ほぼ10日   

マロが逝ってしまってからほぼ10日が経ちました。
今年の正月は例年以上うすらぼんやりしていて、3が日以降は掃除と片付けと、合間にテキトーに仕事をしていた(←それでいいのか!)印象しかありません。
マロがいなくなってしまったことにはもちろんまだ慣れず、玄関を開けたり通過するとき、マロの定位置でしょっちゅう立ち竦み、その都度文字どおり肩を落としますが、これが慣れてきて玄関を脇目も振らずに通り過ぎることができるようになったら、ラクだけれどそれはそれでかなり淋しいことだよなあと思ったりしています。

動物と暮らすというのは人生初の経験でした。
子どもの頃、金魚や小鳥を飼っていたことはありますが、あくまでも「飼う」で、「共に暮らす」という感覚ではなかった。
それは現在の家族全員ほぼ同じで、マロをもらってきたとき、家中の誰ひとり、犬の飼い方・・もとい、暮らし方を知らなかったのです。
だからこそ、さじ加減を量る技術はなく、一足飛び(?)にマロを家族同然どころか家族そのものというポジションにしてしまったのかもしれません。

めったにないことでしたが、稀に家族全員で外出すると(冠婚葬祭がほとんどでしたが)、しばらくすると夫の父はマロが心配でそわそわし出し、早く家に帰ろうとしました。
それは、夫の父が心から可愛がっていた夫の姉の子(要するに孫)の結婚式でも垣間見られました。
確かに、披露宴が通常より長時間だったとはいえ、あのとき私は微笑ましい気持ちを通り越し、「マロがいなくなったら父はどうするんだろう」と初めて本気で心配になりました。

夫の父は元気です。
朝夕の散歩も単身で続けています。
マロと歩いていた道は避けているようですが、その主な理由は「すれ違う人に『マロちゃん、どうしたんですか』と聞かれるのがめんどくさいから」だそうです。
尋常ならざる溺愛ぶりを10年以上つぶさに見ていたので、父の強さには感嘆します。
さすが、関東大震災の年に生まれたツワモノです。
私もいつまでもしょんぼりしていられません。
してますが。

話は変わって
液状化で大きく傾いていた千葉市の夫の姉の家の修理が完了しました。
結局、傾き中に私は一度も行かず、その惨状を聞くだけでしたが、あらためて写真を見せてもらい、そのすさまじさに驚きました。
あんな地震があって、身近にも被災者がいて、不便な生活を強いられても無事であったことに感謝し、半年以上が経ちようやく家が水平になり、でもその工事の過程の大がかりさを目の当たりにすることであらためて自然の力の大きさを思い知り、でも足元の不安さは全く払拭できないながらこの大地の上で今後も暮らさざるを得ないことに、諦めと瓜二つの腹の括り方をし・・・そんな感じで今年も生きて行くんですね。


私がうすらぼんやりしていても、世の中は動いているのだなあ。
あたりまえだけど。
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by kuni19530806 | 2012-01-08 23:09 | 友達

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