なんとなく、スミマセン。   

いわき市の従兄は、現在も医療活動で市内を奔走中です。
被災した診療所には今日初めて復旧工事の手が入ったとか。

地震や津波の被害だけではないいわき市が、いつ地震前に「戻る」かどうかはわかりませんし、もう元通りという概念はなくなってしまうのかもしれません。
が、人は生きて動いて再生活動を自分以外にも拡げています。
もしかしたら、自分自身はいちばん後回しになっているのかもしれない。
願わくば、多少は自分も労って欲しい、と従兄に言いたい。
でも今は言えません。
お気楽だと思われることは承知で「1日5分でいいから、好きな曲を聴く時間を作れればいいね」とだけ言いました。

何より、どうかもうこれ以上、再生活動に邪魔が入りませんように。

地図で、自分が通っていた原町市(現在は南相馬市原町区)のさゆり幼稚園を探していてふと思ったこと。
私がかの地にいたのは3~5才。
なので記憶は曖昧で、家が高校の近くだったこと、10円を握りしめて近所のお菓子屋さんにおせんべいを買いに行ったこと、幼稚園でのあれこれ、ぐらいしか記憶にありません。
でも、トシの離れた兄にとって、原町は小学校~中学校という、多感な時期を過ごした場所だったんだなあ。
兄が生きていたら、今回のことにどんなに胸を痛めただろう。
その後、ずっと交友のあった友達もいたんだろうなあ。

もっと兄から原町の話を聞いておけばよかった。

そんな私の現在のいちばんの苦痛は花粉症です。
スミマセン。
なんとなく。
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by kuni19530806 | 2011-03-25 22:32 | その他 | Trackback | Comments(2)

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Commented by かつかず at 2011-03-26 07:32 x
私が毎週お邪魔している現場に、南相馬市へ支援物資を届けた人が戻りました。髪も髭も伸び放題でした。震災の翌日から被災地へ届けに行っていた方です。事務所前に続々届く支援物資を取りに戻ったのです。自分の事は後回しで活動している方を、安全な場所で口だけ動かしている政治家や東電の偉い方に「沢山の給料を受け取っているのは、非常時こそ働く為じゃないの?政治家は寄付が違反でも、瓦礫を片づけに行くのは違反じゃないでしょう?東電の偉い方は、未来のある若者を現場に行かさないで、お前が行け!」と言いたい。
Commented by マツモト at 2011-03-28 07:52 x
言葉より行動を、はあらゆるシチュエーションでもはや使い古されて手あかかにまみれた言い回しですが、今回ほどグリグリとリアルに痛感させられたことはありません。
なにかをする人は「なにができるんだろう」などと考える前になにかしてるんですね。

自分は情けない部類です。

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