私見   

12月です。
暦どおりに一気に冬めいてきたので、今季初、毛糸の帽子持参で遅番勤務に出陣し、帰りは被って帰ってきました。

私は帽子が似合う中年です。
もとい。
帽子が似合うねーとなぜかいろんな人から言われる中年です。
特に毛糸関係。
自分的には純粋に(?)寒さ対策で被っています。
毛糸の帽子は突如、頭が痒くなったりするので本来はあまり好きではありません。
でも寒さには勝てず装着します。
するとなぜか誉められます。

きっと、露出する頭部が少なくなりコンパクトになる、からでしょう。
ビジュアルの最上部が収まった感じ、が人間性のバランスもよく見せるのじゃないかと。
自分で書いててよくわからんけど。

今日の読売新聞の夕刊に、作家であり僧侶でもある玄侑宗久氏のインタビューが載っていました。
氏は福島県出身で現在も、三春駒やしだれ桜で有名な三春町(いわき市と郡山市の間に位置します)にお住まいです。
そのインタビューの冒頭が自分の心にヒットしました。
震災で福島の人達はどう変わりましたか、の問いに。

「深刻な心の分裂が起こっています。例えば、飯舘村は津波や地震でやられたわけじゃない。高い放射線量のために、住民は避難したのです。だから今も『除染後、必ず村に帰る』という思いが強い」

 「しかし、心の中では『戻れないかもしれない』とも感じている。そのため誰かが、『戻れるはずはない』と言うと過剰に反発します。心に封じ込めた不安を口にする人が許せないんですね。


そうなんです。
私もそう思ってました。
福島県全体がなんとなく「心に封じ込めた不安を口にする人を拒絶している」雰囲気になっている、と。
それは震災後(というか事故後)かなり早い時期からで、たとえば世論的には「よくやった」の声の多かった斉藤和義のあの替え歌も、郡山の友達Sさんは「正直、聴きたくない」とコメントしてました。
Sさんは、私にはそれまで「反体制的な行為、隠蔽や虚構を白日の下に曝す行動、をどちらかというと推奨するタイプ」と映っていました。
だから「あのSさんが!?」という気持ちがありました。

今も彼女自身、おためごかしではない現実的な情報を欲する冷静な自分もいるのに、一方でネガティブな情報にはやみくもに耳を塞ぎたくなる自身...に葛藤を感じているようです。
そしてそれはSさんに限らず、福島県全体に蔓延している感じです。

それに対して、県外の人間が「そんな場合じゃない。早く厳しい現実を受け入れろ」というのはカンタンです。
本当に言うのはカンタンなのです。

年明けに兄の七回忌をするので、今、福島やその隣県に暮らす従兄や兄の友人に連絡をとっているのですが、彼らまでも、玄侑さん言うところの「心の分裂」下にいる感じなのです。
「彼らまでも」というのは、彼らは土地で生計を立ててきた農家ではないし、福島県在住歴は長いとはいえ今までずっと同じ地で暮らしてきたわけではない。
そして多くは医療従事者です。
そんな彼らをもってしてまで、という意味です。

もちろん、仕事では冷静に現実を受け入れる必要にも迫られているでしょうし、ネガティブな情報に耳を塞ごうとしているとか不安を口にする人を許さない、などと感じたわけではありません。
彼らの心の分裂はもっと叙情的、とでもいいましょうか、福島の未来の厳しさを冷静に判断しつつも、そんな福島の未来を信じる発言をしたり支援に心を向ける人に過剰なくらい感謝します。
その感謝の度合いは、言葉は悪いですが、卑屈になってるように思えるくらいです。
感謝という武装で、ネガティブな情報に煙幕を張っている気がちょっとしました。

とんでもない震災の被災地なのだから支援するのはあたりまえという、非被災者がふつうに持つであろう思考回路が原発事故によって福島にはすんなり発動されない事態になり、むしろ傷口に塩を塗られるような拒否拒絶にたびたび遭い、その理由が福島の人々にも痛いほどよくわかるだけに怒りより諦めが先に立ち、でも「理由がわかる」ことと「そうされる自分達を受け入れる」ことはやはり全く別で、復興のベクトルから外され、期待や前向きな気運もたびたび「数値」に邪魔され、どうして逃げないのだと非難もされ、傷つけられ続けることに耐えられず・・。
となれば、自分を守るために最初から冷たい反応に遭うことを覚悟して県外の人間と接するようになる。
それは当然の心理といえるでしょう。
ゆえに、ちょっとした支援の行動や言葉に涙を流さんばかりに感謝してしまうのだと思います。

従兄達と連絡をとってあらためて、福島県全体が、それは老若男女、仕事の種類を問わず、ものすご~く傷ついているのだなあと感じました。
直接、被災した人だけでなく、みんなボディブローのように傷つき続け、それが心の分裂に拍車をかけているのだと思います。

私が、先月ぐらいの「あさイチ」の一週間ぶっとおし福島特集は福島県のためにやったと思ったのは、そんな理由です。
あれを見て「御用番組」と批判した人はある意味、想像力が欠けています。
あんな番組ぐらいで、放射線量に過敏になっている層が福島に行こうと思ったり福島産の農作物を買うわけがありません。
うっかりその気になるのは、おおらかで鈍感な、きっと平均年齢も高い人々でしょう。
その人達をその気にさせたリスクはそんなに高いのでしょうか。
もしかしたら私は一元的な考え方しかしてないのかもしれません。
でも、あの番組が傷ついた福島の人達の心を癒やした効果は大きかったと思います。

被災地のがれきを拒否する人達に表立って文句は言えません。
もしかしたらその選択は正しいのかもしれないし、自分に子どもがいたら思いも違っていたかもしれません。
でも、拒否した人はそれが被災地の人達の心を傷つけている自覚だけは持って欲しい気がします。

福島の人々が現実を冷静に判断し、かつ卑屈にも感情過多武装にもならず、不安を心に封じ込める分裂を解く・・ために非被災地ができることってなんだろう。

難しいしなかなか思いつかないけれど、少なくても「国がなんとかすべき」などと思考拒否する人間にはなりたくありません。
たとえ、なにも出来なくても。
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by kuni19530806 | 2011-12-01 23:27 | その他 | Trackback | Comments(0)

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