意外な伏兵   

左足を骨折してから10日になります。
昨日今日は仕事をしてきました。
ギプスシーネ(シーネは「副え木」という意味だそうです)を装着しているのでいかにも怪我人の歩行です。
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画像は誰かのギプスシーネ。
私ではありませんが、まさに私の足も今、このビジュアルです。
私は左ですけどね。

ギプスはこの時期、蒸れてうっとうしいっす。
包帯は洗いつつ使っていますが、ギプスは洗えません。
せいぜい、ファブって扇風機で乾かしたり、短時間でも天日に干すことぐらいです。
臭くなりそう。

そんななか、今日は左足が痛かった!

とはいっても骨折箇所ではありません。
ふくらはぎです。
不自然な歩行でヘンな力が入ったり、血液の循環が悪いせいなのでしょうか、午後からふくらはぎが痙攣して参った。
ギプスの包帯が圧迫し過ぎかと、ゆるめてマッサージしたりしましたが、治まらず、半日ずっと攣ってました。
足が攣るときって、まず、ものすごくダルくなって、次に尋常じゃなく冷たくなって、そして痙攣が始まるんですねー。
職場なので騒げず、こっそり「い、いてええ~」とふくらはぎをさすって泣いてましたよ。

疼痛の意外な伏兵、痙攣。
それと、むくみも気になります。
デスクワークをしていると、時間の経過で見る見る足の指がむくんできます。
家でなら、足を高くしていられますが、職場じゃちょっとねえ。

ネットで検索したところによれば、骨折にむくみはつきもののようで、なかには数ヶ月から1年もむくむ人もいるようです。

痙攣やむくみなどという二次災害(?)で、自分はやっぱり骨折したのねえと痛感したりしています。


今日は日航機の事故の日なんですね。
あれから25年か・・・。
25年!?
ニュースでその数字を聞いたとき、今更ながら驚いたっていうか、圧倒されたっていうか、一瞬めまいを覚えました。

近しい身内を亡くすと、自分の過去は「その前後」で二分されたりします。
私は十年前に母親を亡くしましたが、なにかを振り返るとき、たとえそれが母親には直接関係のない事例でも、無意識に「それって母親が生きてるとき?死んじゃってから?」と脳内確認したりします。
ここ4~5年の出来事に関しての確認ツール(?)は兄です。

太平洋戦争や日航機事故や阪神淡路大震災などは、遺族じゃない人間にも、ビフォー・アフターの二分ツールになっているのかもしれません。
私は今、骨折前の自分自身を羨ましく思っていたりしますが(「8月2日の午前中の思いっきり走れる自分に戻りたい」とか)、自分自身を「世の中」に置き換える作業も無意識にしてるのかも。
「あんな大事件を知らない世の中はシアワセだった。これからどんなにこぞって世の中が笑うことがあっても、あれを経験してない脳天気な日々にはもう二度と戻れない」みたいな感覚とでもいいましょうか。
そう思いつつ、時間が経てば、直接、自分の身に降りかかったこと以外は徐々に確実に薄れていくんですけどね。

私が今日、めまいを覚えたのは、自分の体内時間軸と実際の「あれから何年」の乖離に圧倒されたからです。

あの事故を基準にした(私の)アフターももう四半世紀になったとは!
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by kuni19530806 | 2010-08-12 23:45 | その他

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