西野公論   

数日ぶりにキングコング西野の「西野公論」を覗いたら、ブログは終了してた。

「ブログは」というのは、日記そのものは7月3日で終わっているのだけれど、その後も毎日、彼の独演会のスポット映像(?)は更新されているので。

西野公論は、私に「ブログ炎上」というくだらない現象を教えてくれたブログでした。
今でもそうですが、炎上に加担(?)する匿名の輩はホントにくだらないと思うし、彼の2ちゃんねるに対する見解には丸ごと共感しました。
ただ、私は、キングコングの漫才を一度も面白いと思ったことがないせいで、当初、このブログそのものに対しては全く関心がありませんでした。

そもそも自分は「お笑いの人にはネタで楽しませてもらえばいい派」なので、バラエティやブログで垣間見える彼らの一面にはさほど興味がない、のです。
しかも、西野公論にはひっかかる部分もけっこうありました。
極論、自信過剰、露悪さ、ひとりよがり・・・。
2ちゃんねるへの意見など、その姿勢にはうなずけるところはあるものの、これじゃあ、嫌われるのもしょーがない、と思ったりしました。

なので、その後も西野公論を定期的に読む、ようなことはありませんでしたが、ひょんなことから手にした彼の絵本『Dr.インクの星空キネマ』が、彼のブログとは別な意味でひっかかったのです。

a0099446_9334795.jpg


エクスキューズの多い文章で自分でもうっとうしいですが
この絵本も決して好きなタイプではありません。
労作であることは確かですが(5年かけて完成したそうです)、労作であればなんでも素晴らしいというものではないし、描き込んだことに、作者がひとりで悦に入っている感を覚えました。
ストーリーも、志しはわかるものの、私には今ひとつピンと来なかった・・・。

だったら何にひっかかったのか。
よくわかりませんが、必死さ、ですかね。
真剣さや誠実さ、とは似ているけれどちょっと違う、もっと崖っぷち感が『Dr.インクの星空キネマ』からは伝わってきた。
描かずにはいられない、というより、描くことでぎりぎり何かを保っている、みたいな感じ。

そう思ってあらためて「西野公論」を読むと、やっぱり文章からもその必死さは感じられたのです。
絵本というフィルターを介して文章を読むと、その景色がちょっと違って見えた、という感じでしょうか。
ただ、文章は絵本よりむしろ自分を取りつくろったり装飾過多になりがちですから、必死さはまるで大風呂敷や戯れ言や暴言のように映ります。
要するに、西野亮廣という青年は、なににつけやり過ぎがちな「過剰」な人なんでしょう。

「過剰」をキーワードにすると、西野公論はなかなか興味深い読み物になりました。
当たり障りなくポジティブなことを行間を開けて書いて、自分自身やその日に食ったモノの画像を載せていることの多い芸能人のブログの中で、西野公論は異彩を放っていました。
読み手を敵に回しそうな表現も、嫌われたり炎上することを怖れていたら、バリバリ確信犯でもある過剰な自分の存在理由がなくなるという切迫感、もしくは矜恃にも見えてきました。

とはいえ、だからといって、「西野が西野公論が好き!」にまでは至らなかったわけですが、彼のブログは、最大公約数という幻想向けではないことに好感が持てるようになりました。

なので、終了は残念です。
もっと残念なのは、4日からアップされている彼の独演会のスポット映像が、やっぱり私にはちっとも面白くないことです。
ホント、残念!!
[PR]

by kuni19530806 | 2010-07-06 23:53 | げいのうじん

<< 運転手さん的にはホラー? 知らない方がシアワセなこと >>