNちゃんも今では高校1年生。
高校1年生!?
そうかあ、あれからもう16年なのかあ。

Kさんとは最近、連絡をとっていなかった。
会うのは3年ぶりぐらい。
今回Kさんが職場に突如やってきたのは、Kさんがずいぶん前に携帯電話をなくし、我が家の既に未使用の電話番号しか知らず用事があったのに私への連絡が出来なかったからだが、こちらからもKさんに連絡してなかったことを柄にもなく激しく反省してしまった。
携帯は不通だったけど、家の番号は普通に繋がるのにね。

携帯やメールで知人にカンタンにラクに連絡をとることができる便利な世の中になった分、その方法が使えない人との連絡を億劫がってる気がする、私。

自分が連絡を取りたいと思う人とピンポイントで確実に連絡がとれることって、今では物理的にはカンタンな行為に成り下がってるが、考えてみるとものすごくたいへんでラッキーなことだよなあ。
あまりにそれがあたりまえになっているので、家に電話をして、本人以外が出るかもしれないことを考慮し、本人が出ても間が悪いときにかけちゃったらやだなとか思うことをすごく億劫がってる。
そもそも、家での自分に、メールをするモチベーション(!)はあっても、電話をかけるというのはあまりないかも。
身内や親戚は別として。
いったいなにをそんなにめんどくさがっているのだ、自分。

連絡がとりたい人と連絡がとれるって大げさっぽいけど実は僥倖なのだ。
メールはものすごく便利だし、もうそれがない生活なんて考えられない!ぐらいに思っているけれど、便利過ぎる世の中はどこかで足元を掬われる、とちょっと前なら思ってたはずじゃないか、自分。

そんなわけで、3年ぶりぐらいにKさんちに行くことにした。

あ、本当は井上荒野さんの『夜をぶっとばせ』の感想を書くつもりだったのだ。
不思議な小説だった。
同じ事象を視点を変えて書く、というの、好きです。
でも、登場人物誰ひとりにも共感できず、入り込めなかった。
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by kuni19530806 | 2012-09-08 23:10 | 読書

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