聞かれてもいないのに漫画遍歴を語る   

「エースをねらえ!」の後編(宗方コーチの死以降)をじっくり読んだ数日間でした。
やっぱ、超大作だわ、これ。
そして、濃いわ~。
エグさやうさんくささや予定調和やステレオタイプのいずれかがキライな人はその独特の風味に拒否反応を示すかもしれませんが、むしろその全部がキライな人は相殺されて大丈夫かも・・って自分で書いててわかんねーぞ!

今でこそ、私はほとんど漫画をたしなみませんが、子どもの頃は漫画三昧だったなあ。


小学校の2~3年のときに住んでいた福島市笹谷は郊外の新興住宅地で近くに本屋さんはありませんでしたが、目の前に雑貨屋があって、その店頭で雑誌を売ってました。
今でもたまに見る、あの店先のマガジンラック方式です。
市の中心部にある本屋が週に何度かその店に雑誌を持ってくるわけですが、私は文字どおり電信柱の陰から、紫とクリーム色のツートンカラーの本屋さんのバンが納本に来るのを、毎週火曜日の午後、今や遅しと見張って待ちかまえていたものです。
週刊少女フレンド読みたさに。
そのうち、お店の人も私が「見張っている」ことを知り(そりゃそうだ。毎週、まだ梱包を解く前に買いに来るんだから)、「来たらおうちに届けてあげようか」と言ってくれましたが、小二にそれは荷が勝ち過ぎて(?)「いいです。買いに来ます」と答えた記憶あり。

細川千栄子とか里中満智子、青池保子あたりの漫画をむさぼるように読んだなあ。
あ、望月あきらの「サインはV」を忘れちゃいけませんね。
クリスマスの懸賞で、当時少女フレンドのカバーガールをしていたエミリーちゃん(現、鳩山弟夫人の鳩山エミリー)が選んだんだか着用していたベルベットのワンピースが当たったこともあった。
それは田舎のハナタレ少女にとってはものすごいデキゴトだった・・はずなのに、そのワンピースを着た覚えが全くない。
ワイン色で、丸襟の部分だけが白の、福島じゃ売ってないようなおしゃれなワンピースだったことは覚えているんですけど。
どうしたのかなあ、あれ。
サイズが合わなくてしまい込んで、そのまま忘れちゃったのかも。


小四~中三は、同じ福島市の御山というところに住んでいましたが、前半は「りぼん」で、後半の中学時代は雑食になりました。

「りぼん」は、もりたじゅん(本宮ひろ志夫人)の「キャー!先生」ぐらいしか印象に残っていないけれど、当時はやたら好きだった。
付録もよかった印象。
集英社は商売が巧いからね。
その後は、中学の友達の影響で、「愛と誠」とか「エースをねらえ!」とか「スケバン刑事」などを単行本で読むようになり(思えば、友達の家は金持ちだったなあ)、必ずしも少女漫画一辺倒ではなくなりました。
・・・そうだよ、「エースをねらえ!」は私が中学校のときに連載されてたんだった。

そして喜多方での高校時代は、別マに傾倒してました。
くらもちふさこの「おしゃべり階段」が連載されていたときに自分も高校生だった、というのはおおげさですがとてもシアワセな符丁(!)であった、ぐらいに思っています。
高校時代は下宿屋をやっていた祖母の家に居候していたので、同宿の女子高生にいろいろ漫画を借りました。
「はいからさんが通る」とか「生徒諸君!」とか。
あれ?生徒諸君じゃなくてナッキーはつむじ風だったかな。

りぼんの田淵由美子や陸奥A子も好きでしたが、やっぱり私の第1位はくらもちふさこさんでしたね。


今回「エースをねらえ!」を読み返して、自分にとっての肝のセリフを一言一句違わず覚えていることに自分でビックリした。
後半はそんなに読んでいないと思っていたのに(それでも10回は下らないか)。
そのたびごと、真剣に読んだってことかなあ。

20代の後半、自分がちょい危機的状況に陥ったときも、「エースをねらえ!」を読んだっけなあ。
もしかしたら後半はこのときに買い直したのかもしれない。
もう赤茶けて劣化がひどいです。

また買い直そうかなあ。
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by kuni19530806 | 2011-09-27 23:23 | その他

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